コードギアスLOST COLORS 小話集 作:如月(ロスカラ)
「どうして。どうして……なんだ」
スザクの目的はすでに果たされる目前だった。
ルルーシュの秘密を知り、ゼロを捕らえスザクの復讐は速やかに叶えられるのだと思っていた。
ゼロがルルーシュであることを知れば、カレンはゼロの元を離れるだろうと、彼も理解を示してくれるはずだとそう思っていた。
ルルーシュの恐るべき力を知れば、スザクに従うはずだと思っていた。
だが、現実はスザクの目論みとは違った。
ゼロを捕らえ押さえるスザクの前に立ちはだかる人がいる。
彼は、戸惑うカレンを他所に確かな足取りでスザクに向かってくる。
彼はスザクの願いを阻もうとする。
「どうしてなんだ! ライ!」
彼はスザクの怒号も気にせずに、いつものように淡々と告げる。
「スザク。ゼロを、ルルーシュを……返してもらう」
吹きすさぶ風に紛れて、血潮の臭いが流れてくる。
その臭いがやけに鼻について、ライは目覚めた。
「なんだ……これは?」
目覚めとともに見せられたのは凄惨な光景。
人が折り重なるように死んでいる。
人々の死体は地面を血で朱に染め、大気に鉄の臭いを紛らわせて、今も誰かが死に瀕しているかのような錯覚を思わせる。
「なにがあったんだ」
ライは考える。自分が目覚めるまでに何が起こったのかを。
「……!?」
思案を繰り返している内に思い出した。
ライは救えなかったのだ。
ユーフェミアを悲しき運命の呪縛から。
大勢の日本人を恐怖の殺戮から。
ギアスの危険性を誰よりも知っていたはずなのに、それなのに救えなかったのだ。
ライは再び惨劇を垣間見ることとなってしまった。
「ああああああああああっ!!」
かつての感情が蘇ってライは慟哭を放つ。
それとともに押し寄せる堪らないほどの後悔。
また、繰り返してしまった。
「くう……くっ……」
けれど、激しい感情の波に押し流されないライの冷静な部分が再び思案を始める。
ルルーシュはどうなってしまったのだ。
「……助けなければ」
ギアスを暴走させてしまったルルーシュを救わなければならない。
かつての自分と同じような目に合わせる訳にはいかない。
「……行こう」
誰に語りかけるのでもなしに、ライは一人呟いた。
幸いにも、ライはルルーシュの所在の手がかりを掴むことができた。
ルルーシュ━━ゼロは、戦闘中に突然離脱してどこかへ消えてしまった。
だが、ライはゼロを追いかけるカレンを見つけ、KMFを扱いその後を追跡した。
辿りついたのは神根島という場所だった。
先に着いていたのであろうカレンの愛機が着陸している。
ライもそれに倣って着陸し、島の中へ踏み込んでいく。
「スザク!!」
「ルルーシュ!!」
そこで見たのは、銃を構えて互いの名前を呼び合いながら対峙するルルーシュとスザクの姿だった。
対峙した二人の勝負はあっさりと決まってしまった。
ライが間に入る間もなく、ルルーシュはスザクに押さえ込まれ、捕らえられた。
ようやくライは、二人とは離れたところにいるカレンを見つけるが、彼女はただひたすらに困惑している様子でスザクを止めることはできないだろう。
「……ライっ」
そこでカレンがライに気がついた。
同じようにスザクとルルーシュもライの存在に気がついたようだ。
「ライ……」
再びカレンがライを呼ぶ。
カレンの虚ろな目は、さ迷った末にライに答えを求めているようにも見える。
「カレン」
そんなカレンにライは何を言えばいいのだろうか。
ライの唇が言葉を紡ぎだすべきかどうかを推し量って震える。
だが、それでも何か言おうとしたその瞬間、別の声によってライの言葉は妨げられた。
「来たんだね、ライ」
スザクがライに言葉を言い放った。
「君に話したいことがあるんだ」
スザクは焦れるように口早く言葉を並べようとする。
「君も知れば思い直すはずだ。ルルーシュは、彼は━━」
「知っている」
「……え?」
スザクの言葉を切るように、ライは淡々と、しかし明確に告げる。
「知っているよ。ルルーシュがゼロだということは。いや、知っていたという方が正しいのかも知れない。僕は以前からそのことを知っていたのだから」
ライの言葉にカレンとスザクが驚愕で表情を歪める。
唯一取り乱していないのは、ライと捕らえられているルルーシュだけだ。
「ライ、あなた……」
「君は何を言っているんだ」
カレンとスザクがライに問いかける。
だが、ライよりも早くルルーシュが答える。
「ライの言うとおりだ。ライには以前から話していた。俺の正体を」
ルルーシュに肯定されて、カレンはさらに混迷に追い込まれる。
スザクは違って、よりいっそうの焦燥感ととも今度はルルーシュに向かって話す。
「でも、あのことは! あの力のことは!」
「ギアスについてもライには話してある。俺はライには必要なことは全て話した」
ルルーシュは自身を押さえつけているスザクを睨みつけながら告げる。
「ライ……本当なのか?」
「ああ」
ルルーシュの言葉にライが頷く様子を見て、カレンは言葉を失い、スザクは怒りに狂ったように反応した。
「わからない。どうしてなんだ! 全てを知っていたならわかっていたはずだろう。ルルーシュが間違っていることを!」
「僕にだってわかっているさ。ルルーシュは間違った。力の使い方を誤り、たくさんの人を傷つけた」
「なら、なぜ助けようとする!?」
スザクの問いは、もはや純粋な疑問となっている。ただただライの考えがわからないのだ。
「なぜ、か。それは僕にもわからない。その答えは、あるいは僕がルルーシュと同じだからなのかもしれない」
「え……?」
ライの言葉に反応したのはカレンだった。
先ほどまで呆然としていた彼女が、今はその言葉に興味を寄せられるようにライを見つめる。
「それって……どういうこと?」
「……」
そのとき今まで淡々と答えていたライが初めて沈黙した。
瞳はさ迷い、カレンの顔を直視できない。
「僕は……」
だが、意を決したようにライはカレンを、そしてスザクを見つめた。
迷いながらも言葉を吐き出そうとしている。
「ライ、お前……」
ルルーシュはライが漏らそうとしている言葉を止めるべきか逡巡する。
しかし、ルルーシュが制止を決断する前に、ライは口を開いた。
「僕も同じなんだ。僕も……ギアスを使える」
「うそ、でしょう?」
カレンは自らが発した言葉が真実であることを願いながらライを見る。
信じていたゼロに裏切られ、その上、ライまでもがカレンを欺いていたとしたら耐えられない。
「嘘じゃない、同じなんだ。僕はルルーシュと同じようにギアスを使って他者を意のままに操ることができる。そして……」
ライは言葉を詰まらせる。その表情にははっきりと恐怖が浮んでいた。
ライにとって、自身の過去を告げることはそのくらいの苦痛を伴うものであった。
だが、伝えなければならない。逃げることは許されないのだから。
「僕は、かつてギアスを使って大勢の人々を死に至らしめた。僕が無理やり従わせて、殺したんだ」
ライの言葉を聞いて、カレンやスザクのみならず、今まで平静を保っていたルルーシュも驚嘆した。
知らなかったライの過去には、今のルルーシュに恐ろしいほどに重なるところがある。
そして、ライが自らの過去を語ることが意味するところは。
「ライ、記憶が戻ったのか?」
「ああ、そうだ」
ライは出会ったときからずっと願っていた記憶を取り戻した。
だというのに、ライはルルーシュに生返事を返すことしかできない。
それぐらいに、ライの過去は残酷なものだった。
素直に戻った記憶を喜ぶことなどできるはずがなかった。
「そうか……記憶が……」
そんなライの様子にルルーシュは短く言葉を吐き出すことしかできない。
カレンは呆然と助けを求めるような目で黙ったままのライを見つめることしかできない。
その場にいかんともし難い緊張感が走る。
誰もが何を話せばよいのかわからず、声を出せない。
「はは、ははははっ!」
だが、そんな空気を打ち破って笑い声が響いた。
スザクが笑っていた。
「そうか。そうなんだな、君は」
スザクは笑いをこらえながら話していた。だが、表情まではこらえ切れず、崩れたままだ。
「何が可笑しいんだ。スザク」
スザクの突然の哄笑に応じることができたのは、ライだけだった。
ライは無表情のまま、スザクの目を射る。
「君がなぜルルーシュを助けようとするのか、それがわかったんだ」
「なに?」
「君はルルーシュを哀れんでいるんだ。同じような境遇を持つルルーシュを自分に重ねているだけなんだ」
「……」
スザクに言葉を返さず、ライは黙考する。
ライは確かにルルーシュの境遇を自分と重ねているのだろう。
では、それが助ける理由なのだろうか?
助けたいとなぜ思ったのだろう
どうして……
「それは、違う」
数瞬の沈黙を糧にライは答えを導きだした。
そして、スザクの言葉をはっきりと否定する。
「僕はルルーシュを哀れんだりはしない。僕が助けようと思ったのはそんな気持ちからじゃない」
「違うって言うのか?」
スザクは高笑いを止めて、真顔でライに問いかける。
「全てが違っているとは言わない。確かに僕は似た境遇をルルーシュに重ねている。そのことに何も思わないわけじゃない」
ライははっきりとスザクに告げる。
「でも、それだけじゃないんだ。そんなことだけじゃないんだ」
「だったら、なんだって言うんだ!」
ライの意思は。
「友達だからだ」
「僕は、友達だからルルーシュを救いたかっただけなんだ。ただ、それだけだ」
ライは話し続ける。ライの放った言葉が、スザクの逆鱗に触れたことにも気付かず。
「この気持ちは、何も変わらない。僕がルルーシュを支えたいと思うのも。スザクとともに過ごしたい。と願うのも。カレンを守りたいと意識することも。全部同じなんだ。だ、から……」
そのとき、不意にライの語調が弱まった。
それと同時にライが膝を崩して地面に倒れこむ。
「ライっ!!」
放心状態だったカレンがライの異変にすぐさま駆け寄る。
倒れたライを支えるカレンの手に粘着質の生暖かいものだついた。
「どういうことよ、これ」
カレンはライの青ざめた表情を見てもすぐには何が起きているのかわからなかった。
ただ、黒の制服から滲んで、ライのわき腹から鮮血が溢れていることを、ユーフェミアに傷つけられた傷跡が深くなっていく様を視覚情報として捉えることしかできなかった。
「どうしたんだ、ライ!」
ルルーシュも突然倒れたライの様子に気が動転していた。
「ライ! ライ! カレン、いったい何が……ぐぅっ!?」
ライの名を叫ぶルルーシュをスザクが力ずくで押さえつける。
「君は黙っているんだ、ルルーシュ」
スザクの顔には、さっきまでの激情は見えなくなっていた。
今のスザクは、ただ冷淡にその場にいる三人を見つめる。
「君も動くんじゃない、ライ」
スザクは手に持っていた銃を倒れ伏したライに向ける。
「なにするのよ、スザク!」
カレンはライを庇うように、ライの身体を抱きとめる。
だが、スザクは意に介さない様子でトリガーに手をかける。
「どうやら傷を負っているようだね。けれど、そのくらいならしばらくは持つだろう。そのままおとなしくしているんだ」
ただ、冷たく言い放つ。
「もし動けば、カレンを殺す」
「っ!?」
スザクは言葉とともに照準をカレンへと動かす。だが、
「……わか……った」
ライはなんとか声を絞り出してスザクに返答する。スザクは返事に満足したのか、銃を収めた。
「ライ! ライ!」
時間の経過とともに傷ついていくライにカレンは必死で呼びかける。
「カレ、ン。……君を騙して……すまない」
ライはカレンにしか聞こえないほどの小さな声で話す。
カレンはライの言葉にただ首を振りながら応える。
「で、も……君が大切だった。守り、たかった。……嫌われたくなかった」
「いいの」
カレンは小さく囁いてライの言葉を聞く。
「君が、好きだった。……すま、ない」
「え……?」
「ライが命じる━━」
そのとき、ライのギアスが発動した。
「わかった。従うわ」
カレンは唐突にそう言って、ライを地面に横たえたまま島を立ち去った。
カレンの突然の行動に、無言で見守っていたルルーシュも。スザクも一瞬何が起きたのか理解できなかった。
だが、次第に謎は解けていく。
「ライ……」
「君は、まさか使ったのか!? ギアスを!」
ルルーシュの憐憫の声が、スザクの非難が聞こえる。
だが、ただ聞こえるだけだった。ライは、意識をもう保てない。
「……ゼロと戦闘隊長を捕えたんだ。カレンは見逃して構わない」
そんなスザクの声が聞こえた気がした。
だが、薄れゆくライの意識には靄がかかったようで何もわからなくなる。
(必ず……救うんだ。みんなを……)
確かな誓いを胸に、ライは意識を手放した。