夏の風物詩と聞けば何を想像するだろうか。スイカ、海、蝉、太陽、あげようと思えばいくらでも出てくるだろう。でもやはり花火と祭りは王道であり外せないであろう。
「いやー済まないねー屋台の組み立てを手伝ってくれて。」
今年も花火祭りの季節がやってきた。毎年当番制で村から一見屋台を出しているのだが、今年の登板は宮内家だった。男での少ない宮内家は結葵に屋台の搬入と組み立てを手伝わせたのだ。一応バイト代はでるのだが。
「駄菓子屋ー。早く焼きそば食べたいのん。」
「あーそうだな、先輩もう作り始めますけど良いっすか?」
「おーじゃあ頼むわ。」
楓も調理担当で借り出されている。こっちもバイト代が出るようだ。シャツの袖をまくって屋台に居座る姿は様になっている。
「れんちょんは回らなくて良いの?」
「なっつん達が来るまで待つのん。」
「それじゃあ俺はこれで失礼するよ。人待たせてるからー。」
「おー行ってこい色男。」
楓の言葉を背中に受けて、結葵は待ち合わせ場所に急いだ。
「お、ようやく来たなー。」
「ツナギ君お疲れ様~。」
そこにはこのみとひかげが待っていた。本当ならばひかげも屋台を手伝わなければいけないのだが、折角地元まで帰ってきて楽しまないのはおかしいという変な理屈で拒否。まあ、その代打として楓が借り出されたわけだが。
「花火までもう少し時間があるから色々回ってみようか。」
「そうだねー、てゆうか元からそのつもりだったけどね。」
「そんなことよりもツナギー、何か言うことあるでしょ?」
「・・・・・・?」
ひかげの言うことが理解できずに首をかしげる結葵を見てひかげはため息をつく。
「花の女子高生二人がせっかく浴衣着てるのに感想もなしなのですかー?」
ようやく理解できた結葵は改めて二人の浴衣を見る。このみは藍色に花火柄の入った浴衣だった。髪型も普段の二つ分けではなく、一つに縛った髪を右肩から流していて大人びた雰囲気を出している。
「このみちゃんこういう色も着るんだね。」
「いつも明るい色だからちょっと冒険してみたんだけど。・・・変じゃない?」
「いやむしろ良い。凄く似合ってるよ。」
「あ、ありがと・・・。」
結葵の直球なべた褒めにこのみは顔を赤くする。それを見てひかげは少し不満そうになる。
「おーい、私はどうなんさー?」
ひかげの浴衣は薄い桃色に蓮華の柄が入った浴衣だった。今日は髪を縛らずにそのまま流していた。
「ひかげさんや、蓮華柄の浴衣って狙ったのか?」
「いやいや、これはかずねえのお下がりだよ。まあれんげが大きくなったらこれ着るんだろうけどねー。」
それならばなぜ一穂は蓮華柄にしたのだろうか?まあ、名前の通りにしたら稲柄になるだろうしこれで良かったのだろう。と結葵は自己完結。
「へーそうなんだ。うん似合ってる似合ってる。」
「おいコラ!褒めるならもう少し丁寧に褒めろよ!」
「いや、だって一昨年と同じ浴衣じゃん。」
「コノヤロ言ってはいけないことを言ってしまったな!?あんだろ一つくらい!違いを見つけろよ!」
「うーん・・・シンメトリー?」
「確かにいつも右側だけ前髪残してるけどさ、流石にそれはひどくね!?」
「はいはい二人ともー早くしないと花火始まる前に全部回れないよー?」
頃合いを見てこのみが二人の言い争いに割って入り、中断させた。
「しょうがない、お詫びに焼きそばを奢るよ。」
「おーマジで!?太っ腹じゃんツナギ!」
「確か楓ちゃんのところで焼きそば作ってたはず。」
「この外道が!・・・食べるけど。」
結葵を間に挟む形で三人は屋台巡りを始めた。
「食べ物は後で買って花火見ながら食べるとして、二人はどこから行く?」
「まずは射的っしょ。ここの射的なにげに良いものがあるんだなー。」
「じゃあ、最初は射的だね。」
ひかげの希望でまずは射的をすることにした。
「おじさん、三人ね。」
「はいよ!お、兄ちゃん両手に華だね~。羨ましいぜコンチキショウ!」
おっさんの囃し立てを適当に流してお金を渡す。棚にはガムやストラップなどの簡単に取れるものから人形やゲーム機まで置いてある。
「ねえねえツナギ君、あれ見てよあれ。」
このみの指さす先にはかわいらしい犬のぬいぐるみが鎮座していた。普段から見慣れている狼のような外見。シベリアンハスキーである。
「折角だしあれ狙ってみるか。」
「いや無理っしょ。あんなでっかいぬいぐるみ。」
ひかげの言うとおり正攻法でいけば確かに取れないだろう。そう、正攻法でいけば。結葵とこのみはアイコンタクトを取ると同時にコルク弾を詰めた。
「ちょ、ちょっとマジで狙うの?」
両者綺麗な構え方で静かに狙いを定める。すこしピリピリとした空気を感じた通行人が足を止めて三人を見る。それき気がついたひかげは数歩だけ二人から離れた。
パン!
一糸乱れぬ見事な同時射撃でコルク弾が二つの銃口から射出される。コルク弾はまっすぐに人形ではなく隣のボードゲームに当たる。立てて置かれたそれは少し回転してずれた。それを二回繰り返して理想的な角度に調節する。残りはあと二発。
「よし、山場だ。ミスるなよこのみちゃん。」
「うん、分かってる。」
四発目が発射。二発の弾は吸い込まれるようにボードゲームの上端の最上部を打ち抜く。これが実弾だったなら見事な一つ穴が空けられていたであろう。ゆっくりと傾いたボードゲームは人形にあたる。しかしそれだけでは確実に倒れる保証はない。素早く再装填して最後の弾を撃つその間わずか二秒。綺麗な直線軌道を描いて傾いた人形の頭部を打ち抜く二つのコルク弾。だめ押しで最後の追撃を受けた人形は棚から落ちていった。
「「いえ~い!」」
狙い通りに人形を落とした二人は嬉しそうにハイタッチを決めた。
「嬢ちゃん、あの二人はカップルなのかい?」
「いやー私もそう思うんだけどねー。本人達は否定してるけど。」
「良いね~若いって。」
パン!
「よし、おじさん当たったよ~。」
ちなみにひかげはガムや飴などの小さなものを五つ獲得していた。あえて箱入りではなくなぜかバラで置いてあるもの打ち落とすひかげ。こっちはこっちでなかなかの腕である。
「いや~本当に取れるとは思わなかったな。」
「そうだねー。最後は見物人が拍手して恥ずかしかったけど。」
「それはそうとして、その人形どうするの?持ったまま移動すんのも大変っしょ?」
「確かにそうだな・・・あ、一穂さんに預かってもらうか。」
人形は一応ビニールで覆われているから地面においても汚れは付くことはないだろう。
「まったく、のっけから荷物増やしてどーすんのさ。」
「「あはははは・・・ごめんなさい。」」
誤魔化し笑いと謝るタイミングまでぴったりであった。
「おーい儲かってるかー?」
「よお、そっちは・・・何だそのでかいぬいぐるみは。」
このみが両手で抱えているものを見てあきれ顔をする楓。
「なんか射的でさー。二人の絶妙なコンビネーションで。あ、それとこれウチの戦利品。」
「先輩ひかげから戦利品届いてますよー。」
「おーどれどれ・・・あーいつも通りの顔ぶれですな~。」
一穂はあめ玉を包みから出して口に放り込んだ。
「楓ちゃん、この人形置いていっても良い?」
「まあ、仕方ねーな・・・その代わり焼きそば買ってけ。」
「・・・はーい。」
結葵は三人分の焼きそば代を楓に渡す。
「まいどありー。」
「楓ちゃんは河原には行かないの?」
「こっちが忙しいからな。まあここからでも見えるから心配いらん。ほら、こっちの心配は良いから行ってこい。女の子を待たせるのはマナー違反だぞ。」
実に男らしい台詞を言いながら、楓はビニール袋を差し出す。
「おう、じゃあ焼きそばご馳走になるよー。」
焼きそばの入ったビニル袋を持って、結葵は二人の方へ歩いて行った。
「もごもご・・・駄菓子屋ー別に祭りの方に行っても良いんだよ?」
「私が行ったら先輩一人になるじゃないですか。」
「先輩思いの良い後輩だね~私は嬉しいぞ~・・・もごもご。」
「いや、ただ店が心配なだけですって。先輩焼きそば食べます?」
「じゃあ頂こうかね~。」
そう言ってクーラーボックスからビール缶を二本取り出した。祭りはまだ始まったばかりだ。
「なーなー金魚すくいはやらないのか?」
「金魚すくいね・・・祭りの金魚ってすぐ死なない?」
「いや、ウチの金魚は五年生きたけど?」
祭りの金魚も千差万別で上の方でぱくぱくしているヤツは狙わない方が良い。あえて隅っこの底の方でじっとしているのが長生きしたりもする。
「このみちゃんやる?」
「うーん・・・私もちょっと。」
「何だよ二人とも乗り気じゃないな?。折角の祭りなんだから、ほら行くぞー。」
ひかげに連れて行かれる形で金魚すくいの屋台に行った。
「・・・・・・はあ。」
「・・・・・・はあ。」
「あんたらただ単に下手くそなだけだったんかい!?」
そもそも結葵は食べられない小魚にはもともと興味もなく、見向きもしなかったのである。食べ頃サイズの魚なら素手で取る自信さえあるのだが。いざ金魚すくいを始めると下の方で泳ぐヌシに目が行ってしまい結局すぐ穴が空いてしまった。このみも出目金と呼ばれる金魚を積極的に狙っていったのだが、一発で失敗。開始わずか数秒で二人は脱落したのである。
元気よく泳ぎ回る赤い出目金を手に提げたひかげはため息を一つ。
「それじゃあ、今度は型抜きと行きますか。」
「あ、型抜きは得意分野だな。」
「私も型抜きならできる。」
かりかりかりかりかりかりかり・・・。
型抜きの屋台は今熱気に包まれていた。それは静寂なる熱気、一刺しで早くも台無しにしたひかげは重い空気に息をのむ。
先ほどの射的では見事な連携を見せ、金魚すくいでは互いに慰めあってた二人。しかし今回はバチバチに火花を散らし合っていた。
この屋台ではあらかじめ模様が指定されたものと無地のものがあった。ひかげは模様つきを選び、二人は無地を選択。ちなみに無地は商品なし。ただただ名誉のために型を抜く。
「「できた!!」」
これまた同時に型が抜き終わったらしい。汗をぬぐう二人の手元には抜き終わった型が。
「お、やっとできたか。それどれ・・・って、何じゃこりゃ!?」
結葵が抜いたのは疾走するシベリアンハスキーを斜め横の視点で見たものだった。生き物の躍動感、走る速ささえもこちらに伝わって来る。
対してこのみもシベリアンハスキーだった。背中を向けて顔だけこちらに向けている。じっと見つめるその視線の先には何が映っているのだろうか?
「あんたらどんだけハスキー好きなんだよ・・・。」
もはや二人のものは型抜きではなく彫刻の域である。
「「おじさん、どっちが良い!?」」
言葉の勢い手は正反対に丁寧に店のおじ様に見せた。
「うーん・・・どちらも甲乙付け難い。こりゃ引き分けだな。」
「やっぱり引き分けかー。」
「まあそれじゃあ仕方がないよね。」
そう言っておもむろに二人は自分のつくった作品を食べてしまった。
「ちょっと何で食べるのさ!?」
動揺したひかげをよそに結葵とこのみはさも当然のような顔をしていた。
「砂糖菓子だから大丈夫だけど?」
「うん別に体には悪くないよ。ひかげちゃんも食べたでしょ?」
「折角の力作だろ?残さないのかよ。」
「いやだって集中した後には甘いもの食べたいし。ね?」
「ねー」
「そんなもんなのか・・・ま、良っか。そろそろ花火始まるから河原に行くよ。」
なんだかとても疲れたひかげだった。無性にツッコミを入れたくなるのは性なのだろうか。それともこれに振り回されないのが大人なのだろうか。
どちらにせよ早くどこかで腰を下ろしたかった。
小規模な祭りとは言え河原には結構な人数が集まっていた。
「お、やっと来た。ひか姉、つなぎ、こみちゃん、こっちこっち~!」
赤い浴衣を着た夏海が大きく手を振って三人を呼んでいた。他にはれんげと卓がいた。
「あれ、蛍ちゃんと小鞠ちゃんは?」
「あーそうだったね。れんちょん、二人を連れってくれる?」
「らじゃー!このみちゃんとゆーゆーはこっちなのん!」
れんげは先ほどとは離れた場所に二人を連れて行った、そこには蛍と小鞠がいた。
「ほたるん、こまちゃん二人を連れてきたのん。」
「あ、このみさんに結葵さん。こんばんは。」
「もー二人とも遅いよー。」
「小鞠ちゃんこれはどうしたの?」
小鞠と蛍は結葵を遠ざけるようにして小声で話し始めた。
「知人がいるとなりでイチャイチャできないでしょ?だから二人は別の場所でね。」
「夏海さんが言うにはここは穴場らしいんです。」
「・・・・・・うん?」
伝えるべきことは伝えたとばかりに、二人はれんげを連れてその場から立ち去ってしまった。
「じゃ、後はごゆっくり~。」
「このみさんファイトです!あ、そのクッションは駄菓子屋さんから借りたものですので。」
「ゆーゆー頑張るのーん!」
「えっ?あ、ちょっと・・・。」
このみはまだしも結葵は全く状況が分からない。最後の情報源はこのみだけ。
「まあ、とりあえず座ろうよ。せっかく場所取ってくれたんだし。」
「そ、そうだね・・・。」
すでに他の見物客がたくさん集まり少し窮屈ささえ覚えるほどである。そこはお世辞にも良い場所とは呼べない場所であった。なのでなぜこの場所に連れてきたのかますます分からなかった結葵であった。
ドーン!パラパラパラ・・・・・・
ヒュルルルル・・・ドーン!ドーン!
「お、先輩。花火が始まったみたいですよ。」
「おー、始まったね~。」
早々と材料を使い切った二人は、小さな飲み会をしていた。ここからでも十分に花火を楽しむことができた。
「あ、先輩。ビール代はアルバイト代に入ってませんよ?ちゃんと後で払って下さい。」
「う・・・マジで?」
一穂の首筋に汗が一滴流れたのは決して暑さが原因ではないだろう。
「わー、凄い綺麗。」
「ほたるん花火初めてなん?」
「うん、こんな近くで花火見るの初めて。」
ヒュルルルルル・・・ドーン!
「「たーまやー!」」
楽しそうな小学生組の隣で小鞠が夏海に尋ねた。
「ねえ夏海、何であっちに場所取りさせたの?」
「さあ?なんか駄菓子屋が二人をあの場所に連れてけっていうからさー。」
「ふーん。あ、焼きそば食べる?」
「お、食べる食べる!兄ちゃんも食べるでしょ?」
「・・・・・・。(コクリ)」
ドーンドーン!ドドドド・・・
「ふーふー・・・そう言えば何であの二人をあんな場所に?」
たこ焼きを冷ましながら一穂は楓に聞く。少しばかり酒が回り始めた楓は何の抵抗もなく答えた。
「ここって終電早いじゃないっすか。あの場所はその電車利用者が毎年たくさん集まる場所なんすよ。」
「もぐもぐ・・・・・・。ふーん、あー・・・そろそろ終電じゃない?」
「そうっすね。だからそろそろ。後は・・・・・・ね?」
チョコバナナを片手に楓は意地悪そうな顔を浮かべていた。
ドン!ドドドドドド・・・
ヒュルルルル・・・ドーン!
「ねえ、ツナギ君。何だか人少なくない?」
「うーん・・・確かに。確か終電って言ってたけど。」
「あー・・・ここって終電早いもんねー。」
すでに周りには人の気配は無く、完全にこのみと結葵だけしかいなかった。赤、緑、黄色、様々な光が暗闇の中の二人を照らす。
「綺麗だね~。」
「そうだね~。お、今のは大きい!」
結葵は久しぶりに見る地元の花火に目を奪われていた。
今なら大丈夫かな?・・・・・・良いよね、うん、大丈夫。
狭いクッションの上でただでさえ二人の触れ合うような距離。このみはさらに距離を詰めて結葵の体にもたれる。そして彼の左肩に自分の頭を寄せる。
「えっと・・・あのーこのみさん?」
「なーにー?」
「その・・・・・・。」
「ふふ、嫌なら止めるよ?」
「・・・嫌じゃないよ。」
「ツナギ君の肩ってごつごつしてるね。男の人の肩だ。」
「このみちゃんの肩は・・・柔らかい。」
「む・・・それってどーゆー意味かなー?」
「いや、別に悪い意味じゃ無いよ。何て言うか落ち着くというか、気持ちが良いと言うか・・・。」
「ふふふっ、ありがとーツナギくーん」
ヒュルルルル・・・ドーン!
「綺麗だね~ツナギ君。」
「そうだね・・・。」
花火が終わって静寂に包まれても二人はしばらく何も言わずに肩を寄せ合っていた。