進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【まえがき】さらに1年が経過。状況説明編です。あとがきに年表追加。(2019/1/3)


第88話、852年1月 / 年表

 852年1月、パラディ島

 

 パラディ王国政府(兵団政府)とフェルレーア王国との軍事協定締結から1年が経過した。懸念されていた神聖マーレ帝国軍(以下マーレ)によるパラディ島の本格的な侵攻はなかった。(ただし偵察目的と思われる(マーレ)飛行艦による領空侵入事案は数回発生)

 

 ファルレーア軍情報部からの情報によれば、一昨年末のマーレ軍侵攻と同時期に発生したパラディ島近海の巨大津波と時を同じくして、マーレ大陸中央部山岳地帯にある秘密都市――推定で巨人化薬品製造工場が隕石と思われる大爆発(GM(ギタイマザー)の隕石攻撃)で消滅した模様である。その影響だろう、巨人化薬品の使用を控えるよう軍内部に通達が出ている事が確認されていた。

 マーレ軍の巨人戦力運用に大きな支障が出ているのは朗報だが、楽観できない事もあった。マーレ軍上層部で巨人利権に絡むグループ”巨人派”の政治力が弱くなり、通常戦力の増強を訴える海軍関係者が多いグループ”艦隊派”が力を増してきているとの事だった。事実マーレ国内において多数の戦闘艦船(飛行艦を含む)の建造が進められており、大規模な軍拡に着手している事が確認されていた。仮に巨人戦力が使えなくなったとしても依然としてマーレは強大な軍事大国であることには変わりないのだった。

 

 パラディ王国はこの頃にはすでにウォールマリアからの巨人の完全排除を達成しており、城塞都市を中心に民間人の再入植が行われている。ウォールマリア外側については敢えて巨人討伐を行っていない。誘導が困難な巨人奇行種が多いことを逆手にとって(マーレ)からの防衛機構と考えて残す構想である。大国マーレといえども多数の奇行種を排除するにはそれなりの手間がかかるからである。

 

 パラディ王国軍はフェルレーアの支援を受けて軍備の近代化に邁進していた。対巨人砲とも呼ばれる速射砲・新型の後装式長銃(ライフル)多連装機関(ガトリング)砲・歩兵随伴迫撃砲をフェルレーアから大量に輸入し、各部隊に実戦配備していた。

 

 軍編成も大きく変わり各兵団の区分が大幅に変更となった。国内の治安維持専任(警察組織)の新”憲兵団”、国防を担う”陸軍”、空を護る”空挺兵団”(後の空軍)である。最精鋭の調査兵は主に陸軍第一連隊に移籍した。各種優遇措置のあった憲兵団の抵抗は強かったが、総統府主導の下、改革を断行している。能力不足や汚職で職を追われた憲兵団兵士が相当数いて暴動に近い事件も発生したのだが、組織的な抵抗には至らなかった。現在の兵団政府の後ろ盾には侯爵家(バラタスキ)に代わって強大な軍事大国フェルレーアがいるからである。圧倒的武力の象徴である飛行艦がパラディ島上空を飛び回っている状況では反対する連中も抵抗する気が失せたようだった。

 

 意外な人事は人類最強と呼ばれた男――リヴァイが空挺兵団の兵士長になった事だった。リヴァイにとっては降格人事だが、本人は事務仕事(デスクワーク)を嫌って前線で戦う事を希望したからだった。国防の主戦場がパラディ島周辺海域・空域に移行したことで敵の攻勢の矢面に立つのが空挺兵団だからである。

 なおこの件で一番割りを喰ったのはジャン、ミーナ、サシャ達104期生だった。新兵団の選抜試験に合格して意気揚々としていたところを誰よりも厳しい上官が赴任してきたからである。ジャン達は訓練兵時代よりもさらに過酷な訓練生活となったのだった。

 

 

 事実上の空軍となった空挺兵団(団長リコ)は軍事協定発効と同時に技術検証目的で借り受けた飛行コルベット艦を『ホルヘ・ピケール』と命名、一番艦として実戦配備した。さらに技術検証の結果を受け立体機動装置の運用を考えて仕様変更(カスタマイズ)した二番艦『リタ・ヴラタスキ』をフェルレーアから購入し、シガンシナ区・クェンタ区(マリア西方の城塞都市)を母港として周辺空域の哨戒を兼ねた訓練を重ねていた。

 さらに三番艦『シャスタ・レイル』、四番艦『ハンジ・ゾエ』がフェルレーア本国の造船所にて建造中だった。いずれの飛行艦も予算の関係で小回りが利く飛行コルベット艦ではあったが無反動砲・機関砲・対地噴射(ロケット)弾・各種爆弾を搭載可能であり、戦力的価値は従来兵器とは比べものにならないだろう。

 余談だが艦船名は壁内世界(パラディ)を護った英雄や功労者の名前である。『ホルヘ・ピケール』は七十年前の調査兵団団長で立体機動装置が未完だった時代に人類で初めて巨人を討伐するという偉業を()した人物だった。リタ、シャスタ、ハンジについては説明不要だろう。

 

 当然ながらこれらの艦船の建造には莫大な費用が掛かったが、パラディ王国は戦時国債を発行して乗り切っていた。総統府首脳やアルミンの外交的成果もあって、フェルレーアやヒィルズといった海洋国家同盟諸国から低金利で資金調達できたことが大きかった。

 さらに非武装の中古飛行船三隻がフェルレーアから格安で譲渡されており、各軍事拠点や生産拠点を結ぶ輸送艦として大いに活躍していた。

 

 

 フェルレーア軍は軍事協定に基づきパラディ島の複数個所に軍事基地を設け、複数の飛行艦、兵士千ニ百人、後方支援要員二千人を駐留させていた。兵士の家族、商人、技術者を含めれば一万人近いフェルレーア人がパラディ島に長期滞在する形である。基地が出来る事による経済効果は大きく、パラディ国内経済は好景気に沸いていた。基地建設以外にも運河・道路・工場・居留地などの建設工事、鉱山開発、設備投資、飲食業、娯楽産業など仕事がいくらでもあったのだ。

 

 

 なお明るい話ばかりでなくフェルレーア王国の冷徹な面も知る事になった。

 

 パラディの人々を驚かせたのは徹底した対知性巨人対策である。基地の入り口(ゲート)はかならず地下もしくは岩盤の下に設けられ(巨人化されても拘束が容易な地下空間)、特別に訓練された探知犬がいて巨人化能力者を嗅ぎ分けることができる。また艦船乗組員は乗艦1日前から指定された場所以外での飲食が禁止となっていた。(巨人化薬品を知らずに摂取させられていた場合の対応)

 

 内部統制は殊の外厳しく、内通(スパイ)罪は凶悪犯罪並みの重刑が科せられる。そして処刑方法は巨人による食殺刑だった。フェルレーア本国においても頻繁に用いられている処刑方法である。(マーレではより大勢の罪無き人々が巨人による食殺刑に処せられているのでどちらが残酷かは比較するまでもない) 百年以上昔、当時小国だったフェルレーアを圧迫し大陸側領土を奪うなど横暴を重ねてきたマーレに対する怨念のようなものがあるのだろう。味方にすれば頼もしいが敵にすれば恐ろしい。特に裏切り者は絶対に許さず徹底的に報復する。それがフェルレーアだった。

 

 ザックレー総統を始めとするパラディ王国首脳陣はフェルレーアだが善意で駐留しているわけではない事を知っていた。来るべきマーレとの全面戦争に備えて北方海域の軍事拠点を確保するという目的があったからである。パラディ島に守るべき価値無しと判断すれば躊躇無く見捨てるであろう。その事は総統府首脳陣には痛いほどわかっており、だからこそ必死になって軍備強化ならびにフェルレーアの望む法体系を含む内部統制を整えていたのだった。

 

 

 また一昨年の戦役で捕虜にしたマーレ軍兵士達だが、戦士(巨人化能力者)を含む全員がフェルレーアに引き渡されていた。フェルレーア寄りの諸国ではマーレ陣営の国に拿捕される漁民が後を絶たずその交換材料にするとの事だった。余談だがこの捕虜の中にいた訓練兵のファルコ・ゾフィアは半年近い虜囚生活を経て本国に帰還していた。虜囚生活中、恋仲になっていたファルコ・ゾフィアが、再会したガビ・ウドと喧嘩したのはまた別の話である。ウドにしてみれば死んだと思った二人が生きていて、想いを寄せていたゾフィアをファルコに取られたのは簡単に納得できる話ではなかったようだ。

 




【あとがき】リコの空挺兵団が一気に国防の主役に躍り出る事になりました。852年1月時点で2隻の飛行コルベット艦を実戦配備、二隻を建造中です。
・一番艦『ホルヘ・ピケール』(原作『進撃の巨人 Before the fall』に登場)
・二番艦『リタ・ヴラタスキ』
・三番艦『シャスタ・レイル』
・四番艦『ハンジ・ゾエ』
ちなみに艦名に人名をつけるのは現実世界の国々でもよくある事です。リタとシャスタの名前はパラディ王国(壁内世界)が続くかぎり忘れられることはないでしょう。
速射砲は実質対空砲にもなりますので、防衛力は1年前とは比較にならないぐらい強化されています。
兵団政府(エルヴィン主導)が軍制度改革を断行します。新たな同盟国フェルレーアとの軍事協定締結により安全保障面が強化され、国内経済も活性化していますので、この時点では順調です。

一方でマーレは来るべき最終戦争に向けて軍拡を進めています。

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原作「進撃の巨人」でも発生した出来事(○)と、この小説独自の出来事()を整理する意味で纏めました。

780年頃
外宇宙より、GM(ギタイマザー)が飛来。

790年~800年
神聖マーレ帝国、当時世界の半分の富を占めており最盛期。無法な領土割譲要求をフェルレーアに突きつけて戦争に突入。ヒィルズを始めとする有力列強がフェルレーアを支援。マーレ海軍、艦隊決戦でまさかの大敗。以降、10年の長きに渡る全面戦争となる。引き分けの形で停戦になり、以後マーレ陣営と海洋国家同盟陣営の冷戦が続く。

845年
○百年の平穏を破り、巨人が襲来。シガンシナ区を含むウォールマリアが陥落。この時、知性巨人らしき鎧の巨人・超大型巨人が確認される。
○グリシャ(エレン父)がレイス卿教会で、巨人化能力を用いてレイス一家を襲撃する。
ケニーの加勢によりグリシャが死亡。フリーダ生存。

846年
○第1次ウォールマリア奪還作戦。人類は領土奪還を目指すも十数万以上の未帰還者(戦死と推定)を出して巨人に大敗。
○ケニーがロッド=レイス卿の指示でクリスタ母を殺害、クリスタは教会運営の孤児院に預けられる。

847年
○第104期訓練兵団編成。エレン、ミカサ、アルミン、クリスタ、ミーナ達が入団。

850年5月
リタ&シャスタ、壁外領域(ウォールマリア)で覚醒。生体戦車(ギタイ)4体を配下に加える。壁外調査中で巨人の集団に襲われていたペトラを助ける。
数日後、ペトラはリタ&シャスタをトロスト区内の図書館で再会。ペトラはリタ達をハンジに紹介する。リタとハンジ達は意気投合し、4人で秘密結社を結成。兵器開発や巨人研究を行う。

8月下旬
○第104期訓練兵団全訓練課程終了、解散式。
○翌日正午、トロスト区に超大型巨人が出現。巨人の群れが大量に市内に侵入。訓練兵も急遽動員される。人類劣勢下、避難の遅れなどが重なり多数の死傷者を出す。訓練兵も多数戦死。
エレン、戦死。ミーナ、生還。
訓練兵ユミル、巨人化能力を発現させ、クリスタを助けたのち、巨人の群れに特攻し行方不明(後に多数の巨人を仕留めたが力尽き、巨人に喰われていた事実を判明する)

ミカサ、撤退命令が出たにも関わらず不審な行動をする二人組を発見。この二人は同期のライナー&ベルトルトだったが、問い詰めるとミカサを襲ってきた為、逆襲し重傷を負わせる。するとこの両名は鎧の巨人・超大型巨人に変化。ミカサ重傷、駐屯兵団防衛隊にも百人近い死傷者を出す。
アルミン&クリスタが機転で壁の上に登ってきた鎧の巨人を10秒ほど脚止めする。その隙に潜伏していた生体戦車(ギタイ)のミタマがスピア弾で鎧の巨人・超大型巨人を射殺。
○第56回壁外調査中だった調査兵団が帰還。
オルオが巨人との戦闘中に戦死。
潜入工作員だった訓練兵アニは正体を見破られて、アルミン&エルヴィンにより謀殺される。
○ピクシス司令指揮によるトロスト区奪還作戦が実行され、巨人は市内から駆逐される。

○第104期訓練兵団卒業生の内、20名ほどが調査兵団に入団。
○捕獲巨人2体殺害事件発生。
ミカサ、アルミン、クリスタは表向き調査兵団第4分隊(ハンジ班)に配属になるが、実際は秘密結社に入社。

9月上旬
○ラガコ村事件発生。村人が半数が消える。後に敵勢力による巨人化薬品の投与によって巨人化させられた事実が判明する。
ラガコ村近郊で行軍演習中だった調査兵団(ミケ統率下)&新兵集団が、ラガコ村付近の巨人を鎮圧開始。獣の巨人が出現し、巨人達が組織戦闘を行う事実が判明する。極秘裏に出撃していたリタが強力ライフル銃を用いて獣の巨人を射殺。残りの巨人は調査兵団が討伐。
調査兵団本部が巨人による夜襲を受ける。これはケニー率いる中央第一憲兵団対人制圧部隊の仕掛けだった。研究棟が破壊されハンジ死亡。百体近くの巨人との夜間戦闘で40人近い死傷者を出す。
★リタ、空爆作戦を実行。気球に取り付けた気化爆弾で森に潜伏していた対人制圧部隊を壊滅させる。フリーダ=レイスが取引を持ちかけ、領地領民および部下の安全と引き換えに、ウォール教の持つ機密情報をリタに渡す。

○調査兵団・駐屯兵団による兵団クーデター。王政を倒し、親巨人派の貴族・役人・教会関係者を粛清もしくは排除。ザックレー総統を首班とする兵団政府が誕生する。
ユーエス軍(リタの秘密結社)が革命を積極的に支援。調査兵団団長のエルヴィンが参謀総長(No2)に昇格し、軍政を一手に担い改革を進める。また兵団政府はリタに侯爵位を授与する。リタは侯爵夫人を名乗り、兵団政府と正式に軍事同盟を締結する。

以降はを省略

12月上旬
兵団政府(エルヴィン)は侯爵家(リタ)より巨人勢力の大規模侵攻の予兆を知らされる。軍議が開かれ、リタの迎撃作戦案が採用される。人類連合軍(各兵団&ヴラタスキ侯爵家)は迎撃の準備を整える。

12月8日
巨人勢力による過去最大規模侵攻が開始される。襲来する巨人の数は3千を超えると予想されている。
同日正午、トロスト区陥落。ウォールローゼ内に大量の巨人が侵入

12月9日
エルミハ区外門付近において、エルミハ区防衛隊(指揮官ハンネス)と敵第1陣(エルディア義勇軍主体)が交戦。待ち伏せにより敵に大ダメージを与えて完勝する。なお、この戦いでは人類側の戦死者0。

同日、午後2時、GM(ギタイマザー)による隕石攻撃。マーレ遠征軍は9割近い損害を出して壊滅。同時にパラディ島近海にも隕石が落下し巨大津波が発生、マーレ輸送船団が壊滅する。

12月10日
トロスト区にいたマーレ軍残存部隊、パラディ王国軍に降伏。ファルコ・ゾフィアを含む捕虜達は分散して捕虜収容所に送られた。

12月12日
シガンシナ区にいたマーレ軍残存部隊、パラディ王国軍に降伏。パラディ王国(壁内世界)はウォールマリアを奪還。さらにパラディ島全土を支配下に置いた。

851年1月11日
海洋国家同盟(反マーレ陣営)の雄で西方の軍事大国フェルレーア王国の特使団がシガンシナ区を訪問。総統府(エルヴィン達)を交渉し、軍事協定を締結する事になる。

1月12日未明、シャスタ(ヴラタスキ侯爵家)が惑星から撤収。宇宙へ旅立つ。ミカサが同行する。

852年1月
パラディ王国はフェルレーア王国の支援の下、軍の近代化と航空戦力(飛行艦)の整備に取り組んでいる。アルミンがフェルレーア王都の軍大学に留学、またアルミンが執筆した手記”心臓を捧げよ――ある訓練兵の記憶”がフェルレーア・ヒィルズの両列強国内でベストセラーとなる。

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