IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~ 作:+ゆうき+
「機長! 飛行を続ける事は可能か!」
千冬の額に僅かながら汗が浮かぶ。
けたたましく警告音が鳴り響く中、現在飛行機は物凄い速度で高度を下げていた。宙を舞うバスケットやグラス等から、その様子が伺える。
「油圧システムをやられました! 墜落はしませんが、このまま飛行を続けるのは不可能です! 不時着します!」
「……よし、非戦闘員は着席してシートベルトを装着しろ! 時間がない、急げ!!」
セシリアは闘えない者を席に運び、シートベルトを付けさせ非常用の酸素マスクを装着させる。
油圧システムがやられたということは、操縦装置がやられたということである。エンジンは生きているから墜落はしない。が、何処へ着陸できるか分からないという状況だ。
「なんとしても着陸させますよ! 墜落なんてさせたらイギリスの一生の恥だ。任せてください!」
VIPを送迎するということだけあり、国の中でも選りすぐりのパイロットが選出されたみたいだ。あらゆるトラブルに対してしっかりと訓練、対策を行っている証拠である。
徐々に降下速度が下がり、宙を舞っていた物が地面に落ちていく。セシリアが真琴の為に用意していたプリンも、例外なく見るも無残な姿へと成り果てた。それをみて、セシリアは歯を食いしばった。
(真琴さんへのプレゼントが……っ!)
「くっ……車輪が出ません! 胴体着陸をするために燃料を出来るだけ捨てます! 皆さん! 不時着したらすぐに機体から離れてください!」
現在この機体に乗っているのは、真琴、千冬、セシリア、チェルシー、国枝、教頭、イギリスからの出迎えが二人、そしてパイロットが二人の合計10人だ。大きな混乱は起きないだろう。
「後1分程で不時着します! 皆さん! 衝撃に備えてください!」
皆が着陸の成功を祈る。……それにしても、この状況でいまだに目を覚まさない真琴はある意味大物かもしれない。しかし、今回はそれが幸いした。子供がこんなアクシデントに見舞われたなら、例外なくパニックになるだろう。泣き叫ぶ子供の声は、例外なく周りの皆を不安にさせる。
「不時着まで後10秒です! 席に座っている人は頭を下げて下さい!」
―――そして、機体は地面に衝突する
ドォン! と轟音が響き、次の瞬間立っていることが不可能な衝撃が断続的に飛行機を襲う。さすがに真琴もびっくりして飛び起きたが、千冬の腕に抱かれている為身動きが取れないでいた。
誰もが目を閉じて生還を祈る中、千冬とセシリアはハイパーセンサーをフル稼働させて敵の情報収集に努める。
(1、2、……3か。全員ISに載っているな)
(2対3ですか……少々不利ですわね)
敵に声を聞かれては不利になってしまうため、二人はプライベート・チャネルを用いて作戦を練る。
『オルコット、真琴君を頼む。お前のISの方が防戦向きだ』
『わかりましたわ。それでは、織斑先生は敵の撃墜をお願いしますわ。』
千冬が真琴に何か伝えようと彼を見やったが、真琴は顔を真っ青にして固まっていた。聡明な彼の事だ、何が起こったのか理解してしまったのだろう。
急いで真琴をセシリアにパスし、千冬は非常用のドアを開け外に飛び出す。既に敵影はすぐ近くに居た。すぐさま掃射を浴びるが、難なく回避していく。
「貴様ら、この飛行機に誰が乗っているか分かって攻撃をしたんだろうな」
「博士を引き渡してもらおうか」
「はい、どうぞ。とでも言うと思ったのか? ……覚悟は出来ているんだろうな!」
千冬は表情を変えること無く、高らかと宣言する。が、瞳には確かな怒りが燃え上がっていた。ハイパーセンサーを通して、機体の中で泣きじゃくる真琴の姿が見えたからだ。現状を理解し、耐えきれなくなってしまったのだろう。
「いくらブリュンヒルデとはいえ、たかだか打鉄をカスタムしたその機体で3体のISを相手にするつもりか? はっ、笑わせるな。
「弱い犬程良く吠える。そら、かかってこい」
「……あいつ処理した後博士を回収する。いくぞ」
―――瞬間、3体のISは散会し、波状攻撃で千冬を攻め始めた。
◇
「燃料漏れはありません! 外に出るのは危険です、決して出ないでください!」
機内にアナウンスが流れる。
「真琴さんっ……大丈夫、大丈夫ですわ」
「ぐす……ひぐっ……お姉ちゃん……お姉ちゃん……!」
不時着した機体の中、真琴のすすり泣く声だけが響き渡る。セシリアは真琴をかき抱き、必死に宥めていた。
(許しませんわ……っ! 子供に対するこの仕打ち、絶対に許しませんわ!!)
「お姉ちゃん……たすけて……っ! うわぁぁぁぁん!」
一度溢れ出した感情は留まる事を知らず、真琴の泣き声は堰を切った様に大きくなっていく。それを見ていたチェルシーもシートベルトを外し、急いでセシリアと真琴に駆け寄る。
「大丈夫ですかお嬢様!」
「私は大丈夫ですわ。それより、真琴さんを落ちつかせないと……!」
真琴はパニックに陥っていた。無理もない、一般の子供が飛行機の墜落という大事故に直面してしまったのだから。
「たすけて! いやだあああああ!」
この様子を見て、チェルシーは急いで機内に積んである救急セットを漁り始めた。沈静作用のある薬を見つけると、急いで処置を始める
「真琴様、失礼します!」
医療に携わった事があるのだろうか、アルコールを含んだ脱脂綿で真琴の腕を滅菌し、的確に静脈を探し当てると注射を行った。的確なそれは看護婦顔負けである。
「うぅっ……あぅ……おねえちゃん……おねえ…ちゃ……」
徐々に真琴の叫び声は小さくなっていき、涙を流しながら静かに眠りに着く。そして、機体に静寂が戻った。
ぞわり
真琴を抱きしめるセシリアの髪が怒りで浮かび上がる。その瞳には憎悪の炎が激しく燃え盛っていた。
「……行きなさい」
底冷えする様な彼女の声と同時に、ビットが4基、飛行機の窓を突き破りの外へと飛び立っていった。
◇
千冬とテロリストが交戦してからどれ程経っただろうか。様子見をしていた両陣営であったが、膠着状態が続くと不味いのはテロリスト達だ。やはり打鉄と同等か少し上程度のスペックしか無いと察知するな否や、プランを変更していた。
「ふん、やはりこの程度か。おい! さっさと方を付けるぞ!」
「……」
敵の猛攻をひたすら避け続けていた千冬。反撃をする余裕がないと判断した3人は止めを刺すべく一斉に剣を抜き、攻撃を開始した。
(真琴君……済まない。今は眠っていてくれ)
一方千冬はというと、攻撃を回避しながら真琴の様子を逐一観察していた。鎮静剤という最終手段を用いらなければならない程パニックを起こし泣き叫ぶ彼を見て、千冬の心は逆に冷静になっていた。
刹那、彼女の腕から赤いオーラが巻き起こった。
「!?」
3人は慌てて攻撃を止め、距離を話す。打鉄をカスタムしただけだろうと判断していた彼女らだが、未知の武装を見て遠距離攻撃に切り替えたほうがいいと判断し、ライフルに持ち替え再び様子見を始めた。
テロリスト達に時間は余り残されていない。旅客機に攻撃をした時点でイギリスに救難信号が送られているのはほぼ間違いない。それにここはまだドイツの領空だ。軍事力に優れる彼の国ならば、異変をいち早く察知し、特殊部隊を派遣していてもなんらおかしくは無いからだ。
しかし、彼女らのハイパーセンサーは千冬以外のターゲットを補足する。飛行機から飛び出したそれは千冬を守るかの様に布陣し、敵を威嚇する。
『打鉄がビットを搭載してるだと!? どこから飛んできた!』
『落ちつけ。ビットは4基しかない。3人で同時にせめれば問題ないだろう』
『警戒を解かない方がいいわね。慎重に……!?』
彼女らが一瞬、意識をビットに移したその時、戦女神から立ち上がる赤い、否、紅い
当然、そんな装備が搭載されていると知る由も無いテロリスト達は防御する事すら許されず、台風の中を必死に飛び回る小鳥の様に中空で吹き飛ばされていた。
「くっ……おい、無事か!?」
「何だ今のは!?」
「どうやら未知の武装ね……。彼が開発したものと見て間違いなさそうだわ」
「余所見している暇があるのか?」
「「「!?」」」
再び巻き起こる爆音。それと同時に3人に凄まじい斬撃が襲いかかる。
「ちっ……! こいつは私が押さえる。お前らはさっさと博士を回収しろ!」
「分かったわ。……くっ!?」
真琴を回収するために不時着した飛行機に向かう二人だったが、ブリュンヒルデがそれを逃すはずもない。爆音と共に相手を吹き飛ばし、機体を守るかの様に立ちふさがる。
衝撃波には指向性がある。旅客機に衝撃波が届かない様に計算しつくされた千冬の移動のせいで、テロリストは千冬を挟んで旅客機とは反対の方向に吹き飛ばされる。15秒という短い時間ではあるが、微小なダメージを食らうと共に、攻めあぐねる結果となった。更に、機体の入り口には4基のビットが立ちふさがっている。
このままではジリ貧になってしまうと焦った彼女らは、強行策に出た。
「……やむを得ん、機体の一部を破壊するぞ。博士は機体前方にいる。後部を狙え!」
取りだしたのは、Rocket-Propelled Grenade 通称、RPG-7。戦車すら容易に破壊できる、極めて威力の高い兵器だ。
二人が千冬に肉薄し、残りの一人が飛行機目がけてロケットランチャーを発射する。千冬は弾道を逸らそうと発射された弾頭に向かおうとするが、テロリストはそれを許さない。自爆をも厭わない捨て身で、千冬にガッチリと組みつく。オーバードライヴも既に効力を失い、通常状態へと戻っている。こうも密着されてしまうと、さすがの千冬も思うように動けなった。
「チッ……! オルコットォ!」
「わかっていますわ」
テロリストの願いも空しく、弾頭はビットが放ったビームで爆破される。辺り一面に轟音が響き渡るが、その最中も千冬達の攻防は止まることを知らない。
千冬へと切りかかるテロリスト。
受け流しつつ反撃をする千冬。
――……近接戦闘では不利か。
――攻撃対象をイギリスのIS、ブルー・ティアーズへと……なんだあのISは。
――答える義務はありませんわ
セシリアは旅客機の前に陣取り、護衛のビットを2基待機させながら撃つ。
――ほう、防衛戦を理解していたか、オルコット。
――学年主席を侮らないで下さいまし、織斑先生。それより、そちらに3対目のテロリストが向かいました。健闘を。
――チッ! 一つ貸しだぞ!
――ご安心を。隙が出来次第、容赦なく打ち抜かせていただきます。
少々苦しくはなったものの、千冬は3体のISをいなし、反撃し、射撃を打ち落とす。
――剣のみと依頼した自分が愚かしい。せめて、もう一振りあったら。
防御にビームソードを用いているため、反撃は徒手空拳に頼るしかない。的確に蹴りを打ち込むものの、致命的なダメージになるはずもない。
――そうか、真琴くんはこういう事態を想定していたのだな。
何か納得した千冬は、下肢へと紅いオーラを纏わせた。これでようやくお前らをしとめることができると言わんばかりに妖艶な笑みを含ませ、反撃をより苛烈な物へと変貌させた。
カウンター気味の後ろ回し蹴りは、テロリストの腹部へめり込む。水球がはじけたような光景と共に、敵は中空で一瞬蹲った。
――……補足、完了。
小気味良い発射音と共に、ムーンライトの銃口から発射されたそれは、テロリストめがけて一直線に飛んでいく。テロリストは慌てて回避行動に移り、何とか斜線上からは逃れる事は出来た。嫌、そう思っていた。
――ホーミングだと!? くそ、ブルーティアーズも改修が施されているぞ!
――……旗色が悪くなってきた。どうする、増援を呼ぶか?
――交戦を開始してから既に10分経過している。逃亡も視野に入れるべきだ。
―――させると思うか?
テロリスト一人の動きが止まると共に、漆黒のISが戦場へと舞い降りた。
―――シュヴァルツェ・ハーゼの全隊員に告ぐ。私は一足先に織斑教官と共闘を開始する。クラリッサを含む残りの隊員はVIPを受け入れる準備をしておけ!
―――了解。