IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~   作:+ゆうき+

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16話 それぞれの思惑

 ここはドイツ軍の特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の宿舎。現在、この宿舎ではとある会議が行われている。部隊の一同が席に座り、会議室の奥にあるスクリーンを見つめていた。

 

 スクリーンの中には、軍服の両肩に大量の勲章を装着した女性が映っている。

 

 年は30代前半から後半にかけてだろうか。数多の戦場を駆け巡った戦士の様な雰囲気をかもし出している。それは相対しているだけでプレッシャーとなり、スクリーン越しに見つめている特殊部隊の隊員の両肩に重く圧し掛かる。

 

 一方、特殊部隊の隊員は10代前半から後半。多く見積もっても20代前半と言った所か。プレッシャーを押しのけ、涼しい顔をしている隊員も居れば、それに慣れていないであろう隊員も居る。恐らく、新入りなのだろう。

 

 特殊部隊からの報告を聞き終わり聞き終えたスクリーン越しの女性は腕を組み、俯いて何か思案していたが、自分の中で結論が出たのだろう。部隊の一人一人の顔を眺め終えた後、徐に口を開いた。

 

 

『……博士がイギリスに赴く際、恐らく襲撃がある。我々は彼が窮地に陥った際、すぐに援護に向かえる様に準備しておく必要がある。各自、何時いかなる時でも出撃できるように準備をしておけ』

 

「了解」

 

 「博士」「彼」とは誰か。既にご存知だろう。齢8つにしてISの基礎理論をぶち壊した天才博士の事だ。彼が如何に希少な存在かは、軍事に詳しい、いや、ISに詳しい物ならば嫌という程理解している。

 

 篠ノ之束の行方が分からない今、彼が世界のパワーバランスを握っていると言っても過言ではないのだ。そんな人材が襲撃にあう可能性ある。これだけで、特殊部隊全員が臨戦態勢になるには十分すぎる理由だった。

 

 彼に恩を売ることができれば、これ以降繋がりが出来る可能性が高い。幸い、彼がイギリスに行くという情報を掴んだのはドイツだけだった。IS学園に在籍しているドイツ国籍の学生がたまたまその情報を耳にし、本国に連絡していたのだ。

 

 しかし、強行策を取る訳にはいかない。世界中を敵に回しては、いかに軍事力に秀でているドイツといえ、敗戦は必至。回りくどい手段を取るしかなかった。しかも、護衛にはブリュンヒルデこと織斑千冬が付いているという情報もキャッチしている。ドイツ軍に一年間在籍し、教鞭を振っていた彼女に強行策を取ったという事実が知れれば、下手をすれば軍自体が壊滅しかねない。

 

『彼はVIPだ。もし援護することになったら、彼を最優先で保護しろ。そして、丁重にもてなせ。いいな』

 

「了解」

 

 IS学園の知らない所で、作戦は着々と進められていた。

 

 

 私はラウラ・ボーデヴィッヒ。階級は少佐。特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の隊長を務めている。

 

 この作戦を聞かされた時、私は驚いた。8歳の子供を特殊部隊の持てる力を全て出し切って守りきれと言うのだから。しかし、手元に配られた資料に目を通した時、驚きは納得へと変貌を遂げた。

 

 

―――山田真琴博士

 

 

 8歳にして、ISの新しい基礎理論を構築した奇跡の頭脳の持ち主。成程、確かにこれならばこの対応も納得できる。差し詰め彼に恩を売り、あわよくば我々のISに改造を施して貰おうという算段だろう。

 

 ……正直、理解はしているが納得はしていない。8歳、8歳だ。そんな子供を利用しようと言うのだ。軍人たるもの、常に正々堂々とありたい。確かに軍備を整えるのは軍にとって最優先事項であり、我が国の発展には必要不可欠だ。しかし、非戦闘員を利用するというのも気が引ける。

 

 幸い、護衛には織斑教官が当たるらしい。……いいだろう、彼らがもし襲撃に遭遇したら全力で守って見せる。非戦闘員を守るのは軍人の務めだ。

 

「これより、シュヴァルツェ・ハーゼは臨戦態勢を取る。24時間体制で空域の監視に辺り、不穏な動きを見せる物がいたらすぐに報告しろ」

 

「了解!」

 

 待っていろ、襲い掛かってくるであろう賊ども。一人も残さず排除してやる。

 

 

 ここは国内にある、地方の空港。都会の空港では目立つ為、平日の午前一番人がいないであろう時間を狙ってイギリスに旅立つ事にした。

 

 学園が手を回したおかげで真琴の顔は公にはなっていないが、名前と性別、それに歳は公表されている。加えて千冬の顔は世界中に知れ渡っている。言わばスターの様な物だ。そんな人物と親しげに会話を交わす少年を見たとして、頭の回転が速い人なら、彼が重要人物だとすぐに分かり、そこから彼が山田真琴である推察されてもおかしくはない。

 

 事実、男性が世界で始めてISを起動したというニュースが報道され、更にISの基礎理論をぶち壊した少年が居るという報道がされてから、学園の周りではあまりよろしくない噂がチラホラと出回り始めている。

 

 曰く、世界各国の政府がスパイを学園近辺に送り込み、常にその動向をうかがっている。

 

 曰く、スパイは既にIS学園に潜り込み、普通の生徒として生活しながら織斑一夏と山田真琴にかんする情報を入手している。

 

 曰く、国際機関が法律の改正に着手している。

 

 などと、枚挙に(いとま)が無い。

 

 一々対応していたらキリが無いのだが、今回は状況が状況だ。重要人物が治外法権かつ如何なる存在も侵すことが出来ない聖域を抜け出すのだ。もし犯罪組織がこの情報を掴んでいたとしたら、間違いなく襲撃がある。

 

 真琴を護送する車には、千冬と国枝が同乗している。国枝もISの適正を有しているため、学園に申請して打鉄を持ち出している。

 

 真琴の隣には千冬が座っている為、何か有事が起こったとしても直ぐに対処できる万全の体制を組んだ。

 

 そんな中で真琴がリラックス出来るわけも無く、借りてきた猫の様に座っている事しか出来なかった。

 

 そんな息苦しい状況が続く事1時間弱。漸く車は空港に到着したのであった。

 

「ん……んん~っ」

 

 車を降り、旅行カバンを横に置いて空港の入り口で伸びをする真琴。

 

「旅客機は既に到着していると連絡が有った。トイレは大丈夫か? 大丈夫なら直ぐに搭乗するぞ」

 

「まぁ、食事も機内食が有るし、トイレも旅客機内に有るから大丈夫と言えば大丈夫なんだけどね。ほら、行くよ」

 

 そんな真琴を横目に、千冬とはなにやら書類に目を通しながら旅行カバンをけん引して、入り口へと歩を進める。

 

 対する国枝は真琴の護衛だろう。彼の横からひと時も離れていない。

 

 どうやら、事前に役割分担をしていた様だ。状況に応じて危険が無いか先に調べる役割と、真琴の横で待機する役割を変更するらしい。

 

「あ……いまいきます」

 

 途中視界に入ってきたお土産コーナーに後ろ髪を引かれながら搭乗口に向かうと、ゲート前には見送りに来た真耶、セシリア、そしてイギリスから来たであろう人物が数人と、セシリアの専属メイドであるチェルシーが佇んでいた。

 

 真耶はいち早く真琴の到着に気づくと、ニコニコと笑顔を振りまきながら手を振っていた。

 

「……あ、まーくん! こっちだよ!」

 

「お久しぶりですお嬢様、お体の調子は大丈夫でしょうか?」

 

「変わりなくてよ。チェルシーも元気そうでなによりですわ」

 

 会話を聞く限り、どうやらセシリアもつい先ほど到着した様だ。 

 

 まるで姉妹のような二人を見て、真琴はぽかーんと口を開けて二人を見つめていた。その視線に気づいたのか、セシリアにチェルシーと呼ばれた少女がこちらに話しかけてきた。

 

「あなたが山田様ですね? お初にお目にかかります。私はチェルシー。チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきを」

 

「あ、は、はい。やまだまことです。よろしくお願いします」

 

 ペコペコと低姿勢な挨拶を見せる真琴を尻目に、チェルシーはセシリアに小声で話しかける。何やら思いついた作戦をセシリアに伝授している様子。

 

「お嬢様、この様な殿方は押しに弱いケースが多いです。引き所を間違えなければ有効な手段となります。是非、お試しを」

 

「ちぇ、チェルシー!? 真琴さんはまだ8歳ですのよ! そのような事はまだ早すぎますわ!」

 

「いいえ。今二人の距離を近づけて置けば、山田様が大きくなった際、非常に大きなアドバンテージとなります。今の内から積極的に交流を持つべきです」

 

「た、確かにそうですけれど……」

 

 何やら二人でヒソヒソと内緒話を始めてしまった。その様子を見て、千冬は溜息をつく。先日の一件から、セシリアが真琴に好印象を持っているのは間違いない。というか確定である。それを知っている千冬は頭痛の種がどんどん増えていく現状にため息を吐いていた。

 

「はぁ……お前ら、内緒話は飛行機に乗ってからにしろ。人目につきたくない、迅速に行動しろ」

 

「お、織斑先生……」

 

「失礼しました。お嬢様、こちらへどうぞ」

 

「真琴君。我々もさっさと乗るぞ」

 

 先ほどの内緒話が聞こえていたのだろうか、真耶は眉間に皺を寄せてセシリア達を見つめた後、心配そうに真琴に話しかけ始めた。

 

「まーくん……遅くても11時には寝るんだよ? 寝る前にはちゃんと歯を磨かないと駄目だからね? 寝る時は織斑先生と一緒に寝る事。くれぐれもセシリアさんと一緒に寝ちゃ駄目だからね?」

 

 ここにきて、ずっと黙っていた真耶からマシンガンの如く真琴への注意が始まる。それを見ていたチェルシーは、作戦を練り始めた。既に戦闘は始まっているのだ。情報戦こそ、戦闘開始における重要な要素である。

 

(彼女が真琴様のお姉さまですか……。中々ガードが硬いみたいですね。少し、対策が必要になるかもしれません。後でお嬢様と相談しなければ)

 

「まーくん! 気をつけてねー!」 

 

 真琴の知らない所で、争奪戦が勃発した。

 

 

「東京からロンドンまでは、約12時間の旅となります。ゆっくりとお寛ぎ下さい」

 

 専用機の中は、例えるなら最高級のファーストクラスと言った所か。50人は乗れるのではないかという大きな期待に、座席は僅か10程しかない。シートはリクライニングでき、座席の前には大きな液晶のディスプレイが鎮座している。どうやら、手元にあるリモコンを操作すれば映画が見れるみたいだ。

 

 機内食を食べ終えた真琴は、目を輝かせながら座席を弄り始めた。構造が気になっているのだろう。横に座っている千冬はその様子を見守りつつも、ISのセンサーだけ機動させ警戒を続けていた。そんな中、セシリアは少しでもこの旅行を楽しもうと、何やらチェルシーから受け取り、中身を確認してから真琴に話しかけた。

 

「真琴さん、イギリスのお菓子などいかがでしょうか。チェルシーに頼んで持ってきてもらいましたの」

 

 セシリアの手元を見ると、一つのバスケットが膝の上に置かれていた。彼女が徐にバスケットの蓋を開けると、そこにはイギリス銘菓のカスタード・プティングが入っている。

 

 ぷるぷるとカップの中で震えるプリンを目の前にし、真琴の視線はリクライニングシートから離れ、プリンに釘付けとなっていた。そして、物欲しそうにセシリアとチェルシーを見つめる。きらきら。

 

(……お嬢様、これが例の「うわ目使いの真琴様」ですね)

 

(ええ……。この状態の彼に見つめられると、何というか、胸の奥があたたかくなるんですの)

 

(私もです。……かわいいですね、真琴様)

 

 

 ふたりとも胸がきゅんきゅんしていた。

 

 笑顔でプリンをほお張る真琴を、これまた笑顔で見つめるセシリア。傍から見ると仲の良い姉弟である(絶対に真耶が認めないだろうが)。さらにそのセシリアを見て笑顔を浮かべるチェルシー。3連鎖である。

 

 セシリアは両親がこの世を去った後、心からの笑顔を浮かべる事が少なくなっていた。代わりに作るは、対外的な上辺だけ、形だけの笑顔。

 

 それを心苦しく思っていたチェルシーにとって、この変化はとても嬉しかった。このまま心から笑い合える関係が続けば良いと願うチェルシーを尻目にニコニコ合戦は続くよどこまでも。

 

 そして、プリンを食べ終えた真琴は再び座席をいじくり始めた。もう、と一瞬眉尻に皺が寄るセシリアであったが、チェルシーの耳元で何かを指示すると、再びチェルシーはどこからとも無くバスケットを取り出してセシリアに手渡した。2段、いや何段あるか分からない作戦は、早い段階で成功したのであった。

 

 

 

なお、機内食を食べ終えて食後のコーヒーを飲んでいた千冬が、誰にも気づかれる事無く胃薬をそっと取り出したのは完全なる余談である。

 

 

 座席弄りに飽きた真琴は、セシリアと共に映画を見ていた。内容は割愛するが、突然の爆発や襲い掛かるゾンビに驚いた真琴がセシリアの腕にしがみつき、それを嬉々として受け入れるセシリアが居た。という事だけ追記しておく。

 

 

 そうして、出発してから10時間は経っただろうか。真琴は疲れて眠っていた。千冬は目を閉じたまま、微動だにしない。セシリアとチェルシーはというと、真耶に対する対抗手段を模索していた。

 

(お嬢様……真琴様のお姉様は強敵です。一目見ただけで、真琴様を溺愛しているという事が分かりました。そう簡単には認めて頂けないでしょう)

 

(重々承知していますわ。しかし、その障害は必ず乗り越えなければなりません)

 

(贈り物なども通用しないと思われます。ここは一つ、話しあいの場を設けるというのも有りではないかと思いますが……)

 

(わたくしが真琴さんの添い寝を持ちかけた際の、山田先生の豹変ぶりは凄まじいものがありましたわ……。はたして、そう上手くいくのかしら)

 

 解のない公式をひたすら解いているようなものか。二人とも延々と対策を練り続けていた。

 

 

 

 

―――その時、千冬が動き出した。

 

 

 

 

「オルコット。すぐにISを装着しろ! 敵のお出ましだ!」

 

 千冬は一瞬で撃鉄壱式を展開すると、横で寝ている真琴をそっと抱きあげる

 

「っ! チェルシー! こちらへ来なさい!」

 

セシリアもブルースカイを展開し、急いでチェルシーを抱き寄せる。

 

 瞬間、轟音と共に機体が揺れた。

 




―――目標確認。これより攻撃に移る

―――了解。

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