「えー、それでは……これから食事当番のローテーションを決めようと思います」
俺は目の前で、だらける黒髪の少女に向けて、ため息交じりに告げる。
「博麗さん。一応、希望があれば聞きますが?」
「週七でアンタ」
「はっはっは、博麗さんは冗談がお好きなお方……」
笑ってごまかそうとするが、黒髪の少女――博麗の目つきはマジだ。マジで、週七で俺に食事当番を任せようとしている。しかも、三食全てという有様。
「待って、待って、博麗さん。これでも俺、仕事持ちなんだよ? 朝に朝食と弁当と、君の昼ご飯作って、帰ってきたら二人分の夕食? ははっ、ちょっと無理があるんじゃないかな?」
「でも、できるでしょ? やろうと思えば」
「可能か不可能かでいえば、可能ですが……」
「じゃあやって」
「…………あい」
反論は意味を成さない。
草食系を通り越して、植物系男子な俺が博麗に何を言おうが、怜悧な目つきで黙殺されてしまうことだろう。
しかし困った。
これでは掃除当番も、食事当番も全て俺じゃないか。せめて、博麗にも何か一つ、家のことを担当してもらわなければ、俺の不満ゲージが溜まってしまう。
「あの……博麗さん。せめてこう? 簡単な仕事でいいので、何かやってくれませんかね? これから一緒に暮らしていくわけですから、助け合いは大事なわけでして」
「…………」
じろりとこちらを睨む博麗。
いやいやいや、ここは譲れないから。譲っちゃいけない最後のラインだから。
「……分かった。それじゃ、アタシはこの家の警備を担当するわ。ほとんと家の中に居るから、最適でしょう?」
「リアル自宅警備員!?」
「なに?」
「いえ、何も文句ありませんとも!」
実際、博麗は俺と比べものにならないほど強いわけだし。まぁ、それなら何とか自分自身を納得させられるわけでして。
「…………あのさ、博麗さん。文句は無いなけど、一つ質問が」
「なに?」
博麗さんはつまらなさげにこちらを見る。
顔立ちは鼻筋がすっと通っていて、一つ一つのパーツのバランスが良い。勝気な瞳と相まって、クールな美少女という感じ。出会った当初は巫女服を着ていたわけだが、今は、緑色のジャージを適当に着こなしている。ただのジャージでも、美少女が着ると、不思議と見栄えが良くなる気がするね。
そんな美少女が、俺なんかと同居だってさ。
しかも多分、つーか、絶対未成年ですよ、この人。なんか、十代半ばを過ぎたぐらい。
……役得と思えばいいのか、どうなのか?
「本当に俺と一緒に暮らすの? 正気?」
「アンタこそ正気?」
「それは保障できない」
「なら、黙っておきなさい」
言葉に刃を含めた、辛辣な一言。
ああ、やはりこれは役得なんかではないのだろうと、俺は思うのだけれど……傍から見たら、そういう風に見られてしまうんだろうなぁ。
●●●
俺の家は東北地方の田舎町にある。
空気はさほど汚れていなくて、コミックの新刊が発売日の二日後あたりに届いたりするような僻地だ。近くの駅までは徒歩三十分程度。なかなかの立地だと思う。
家は二階建ての木造住宅で……それなりに部屋の数も多い。ほとんどが使われていないけれど、きちんと掃除をし直せば、人を泊めることができるぐらいには立派な和室である。正直、一人で住むのには大変な家だったが……仲良く首つり自殺をした両親が残してくれた唯一の遺産だ。売ってしまうのは忍びないので、今まで管理がてらに住んでいた。
それが功を奏したのか、博麗という突然の同居人の登場にも、何とか対応することができた。家具とか、日用品を揃えるのは面倒だったけれど、一から全部用意するよりかは、全然マシだったと思う。
そんなわけで、今日から俺は二人暮らしになった。
同居人の名前は博麗霊夢。幻想郷という、日本のどっかにある秘境だかからやってきた巫女さんだ。外見は良いが、中身がおっかないのが玉に瑕である。
いつまでこの同居が続くか分からないが、精々仲良くやっていきたいものだ。
ああ、そうだ。せっかくだから、今のうちに言っておこう。
「博麗さん」
「なに?」
「俺を殺すなら、首絞めでお願いします。両親も同じ死に方だったので」
「…………」
博麗はため息を一つ。
俺から目を逸らして、そっけなく答えた。
「善処するわ」
なら、安心だ。
これは俺と博麗との日常物語。
俺が博麗に殺されるまでの日常を綴った、他愛ない物語だ。