IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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20話 そして争いの種は順調に育つ

 皆様、ごきげんはいかがかしら? セシリア・オルコットですわ。さて、早速ですが今日は皆様に聞いてほしい事がございまして集まって頂いた次第ですの。

 

 ……内容、ですの? 言わなくても分かっているのではなくて? もちろん真琴さんのことですわ。

 

 最近、真琴さんとの交流(スキンシップ)がめっきり減ってしまいました。それもこれも、真琴さんの姉君である山田先生がわたくしの事を警戒し始めたのが原因ですの。

 

 全く……何がいけないというのでしょう。別に、取って食べてしまうという訳でもございませんのに。淑女と紳士が交流を深める事のどこがいけないのでしょうか……。

 

(※セシリアは自分が危ない笑みを浮かべる事があるということに気付いていません)

 

 ええ、確かに? 真琴さんと一緒に入浴は致しました。しかし、あれは緊急事態でしたし……。

 

 え? メイド服ですか? あれは真琴さんも合意の上でしたし、皆さんにとても喜んでいただけました。山田先生に至っては、喜びのあまり鼻から盛大に愛を噴き出して卒倒していましたわ。

 

 んんっ! とにかく、対策を打たない事には彼と交流を深める事ができません。……チェルシー! 対策会議を開きますわ。すぐに用意なさい!

 

 

 保護者一同は客室に案内され、真琴の体調が完全に回復するまで滞在することになった。まぁ軍の施設に居る訳だから、軽く軟禁みたいな形になってしまっているのだが。

 

 そんな中、とある客室では一人の淑女と、彼女につき従うメイドが会議を開いていた。会議、と聞けば聞こえはいい。しかしそんな体を作ってはいるのだが議題を聞いて呆れない人物が果たして居るのだろうか。なんとも締まらない内容の打ち合わせなのだが、議長であるセシリア・オルコットにとって半ば死活問題(!?)と化している真琴君と仲良くなろう作戦はいよいよ佳境に差し掛かっていた。

 

「いい? チェルシー。わたくしは織斑先生に何とか掛け合ってみます。貴方は山田先生を何としても説得すること。いいわね?」

 

「また随分と無茶振りをしますねお嬢様……」

 

 チェルシーは呆れ半分で溜息を付きながら返答をした。まぁ、吹っ掛けたのはチェルシー本人だから自業自得といえばそれまでなのだが。まさにブーメランである。

 

「わたくしは長いこと、永いこと真琴さん成分を補充していませんの。そろそろ我慢の限界が近いですわ」

 

「そこまでですか……。というか、真琴さん成分……? 彼の一体何処からそんな成分が……まぁいいでしょう、分かりました。お嬢様の為にも一肌脱ぎましょう。そうですね……後2時間もしたら丁度いい時間になるので、IS学園に一報入れてみます」

 

「頼んだわよ、チェルシー」

 

「ご期待に沿えるかどうかは分かりませんが、全力を尽くします。……真琴さん成分……謎です」

 

 現在、深夜2時。佳境に差し掛かったはずの会議はセシリアの妄想タイムへと突入し、連荘を始めた。役満まで突っ走る勢いである。

 

 それを見てちょっと吹っかけすぎたかと反省するチェルシーは、ため息と共に苦笑せざるを得なかった。何せ翌日の起床時刻は8時を予定しているのだから。

 

「ああ……待っていて下さいね真琴さん。明日こそはわたくしが添い寝をして差し上げますわ」

 

「お嬢様。添い寝は確かに有効な手段ですが、やりすぎると相手が引いてしまいます。匙加減(さじかげん)に気をつけてください。

 

 チェルシーの忠告もどこ吹く風。両手を赤く染めた頬に添え、腰をクネクネと振りながらイヤンイヤンと妄想に耽るセシリア。いよいよもって危ない領域へと片足を入れ始めたのかもしれない。

 

 

 

淑女とメイドの会議はまだまだ続く。

 

 

 

「……せ。はか……。……てくだ……です」

 

 

 翌朝、真琴は肩を揺さぶられる感覚で深い眠りから徐々に覚醒を始める。

 

 人間の睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2種類があるのはご存じだろうか。体だけを休め、脳は起きている状態がレム睡眠。体も脳も休んでいる状態がノンレム睡眠だ。通常、この二つの睡眠を交互に繰り返して、人間は休息を取る。レム睡眠の時に起こされると、スッキリとした目覚めを。ノンレム睡眠の時に起こされると、俗にいう「目覚めが悪い、寝ぼける」などといった症状が出る。

 

 つまり何が言いたいかというと、例によって寝ぼけた真琴が添い寝をしているラウラにしがみついて頬ずりを始めてラウラのきゅんきゅん指数がウナギ登りという事だ

 

「は、博士……起きて下さい、朝です」

 

(くぉ……こ、これは色々とまずいのではないか……?)

 

「んぅ~……」

 

 躊躇し、手が止まってしまったラウラに容赦なくすべすべほっぺは襲いかかる。

 

以下、ダイジェストでお送りします。

 

 

 

 

 

 

 

―――真琴がぁ!

 

 

 

―――近づいてぇ!

 

 

 

―――真琴がぁ!

 

 

 

―――頬ずりをするぅ!

 

 

 

―――ラウラの身じろぎを読んでぇ!

 

 

 

―――まだ続くぅ!

 

 

 

―――真琴が決めたああああぁぁぁ!!!

 

 

 

 

 

 

 格闘ゲームだったらHPが一気に7割くらい持っていかれただろう。対応に困った彼女はたまらず増援を呼んだ。

 

『わ、私だ……』

 

『隊長? どうされたのですか?』

 

『緊急事態だ、すぐに来てくれ』

 

 通信を終了して10秒もしない内にクラリッサが駆け付けた。恐らく、すぐ近くで哨戒をしていたのだろう。その間も真琴はどこまでも温もりを求めて欲求に従順に行動をしている。

 

「どうしました隊長。何か問題でも?」

 

「あ、ああ……これを見てくれ。私には対処の仕方がわからん。クラリッサ、こういう場合はどうしたらいいんだ」

 

 ラウラは体を下手に動かす事ができず、硬直していた。

 

 クラリッサが見た光景。それはとても眼福、いや、微笑ましい光景であった。

 

「……これは難題ですね。とてつもなく、難題です」

 

「指定された時刻0800なんだが……」

 

「そうですね……分かりました。私にお任せ下さい」

 

「頼んだぞ。私は引き続き博士の観さ……護衛をする」

 

 なお、クラリッサの後日談によると、あの時カメラを持っていなかったのが痛恨の極みだったそうな。

 

 

「で、私を呼んだという訳だ」

 

 千冬はベッドに近くに置いてあった椅子に座り、半分呆れ顔でラウラに向かい合っている。対するラウラは混乱の極みだ。頬を朱に染め、半分縋りつく様な眼で千冬に助けを求めていた。まぁ、生まれてからずっと軍の為に生きていた連中だ。特にラウラの場合はそれが顕著な分、余計に精神的ダメージを受けているみたいだが。

 

「教官、こういう場合はどのように対処したら良いのでしょうか」

 

「気持ちは分からないでもないがな……分かった、そのまま寝かせておけ。彼にはまだまだ休養が必要だ」

 

 その時、ラウラに電流が走る。

 

「きょ、教官! 私はどうしたら良いのですか!?」

 

「声がでかい馬鹿者。まぁ、諦めて添い寝を続けろ。お前にも癒しと言うものが理解できるかもしれんぞ?」

 

 千冬はニヤリと悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべ、そのまま立ち去って行った。千冬は意外と悪戯好きなのかもしれない。

 

(想定外のケースだ……! 今まで習ったどの演習にもこの様な不測の事態に対するマニュアルなどなかったぞ!)

 

 必死になって軍則のページを頭の中で開き続けるが、そこに解などあるはずもなかった。ラウラは下手に動くこともできず、クラリッサは二人の様子を見て心の中でニヤニヤしていた。

 

「隊長……かわいいですね、博士」

 

「肯定だ。……しかし、なんだ。博士に抱きつかれていると、なんというか、護衛対象から外れたとしても守ってやりたいという気持ちが心の底から湧きあがってくる」

 

「隊長。それは隊長が博士を気に入ったという事だと思います」

 

「私が……彼を……?」

 

 ラウラの表情に困惑の色が浮かぶ。物心付いた時からずっと軍隊で戦うための道具としてありとあらゆる兵器の使い方を教わって来た彼女にとって、この様人の温もりを感じる事など皆無に等しかったからだ。

 

 色恋沙汰と言う訳ではないが、生まれて物心ついた時から訓練付けだったラウラにとって、この様な悩ましい思いをする事は決してマイナスではない。その証拠かどうかは分からないが、クラリッサは生暖かい視線をラウラに向け続けている。

 

「ちなみに、日本では気に入った相手を特殊な呼び方で呼ぶ様です」

 

「……どの様な呼び方をするんだ?」

 

 クラリッサの目が光る。効果音はピキュイーン! だ。

 

「呼称は色々有りますが……そうですね、博士の場合私達より年下なので呼び方を変える事は難しいかもしれません。候補としては「弟君」でしょうか」

 

 ここでクラリッサが間違った日本の常識をぶちまける。日本のサブカルチャーを手に取った時から、クラリッサの日本に対する常識は既に修復不可能への一途をたどり始めていたのかもしれない。

 

「しかし、博士に対してそんな呼び方で良いのだろうか……弟君……弟君か……」

 

「問題ないと思われます。私が仕入れた知識によると、こういった幼い子供は姉や兄に対する執着心が強いケースが多いです。いっその事博士に姉と呼んでもらうのも良いかもしれませんね」

 

「そうか……うむ、そうだな。良くやったクラリッサ。これからそのように呼んでみるとしよう」

 

 クラリッサの常識はウイルスの如くシュヴァルツェ・ハーゼに蔓延し、後に大変な事態を引き起こす事になるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 さて、その頃のイギリス陣はというと……

 

 

 

 

 

「お嬢様、織斑様との交渉はどうでしたか?」

 

「チェルシー……。ダメでしたわ、何を言っても「却下だ」の一点張り。交渉をする余地などこれっぽっちも」

 

 チェルシーが客間に戻ると、そこには明らかに肩を落とし、落ち込んでいるセシリアがいた。その証拠に、彼女の周りには真っ黒いオーラが漂い、涙目になっている。それをみてチェルシーは、苦笑を浮かべながら地獄にいる彼女に蜘蛛の糸を垂らすことにした。

 

「お嬢様、良い知らせがございます」

 

「へっ……?」

 

 涙目になっているセシリアが顔をあげた。……なんというか、哀愁が漂っている。うん。

 

「粘り強く陳謝した結果、交渉の余地が生まれました」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼女の目に活力が戻り目にもとまらぬ速さで立ちあがってチェルシーに詰め寄った。0から一気に1になった方形波の如くセシリアのテンションは急変。素晴らしい立ち上がり速度である。

 

 

「本当ですの!? 本当に可能性はゼロではないんですの!?」

 

「お嬢様、淑女たるもの、如何なる時も落ちついていなければなりませんよ?」

 

「はっ……! んんっ! チェルシー、詳細を報告して頂戴」

 

「ただいま」

 

 チェルシー恐るべし。瀟洒なメイドをとはこういう人物の事を言うのだろうか……

 

 

「んんっ……ん~っ」

 

「目が覚めましたか博士」

 

 クラリッサが哨戒に戻ってからしばらくして、真琴はようやく目を覚ました。しかし、抱かれる感覚に違和感があったのだろうか、頭の上に疑問符を浮かべた後、抱いているであろう人物を見つめ始めた。

 

「ふあぁぁ~……はれ? お姉ちゃんがちっちゃくなった。…………えと、ラウラさん。でしたっけ」

 

(お姉ちゃん……う、うむ! 悪くない!)

 

 なんか思考が色々とアレになったラウラだが、瞬時に持ち直して冷静を装い、真琴に語りかける。

 

「こ、これからしばらくの間一緒に寝る事が多くなると思われます。ですから、私の事は…その、姉と呼んでもらって構いません」

 

「……じゃあ、ラウラお姉ちゃん?」

 

「……!」

 

 

 真琴が放った上目使いとお姉ちゃん発言で、残っていた3割のHPは一気にKOまで持ち込まれ、ラウラに白旗が揚がる。

 

(こ、この目線はまずい! これ以上見つめられたら私の胸が、はっ、張り裂けてしまいそうだ……!)

 

「えっと……ラウラお姉ちゃん? んと……ぼく、おなかがすいちゃって」

 

「う、うむ! わかった! すぐに連絡しよう!」

 

 あまりのテンパり具合に、敬語など記憶の彼方に吹っ飛ばしてしまったラウラであった。彼女はベッドから起きる事も忘れ、千冬にプライベート・チャネルで報告を入れる。千冬は近くの部屋で待機していた為、すぐに駆けつけたのだが……

 

「目が覚めたか真琴君。……ラウラ、何時まで抱きついているんだ?」

 

「はい教官。博士は大事な弟君なので、安全が確保できるまではこうしているつもりです」

 

 

 ぴ   り  

   し   っ

 

 

 

千冬が固まったのは言うまでもない。

 




―――はぁぁ……、寝不足ですわ。

―――……(お互い徹夜でしたからね)

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