IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~ 作:+ゆうき+
残り三日。打鉄カスタムの草案がだいたい纏まり、完成までの見通しが立ったので、真琴は放課後からの作業をまかせることにした。理由はというと……、まぁ、その、なんだ、セシリアとの約束を綺麗さっぱり忘れてしまっていたため、それを果たす為だ。
実の所、セシリア本人もイギリス行きの話のおかげですっかり忘れていた為、真琴が悪いというわけでもないのだが。
「というわけでセシリアさん、きょうは一日おつきあいします」
「どういう訳なのかよく分かりませんが……わかりましたわ! それでは、放課後になったらわたくしの部屋でいらしてください!」
一瞬セシリアの目がくわっと見開きピキュイーン! と光った。忘れていたのだが、何気に楽しみにしていたらしい。
「わ、わかりました」
甘い物を食べる時以外は感情をあまり表に出さない真琴だが、さすがにこの勢いに気押されていた。何かを察知したのか、足早に自分の席へと戻って行った。
「うふふ……楽しみにしていてくださいな真琴さん」
背後から獲物を狙う豹の様な気配がしたが、真琴は気づいていないことにした。というか、気づいたら色々と終わっていたのかもしれない。
セシリアに一日付き合うと言ったが、それは放課後からなので、SHRが終わってすぐ真琴は研究所へ足を運んだ。目的はもちろん、打鉄カスタムの為だ。
昨日までの作業で打鉄カスタム本体の改造案は浮かんだ。後は穴がないか確認を行う必要がある。イメージ・インターフェイスを搭載するには搭乗者の脳波が必要になる。特定の脳波をISがキャッチし、それに応じて武装を実体化させ、使用するためだ。
さすがにこれは研究所の設備だけでは足りない。が、真琴はこうなることを予想して専用の機材の発注を日本政府のIS研究所に頼んでいた。先方はこれを快諾、翌日には搬入されるだろうと連絡があった。
それを聞いて真琴はびっくり。常識的に考えて、大きな試験設備を発注してから一日で設置まで行うなど、通常では考えられない事だった。さすがに第3世代のISを所有出来ることになっただけはある、全ての事象において真琴の案は最優先で行われる事となった。
打診を行ったのは昨日なので、そろそろ機材の搬入が始まる頃だろう。真琴がそう思い始めた頃、教頭から連絡があった。なんでも、予定より一時間程遅れるらしく政府側より謝罪があったと。
それについて真琴は
(まいっか。僕も使われているんだし、ギブアンドテイクってやつだよね)
と、少しだけポジティブに物事を考えるようになっていた。
だが日本政府からしたら、自国の戦力を飛躍的に向上させてくれる可能性が高い人物にヘソを曲げられたりしたら大変である。最悪取り合ってもらえなくなるかもしれない、そう考えていた。
これ以降日本政府は、真琴を全面的にバックアップすることとなる。
◇
1時間後、日本政府のお偉方が機材の搬入の状況を確認しに来た。ついでにISの研究チームを引き連れて。なんでも打鉄カスタムの改造の状況と、第3世代への改造方法を学びに来たらしい。
噂という物はとにかく広がるのが早い。イギリスの代表候補生のISを真琴が改造したという情報は既に日本政府に入っていた様だ。
正直あまり時間がないのでお勉強はまた今度にして欲しいという事を伝えると、邪魔にならないように見学するだけでも、と頼み込まれた。
日本政府主導という事で打鉄カスタムの作成を行っているので、さすがにこれは断りきれなかった。
CPUを組み替えた事で、回路上に異常をきたしていないか確認を行い、ひと段落付いた所で息抜きをしようとディスプレイから視線を外した時、後ろに気配を感じた。振り返ってみると、そこには日本政府サイドの研究員が総立ちで真琴から技術を盗もうと必死になって、パソコンのモニターを食い入るように見ていた。
ここで真琴のいたずら心に火が付いた。面白い、盗めるものなら盗んでみろと言わんばかりにペースアップをしたのだ。
オーバークロックした真琴、その動きはまるで精密機械。ミスなどありえないかの様に研究所内を動き回る彼を見て、研究員達は後に「あれはすごかった。感情がないそれはロボットを見ている様だった。」と語っている。
後ろで作業を見守っていた日本政府サイドの研究者達は、真琴の作業が早すぎるため何を行っているのかサッパリわからないでいた。かろうじて、概要だけは掴めたみたいだが。
連日行われるご機嫌伺いを、真琴はいなす事を覚え始めた。これが後々、真琴を大きく成長させることとなる。
◇
プログラムの校正とレイアウトの変更が終わり、後は武器とインターフェイスを残すのみとなった。
レイアウトの変更が行われた打鉄カスタムは、将官機と呼ぶに相応しいデザインになっている。本来の打鉄は黒を基調としているが、打鉄カスタムは赤を基調としている。空気抵抗を極限まで削ったシャープなライン。4枚のスラスターを広げたそのシルエット。それはまるで大空を自由に飛びまわる鷲を彷彿とさせる。
個別にイグニッション・ブーストを行えるスラスターは、CPUを最適化したことにより操縦者の思うままに操ることができる。レスポンスが高すぎて、国の代表レベルじゃないと100%の力を出すことはできないだろうが。
自由自在に方向を変え、しかもイグニッション・ブーストの出力でさえ調整できるため、本人以外には予測が不可能な動きもできるようになっている。急激な加速やブレーキは搭乗者にダメージが行くが、オーバーブーストさせた際には反動を緩和させるエネルギーが放出されるように設計されている。一回の発動でエネルギーを20%も持っていく原因の一部がここにもあった。
まだ完成していないのだが、真琴は打鉄カスタムに名前を付けることにした。
その名は「撃鉄」
モチーフは名前からもわかるであろう。「銃」だ。
搭乗者の頭の中で撃鉄を起こす事により発動するオーバードライブ。そして、一陣の光となり戦場を駆け巡るIS。
これ以上語る必要はなかった。それだけで研究所に居た全員が納得していた。
日本政府はこのスペックを見て大喜び。完成した暁には巨額の資金援助を行うと約束していた。真琴のラボができる日もそう遠くはないのかもしれない。
打鉄カスタムの名前が決まった所で、丁度放課後のチャイムが遠くから聞こえてきた。真琴は今日はここまでと皆に告げ、セシリアの私室へと歩を進めた。
◇
「お待ちしていましたわ真琴さん。ゆっくりと寛いで下さい」
―――相変わらず寛げない部屋である。というか、ティーカップ1個○万円なんて聞かされたら、紅茶の味なんぞわからんだろう! どうやって寛げってんだ!
真琴の心境を語るなら、こんなところか。
しかし、セシリアとの和やかな会話が続くに連れて、徐々に真琴の硬さが取れてきた。柔らかな笑みを浮かべたセシリアは、普段の威風堂々とした彼女からは想像できないほど清楚な雰囲気が感じられた。これが彼女の本質なのかもしれない。
「へっくし」
真琴のクシャミで和やかなムードが吹き飛んだ。不幸にもカップを持ったままだった。不幸すぎた。うん、不幸だ。
反動で手からティーカップが飛び出す。お世辞にもあまり裕福だったとは言えなかった真琴にとって、一個○万円もするティーカップを壊すなんてとんでもない。野球だったら間違いなくファインプレーだったろう、真琴は落ち行くティーカップをダイビングキャッチした。が、次の瞬間ほかほかと湯気を立てていたカップの中身が容赦なく真琴に降り注ぐ。
「っつ~!」
「大変ですわ! すぐに服をお脱ぎになってください!」
慌てふためくセシリアが乱暴に真琴の服をはぎ取り始める。
「あっ……」
◇
「よかった……。火傷にはならなかったみたいですわね」
「ご、ごめいわくをおかけしました。あの……、一ついいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「どうしてぼくは、セシリアさんといっしょにお風呂にはいっているんでしょうか」
湯船の中に人影二つ。そう、先ほどドタバタ劇を繰り広げた二人である。
「わたくしも濡れてしまいました。いくら春だからとはいえ、さすがに濡れたままだと風邪を引いてしまいます」
「そのとおりなんですけど……まぁ、いっか」
真琴があっつい紅茶を被った後、セシリアは己の服が濡れるのもお構いなしにシャワーで真琴の体を冷やした。その際、セシリアもずぶ濡れになっていたのである。
「ふふっ、このまま入浴タイムと行きましょう」
真耶程ではないにしろ、セシリアも中々ないすばでぃだ。それは女神の加護の如く真琴を優しく包み込む。が、ときおりにへら~……と顔が蕩ける彼女を見て、真琴は静かに溜息をついた。ああ、姉が一人増えたと言わんばかりに。
二人目のまこっ党員が完全に覚醒した瞬間である。もちろん、一人目は真耶だ。
※まこっ党とは、真琴を生温かく見守り、時に愛でる党である。
(最近、セシリアさんが僕にとっても良くしてくれるんだけど、どうしてだろう? なんかお姉ちゃんと同じ様な目で僕を見てくるし……。弟? みたいな感じなのかな? まぁ、仲良くしてくれる人は好きだよ、ISを抜きにして仲良くしてくれる人は)
真琴の思考をよそに、セシリアとのにゅうよくたいむは続く。かぽーん。
◇
セシリアはすぐ戻るとだけ言い残し先に上がって行った。真琴の替えの服を用意するらしい。
変な服用意されなければいいな~…と真琴は祈るばかりだ。何しろ、真耶という前例がある。ねこみみフード付きのパジャマを着せられた時は、本当に危なかった。にくきうハンドとレッグ、尻尾のアクセサリー。次々に渡されるパジャマ? の着付けが終わった時、真耶はF1カーもビックリな速度で真琴にかっ飛んで行って抱きつき、そのまま頬ずりを始めたことだってある。
真琴が昔の記憶に浸っていると、外からセシリアの呼ぶ声が聞こえた。どうやら準備できたらしい。真琴は脱衣所で体をふき、すっぽんぽんでセシリアの元へとことこと歩いて行った。そこに、下着は用意されていなかった。
「お待たせしました、まこ……ぶはっ!」
セシリアの鼻から愛が噴き出す。どうしたんだろうと、真琴はすっぽんぽんのまま首を傾げていたが
「さっ! この服と下着を着てくださいまし! ハリーハリーハリー!」
目が血走ったセシリアに肩をがしっと掴まれ退路を塞がれる。逃げようとしても一歩も真琴は動けなかった。一体、華奢な体のどこにこんな力があるんだか。
「せ、セシリアさんおちついてください……。今きますから」
なんかセシリアが危ない。
「こほん……失礼しました。さ、真琴さん。この服を着てくださいな。」
反論する気にもなれず、真琴はおずおずと用意された服を着始めた。
「ああ……わたくしの目に狂いはありませんでしたわ。とってもお似合いですわ、真琴さん」
「……(掃除、しやすそう)」
真琴に用意された服。それは、メイド服。メイド、めいど、冥土……。
フリルで装飾されている白いブラウスに紺の半ズボン、ネクタイも用意されている。エプロンは腰から下だけのタイプで、ポケットが二つ付いているのがポイントだ。帯が長めなので後ろで蝶々むすびにしてある。まるで真琴の為にあつらえたかの様にピッタリ。白いフリルが付いたホワイトブリムもしっかりと用意されていた。
一体、十数分でどうやって準備したのかと小一時間問いたいが、そんな気力が真琴にあるはずもない。
真琴は既に諦めムードで、何故かメイド服と共に用意されていたはたきとバケツで武装し、立ちつくしていた。
「ま、真琴さん。今日一日その格好でいてくださらないかしら……。」
「いちにちつきあうといいましたし、いいですよ」
「ああ、かわいいですわ……。たまに、たまにでいいからまたその格好をしていただけないでしょうか?」
「……ま、いっか」
過去の経験から、逆らうだけ無駄と判断した真琴は素直に従った。
その格好のままはたきとバケツを装備して寮内を散歩している真琴を見て、生徒や教師が次々に悶え、倒れるという事件が起きたが、それはまた別の話。ちなみに、真琴のメイド姿を見て千冬も「……ありだな」と呟いていたとか。
―――~♪
―――………!? 何!? 何で学校にメイドさんがいるの!?