せいしゅんびより   作:skav

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高校生期

「なあ桐生。もう一度聞くが本当に進学する気は無いんだな?」

「はい。卒業したら家業を継ぐつもりです。」

高校三年になった結葵は放課後職員室に呼び出されていた。季節は秋。

風も少しずつ冷たく、乾いてきた。もう少しで冬がやってくる。

「はあ、加賀山と言いお前と言い・・・。まあ、俺が首を突っ込む事じゃ無いからこれ以上は言わないけどさあ。」

ちなみに楓も進学する気は無く実家の駄菓子屋を継ぐようだ。この学年で進学しないのは結葵と楓くらいだった。

「それじゃあ失礼します。」

「ああ、気をつけて帰れよ~。」

話が終わり、結葵は職員室を出た。玄関に向かうと二つの人影があった。

楓とこのみだった。

「・・・待ってたの?」

「まあ、電車も来ないからな。だけどもう少し遅かったら置いていった。」

靴を履き替えて急いで二人の元へ駆け寄る。

「先生ってヤツは俺が一年から言ってきたことは全然聞いてないのな。」

「ツナギ君は何で放課後呼び出されてたの?」

「本当に進学しなくて良いのか?ってゆう最後通告。」

「あー・・・ツナギ君勉強できるもんねー。あれ、それじゃあ駄菓子屋は?呼び出し無いの?」

このみの問いに楓は苦々しい表情で答えた。

「私は春から何も言われてないけど?」

「あー・・・ははあ、成る程。」

何を納得したのかこのみはそれ以上追求しなかった。

「あ、そうだ。帰りちょっと寄り道して良いか?」

「別に良いけどどこに行くの?」

「ペットショップ。」

去年から桐生家では犬を飼い始めた。

結葵の祖父の知り合いがもらい手を探しており、それを聞いて引き取ることにしたのだ。

小さい犬と聞いてそれほど大きくはならい無いだろうと思っていたのだが、やってきたのはなんとシベリアンハスキーの子犬だった。

正確にはハスキーと雑種の混血らしいが、ハスキーの血統を色濃く受け継いでいるようだった。

最近よく食べるようになり、みるみる大きくなってきている。

そのせいで首輪が小さくなってきたのだ。

「そういえばどんどん大きくなってるよねツナギ君のところのわんちゃん。名前はリエス君だっけ?」

森はロシア語でリェースと発音することから結葵が名前を付けた。ロシア語はシベリアつながりから。

「確かハスキーってしつけが難しいんじゃなかったっけ?」

「いや、そうでも無いけど?」

「うん、毎日散歩しててもすっごい大人しいよー。」

見た目はハスキーで、中身は全く別の犬種のように大人しい。そこは雑種との混血だからだろうか。

ほかの兄弟達はハスキーの血は薄かったようで、あっという間にもらい手は見つかった。

しかしこの犬だけは暑さに弱かったり、見た目が怖いなどの理由からもらい手が見つからなかった。

そこで比較的涼しい山にすんでいる桐生家に白羽の矢が立ったわけだ。

「ほー、つまりこのみは毎日散歩してるんだ?」

「うん、楓ちゃんも来れば?」

「私は良いよ。朝は苦手だし。」

結葵は日に日に大きくなる住民にため息をつきながら、大型犬用の首輪を買った。

 

 

一月も後半に指しかかり、大学受験生は不安と緊張で倒れそうになっている頃。楓はこのみの家に遊びに来ていた。

「そういえば駄菓子屋、去年のバレンタインは凄かったらしいねー。」

「ああ、おかげで一ヶ月は甘いものに困らなかったな。」

去年のバレンタインの日、楓は後輩の女子達に大量のチョコレートを渡された。

ただでくれるものは必ずもらう楓は結葵に手伝わせて、大量のチョコレート等の大量のお菓子を持ち帰ったのだった。

ちなみにお返しは棒付きキャンディー一個ずつ。実に現金な話だが、なぜか後輩女子達の受けは良かったのだから不思議だ。

「それで、今年は予定あるの?」

「まあ、去年みたいになるなら紙袋は一応持って行った方が・・・。」

「そうじゃなくて、あげる方の予定!」

このみはおもしろい話をするように、前屈みになって楓に言い寄る。

楓はこのみから目をそらして答えた。

「・・・まあ、一応。そう言うこのみは?」

「あるよー、もちろん本命。楓ちゃんも本命でしょ?」

やっぱりな・・・と、楓は小さく呟いた。

「大体相手は予想着くけどな。」

「私も大体予想着いてるよー。」

二人は互いに視線を交差させて同時に答えた。

「ユウだろ?」「ツナギ君でしょ?」

二人とも夏あたりには気がついていたが、何となく言い出せなかったことだ。

これを言い出せば関係が壊れてしまうのではないかという恐れ。

言いたいけど言いたくない心苦しさ。

それを今日はっきりさせた。

「だけど全然気づいてくれないんだよねー。あのツナギ少年は。」

「まあ、一応私たち以外の時は気がつくみたいだけどな。」

 

以前結葵と楓が昼食を食べているときふと彼はこんな事を呟いた。

「なあ、一組の高柴さんって知ってる?」

「確か町の方のお嬢さんだっけか?」

「何となくその子から好意を持たれている気がする。」

後日楓と話を聞いたこのみは話題の高柴という女子生徒に聞いてみた。

結葵の予感通りその女子生徒は結葵に好意を持っていた。

枠にはまらないワイルドさと、たくましさに惚れらしい。

言いようによってはこうも良く聞こえるのかと二人は驚いた。

二人は本当のことを告げることにした。

週に一度は山で鹿と格闘していること。家の中にはキルマークのごとく鹿の角がごろごろしていること。

よく分からない草を食べても何となくおなかが痛いだけで済むことなど。

野性味あふれる少年ではなく本当の野生児だと知った高柴お嬢様はすっかり幻滅なされたようで。

次の週、結葵は「さっき廊下ですれ違ったらため息つかれた。」と首をかしげていた。

その出来事を境に楓とこのみは様々な根回しを始めた。当の本人にとっては迷惑この上ない話だが、二人の意見は一致していた。

気がつかないお前が悪いと。

 

「せっかく勇気を出して一緒にリエス君の散歩に行く言ったのに。ただ一言『別に言いよ』だけだよ?信じられない!」

「まあ、それじゃあ分からないだろうな。私だってわかりにくいよ。」

いつもなら押しが強いこのみだがこういう事に関してはちょっと引いてしまうらしかった。

「そういう楓ちゃんはどうなのさ。」

「海に誘った。」

「うわぁ・・・大胆。それでそれで?」

「帰り際に『川の方が良くない?』だってさ。」

二人は鈍感な幼馴染み対してため息をついた。

しばらくの沈黙が続いた後、このみはよし!と立ち上がった。

「こうなったら、今年はハートのチョコで!」

勢いの割にはとても消極的な意気込みだった。楓はがくっと、崩れ落ちる。

「おいおい、それじゃあ結葵は気がつかないだろ。せめて渡すときに何か言うとか・・・。」

「例えば?」

しばらく考える楓。やがて顔を真っ赤にしながらぎこちなく答えた。

「す、・・・っ・・・す・・・・・・好きです・・・とか、かな?」

再び妙な沈黙が続く。このみは目をぱちくりさせていた。

「楓ちゃん・・・意外に可愛いところあるんだ。」

「い、意外にってなんだよ意外にって!?」

「でもそうだよね・・・言わないと伝わらないもんね・・・。」

必死に弁解する楓をよそに、このみも引いていてはダメだと言うことを自覚した。

 

 

 

 

そして2月14日当日。このみが目を覚ましたのはずいぶんと遅い時間だった。

いつもなら早めに起きて、家の前で結葵とリエスがくるのを待っている。しかし今日に限って大寝坊だった。すでに日は完全に昇っている。だがやけに家の中は静かだった。

「うわっ、大変。寝過ぎちゃった!?」

やっぱり早めにベッドに入るべきだったと後悔する。

前日

一番の力作ができたと喜びながらチョコレートを冷やす。

その間に明日どんな服を着ようか、呼び出し、それともこちらから行こうか、時間は?呼び出すならどんな場所が良い?渡すときはな何て言って渡そうか、とか考えているうちにいつの間にか時間は過ぎていた。

完成品の出来具合をもう一度確認して遅めの入浴。そしてベッドに入るがいっこうに眠れない。

それどころか色々な妄想が頭の中を駆け巡っていた。

「もし、恋人同士になったら名前で呼び合うのかなぁ・・・。」

このみは結葵と会ったり、話をするときは心の中で呼び捨てにしていた。しかし、ついついいつものツナギ君になってしまうのだった。

「・・・・・・ゆうき。」

ぽつりと囁いてみる。途端に顔の温度が上昇し始める。

恥ずかしくてジダバタしたくてたまらないのだが、必死にそれを押さえているうちにさらに時間が過ぎていく。

そしてやっと眠りに着いたのが深夜に入ってからだった。

「おはよう、お母さん・・・、あれ?どうしたの?」

いつもなら家族がまったり団らんしている空間がやけに重く、冷ややかだった。

「ああ、このみ・・・それが。」

「何かあったの?」

重苦しい空気の中このみの母がゆっくりと答えた。

「結葵君のおじいさんがね・・・亡くなったって。」

 

「・・・・・・え?」

その意味を頭では理解できていたが、気持ちの整理がつかなかった。

 

 

葬式は村総出で大々的に行われた。参列者の人数は過去最多だったらしく、その人望の厚さがうかがえる。

結葵は涙を流すことなく、大人達に挨拶をして回っていた。

「ありがとうな、二人とも来てくれて。」

「・・・・・・。」

このみは涙をこらえるように俯いたままだった。

「ユウ、これからどうするんだ?」

「分からない・・・でも。」

「あら、あなたたちは結葵のお友達?」

結葵の両親も遺族として来ていた。そのとき二人は初めて結葵の両親を見た。

物静かな父親と気品のある母親だった。どちらかと言うと結葵は母親似の方のようだ。

「ありがとう、お義父さんもきっと喜ぶわ。」

そして両親は結葵とともにどこかへ行ってしまった。

「・・・帰るぞ、このみ。」

「・・・・・・うん。」

結葵が言いかけたことは気になるが、楓はこのみを連れて帰ることにした。

二人はこのみの家で黙ったままだった。

「お茶飲む?」

「うん・・・もらうよ。」

「分かった。」

このみは二人分の紅茶を入れてテーブルに置いた。

「ツナギ君、ここからいなくなっちゃうのかな?」

ぽつりとこのみは自身の不安を口にする。

「・・・・・・。」

楓は黙ったまま分からないと言った表情で首を横に振る。

「チョコ・・・どうしようか。」

このみと楓、二人で協力してお互いのチョコを作り合った。長期保存には向かないらしく今日までが限界だった。

しかし、どうがんばっても今日までには渡せそうにない。

「捨てるのももったいないし、食べちまうか。」

「うん・・・そうだね。」

このみは冷蔵庫から二人が作ったチョコを持ってきた。

「このみのヤツ食べても良いか?」

「良いけど・・・じゃあ、わたしは楓ちゃんの食べるね。」

そう言ってお互いのチョコを交換する。

二人はチョコをかじる。

甘さは控えめ、代わりにミルクの香りとチョコ本来の苦みが伝わって来る。

がっつりと甘いお菓子が嫌いな結葵は、和菓子のような強調しないほのかな甘さが好きだった。チョコレートを食べるときは、わざわざカカオを多く含むものを選ぶほどだ。

二人の作ったチョコは形や種類が違ってもしっかりと結葵の好みの味になっていた。

「美味いな・・・このみのチョコは。」

「楓ちゃんも、駄菓子屋なんて辞めてケーキ屋になれば良いのに。」

「・・・うるせー。」

ほんの少しだけ胸の中の不安が和らいだ気がした。

夜になり、このみの母がこんな事を言ってきた。

「このみ、あんた犬好きでしょ?」

「好きと言われれば好きだけど・・・なんで?」

このみのは背筋がゾクッと凍るような感覚を覚えた。

「結葵君のところのリエスくんだっけ?うちで預かろうと思うの。」

「・・・なんで?じゃあ、ツナ・・・結葵君はどこか行っちゃうの?」

「結葵君、ご両親のところに住むらしいの。」

「・・・・・・そんな」

身も凍るような思いだった。嘘だと誰かに言ってほしかった。

「それと結葵君から手紙を預かってるんだけど、このみと駄菓子屋の子にって。」

そう言ってこのみの母は封筒を差し出した。

「結葵君はいつ行っちゃうの?」

「ご両親の都合で明日のお昼くらいの電車で出発するらしいわよ。」

「・・・・・・明日。」

 

翌日、このみは楓の家に訪れていた。

「これ、ツナギ君からの手紙だって。」

「中身は読んだのか?」

「ううん、まだ開けてない。」

それならと、律儀に糊止めまでしてある封筒をはさみで開封する。

中には何かの鍵と手紙が一枚入っていた。

二人は手紙をこたつの上に置いて、覗くようにして手紙を読み始める。

 

 

 

 

楓ちゃん、このみちゃんへ

 

突然のことでまだ俺自身も心の整理がついてないけど、両親についていって東京に行くことになった。

両親は俺を浪人させてどこかの大学に入学させるつもりだけど、俺は全然そんなつもりはないからさ。

これは二人だけに言うことなんだけど。俺絶対に帰ってくるから。

一年、一年だけ待っていてくれないかな。必ず両親を説得してまた帰ってくるから。

山の鹿が増えすぎたら農家の人に被害が出るし、なによりも鹿肉が食えないのは心苦しいからさ。

それに図体はでかいけどまだまだリエスも子犬だから、勝手だけど世話は頼んだ。

封筒にあの家の合い鍵と倉庫の鍵を入れておいた。

暇なとき掃除をしてくれたら嬉しい。倉庫には鹿肉が入っているから燻製だけど食べたいときにどうぞ。

 

それじゃあ、また。

 

 

結葵

 

 

 

「そっか・・・ツナギ君東京に行っちゃうんだ。」

「あいつ・・・かってに面倒なこと押しつけやがって。」

弱々しく笑う二人。

二人の心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったようだった。

 

 

 

「今までお世話になりました。」

結葵は見送りに来た越谷家、富士宮家、宮内家の人たちに頭を下げた。

「あれ?駄菓子屋とこのみちゃんは?」

夏海があたりを見回す。

「あ、来た来たー!」

小鞠が指を指す方から二人が必死に自転車を漕いでやってきた。

「も、もう足パンパン・・・。」

「卒業したら・・・免許取ろう」

「このみも駄菓子屋もどこ行ってたん?」

ひかげは息を整えている二人に尋ねた。

「はぁ・・・はぁ・・・、ちょっと楓ちゃんが寝坊をねー。」

「ぜー・・・ぜー・・・わ、私のせいかよ。」

「ま、良いか。ほれ、二人からもなんか言ってやれよ。」

楓とこのみはお互いに合図をすると、両側から結葵に抱きついた。

夏海とひかげは冷やかすようにはやし立て、小鞠は顔を真っ赤にしておどおどしていた。

「ち、ちょっと、どうしたの!?」

周りの視線もはばからずに取る二人の大胆な行動に結葵は戸惑っていた。

作戦成功とばかりに二人はお互いに笑うように肩をふるわせる。外から見れば泣いているように見えたかもしれない。

「絶対に帰って来いよユウ。」

「また新鮮な鹿肉食べさせてね。」

「・・・・・・うん。リエスの世話とできれば掃除。頼んだ。」

三人にしか聞こえないほどの小さな声で。別れの言葉を良い。

それからお互いが苦しくなるまで強く、強く抱きしめ合った。

 

 

 

名残惜しさは無い、一年後また抱きしめれば良いのだから。

 


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