山に住む結葵にとって心が躍る季節がやってきた。秋、食欲の秋。栗、秋刀魚、銀杏、鮭、サツマイモ、キノコ等々、秋の味覚を上げたらきりがない。秋と言えば実りの秋、食の秋である。
「今日は米の収穫をやります。あ、これは子供達に米作りの大変さを教えるためであって人手が足らないわけじゃないからね~」
分校の生徒に結葵を加えた6人はそれぞれ鎌を持って立っていた。
「田植えに続いて稲刈りまでやらせるのかよ~」
「ねーちん人使い荒いのんなー」
最初からやる気のない夏海は早速非難の声を上げていた。夏海に限らず各々似たような反応を見せていた。
「私稲刈りって初めてです!」
分校組ではただ一人、蛍だけがやる気に満ちあふれていた。
「一穂さん、ただ手伝わせるだけでは子供達に達成感がないと思うのですが。」
「そう言われればそうだね~。じゃあツナギはどうすれば良いと思う?」
「取れたてのお米でおにぎりが食べたいです!」
ここにいる子供達よりも遙かに純粋な要求だった。
「まあ、それくらいなら良いか。」
「よっしゃ!」
結葵は意気揚々と稲刈りを始めた。それもかなりの速度だ。
「そう言えばツナギって秋になるとテンション上がるよな。」
「あれだけ張り切ってるとこ見せられると手伝わない訳にはいかないよね。」
「ウチもいっぱいお米とるーん!」
結葵の触発され、子供達も稲刈りを始めた。ただ一人蛍だけが取り残されておどおどしていた。それを見た一穂が不思議そうに声をかけた。
「ほたるん何してんの?」
「あ、あの・・・稲刈りってどうすれば良いんですか?」
「あー・・・それならツナギに聞けば?」
「は、はい・・・えっと。結葵さーん、稲刈りを教えて下さーい!」
「おー、じゃあこっちおいでー!」
いつの間にか一列を刈り終えた結葵の元へ蛍は走って行った。麦わら帽子が実に似合っていたがその手に持っている鎌が妙に異彩を放っていた。
「鎌には簡単に切れる角度があってね、それを体で覚えると良いよ。」
「えっと、それくらいですか?」
「これくらいかな。それでのこぎりみたいにしてやると・・・。」
結葵は実際に蛍の手を取って稲を刈ってみせた。
「あ、取れた!」
「これを三束ずついっぺんに刈って、それを交差するようにして並べてくの。」
「はい、分かりました・・・きゃ!」
蛍の目の前を何かが飛んでいった。それに驚いた蛍は尻餅をついてしまった。
「大丈夫?」
「桐生さん、む・・・虫が・・・虫がついてます!」
結葵の服にへばりついていたのは特徴的な長い後ろ足に、緑色の体をした昆虫、イナゴだ。
「ああ、イナゴだね。食べたら美味しいんだなーこれが。」
「え?それ食べるんですか?」
「うん、エビみたいで美味しいよ。ちょっと足が口に刺さって痛いけどね。もちろん調理したヤツだけど食べてみたい?」
そう言って結葵はへばりついたイナゴを掴んで、腰に下げた袋の中に入れてしまった。その袋の中からカサコソと音が聞こえてくる。それも尋常じゃない数だ。
「は、はい・・・じゃあ折角なので。」
見た目は不気味だが、多少は興味のある蛍であった。
「ぎゃあああ虫、虫いいいい!!」
「姉ちゃん落ち着きなって、毎年食べてるじゃん。」
「生きてるのは嫌あああ!!」
「なっつんまた捕まえたん。」
「お、れんちょんこれで二十匹目だねー。」
あちらはあちらで、楽しそうだった。まあ、ほとんど稲刈りはせずに虫取りに励んでいたが。一穂も一穂で機会でせっせと稲刈りをしていた。もはやまじめに鎌で稲を刈っているのは蛍と結葵だけであった。
「さて、一穂さん頑張った分の対価を頂きたい。」
「それじゃあ炊き始めるかね~」
待ってましたとばかりに結葵は車に積んであった釜を持ってきた。
「さっすがツナギ、用意が良いね。」
「てゆーかこれのために持ってきたんだけどね。」
釜戸を準備して、早速米を炊く準備に掛かる。やはり蛍が興味深そうに結葵の様子を観察していた。
「あの桐生さん、何かお手伝いしましょうか?」
「うーん・・・じゃあ、みんなで薪を集めてきてくれるかな?」
「はい!行きましょうセンパイ!」
「ちょっと、蛍私は別に!」
「ちょっと待ってよウチも行く!」
「ウチもいくーん!」
蛍は小鞠の手を掴んで雑木林へ行ってしまった。それを追いかけるように夏海とれんげも走って行った。
「ツナギ、水はどうするん?」
「ちゃんと汲んできましたよ。山の水です、美味しいですよ。」
水の入ったタンクを車から持ってきて、一穂に紙コップを渡した。
「お~気が利くね~。」
米を水に浸して、四人の帰りを待つこと三十分。腕いっぱいに枝を抱えて帰って来た。
その中で乾いた枝を選んで、小枝から釜戸に入れて新聞紙を使い着火した。
「ゆうゆうウチのど渇いたのん。」
「水で良ければそこのタンクにあるよ。はい、紙コップ。みんなも良かったら飲んでー」
「ありがとなーん!」
「おー流石ツナギ気が利く!」
大きめの枝を入れて、火吹き竹で空気を送る。強すぎず、できるだけ長く息を吐き続けるのがコツ。ふと気がつけば蛍が隣でその様子を目を輝かせて見ていた。
「桐生さん、それって火吹き竹って言うんですよね?」
「よく知ってるね。あー・・・やってみる?」
「はい!」
結葵から火吹き竹を受け取り、蛍は風を送り始めた。なかなかに上手な吹き方だったので、結葵は薪で火力を調節することに徹した。
しばらく時間が経ち、丁度良い具合にご飯が炊けた。取れたての米、取れたての水で作った炊きたての白飯。米粒一つ一つが立っていて、まるで真珠のように輝いていた。
一口食べると米本来の甘みが優しく広がり、噛めば噛むほど良い香りが鼻を抜ける。
「一穂さん、めっちゃ美味しいです!おかわりください!」
「それは良かったー。・・・て、食べるのはやっ」
気がつけば結葵は白飯だけで茶碗一杯食べきっていた。何も無くても美味しいが、やっぱりおかずは欲しいところだ。
「さあさあ皆の衆、ご飯のお供も持ってきたから!」
そう言って、結葵は梅干し、漬け物、海苔等々様々なおかずを取り出した。
「あの、結葵さん。その茶色いのは何ですか?」
蛍はその中で最も異彩を放つ、黒に近い茶色の物体を指さした。
「ああ、これがさっき言ってたイナゴだよ。」
「これが・・・確かにイナゴですね。」
蛍は恐る恐る一つ摘まんで口に運んだ。一回、二回と口を動かすたびに眉間のしわが無くなっていく。
「ん・・・・・・美味しいです。もっと食べても良いですか?」
「もちろん、どんどん食べてよ。」
どうやらお気に召したようで、蛍は美味しそうにイナゴを食べ始めた。
「あーほたるんズルい、ウチも食べよ!」
「・・・・・・私も。」
「うぐ・・・ゆうゆうの梅干し酸っぱいのん・・・。」
一年ぶりに食べる、取れたての米はまた格別な味がした。
「へーだからおっきな米俵があるんだ。」
「おかげで、しばらく米には困らなそうだよ。」
夕食時の桐生邸で、結葵は七輪で秋刀魚を焼いていた。このみが毎日夕飯を作りに来るのも、お約束なりつつあった。
団扇でぱたぱたあおぐと、秋刀魚の脂が焼ける香ばしい臭いが広がる。
「そう言えばこのみは進路決まったの?」
「うん、私学校の先生になりたいの。だから大学に行こうかなって。」
「先生か~、うんこのみに合ってるかもね。面倒見が良いし、良い先生になるんじゃない?」
笑顔の結葵とは対照的に、このみは少し浮かない表情だった。
「それでね、私が行きたい大学って少し遠いところにあるの。だから・・・そこの寮で暮らすかも。」
それはつまり、しばらく会えないと言うことだろう。友達付き合いもあるし、なにより忙しいから頻繁に帰ってこれるわけでも無い。
一年ずつの別れと再開、そして今度は数年離ればなれになってしまうのだ。
「そっか・・・寂しくなるね。」
「・・・うん。」
少し暗くなった二人の雰囲気を和ませるように、ジュゥ・・・と秋刀魚の焼ける音が響く。ちょうど良い焼け具合だ。
「さ、良い感じに焼けたことだし食べようか。お腹が減ると気持ちも沈むって言うし。」
「そうだね、じゃあお味噌汁とご飯よそってくる。」
台所へ向かうこのみの背中を結葵は目で追った。あの背中も後数ヶ月したら見られなくなってしまうと思うと、胸が痛くて苦しくなる。
だけど、彼女の夢を応援したいと思う気持ちの方が大きかった。
「今日は合わせ味噌の割合変えてみたの、どうかな?」
「ズズ・・・ほんとだ。少し白味噌が多いんだね。俺はこっちの方が好きかも。」
「良かった。あ、結葵ちょっと聞きたいんだけど、このポン酢ってどこで買ったの?」
「いや、作ったんだよ。このまえ農家の人から柚をいっぱいもらったからね。結構作って余ってるからあげようか?」
「うん、じゃあもらおっかな。すっごく美味しいよ。」
夕食を食べながら、とりとめの無い話をして。暗くなったら、家まで送って、そんな生活がもう少しで無くなってしまうのは、やっぱり寂しくもあった。