いつもの日課をこなして朝食を食べている途中。
「おーい、ユウいるー?」
楓が訪問してきた。
「おー、ずいぶん早くない?」
現在時刻午前7時。確かに昨日出かける約束をしたが早過ぎはしないか。
「べ、別に良いだろ・・・暇だったんだし。」
「まあ良いんだけどさ。で、何で行くの?」
「電車で良いだろ。」
「はーい」
田舎の電車はとても本数が少ない。一本乗り遅れると延々と待たされる羽目になる。
そう、こんな風に。
「あのー楓さん?僕たちが乗るのは上り電車ですよね?」
「・・・・・・。」
楓はそっぽを向いていて、結葵と目を合わせようとしない。
「こっちを見なさい。間違えたのか、間違えたんだよね?」
「ちっ・・・・・・間違えました。」
小さく舌打ちをする楓に顔色を変えること無く、結葵は時刻表を見る。次に来る電車はおよそ一時間後だった。
「まあ、良いけどさー。待つのは好きだし。」
ホームのベンチに座って、ぼーっと空を眺め始める結葵。
「ったく・・・それだから東京で泣くことになったんだろ?」
「人には合う合わないがあるんだよ。そういう楓ちゃんは東京に住みたい?」
缶コーヒーを手渡しながら楓は結葵の隣に座った。
「いや、別に・・・。」
「ほらみろー。楓ちゃんだってそうじゃん。」
「うるせー。」
結葵は楓から受け取ったブラックコーヒーを飲む。ちなみに楓はカフェオレだ。
「そう言えばこうやって、二人で出かけるのって久しぶりだよね。」
「そうだな・・・高校の時海に行ったのが最後か?」
「そっかー・・・。」
『列車が通過しますご注意ください。』
アナウンスの後に貨物列車がホームを通過していった。
風にあおられた髪を押さえるかでの仕草に少しドキッとする結葵なのであった。
程なくして電車で街まで行き、楓の案内で中古車販売店に足を運んだ。
「・・・・・・それ、本当ですか?」
「誠に申し訳ございません。この時期になるとどうしても・・・。」
率直に言うと在庫切れだった。小回りのきいてそこそこ燃費のある軽自動車は早々に売れてしまったらしい。
町中と言っても郊外の小さな街だ。売りに来る人も少ないのだろう。
「ちなみにどのよう車種をお探しですか?」
「小回りがきいて、そこそこ馬力があって、雪道に強い車ですかね。」
何とも注文の多い客である。
「ユウ、さすがにそこまでの車は無いだろ。」
「ですよねー・・・。」
しばらく考えていた店員が、何かを思い出したように口を開いた。
「軽自動車ではありませんが、お客様のご要望にお応えする物件が一つだけございます。」
「・・・あるんですか?」
結葵が驚いた様に店員に聞いた。
「およそ二十年前のものですが、まだまだ現役ですよ。」
「ちなみに走行距離は?」
「ご安心ください、十万キロには達していませんよ。」
とりあえずその車を見せてもらうことに。
結葵の第一印象は「古い」だった。
ドアは二つしか無いし、前のシートを倒して乗り込める後部座席もくたくただった。
ホイールも交換されているようで、それが何とも委細を放っていた。
しかし、トラックで町中をうろうろしたりトラックでスーパーに行く手間と天秤に掛ける。僅差の戦いで購入を決意した。
納期は一週間後。厄介者が減ったおかげなのか、なぜか店員にとても感謝された。
店を出ると、丁度昼飯時なので二人は近くのそば屋に立ち寄った。
「ユウ・・・なんでそば屋なんだよ。」
「だってファミレスの冷凍食品苦手なんですもの。」
「・・・・・・まあ良いけどさ。」
二人が頼んだのは盛りそば。実にシンプルな注文である。お互い余計な出費は極力控えるタイプだった。
「今日の礼に鹿肉と山菜をまた持って来るよ。」
「ん?別に良いよ、その・・・。」
楓は途中で黙ってしまった。よく見ると耳のあたりが少し赤くなっている。
「・・・その、何でしょうか楓ちゃん。」
「あの・・・な、一番最初に助手席に乗せて欲しいなー・・・なんて。」
「良いけど、そんな事で良いの?」
「ああ、それで良い・・・それが良いんだ。」
「ふーん・・・。」
「お待たせしました。盛りそばです。あ、あとこちらそば湯ですね~。」
結葵は二人分の割り箸を取り出して、一つを楓に渡した。
「さんきゅー。」
「それじゃ、いただきまーす。」
二人は黙々とそばを食べ続けた。
そば屋を出て、特に他の用事の無い二人はそのまま駅に直行していた。
「ユウは午後何か予定でもあるのか?」
「明日鹿でも捕まえ行こうと思ってね、仕掛ける罠のチェックしなきゃ。」
すると、楓は結葵の腕をぎゅっと掴んだ。
「怪我だけはするなよ。」
「大丈夫だって、何年じいちゃんの下で修行したと思ってるの?まあ、気をつけるけどさ。」
今となっては猟をしている人間は結葵くらいになってしまった。
おそらく分校の給食と富士宮家の食卓に鹿肉が出る回数が増えることであろう。
「あー・・・あとハンモックの修理しないと。」
「ハンモックって、どっちの?」
「外の方だよ。昨日久しぶりにつかったら沈み幅が大きくてね。」
「本当にハンモック好きだな、お前。」
それが原因でストレス病に掛かるのだから筋金入りのハンモック好きなのであった。
「そう言えば楓ちゃんはハンモックで寝たこと無いんだっけ?」
「ねーよ、別に私は布団で十分だし。」
「それじゃあ君の家にハンモックを付けてあげよう。」
「やめろ、ただでさえ狭い家なのに。」
「ちぇー・・・残念。」
今のところハンモックの魅力を知っているのは結葵とこのみくらいだった。
「ただいま~リエスー。」
二日続けての留守番だったためか、いつもよりもリエスのかまってオーラが漂っていた。
最近よくしている遊びはプロレスごっこなのだが、結葵はこの遊びが少し面倒だった。
なぜならよそから見ると、それは人がオオカミに襲われる光景そのままだからだ。
一度本当に警察に通報されかけて、とても焦った記憶がある。
しかしここは自分の家の敷地、それに滅多に人は来ない。
「よし、やるか!」
「ガウッ」
早速リエスは結葵に飛びかかった。結葵は重いリエスの体を担ぎ上げて、優しく地面に落とす。
結葵が屈んだ瞬間を見計らって、リエスは結葵を押し倒した。
「へっへっへっへっへ。。。」
あと少しで顔中をなめ回されるというところを結葵は、リエスの口を押さえてガードした。
「あぐ・・・あぐ・・・。」
リエスは結葵の手を甘噛みしようとするが、下あごを捕まれているので変な声を出しているだけだった。
「覚悟しろリエス!」
結葵はこれでもかと言うほどリエスは思い切り抱きしめながら撫で回した。
「それそれそれ~~」
「ンガ・・・ガフ・・・ンガンガ・・・。」
気持ちよさそうな声を上げながら、リエスは結葵の耳のあたりを舐め始めた。
「あはははは・・・くすぐったい、くすぐったいって!」
「あのーツナギくーん?」
一人と一匹が戯れている最中に来客が訪れたようだ。
「おーこのみちゃん、いらっしゃい・・・うわっぷ、リエス一旦止め!」
興奮状態のリエスを一度落ち着かせてから、再びこのみの方に座ったまま向き直した。
「ごめんねーラブラブなところ邪魔しちゃって。」
ちなみにリエスは雌犬である。
「いやー二日続けて遊んでやらなかったからさ。」
「・・・・・・私は一週間もかまってくれなかったくせに。」
ぽつりと誰にも聞こえない大きさで呟くこのみ。
「で、今日は何か用でも?」
「・・・用がなくちゃ来ちゃダメなの?」
「いや、大歓迎だよ。・・・そうだ、今からハンモックの修理をするんだけど手伝う?」
「うん、手伝う。」
先ほどのちょっと寂しそうな顔を一変させて、嬉しそうに結葵の方へ駆け寄って行った。
「それじゃあ、道具取ってくるからちょっと待ってて。」
結葵が家に戻ったので、このみを遊び相手と認識したリエスだったが。
「おー今日ももふもふだねー。」
このみに撫でられた方が気持ち良いのだった。
「それで、そこを通して・・・そうそう、次に思い切り引っ張れば。」
「ん・・・っしょ。あ、できた!」
「上手上手、後はそれをどんどん繰り返していくんだよ。」
ハンモックはコツさえ掴めば編み物の感覚で作ることができる。
結葵はこのままこのみにハンモックの修理をお願いし、自分はリエスのハンモックを制作中だ。
三角テントをモチーフにして、リエスが自分で乗り降りできるように工夫を凝らす。
結局日が傾き始めるまで結葵はこのみとハンモックを編んでいた。
このみが修理したちょっと編み目のそろっていないハンモックを元の木に固定した。
そして結葵の作ったリエス用のハンモックも取り付ける。
「さてさて、早速使ってみてよ。」
このみに促されて結葵はハンモックに乗ってみた。
「どうどう?」
「うん、まあ良い寝心地で。」
「ふーん・・・それどれ。」
何を思ったかこのみもハンモックに乗ってきた。サイズは大きめに作ってあるので問題ないが、何せハンモックだ。沈み込むと同時に中心へ二人は寄っていく。
必然的に二人は密着する形になってしまう。
「ちょ、ちょっとこのみちゃん!?」
「おおー・・・結構くっつくんだねー。」
「当たり前でしょ、ハンモックなんだから!」
慌てた結葵はこのみを落とさないようにハンモックから降りた。
「ほら、もう日が落ち始めてるんだから。送ってくよ。」
「・・・・・・もうちょっと。」
「だめです。後でたくさん乗せてあげるから。」
「はーい。」
このみがハンモックから降りたとき、ふと結葵は疑問に思ったことを口にした。
「今更だけどさ。このみちゃん帰ってくるの早くなかった?」
「今週まで学校は早帰りだよ?ツナギ君も去年はそうだったはずだよ。」
「・・・・・・そんな気もしないでも無い。」
「忘れてたんだ・・・。」
ついでにリエスの散歩もするために、結葵はリードと鞄を持ってきた。
「ツナギ君・・・恥ずかしがってたんだよね。・・・ふふ。」
先ほどの光景を思い出してちょっと、嬉しそうなこのみであった。