進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第76話、エルミハ区の戦い(3)

 850年12月9日、午前12時

 

 エルミハ区守備隊は警戒態勢を維持したまま交代で休憩を取っていた。”巨人投擲”の瞬間に砲撃を被せるという待ち伏せ攻撃(サプライズアタック)により敵第1波を壊滅させたばかりで兵士達の士気は旺盛だった。ハンネス隊長は双眼鏡を覗きながらウォールローゼの雪原を壁上より観察していた。昼過ぎより再び天候が悪化して吹雪となり、視界は3キロにも満たない。視界内で徘徊する数十体の巨人達は通常型(無知性)のようで、誘導されている様子は観測できなかった。

 

(くそっ! いやな天気だぜ!)

 ハンネスは舌打ちした。視界が悪いということは敵が接近してきてもすぐに分からないという事である。部下の何人かは壁際に伏せたまま長銃(ライフル)を構えて狙撃姿勢をとっている。これは敵の巨人化能力者対策だった。過去の戦訓により敵は人間体のまま門近くまで来て能力を発動させて知性巨人となり門の破壊を企む可能性が高いと予測されていた。ならば近づかれる前に狙撃して倒せばよい。

 能力者は快癒能力が高く即死させるのは困難だが、それでも深手を負えば巨人化能力の発動に大きな支障が出ることは実証済みだった。重要な事は敵能力者を容易く門に近づけてはならないことである。

 

「ハンネス隊長っ! 司令部からの伝令ですっ!」

 部下の一人が声を掛けてきた。

「んっ? 敵さんがどこかに攻めてきたのか?」

ハンネスは訊ねた。

「いえ、外門(ここ)に増援を送るとの事です」

「増援? ありがたいと言っちゃありがたいんだが、どこの部隊だ?」

ハンネスが問うた。精鋭で名高い調査兵団やイアン班達はウォールローゼ領域内に展開しており、錬度の高い元トロスト区駐屯兵団が現在エルミハ区の防衛を担っている。それ以外の内地にいる憲兵団や他地区の駐屯兵団は巨人を見たことすらない連中が多い。要するに錬度で劣っている。そんな部隊が来ても連携がまともに取れるはずもない。はっきり言って足手まといである。通常巨人との戦いでさえ厳しいのに敵は強力な知性巨人がいるからである。

 

「一人です。それ以上はわかりません」

「なんだそりゃ? 本当に増援なのか?」

「じきにくるそうです」

「ふうむ……」

 ハンネスは首を傾げた。ハンネスには司令部の考えがさっぱり分からない。一人で増援と言うからには腕が立つのだろうか? 人類最精鋭の調査兵団は決戦部隊に組み入れられているはずで、内地に精鋭が残っているとは思えなかった。

 

 じきに昇降機からフードを被った小柄な兵士が現れた。フードを取ると金髪のショートヘアが風を受けて靡く。ペトラ=ラル、調査兵団精鋭班に所属していた事もある手練(てだ)れの兵士である。ハンネスは合同軍事演習などでペトラと何度も顔を合わせているので彼女の事はよく知っていた。

 

 ペトラはハンネスの前に来ると敬礼した。ハンエスも敬礼で答える。ペトラの兵服の紋章は”自由の翼”(調査兵団)のままであるが、実際はヴラタスキ侯爵家との連絡将校の任に就いており、元ハンジ技術班という事もあって最高軍事機密に触れる事の出来る立場である。今回の迎撃作戦の細部まで知る数少ない軍幹部の一人だった。

 

「ハンネス隊長、敵第一波を見事撃退されたようですね。勝利おめでとうございます」

「まあな。そもそもオレの手柄じゃねーよ。作戦立案された侯爵夫人様の手柄だろ?」

「それでも作戦を実際に指揮して実行されたのは貴殿ですよ」

「で、わざわざ祝辞を述べるためにここに来たんじゃないだろ?」

「そうですね。敵の次の攻撃について、意見を具申したします」

 ペトラの顔から笑みが消え真顔になった。

「敵知性巨人に関する情報が不足しているため確実とは言えませんが、次は超大型巨人を繰り出してくるでしょう」

「だろうな。それに対する対策は打ってあるぜ」

ハンネスは胸を張って答えた。これは事実である。既にその為の下準備も済ませてあった。

「それは単体の場合でしょう? 敵の戦力規模から考えて複数体同時に顕現(けんげん)させてくる事が十分考えられます。特に超大型、鎧、(あぎと)などを組み合せた敵の戦術については侯爵夫人様でも分析しきれていません」

ペトラの述べる(あぎと)というのは、元第104期訓練兵ユミルが変化(へんげ)した知性巨人種であり、トロスト区防衛戦で出現した事例がある。なおヴラタスキ侯爵家がユミル本人の死亡を確認しているとの事だった。これはハンネスを含めた軍幹部のみが知る極秘情報であり、世間一般はもとより兵士達にも知らされていない。

 

「そいつはやっかいだな」

 ハンネスは苦々しく思った。超大型巨人・鎧が複数体同時に出現した場合、自分達だけではまず勝ち目はないだろう。

「残念ながら侯爵夫人様も余剰戦力を持っていないとの事です」

「そうか……」

「ですから微力ながらも私がここに加勢させていただきます」

「それはありがたい話だな。腕利きの兵士は一人でも多く欲しい欲しいところだ。そいつが………」

 ハンネスはペトラの腰に装備している装置を見遣った。普段見慣れている装置よりも小型化されており、なおかつ脇に槍のような物を差していた。

 

「例の新型か?」

「はい、現状では装備している兵は限られていますが……」

 ペトラが装備しているのは噂の”新型立体機動装置”である。従来型より性能が数段上がっているそうだが、性能の真価を発揮するためには熟練の腕が必要な代物である。生産数が少ないため、極一部の兵士――調査兵団精鋭にしか支給されていないと聞いていた。

「で、その槍が”雷槍”だったか?」

「はい。標的に打ち込んで爆発する兵器です。これがあれば運用次第では鎧の巨人にも対抗できます」

「そりゃあ、希望の持てる話だが今回の戦いでは数が少なすぎるよな」

「無いよりはましという事でしょうね」

ペトラはやや暗い表情になった。

「まあ、無い物強請りしても仕方ねぇよな。よろしく頼むぜ」

「はい、ハンネス隊長。こちらこそよろしくお願いします」

ハンネスとペトラは握手を交わした後、持ち場に付く。ここからは正念場だった。さきほどは奇襲効果もあって敵に大損害を与える事ができたが、次は間違いなく本気で攻めてくるだろう。どこまで粘れるか悪化する天候同様、見通しはまったく立っていなかった。

 

 

(リヴァイ兵長と一緒に戦いたかったけど……)

 ペトラはリタから”通信機”で新たな指令を受け取った時、そう思った。今朝方、ペトラは部下のニファや現地の憲兵団と共にストヘス区で”掃除”をしたところである。”掃除”とは隠語で敵スパイの殲滅を意味する。巨人化能力者の存在がある以上、降伏勧告する余裕があるわけがなく、敵アジトと断定された商館に乗り込んで内部にいる者を皆殺しにしたのだった。ただし完全な成功ではなく敵の一人に巨人化されてしまった。やや苦戦したものの出現した5m級巨人はペトラが持っていた雷槍で仕留める事となったのである。

 現在は有事下にある以上、便衣兵(ゲリラ)を抹殺することは法的に問題はないとの事だった。むろん参謀総長エルヴィン=スミスの了解済みである。現場検証はニファ達に任せてペトラは急ぎ最前線の街エルミハ区に急行してきたのである。

(お願い。リタ、リコ、リヴァイ兵長。無事に帰ってきて……)

ペトラは吹雪で霞んでいるウォールローゼの平原を見つめながらそう祈った。

 

 

 ウォールローゼの雑木林の中に一台の幌馬車が停まっていた。現在の天候と地形を考慮した雪原対応の白い布で覆って迷彩が施されていた。この場に居る人物は侯爵夫人リタ、リヴァイ、ケニー=アッカーマンとその部下2名、――合計5人だけである。リヴァイ達はリタの指示で待機を命じられていた。これから自分達5名が企図する作戦(敵本陣殴り込み)は、普通に考えれば生還の可能性が皆無である。ただ侯爵夫人リタの存在が支えだった。

 

 リタは全身鎧を纏い腕組みをしたまま荷台に座り込っている。傍らには斧というには余りにも大きすぎる鉄塊が置かれている。重量200kg近い戦斧(バトルアックス)――リタ固有の武器だった。力自慢の男達ですら持ち上げる事すら出来ないこの巨大な斧をリタは軽々と振り回すのである。これだけでも圧倒的戦闘技量の持ち主であることは窺い知れよう。

 

「わたしが見張りをしている。少しでも体を休めておけ」

 リタはそう言い残すと車外で出た。私語が禁止されているわけではなかったが無言のまま時間だけが過ぎていく。リヴァイにとってケニーは伯父にあたるが、革命前夜の巨人襲撃事件で部下を殺された恨みがあるので、話しかける気にもならなかった。

 

 この幌馬車には1基の棺桶が積み込まれていた。リヴァイ達はこの棺桶の中身を知っている。かつての最高権力者ロッド=レイス卿の遺体である。今朝方、兵団政府により処刑された後、急遽リヴァイ達の元に搬送されてきたのだった。レイス卿の遺体を見せる事で偽りの降伏の信憑性を高めようという意図である。ケニーはかつての主君の遺体に相対しても動揺するどころか至って冷淡だった。「前当主ウィリー様には恩義があってもこいつにはねーからな」というのがケニーの返事だった

 

「おい、リヴァイよ」

 ケニーが声を掛けてきた。

「……」

「無視するなよ」

「ちっ! 何だ?」

リヴァイは舌打ちしながら返事した。

「一つ言っておくぜ。ロッドの奴はいけすかない野郎だったが、それでも統治者として責務を全うしようとしていた事は事実だぜ」

「ふんっ! 人類の護りである調査兵団を潰す事が責務だとっ!」

「考えてもみろよ。人類だけじゃ巨人には絶対に勝てないぜ。巨人様に媚を売る以外、思い付かなかったんだろうよ。第一、お前達ら(調査兵団)はマーレの名前すら知らなかっただろ?」

ケニーの指摘はもっともだった。敵巨人勢力――神聖マーレ帝国についてはつい最近その存在を知ったばかりである。リタの分析によれば国力比は最低でも30倍以上、さらに千体を超える知性巨人を有しており、さらに前王政府の権力中枢にも敵のシンパが多数潜り込んでいたのだ。あまりにも劣勢すぎる状況だった。同盟軍ヴラタスキ侯爵家が存在しなければ対抗は不可能だろう。

「……」

「なにが言いたい?」

「オレ達対人制圧部隊がした事はあの時点で考えるかぎり間違いだったとは言い切れねーよ。だからオレ達がお前ら(調査兵団)に謝罪することはない。何が正しくて何が間違っているかなんて神様でもない限りわかりゃあしねーよ」

「……」

「まあ、それでも今は侯爵夫人様に感謝しているぜ。汚名返上の機会を与えてくださったのだからな。いろいろ不幸はあったが対人制圧部隊は不滅だぜ。なあ、デュラン、ディッグ」

「「はい、アッカーマン隊長」」

それまで黙っていたケニーの部下達が返事した。

「くくくっ、楽しみだぜ。普通なら絶対に勝ち目がないはずなんだが、侯爵夫人様はどんな魔法をみせてくれるかな」

ケニーは楽しそうに笑う。戦いを愉しんでいる様だった。リヴァイは呆れて何も言わなかった。

 

 幌馬車の扉が開いた。

「諸君、仕事の時間だっ!」

全身鎧のリタが号令をかけてきた。リタの顔は兜に隠れているので表情を知ることはできない。リヴァイは覚悟できていたので頷いた。

「まずその前に、戦況を伝えよう」

「……」

「今しがた、エルミハ区外門に敵第一波が襲来、守備隊がこれを迎撃した。戦果は知性巨人5体ならびに敵随伴歩兵200以上。なお味方の損害は皆無との事だ」

「!?」

リヴァイは驚いた。

「おいおい、それって誤報じゃねぇのか? 調査兵団ならともかく駐屯兵団が巨人の連中相手に完勝できるとは思えねーな」

ケニーは俄かには信じられないようだった

「複数の情報源から確認している。間違いは無い」

「ほう。では侯爵夫人様、自軍の兵を派遣したのか?」

ケニーは訊ねた。侯爵家が保有する謎の特務兵はかつてトロスト区防衛戦での勝利に多大な貢献をしていたからだ。

「いや、此度の戦闘に我が軍は派兵していない。純粋に駐屯兵団の戦果だ。ピクシス司令に多少なりとも助言はしたがな」

「助言だけかよ。……、いや、そいつが決定的だろうな。情報の有無が勝敗を決めるからな」

 ケニーは知略に優れる人物である。情報の重要性はよく理解しているようだった。

「奴等も我ら(壁内人類)が一筋縄ではいかない強敵と認識を改めたことだろう。ここで初めて”降伏の”使節団の話を聞こうという気になるはずだ」

「そういう事か」

「侯爵夫人様よ、それは甘いんじゃないか? オレが奴等の指揮官なら怪しげな使節団と交渉するより拷問にかけてゲロ(自白)させることを考えるがな。敵将を討ち取る暇などあるのかよ?」

「もっともな意見だ。そこはケニー、貴殿が交渉してもらいたい。とにかく時間が稼いでもらいたい」

「例の爆弾を準備するということか?」

「いや、違う。そもそも爆弾は使わない。第一、そこにある物はガラクタだからな」

リタは棺桶の下に置いてある木箱を指差す。リタからは事前に”超大型爆弾”と言われていたものだった。

「なっ!?」

リヴァイは驚いた。聞いている作戦と違ったからだ。敵中枢部に爆弾を運搬して起爆させるはずではなかったのか。

「どうするんだ?」

「突然の変更で申し訳ない。だが手はある。というよりもう動き出しているので変更は出来ない。とにかく予定どおり敵本陣に向う」

「……。了解した」

リヴァイは納得いかなったが、指揮官はリタである。上官の命令は絶対だった。

「了解だぜ。侯爵夫人様」

ケニーとその部下達も敬礼して答える。こうしてたった5人の突入作戦は開始されたのだった。

 




【あとがき】
 ペトラは急ぎ、エルミハ区に移動。新型立体機動装置ならびに雷槍を装備している数少ない最精鋭兵士でしょう。雷槍は原作でハンジが考案した兵器そのままです。新型立体機動装置はケニー達対人制圧部隊が装備していたものをシャスタが改良したものという設定です。

 なお冗長になると思い、ストヘス区の敵スパイの殲滅は描写を省略しました。(いろいろ考えていたんですけどねw)

 そしてリヴァイ・ケニー・リタの人類最精鋭部隊が始動します。







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