進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【まえがき】
マーレ(巨人勢力)側サイドの話です。ファルコ&ガビ登場。



第72話、因縁の街

 パラディ島(壁内世界のある場所)と海峡を挟んだ大陸側の対岸には神聖マーレ帝国(以下マーレ)の所属する藩王領が存在している。帝国内では北方の辺境領域に属し、領土の広大さに比して開発が進んでおらず、比較的貧しい地域に分類されていた。先代が急死し後を継いだ若き藩王は、藩の勢力拡大を目論み、北の海に浮かぶパラディ島に着目したのだった。パラディ島は悪魔の末裔が住む忌みべき島として百年以上、刑場代わりに使われていた。”楽園送り”(巨人化薬品を投与して巨人化させる事)がその処刑方法である。島を統治するレイス家に毎年生贄を提供させてはいるが、それ以上の事は求めず事実上放置状態だった。

 近年、島の周辺を調査して意外にも資源豊富な場所である事が分かった。本国政府の一部有力貴族から言質を得て、パラディ島攻略に取り掛かる。ただし緊張状態にある諸外国や帝国内諸派の貴族が存在している関係上、極秘裏に事を進める必要があった。そこで藩王は少人数の戦士を送り込み、内側からパラディ島を制圧することにしたのだった。

 

 こうして選ばれたのがライナー・ベルトルト・アニという若い兵士達だった。エルディア人であり、戦士候補生だった彼らを特例で戦士(巨人化能力者)に昇格させ、その代わりにパラディ島攻略の任を命じたのだった。

 まずは一番外側の外壁(ウォールマリア)を崩し、無知性巨人の侵入と同時に他の工作員達も内部浸透させる。頃合を見計らって藩王軍の尖兵部隊を進出させ、パラディ島全域を一気に制圧する計画だった。

 

 しかし3ヶ月前に実行されたパラディ島制圧作戦(パラディ側呼称:トロスト区防衛戦)は意外な結果に終わった。尖兵部隊・潜入工作員いずれからも連絡が途絶してしまったのだった。状況は一切不明のままである。

 

 その後、数度に渡って送り込んだ斥候部隊も全て未帰還となる。本国の親衛隊から借りた戦士まで未帰還となってしまってはもはや隠し事はできず、藩王自らが帝都に赴いて本国政府に事情説明した。悪魔の末裔であるパラディ島の連中が反旗を翻し、反マーレの列強諸国と内通している疑いがあると報告した。本国政府はただちに反乱鎮圧を決意、年内にパラディ島を浄化(全住民殲滅)せよとの勅命が下された。むろん勅命であるから失敗は絶対に許されない。藩の総力を挙げて再度のパラディ島攻略作戦を決行する事になったのだった。

 

 投入した戦力は、戦士(巨人能力者)80人、歩兵2500人、さらに数千人単位の奴隷――無垢の巨人の素材である。これに対してパラディ島側は戦士1~3名、動向不明な戦士達が仮に敵側に寝返っていたとしても多くて7名であり、自分達マーレ軍(藩王軍)が圧倒的優勢だろう。戦士を倒すことができるのは戦士でしか有り得ない以上、この差が覆る事はありえない。ちなみに無垢の巨人は両陣営が巨人を操ることが可能な状況では戦力にはならない。片方が命令しても片方が命令を取り消せばよいだけで、純粋に戦士の数だけが勝敗に直結するからである。

 

 今回の第二次パラディ島攻略作戦には、エルディア人義勇軍も参加していた。パラディ人と同じ悪魔の末裔の傍系で帝国内の居留地に住むエルディア人は、二級市民として昔から迫害を受けていた。居留地の外に出るときは腕にエルディア人であることを示す腕章の着用が義務付けられ、もし忘れたりした場合はその場で処刑されても止む無しという過酷なものだった。職業も最底辺のものしか就けず極貧の生活を強いられており、唯一立身出世の道があるとしたら、兵士となり武勲を挙げて名誉マーレ人の称号を得ることである。特に戦士(巨人化能力者)に選抜されたならば栄達は約束されたにも等しい。戦士になれば武勲を得る機会はいくらでも巡ってこよう。

 

 先遣偵察隊として最前線の街(トロスト区)に進駐したエルディア人義勇軍の中にファルコとガビがいた。共に13歳、訓練兵ではあるが、今回のパラディ島攻略作戦には訓練兵でも参加が認められおり、ガビは真っ先に志願した。従兄ライナーの冤罪を晴らす為だった。ガビは黒髪で小柄な少女兵であるが、訓練兵首席の座を維持しており、将来有望な兵士、もしくは戦士候補生と言えた。一方少年兵ファルコは兵士として飛び抜けて優秀というわけではないが、努力家で気配りも出来き、なによりも同期のガビの事を気に掛けていた。

 

 この城塞都市(トロスト区)南門を塞いでいた瓦礫を無垢の巨人達を使役して撤去した後、ガビ達の所属するエルディア人義勇軍もこの街への進駐を果たす。巨人達は北側へと誘導されており、中央通り以外の市街地には巨人の姿は居なかった。ガビ達訓練兵は街の捜索と物資調達を命じられたのだったが……。

 

「それにしても理解できないよな。なぜライナーの奴は祖国を裏切ったんだろ?」

「ライナーは裏切りなんかしていない! 勝手な事言うなっ!」

 愚痴を漏らした同期の少年兵にガビは突っ掛かっていった。件の少年兵を脚払いで転倒させると馬乗りになって何度も殴りつける。

 

「ガ、ガビ! 喧嘩はまずいって! ここで戦場だぞ!」

 ファルコは慌ててガビを止める。

「は、放せよっ! ファルコ!」

「上官に見つかったらタダじゃすまないぞ。ただでさえ、悪魔の末裔共の姑息な罠で仲間が何人も殺されて上官達はピリピリしているのに……」

「くっ!」

 ガビはやるせないといった表情で拳を下ろした。バラディ軍(壁内人類軍)は自分達マーレ軍が来るより何日も前に、この街から完全に撤退していったようだ。それだけでなく街の至る所に罠を設置し、さらに井戸を破壊するなど徹底的な嫌がらせをしていったのだった。南門壁上の砲台にあった仕掛け爆弾で戦士2名を含む10人が死傷。また民家のあちらこちらに大型動物用の狩猟罠が仕掛けられており、物資調達を命じられた数十名の兵士が死傷する事態となっていった。一方でこちらは敵兵士を一人として仕留める事はできていない。圧倒的優勢なはずの自分達が敵側の姑息な手段に翻弄されているといった有様である。

 

 ファルコはガビに殴られた少年兵に侘びを入れ、なんとか取り成して事なきを得た。揉め事を起こせば喧嘩両成敗になる可能性が高いので、少年兵も渋々謝罪を受け入れてくれた。

 

「あー、おもしろくないっ! ちくしょー!」

 ガビは不機嫌な様子でわざと足音を立てて歩いている。

「なあ、ガビ」

ファルコはガビに話しかけた。

「?」

「ライナーが裏切った可能性は低いと思うぜ」

「そうなの?」

「ああ、だってこの街の南門は一度は壊されている。それって巨人の力を使って壁を壊したって事だろ?」

「そ、そうかもね」

「パラディ島の連中は自分達を巨人から守っている壁を自ら壊すわけがないから、やっぱりライナー達は任務をちゃんと遂行したと思う」

「じゃあ、なんで消息不明なの? 悪魔の末裔達、昔はともかく今は弱いはずだよ。戦士だってロクに揃っていないはずなのに……」

「うーん、それなんだけど……」

ファルコは周囲を見渡した。離れたところに捜索を続けている仲間の兵士はいるが、自分達の会話を聞ける範囲には兵士はいない。

 

「絶対に口外しないって約束してくれるかい? 特に上官の耳に入ったらそれだけで不味い事なんだ」

「うん、言ったりしないよ」

「これは僕の勘なんだけど、今回の出兵、ヤバいかもしれない」

「まさか!? 戦士の数も巨人の数も圧倒的でしょ? 負けるわけないじゃん」

ガビはファルコの慎重論をまったく信じていない様子だった。

「うん、そうなんだけど、じゃあ、どうして前回の作戦は失敗したの? 前回だって悪魔の末裔達を十分やっつけるだけの戦力を用意していたはずだよ」

「それは……」

「おまけに誰一人生還していないから壁の中の状況がわからない。斥候を何度か送り込んだって話だけどそれも含めて全部未帰還なんておかしいよ」

「そ、そうだけど……」

「未知の敵がいるかもしれない。侮っていたら不覚を取るかもしれない」

「だ、だからこそ、藩王殿下は圧倒的な戦力を用意したって話だよ。奴等がどんな小細工しようと粉砕できるはずじゃん」

「そうなんだけどね……」

「ファルコは心配しすぎだって!」

「……」

「安心しなさい。約束は守るから。誰にも言わないって」

「あ、ありがとう」

「まあ、さっさと次の街にいって、奴等の王都まで攻め込めばさすがにファルコは杞憂だってわかるでしょ」

「ああ」

 ファルコはそれ以上、ガビに懸念を話す事を断念した。ファルコ自身も確信が持てないからこその不安である。敵がこの街を引き払ったは数日前のようだが、まるでこちらの動きを読んでいたかのように嫌がらせの罠を残していった。パラディ島側は戦士をさほど持っていない以上、壁外領域(ウォールマリア)をまともに偵察できないはずである。もしかしたら敵には予知能力者でもいるのだろうか? いや、それこそ有り得ない現実だった。

 

(これだけの大軍勢だから普通なら負けるはずがないと思うけど……。どうしてこんなに不安になるのだろうか?)

 ファルコは空を仰ぎ見る。さきほどから降り始めた雪が風に舞っている。空は淀んだ曇り空で雪は止みそうになかった。明日には一面銀世界になるかもしれない。それが是か非かはファルコにはわかりそうになかった。

 

 太鼓の音が聞こえてきた。召集の合図だった。ガビとファルコは占拠した街で一番大きな建物(旧駐屯兵団宿舎)の中庭へと向かった。そこには訓練兵を含むエルディア人義勇兵達と数人のマーレ軍将校が居た。

 

 マーレ人の隊長が箱で作った急造の演壇に立って兵士達に語りかける。

「勇敢なる兵士諸君、我々はついに悪魔の末裔達が持つ2枚目の壁を突破した。残りは1枚であるっ! 奴等は姑息な罠をいくつか残していったようだが、大した障害にはなっておらん!」

(ちっ! よく言うぜ!)

ファルコは心の内で舌打ちした。その姑息な罠に嵌って数十名以上の死傷者が出ているのだが、誰もそれは指摘しない。下手に不平不満を漏らせばそれだけで忠誠心が疑われ粛清の対象となるからだ。二級市民であるエルディア人義勇兵が何人死のうが、本国の人間に比べたら命の値段は安いので考慮にも値しないのだろう。

 

「今、我々は巨人を続々、中の壁(ウォールローゼ)に送り込んでいる。悪魔の末裔達は片っ端から喰い殺されていくはずであるっ!」

「うおおおぉっ!!!!」

 空気を読んだらしい兵士達が歓声を挙げた。やや一瞬遅れて他の兵士達も歓声を挙げる。隊長は満足そうな表情で頷くと手振りで静粛を促した。

「おほん、さすがに我らも慣れない土地での夜間行軍は厳しい。明日、日の出と共に諸君ら義勇軍は先発し、敵の最後の防塁ともいえる城塞都市を突破するのだ。さすがに悪魔の末裔達も必死で抵抗してこよう。だが我らは奴等の抵抗を十分に粉砕できるだけの戦力を用意しておるっ! 我らの勝利は疑いないっ! さあ、兵士諸君、いまこそ祖国に忠誠を示すときぞっ! 悪魔の末裔共に死をっ! 帝国万歳っ! 総大司教猊下万歳! 藩王殿下万歳っ!」

「万歳っ!! 万歳っ!! 万歳っ!!」

兵士達は一斉に万歳三唱した。歓声は大音声となり街の中に響き渡った。




【あとがき】
 敵巨人勢力側(神聖マーレ帝国)の話です。原作とは設定がかなり異なっていますが、これは当小説連載当初は2014年であり、原作は伏せらた情報が多かった為です。(言い訳ですが……) なので別の世界線(並行世界)としてお楽しみください。敵側の視点で見るとまったく違う光景が見えてきますね(^^)

ファルコ、ガビとも若干設定が原作と異なっています。原作の850年時点ではまだ10歳前後になってしまいますが、それだと出征できないので、年齢を引き上げています。

慎重派のファルコと、無鉄砲なガビ。彼らは知りませんが、この街の地下にはアルミン達が潜んでいます。アルミン達の仕掛けた罠で被害が出ていますが、マーレ軍首脳部は義勇兵の損害などほとんど気にしていません。


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