俺の家に巫女がいる   作:南蛮うどん

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第七話 近くに本屋があると幸せ、図書館があるとなお良い

 俺は割と身の回りの物に関して執着が無い方だ。別に雑に使うというわけでもないし、部屋の物は整理整頓、掃除も欠かさず行っている。ただ、それが摩耗して使用不可になったら、面倒になる前にきちんと捨てているし、それを躊躇わない。五年間ぐらい使い続けた財布が壊れても、それを捨てることに感慨は覚えない。

 なので、俺としては軽い気持ちで提案したのである。

「博麗さん。そろそろ漫画がスペース圧迫しているので、売りに行きませんか?」

「…………え?」

 まさか、博麗がこんな唖然としたような顔をするとは思わなかった。

「いや、だから明らかに本棚からはみ出している奴らは売りましょうよ。もしくは、整理して売っていい本を決めましょうよ」

「…………」

「あ、その眼は今ここで俺を殺すかどうか迷っている目ですね?」

「どうしてばれたのかしら?」

 冗談で言ったのに、嫌な方向で当たりだったの巻。共同生活を始めて結構経っているというのに、未だに博麗の殺意に衰えは無い。うん、良いことだ。

「なんにせよ、そろそろ読まない本やハズレだと思った物を売るぐらいはした方がいいですよ。どこぞの捨てられない人間になりたくなければ」

「…………そうね」

 博麗は浅くため息を吐く。

「自分でもびっくりしたわ。あっちに居た頃はそういう執着は少ない方だと思っていたのだけれど」

「人間、生きていれば変わることもあるんじゃないですか?」

「ん、これは変わるというより……」

 未練ね、と心底うんざりしたように博麗は呟いた。

 何が未練なのか?

 何の未練なのか?

 当事者でありながら、まるで関係のない俺にはさっぱりわからない。

「アンタが提案したんだから、古本屋に本を持って行くの手伝いなさいよ?」

「了解です」

 俺にできることと言えば、知人から車を借りてくる程度のことだ。

 流石に、この本を紙袋に入れてずっと歩くのはしんどいだろう。

 

 

●●●

 

 

 初めて本を買ったのは何時だっただろうか?

 気まぐれに、自分の好きなゲームのキャラクターデザインを担当しているイラストレーターが、挿絵を描いているライトノベルを買った時、だったっけか?

 いやいや、当時流行っていた漫画の単行本が先だったような。

 どちらにせよ、子供の小遣いに対して一冊の本の値段はなかなか高く、どうやって両親から金を引き出して美味いこと、買ってもらおうかと考えていた物だ。

 その内、両親が自殺して、一人で生きていくことになって。

 自分の金で漫画を、小説を買うようになって。

 金が無い時はそれを売って、飢えを凌いで。

「さて、両親に買ってもらった本はどこへやら」

 きっとどこかで売ってしまったか、無くしてしまったのだろう。

 割と大切な思い出だった気もするが、今となってはもはやどうでもいい。所詮、死ぬのを待つ身の上だから。

「お客さん、何かお探しですか?」

 ああしまった、どうやら独り言を聞かれていたらしい。

「ええと……」

 俺は言い淀んで、周囲の本棚を見渡す。

 いつもだったら、適当な漫画のタイトルでも言ってごまかせばいいのだろうが、ここは生憎そういう古本屋ではない。CDやゲームも売っていたり、漫画が本棚にずらっと並べられている大型チェーンではなく、古書店と呼ぶべき、本当に古い本だらけの場所。博麗がそういう古本屋で会計を済ませるまでの間、俺は近くにあった見知らぬ古書店へと入り、時間を潰していたのである。

 当然、あくまで暇つぶしであり、俺はどこぞのコレクターでもないので、こういう古書に興味は無い。だから、あからさまに存在しない本の内容をでっち上げたのである。

「タイトルは忘れたんですが、確か……日本のどこかに妖怪と人間の隠れ里がある話で」

「ん……遠野物語の亜種ですかね?」

「さて、内容もうろ覚えですから」

 真面目に探してくれる小柄な女性の店員さん。

 すまない、適当に言っただけだから、さらりと流してほしい。

「あ、ありました。これなんてどうですか? って、さすがに違いますよね。内容は幻想世界の記録みたいなんですけど、さすがに内容が古すぎるといいますか、江戸時代以上昔からの記録が書かれた物の断片ですから」

「え?」

 あったのか、というか、なんだ、それは?

 俺が視線を向けると、店員さんは笑顔で告げる。

「幻想郷縁起というタイトルなんですけど……本の形を取っているのが、最終巻のこれだけなんですよ。いえ、日本のどっかにはあると思うんですが、なにせちょっとした騒動で、かなり巻数が欠けてしまったらしいので」

「そう、ですか」

 和紙で作られたその本。そのタイトルには、聞き覚えがある。そして、それを編集していた一族の名前にも。

「あの……」

「なんですか?」

 尋ねられて、答えに困った。

 例え、この女性がそうだとして、俺はどんな言葉で語り掛ければいいのか、わからない。いや、『語る言葉も無い』という意味合いが適している。

「――いえ、なんでもありません。では、その本を買いますので、会計を」

「はい、ありがとうございます」

 結局、その本だけを買って俺は古書店を後にした。

 

 

●●●

 

 

「お待たせしました……って、また買ったんですか?」

 古書店から戻ると、博麗の手には数冊の本が入ったビニール袋があった。どうせ、暇つぶしに本を立ち読みしている間に、買いたくなってしまったのだろう。

「買ったわよ、悪い?」

 ここで悪いと言ったら、次の瞬間、俺はアスファルトの地面に倒れることになるはずだ。

「悪くはありませんが……なんというか、輪廻のように繰り返しますよ、それ」

「その時はまた売ればいいわ」

「売れるんですか?」

 俺の問いに、博麗はそっけなく答えた。

「売れるわよ。ちゃんと記憶しておけばいいだけだから」

 そういう風に答えられる博麗が、少しだけ羨ましかった。

 

 

 買った本の最後のページ。

 幻想の楽園は、とある男の手によって滅ぼされたとだけ書いてあった。

 男の名前は――――

 


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