コードギアスLOST COLORS 小話集   作:如月(ロスカラ)

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ライ×カレン


The Salt of the Earth, The Light of the World

ひどく気分が悪い。

体がだるくて、吐き気や目眩、頭痛もする。

ずっとこんな状態が続いていて、それは今朝も変わらなかった。

それが精神的なものからきているのか、この数日ろくに睡眠をとっていないことからくるものなのか。どちらかはわからないが、体調は万全とは言えない。

本当はどこにも出かけずに、クラブハウスの自分の部屋で、一日中寝て過ごしたかったくらいだ。

けれど、学園に行かなければ、ルルーシュやミレイさんが僕のことを心配して部屋に様子を見に来るかもしれない。それでは意味がない。

 

誰にも会いたくなかった。

 

昨日までは、平静を装ってなんともない振りをしてみんなと接していたけれど、もう耐えられない。こんなにひどい状態の僕を見たら、みんなは心配してくれるだろう。かまってくれるだろう。それは、有難いことだけど、とても心苦しく感じる。

僕は彼らに心配されるような人間じゃない。

だから、こうしてわざわざ出かけた。重い足取りで引きずるように動かしてでも、ひたすらに歩いた。

みんなには、記憶探しに行っていたとでも言えばいいだろうか、などと考えながら。

それなのに、街の喧騒を通り抜けて行き着いた場所は、黒の騎士団のアジトがあるゲットーだった。

 

「………」

しばらく確認のために辺りを見渡してみても結果は変わらない。自分の間抜けな行動にため息すら出なかった。

アジトにはいつだって誰かがいる。無人であることなど無いに等しい。

何よりも、ここには自分を見知った人がいる。彼らだってこんな僕を見たら心配するだろう。

どうしようかと一考してみる。かといって、何処か別に行くあてがあるわけではない。ある意味、人が少ないという点ではゲットー以上に他に適した場所はないかもしれない。それに、もう歩き疲れた。

そう思い直しアジトへは行かず、近くの瓦礫の上に腰を下ろした。ごつごつとした硬い感触がしたが、気にはならなかった。

今は何も考えたくない。

項垂れるように下を向きながら、ひたすら無心でいようとした。それでも、どうしても考えてしまう。

思い出した記憶のことを。

愚かだった過去の自分を。

 

 

ただ守りたかった。

大切な人を傷つけたくなかった。

失いたくなかった。

そのために手に入れた力、守るためだけの力。

そのはずだった。間違えたつもりはなかった。

けれど、人の欲望のなんて醜いことだろうか。力を行使し、新たなものを得られたとき、さらに別のものを欲しがってしまう。

より豊かな土地を、より良質な食料を、より優れた武器を。とにかくありとあらゆるものが欲しかった。

彼女たちのためだ、とそう言い訳をつけて、いつの間にか奪うことが目的になっていた。

本当は必要のないもの。手に入れても意味のないもの。それなのに、搾取し続けた。

母上に咎められても止めようとしなかった。

心配してくれる妹を、大丈夫だと宥めて話を聞かなかった。

奪うことに快感を覚え、手に入れた力を存分に振るった。

愚かだった、あまりにも無知だった。力を絶対的なものだと過信していた。

だから気づけなかった。全てが崩れるその時を。

力の、ギアスの暴走を。

 

「僕は…………屑だ」

本当は、ただ穏やかな時間がありさえすればよかった。

誰にも傷つけられず、誰も傷つけずにいたいだけだった。

「わかっていたはずなのに」

それなのに傷つけた。奪って、壊してしまった。

何よりも大切だったのに自らの力で殺してしまった。

「僕の所為で、何もかもが」

あの笑顔は、もう僕の思い出の中にしか存在しない。

全て、消えてしまったんだ。

 

ふと、肌に触れる水滴の感触に思考は中断された。

不思議に思い空を見上げてみると、次の水滴が頬に当たる。水滴は、ぽたぽたと断続的に降りかかってくる。見上げた空は晴天の明るい様子とは違い、黒く影がかかったように曇っている。

暗い空。真っ黒な空。

こんな空を好む人はあまりいないだろう。僕も青天の空が好きだった。はるか昔も、記憶を失っていた時ですら。

そんなことを考えながら、しばらく空を眺めていた。そうしていると、ただ沈んでいくだけの自分の思考を、黒雲が示しているかのようで、自嘲的な気持ちになる。

やがて雨足は早くなり雨は本格的に降り始めた。

このままでいれば服は濡れてしまうし、体も冷えてしまう。今の僕にとっては、それはよくないことだろう。

けれど、そんなことはどうでもいい。

雨に打たれていたい。

「ああ……」

雨の感触を確かめるように両手を広げる。

雨粒が何度も肌をつたって地面に落ちる。それが愚かな過去の罪やたくさんの殺めた人々の血の汚れをも共に流しているように見えて、自然と天を仰ぐように手を伸ばす。

「冷たいな」

思えば昔にもこうしていたことがある。

ギアスが暴走して全てを失った争いの後、母上と妹の死体を見つけ絶叫して、二人の亡骸を抱きしめたまま泣き続けていた。

それと呼応するように降り始めた雨。空は今よりも一段と黒く、一筋の光も差し込まないように曇っていた。

あの時もずっと雨に打たれていた。

今のように救われようとしていたのだろうか。

後悔、失望、悲嘆、自責。

様々な感情で溢れていたあの時でも光を求めていたのだろうか。

 

 

雨粒が体にぶつかる。雨足は先ほどから激しさを増すばかりで、今では肌を刺す、と表現するのが正しいくらい痛くて強い雨が降り続けている。

その痛みが気付かせる。そして、先ほどとは違う考えが頭に浮かぶ。

雨は過去の罪を消したりしない。血で汚れた体を洗い流したりはしない。

僕の求める救いに応えてくれる恵みの雨は存在しない。

止まない雨は昔も今も晴れることのない僕自身の心を表しているにすぎない。

一筋の光も差し込まない闇の中に永遠に囚われ続ける姿を映しているにすぎない。

そう、きっとこれからも僕は……

「ライ!!」

不意に弾かれるように響いた声。そして、呼ばれた自分の名前。まさかと思ったが、聞き違えるはずがない。立ち上がり、声がした方へ振り向くと、髪の色と同じ色の傘をさした少女の姿が目に映った。

「……カレン」

返答にしてはとても弱々しい声。いや、返答ではなく確認のために出た呟くような声だった。

僕の姿を見止めたカレンは、ほとんど駆け出すような勢いで近づいてくる。二人の距離はどんどんなくなっていく。彼女が近づいてくる。

それと同時に不安と緊張が膨らんでいく。彼女に対してこんな気持ちになったのは初めてだ。

カレン、今は君に一番会いたくなかった。

 

 

「なに、してるの?」

走ったために荒れている息を整えながらカレンは尋ねる。学園からこちらに直接来たのか、服装は制服のままだった。

「……別に、なにもしていない」

僕にはこう答えることしかできない。実際に何かをしていたわけでもない。ただ、瓦礫の上に座りこんでいただけなのだから。

「君こそどうしてここに? 今日は、騎士団に用はなかったはずだけど」

目線を外したまま話を続ける僕に対して、訝しむ視線を向けてられているのが感じられる。カレンは、言いたいことを飲み込むように息を吐いて、一拍置いてから応じた。

「今日は、学園にも来ていなかったみたいだから」

「記憶探しに行っていたんだ。出かけることを伝えていなかったのは、すまなかった」

前もって考えていた言い訳を使い返答する。同時に笑ってごまかすことでもできればよかったが、とてもできそうになかった。

「そうなの? でも、だからってなにもこんなに濡れるまで……」

ずぶ濡れの僕の姿を眺めながらそんな言葉をもらして、カレンはそっと傘を僕の頭上に翳す。普段は彼女のこうした気遣いをとても好ましく思うのに、今は煩わしく感じてしまう。一人にして欲しい。

「平気だから、気にしないでくれ」

差し出された傘を押し退けて、雨の中を再び歩き出す。

「ちょっと、ライ。どこに行くのよ?」

「……帰るよ。またね」

振り返りもせずに、そう告げて一歩踏み出した。しかし、力を込めて地面を踏み締めることができずに、ふらついて片膝をついてしまう。

「大丈夫!?」

悲鳴のようなカレンの声が背後から聞こえる。その声から逃げ出すように立ち上がり、駆け出そうとする。けれど、力を失った脚はもつれて、身体を支えることができずにそのまま倒れる。

地面に打ち付けた痛みは感じるけれど、それすらもはっきりとしない。目を開けていると眩暈がするので、それをやり過ごすように目を閉じる。頭がぼうっとする。

「ライ!!」

そのまま僕は、自分の名前を呼ぶカレンの声を聞きながら意識を手離した。

 

「ん…」

重い瞼を上げて、目を開いた。一度睫毛を伏せてから数度瞬きをする。

「あ、起きた?」

すると、真横から声をかけられた。反射的にそちらへ目を向けると、赤毛の少女がベッドの隣にある椅子に腰掛けていた。

「カレン」

彼女の名前を呼ぶと同時に体を起こそうとする。しかし、なんでもない動作をこなすことはかなわず、さらにはカレンがそれを制した。

「まだ起きちゃだめよ。熱があるんだから」

「熱?」

一瞬彼女の言葉が理解できなくて聞き返した。寝ぼけているのだろうか、頭がはっきりしない。

「あなた倒れたのよ。覚えてない?」

「……ああ、そうか」

思い返すように考えて、ようやく現状がわかった。ひどい目眩や頭痛に襲われ、僕は倒れた。そして、そのまま眠ってしまったのか。

「ここは?」

「アジトの医務室よ。私があなたをここまで運んだの」

普段就寝に使っている学園のクラブハウスの自分の部屋とは違うことに気がつき、確認のために尋ねる。

かえってきた答えは納得できるもので、よくよく周囲を見渡してみると少しは見覚えがあった。

「僕は、どのくらい眠っていたのかな?」

「まだ2時間ぐらいよ。それより熱はどう?」

寝起きですぐには気がつかなかったが熱はひどいようだ。ガンガンと打つような痛みが先ほどから頭に響いているし、体は首の位置を変えることすら辛いほどのだるさを持っている。

「あまり、良くないかな」

僕の言葉を聞いて、確認するようにカレンの手が額に置かれて。幾分と冷たい手のひらの感触が気持ちいい。

「けっこう高いみたいね。大丈夫? 何かして欲しいこととかない?」

覗き込むように僕を見下ろすカレンの表情は、とても心配そうに、けれど、思わず微笑んでしまうほどに、優しく見えた。その優しさに甘えて弱音を吐きたくなる。

「して欲しいことは特にない。ただ……少し、傍にいてくれないか?」

おもむろにカレンの手をとり、思うように力が入らないために、弱々しく握る。

僕の行動に、彼女は目を丸くした。けれど、間を置かずに僕の手は両手で包まれていて

「……うん」

そう言ってカレンは笑顔を向けてくれた。

不思議な感じだ。あれほど誰にも会いたくなかったはずなのに、今はこうして君に傍にいて欲しいと思っている。この温もりを離したくない。

「……ねえ、ライ」

しばらく、手を握り合ったまま互いに無言の時間が過ぎてカレンは躊躇いがちに口を開いた。

「なんだ?」

「何かあったの?」

いきなりの核心を突く質問に言葉が出なくなってしまう。

「どうして、そんなことを……」

交わった視線を逃げるように逸らす。

「あなた、最近元気なかったし、いつも思い詰めたように考え事してたから」

なんとか上手くごまかせていたと思っていたのに、気付かれていたのか。

「私、頼りにならないかもしれないけれど、話してくれるだけでいいの」

だから、話してみない、と続けるカレンの表情は変わらず優しい笑顔で、思わずすがりつきたくなる。全てを打ち明けてしまいそうになる。けれど

「すまない。今は、まだ話せない」

話すことなんて出来るはずがないんだ。過去の過ちは全て僕が一人で背負うべき罪だ。だから、曖昧な言葉で答えを濁すしかない。

「……そう」

僕の言葉を決して納得してはいないのだろうが、カレンは渋々受け入れて、それ以上は追求をしない。でも、悲しそうに俯いてしまった。

僕のために悲しむ必要なんてないのに。僕が、いつも彼女を不安にさせてしまう。

これでいいのだろうか。大切なことを話さずに、彼女の好意に甘えるだけなら、今までと変わらない。

僕はまた、大切な人の想いを裏切って、それでやり過ごすのか?

そんなことはっ……

「ライ?」

彼女の両手に包まれている手に、力を込める

「いつか」

「え?」

逸らしていた視線を合わせて、カレンの双眸を見つめながら話す。

「いつか、全てを君に打ち明けると約束する。たとえ、それで君に嫌われることになったとしても」

顔が強張っているのが自分でもわかる。熱とは関係なく腹の奥が重く沈むように感じられる。

いつか、なんて曖昧にしてしまうのは弱さだ。それでも、彼女の前で誓うことで自分を戒める。

大切な人に心配をかけたくないという僕の想いは、結局のところ詭弁でしかない。本当は知られたくないだけだ。醜い自身の本性に触れられたくないだけだ。

だからこそ、僕は、この関係が壊れてしまうとしても、カレンに応えなければいけない。

「その……」

僕の言葉にハッとした様子になったカレンと、時が止まったかのように見つめ合う。戸惑いを浮かべて逡巡しているように見えたカレンは、それでも何かを決意したのか、真っ直ぐに僕を見つめ返した。

僕も、彼女に意識を集中する。

「わ、私は、今ここにいるあなたのことしか知らないわ。あなたのことを、本当のところは何もわかっていないのかもしれない」

カレンの言葉を、まるで一字一句を逃さずに胸に留めようと没入する。しかし、たどたどし言葉を明瞭にして、彼女は僕の手を抱きしめるように包んでから笑みを浮かべた

「それでも、あなたのことが大切なの。あなたが好きなの。だから、何を聞いても嫌いになったりしないわ」

思わぬ言葉に、いや、自分が一番望んでいた言葉を言ってくれたことに驚いて、身体の力が自然と抜けてしまった。力は入らなくなると、あらためて感じる身体の重さに、ベッドに身を委ねる。

「すまない、僕は……」

空いている腕で顔を覆って表情を隠す。今日は珍しく感傷的になっていると、上着の袖の濡れた感触は感じながら考えてしまう。

「いいのよ、私は気にしていないわ」

先ほどまでと同じようにやさしい彼女の言葉に、自分の不甲斐無さを恥じながらも、それでも救われている。彼女が僕を許してくれる。

「まだ、もう少し寝た方がいいわ。次に起きたらまた呼んで」

そう言って繋いでいた手を解いて、カレンはベッドの傍を離れる。遠ざかっていく彼女の後姿を見つめながら

「ありがとう」

呟くような僕の言葉に振り返ることはなかったが、彼女は安堵の息を漏らしたように見えた。


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