俺の家に巫女がいる   作:南蛮うどん

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第十二話 断罪者は来たる

紫さんの死去を知ってから、博麗は特に表情を顔に出さなくなった。

 前々から、俺の前では表情の変化が乏しかったが、それが紫さんの死をきっかけに、顕著になったようである。

 これでいい。

 在るべき終わりを経て、少しばかり歪んでいたのが、元の形に収まったのだ。

「今週の土曜日」

「ん?」

 ある日。

 紫さんが亡くなってから二週間ほどたった日の朝。博麗は俺に告げた。

「その日にアンタを殺すわ。準備はしておいて」

 こちらに視線も向けずに、冷たい声で。

 まるで、朝のゴミ出しにでも行ってこい、と言うようなあっさりとした口調で。

 博麗は俺に死刑宣告をしたのだった。

 うん、さすが博麗だ。かなり、らしいやり方じゃないか。

「わかったよ」

 俺もそっけなく対応をする。

 それ以降、事務的な会話以外、俺と博麗は何も言葉を交わさなかった。

 

 

●●●

 

 

 仕事先への連絡はスムーズに済んだ。

 事情を知っている俺の上司が、いつか来る日のために、うまいこと根回しやらなんやらをやっていてくれたらしい。

『仮にも息子の頼みだからな。死に方ぐらいは選ばせてやる』

 上司は……俺の義父は、そんな風に俺へ別れの言葉を送ってきた。

 最後まで、よくわからない人だった。けれど、今まで生きれてきたのと、願った時に死ねるのだから、割と良い人だったのだろう、多分。

「しかし、そういう報告をした後にも容赦なく残業させるところはさすがだよ」

 現在時刻は深夜の二時。

 定時なんてとっくの昔に過ぎている。草木も眠り、何時もは喧しいほど聞こえる猫の鳴き声すら聞こえない。

 今夜は月も出ていない暗い夜。

 今更、自分の身の安全や財産にこだわったりはしないが、好き好んで嫌な思いをするつもりもないので、さっさと家に帰ってしまおう。

「―――お前は××××か?」

 と、そんなことを考えている時に限って、こういうアクシデントに遭うのだ。

「いきなりなんですか? というか、誰ですか、それ?」

 背後から声を掛けてきたのは、頭から足の先まで、真っ黒なコートに身を包んだ不審者だ。声の高さから、コートの中身は女性だろうが、生憎、身に覚えはない。

「お前は××××だな?」

「だから、知りませんって」

 俺の言葉に耳を貸さず、不審者は一歩、俺に歩み寄る。

 これは、質問ではなく確認だ。恐らく、俺に対してではなく、自分自身への。そして、足元を見て分かったが、目の前の不審者が履いているのは、軍用の特殊安全靴だ。これで踏み抜かれたら、あっさり足が潰れる。

 つまり――

「お前が私の敵だっ!」

「やっぱりか!」

 ぎぃん、と鈍い金属音が夜の帳を裂く。

 護身用に隠し持っていた俺のナイフと、相手が振るった小太刀がぶつかった音だ。

「あぁあああああああああっ!!」

 不審者は、雄叫びを上げながら俺に切りかかってくる。

 その太刀筋は乱暴だが、決して、素人の物ではない。むしろ、本来であれば、俺など一刀の下に切り伏せられるが自然の結末だったはずだ。

「――くっ」

 相手の腕が勝手に鈍っているとはいえ、俺が強くなっているわけでもないので、ナイフでさばき切れない攻撃は、当然、腕や足を切り裂く。急所だけはなんとか守っているが、このままだと、じり貧だろう。

「お前は楽に殺さない! いたぶって殺してやる! 苦しんで、苦しんで苦しんで苦しんで死んで行けェ!」

 荒々しい怨嗟の声と共に、不審者の首から上を隠していたフードが脱げた。

 銀髪と黒髪が混じった、よくわからないまだらの髪の少女だった。髪型はショートヘアというよりは、髪をただ、乱暴に切りそろえられただけというもの。なにより、限界まで見開き、目を血走らせた姿は、俺の背筋を凍らせるに十分な異形だった。

 復讐鬼。

 角なんて生えていないが、その言葉こそ、目の前の少女にふさわしい。

「ああ、お前はやっぱり幻想郷の――――」

「黙れェ!」

 結構深く太ももを切り裂かれた。

 大きな動脈にまでは、辛うじて達していないが、その痛みで、俺は転倒してしまう。その隙を当然、目の前の復讐鬼が逃すわけもなく、刃を俺の首元に突き付けた。

「ふぅー! ふぅ、ふぅー!」

 かたかたと、突き付けた刃を震わせ、今にも己の歯を砕かんばかりに噛みしめている復讐鬼。そうか、勢いのままに殺したくないほど、憎んでいるのか、俺を。俺の未来を。

「どうした? 殺さないのか?」

「黙れ」

「誰かの仇を取りたいんじゃないのか?」

「うるさい」

「まぁ、殺したらこの世界の幻想郷は滅ぶ運命になるらしいけどな。やるなら、博麗みたいに、ちゃんと準備してからじゃないと――」

「黙れェ!!」

 容赦なく、俺の肩口に刃が突き立てられた。

「知っている! 知っている! お前に言われるまでもなく、そんなことはぁ!」

「――がぁ…………はは、だったら、待ってろよ。今週の土曜日には、俺は死ぬからさ。こんなことせず、俺の死にざまを見に来ればいいじゃないか」

「うるさい! 黙れ! 黙れ!」

 理性が感情に負けている。

 結論と感情が逆転している。

 恐らく、この復讐鬼はもう、自分でも訳がわからなくなっているのだろう。

 今、辛うじて残っている理性が、己の憎しみを押しとどめているだけ。このままだと、確実に俺はこいつに殺されてしまう。ただ、我慢しきれなくなっただけの復讐鬼に。

「それは、御免だな……」

「うるさい! うるさい!」

 何度も、俺の腕に刃を突き立てる復讐鬼。

 もはや、痛みよりも熱さを感じるのみ。怒りのはけ口とされた右腕はもう、動かない。

「お前が! お前が! お前さえ! お前なんかぁああああああああああ――」

 ぱぁん。

 気の抜けた銃声が一つ。

「――あ?」

 最後に、間抜けな声を上げて、それっきり復讐鬼は動かなくなった。

「…………こんな時だけ、運が良いな、俺」

 右腕は動かない。

 だから、左手に持っていたナイフを――ナイフ型の小型銃で、復讐鬼の頭部を撃ち抜いたのである。至近距離とはいえ、体勢が不安定で、右腕をめった刺しにされた状態で狙い撃てたのは、奇跡に近い。

 どうせなら、違う時に奇跡が起きて欲しかったものだ。

「……あぁ、人間に見えたけど、半分くらいは幻想だったのか」

 力なく倒れかかってきた復讐鬼の体は、この世界の法則に則って、薄れ、消えていく。

 この世界は幻想を許さない。

 科学の叡智が、一秒ごとに、どんどんと世界を定義づけ、かつて存在していた幻想は儚く消し去られるのが定めだ。

「はは、ほんと…………どうして、俺なんかが生きてんのかなぁ?」

 どうせ消えるのなら、博麗に殺されるのなら。

 この復讐鬼のように、後を濁さず消え去りたいと思った。

 


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