コードギアスLOST COLORS 小話集 作:如月(ロスカラ)
「まあ、薬を飲んで十分な睡眠をとることだね。そうすれば、2、3日のうちに良くなると思いますよ」
白髪混じりの初老の医師はそう口にすると、薬の処方の仕方を伝え、部屋から立ち去っていく。
「どうも、ありがとうございました」
部屋の扉が閉まるまで医師を見送った少女は、医師の言葉にほっと安堵のため息をついて、部屋の奥の、居住スペースとなっている一角にあるベッドへ向かう。
「よかったわね、ライ。ただの風邪だから2、3日もすれば良くなるって」
ベッドに寝転がって苦しそうに息を上げている少年、ライに対してミレイは声をかける。
「そう……ですね……」
ライは、搾り出すように声を出してなんとかミレイに返答する。ただの風邪、といっても、現在40度近い熱に悩まされているライの状態はライ本人には軽々しいものではなく、ミレイから見ても多量の汗を額に浮かべて耐えている様子は見ていて痛々しいものがある。
そもそもの事の発端はライが無断で学園を休んだことから始まった。
仮入学という形で学園に通っているライは、その立場や状況から、出欠等に関しての規律は他の生徒と比べて甘くなっている。
記憶喪失のライにとって、学業よりも優先すべきことは自らの記憶を思い出すことであり、そのため、所謂「記憶探し」に出かけることから授業を欠席せざるを得ない事情があるからだ。
しかし、ライは、そういった事情で学園に来れないとき、少なくとも保護者を自称するミレイに連絡するなどして、なんらかの形で伝えていた。
だから、事情が事情とはいえ、ミレイにとって無断欠席などは関心できることではなかった。それに、真面目なライが連絡の一つもよこさないことには一抹の不安を覚えた。
放課後、早々と生徒会を切り上げたミレイは、ライの居室となっている学園の施設の一室へと向かった。
「ねえ、ライ。いるの?」
ライの部屋をノックして呼びかけてみても返事はない。もしかして出かけているのかもしれないと思い、引き返そうかどうかミレイは逡巡する。
だが、なんとなしに手をかけた部屋のドアノブが思いもせず回ってしまったことによって、その思いは立ち消えてしまった。ここまで来たのだから確かめよう、とミレイの考えは完全に決まっていた。
ライの保護者を自称しているとはいえ、勝手に異性の部屋に入ることに、ミレイは少しの罪悪感を覚えていた。
部屋にいるかどうかさっさと確認して帰ろう、と罪悪感を振り払うかのようにそう決めて、部屋の中に入り込んだミレイだったが、夕方だというのに電気もつけていない部屋は、まるで部屋の主の不在を暗示するように、静けさで満たされていた。
夕焼けだけが部屋を照らし出し様子に、やっぱり帰ろうかとミレイが思い始めた矢先、不意に部屋の奥から呻き声のようなものが聞こえた。ミレイは驚くと同時に、咄嗟に部屋の奥へと駆け出した。
「ライ!?」
そこにいたのは、寝巻き姿のまま苦しそうにベッドに横たわるライだった。
「あのときは本当に驚いたわよ」
明るく話しかけるミレイだが、口でいう以上にライを見つけたときのことは衝撃だった。
明らかに異常なライの状態にミレイは、一瞬頭の中が真っ白な気分になった。
だが、ミレイは慌てずにすぐに平静を取り戻し、ライの額に手を当てて、体温が高いことを確認すると、急いで学園かかりつけの医師を呼び出した。
「どうしたのかと思ったわ」
そんなミレイにとって先ほどの医師から聞かされた診断結果には、本当に安心させられた。これで重い病気の可能性がある、だなんて言われていたらと思うと、ミレイは心底良かったと感じた。
「すい……ません。心配……かけて……」
だが、ミレイの安堵とは裏腹に、当の病人であるライは熱にうなされている。
ただの風邪だといっても、苦しんでいる当人にとっては、症状が治まらない現状はきついのだろう。
「そんなこといいから。ほら、薬飲んで」
激しく息を吐き出しているライに、ミレイはコップから水を差して薬を飲ませる。そうしてしばらくすると、落ち着いてきたのかライの呼吸が安定してきた。
「ミレイさん、本当に……迷惑かけて」
「いいのよ、そんなことは。あ、でも━━」
何か思いついたという風に口元を緩めて、ミレイは、熱のせいで赤くなっているライの顔を見つめる。
「ねえ、ライ。今は一生懸命看病してあげるからさ、風邪が治ったら、何かご褒美くれない?」
「ご褒美……ですか?」
ぼうっとして、うつらうつら聞き返してくるライに、ミレイは意地悪そうな笑みを浮かべる。
「そう、なんでもいいから言うことを一つ聞いて欲しいの。だめ?」
「いい、ですよ。風邪が治ったら。ミレイさんの言うこと……なんでも……」
そう言って言葉を言い終える前に、薬が効いてきたのかライは眠ってしまった。
「あれ、ライ。寝ちゃった?」
さっきまでと違って穏やかな息遣いで眠るライに、ミレイはふっと微笑む。ただ穏やかに眠るライの様子を見ていたら、どんなことをさせてやろうかと考えていた邪な考えなんて、どうでもよく思えてきてしまった。
「今回は勘弁してあげるわ」
整ったキレイな顔立ちのライの寝顔を見つめていたら、愛しさがこみ上げてくる。ミレイが自称している保護者という立場以上の感情だ。
「でも、ご褒美はもらうからね」
返答のないライに対して、呟くようにミレイは問いかける。そして、ベッドの脇からすっと体を浮かせて、お互いの顔を近づけていく。やがて、互いの距離はゼロとなって、顔の一部分同士が触れ合った。
「早く良くなってね」
ライの手を握って、ミレイは再び、今度は頬を赤らめて、薄く笑った。