進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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第67話、暗雲

「トロスト区を放棄する」

 駐屯兵団宿舎中庭で駐屯兵団隊長ヴェールマンがそう伝えると、兵士達からは驚きの声が沸き起こった。

「静かに! 静かにせんか!」

「戦わずにウォールローゼを放棄するなんて……」

「あの日この街で大勢の仲間を殺されているんですよ! 彼らの犠牲を無駄にするのですか?」

「た、隊長。納得いきませんっ!」

「これは総統府からの正式な命令である! 今回の敵は最低でも前回の倍以上と予想されているのだっ!」

「……」

 隊長がそう告げると兵士達は何も言えずに静まり返った。前回のトロスト防衛戦において兵士達は多数の巨人相手に大苦戦を強いられている。

「おまけにそれら巨人達を操っている連中が居るのだ。トロスト区が堅いとみればローゼの壁を破るかもしれない。そうなれば結局我々はウォールローゼを失うことになる。……総統府の意向はエルミハ区前面に戦力を集中配備し、ここで決戦を挑むという事であるっ! 侯爵夫人自らも手勢を率いてこの決戦に加勢すると聞いておる!」

「侯爵夫人が!?」

侯爵夫人(ユーエス軍指揮官)の名前が出たことで兵士達の動揺はやや収まった。トロスト区駐屯兵団の誰もが公爵夫人の兵が助勢してくれたことを知っている。(当時は謎の新兵器とされていたが、革命後の総統府公式発表において侯爵夫人軍の特務兵によるものと訂正済) 人類の怨敵であった鎧の巨人・超大型巨人を確殺できる彼らは最強の友軍であり、人類の希望でもあった。

「侯爵夫人が付いてくれるなら俺達、勝てるかもな?」

「ああ、確かにな」

兵士達はひそひそと私語をしている。

「おほん、といってもトロスト区を完全に放棄するわけではない。駐屯兵団の一部、そして新兵達を残置部隊として、ここトロスト区に残す」

「え!?」

 作戦説明を聞いていた調査兵団新兵のミーナ=カロライナは動揺した。周りにいる新兵達もみな同じように呆気に取られていた。隊長はイアンに引継ぎをした後、解散を命じて去っていった。残置部隊に指名されなかった兵士達もぞろぞろと退出していく。

 

 

 残っている兵士の総数は50名ほどである。駐屯兵団の一部とはイアン班とミタビ班の事だった。この両者の班は精鋭が集うトロスト区駐屯兵団においても駐屯兵団最精鋭との評価を受けており、頼もしい味方だった。

 

 イアンは全員の前に立つと、一人ひとりの顔を見渡すように目線を配った。

「今回の臨時編成分隊の指揮を執ることになったイアン=ディードリッヒだ。よろしく頼む」

 イアンは精悍な顔つきの背の高い男性将校だった。美男子(ハンサム)という表現が似合うかもしれない。

「諸君らは不安になっていると思う。放棄が決まったトロスト区にわずかこれだけの人数で何ができるのかと。だがこれも総統府の作戦なのだ」

「……」

「新兵アルレルトっ! 作戦の詳細を説明せよっ!」

「はい」

イアンの指名を受けてアルミンは全員の前に立った。兵士達の視線がアルミンに集中する。

 

「第104期生アルミン=アルレルトです。未熟者ながら総統府より当分隊の作戦参謀の任を拝命しました。よろしくお願いします」

(アルミン、男前になっている!?)

 ミーナは大勢の前で堂々と話すアルミンを見てそう感じた。アルミンの外見は三ヶ月前と比べて特に変わっているわけではない。しかしながら醸し出す雰囲気は落ち着いていて以前の幼い雰囲気が抜けている。親友エレンの死やその他の出来事が覚悟を決めさせたのかもしれない。

 

「この分隊の作戦目標は、決戦部隊の攻撃開始と同時に蜂起し、トロスト区を閉塞する事です。敵の退路を断ち、一兵たりとも逃がす事無く殲滅します。これにより敵は我々人類側の情報を得る事ができなくなります。敵の対応を遅らせる為、時間を稼ぐ為にもこれ(敵殲滅)は必須です」

 アルミンは作戦目的を語った。

「……」

「決戦部隊の攻撃開始時刻まで、我々は決して敵に発見されてはいけません。それまで地下壕に隠れている事になります。地下壕はこの街に張り巡らされている地下水路を利用して実は敷設済みです。トロスト区の復興工事に紛れて元調査兵団技術班の人達が準備してくれています」

意外な話だった。ミーナ達もトロスト区の復興作業(瓦礫の撤去)などに動員されていたが、その一方で地下壕の建設も行われていたという事だ。つまりトロスト区を一時的に放棄する今回の作戦案はかなり前から準備されている事になる。

「参謀殿、質問いいかな?」

駐屯兵団精鋭班の班長ミタビが挙手した。古参の兵士でイアンよりも年配らしい。

「はい、どうぞ」

アルミンが応じた。

「決戦部隊の攻撃と時刻を合わせるという話だが、エルミハ区からここまでは早馬でも4時間はかかるぞ。ましてや巨人の群れをウォールローゼ内に引き込むという事になれば、トロスト区は完全に孤立している。どうやって連絡を取る?」

「それについては心配無用です。なお通信手段については最高機密に指定されている為、お答えできませんが、完全に同期を取ることができると思います」

「で、では閉塞手段は?」

「南門近くにある大岩を利用します。運搬手段については実行直前まで秘匿させてください」

 意外に伏せられている事の多い説明だった。敵のスパイがまだ潜んでいる事を警戒しているのかもしれない。

「それより皆さんにはやってもらいたい事あります。一つは地下壕への食料物資の搬入です。そしてもう一つは……」

そう言ってアルミンは近くに駐車していた幌馬車を指し示す。兵士の一人が幌を払うと中には大量の藁が積まれているのが見えた。

「藁人形を作ってください」

「?」

説明を聞いている兵士達は意味が分からないのか呆気に取られている。

「参謀殿、これはいったい?」

「作った人形を壁上に並べます。こうすれば外から見れば大勢の兵士が篭城しているように見えるでしょう。そして実際に攻撃してみて実は誰もいないという事になります。でも実際は潜伏しているんですけどね」

「なるほど、居るように見せかけていたと敵に誤認させるわけだな」

イアンは感心したように頷いた。

「はい、そうでなければ重要な防衛区を放棄している事実を不審がられますから。手品みたいなものですね。あともう一つ、小道具がありますが、それは明日工業都市から搬送されてくるでしょう。その時に説明します」

どうやら今回の迎撃作戦でアルミンはかなりの策を練っているようだった。いや、アルミンというより、参謀総長エルヴィンを含む軍上層部が対策を練っていたという事だろう。

 アルミンの説明が終わると、各自に作業が割り当てられ、皆一斉に作業に入った。ミーナとサシャに割り当てられた作業は藁人形の作製である。藁を束ねて布を被せ、墨で目と口を描く。とても兵士がする仕事と思えないような内容だった。

 

「アルミン、これ、本当に意味があるんですか?」

 サシャが近くに通りかかったアルミンに訊ねた。

「うん、あまりないかもしれないね」

「だったら……」

「でもやっておいて損はないと思うよ。打てる手は全部打っておきたいから」

「さっすがっ! 天才アルミンだっ! アルミンが居てくれたら何千もの巨人がきても勝てちゃう気がしますよぅ」

サシャはアルミンをべた褒めである。

「何千も来たら困るんだけどね。じゃあ、引き続き作業をお願いするよ。僕は搬送の指示をしてこなくちゃ」

「参謀殿は忙しいですね」

「サシャもミーナも引き続き作業をお願いするね」

アルミンは駆け足で去っていった。ミーナはその後ろ姿を見送りながらなんとなく無理に元気を出しているような危うさを感じた。

 

 

 

 今回の敵(巨人勢力)の大規模侵攻に対し、全軍の指揮を執る事になった侯爵夫人ことリタ=ヴラタスキは、参謀総長エルヴィン=スミスと相談の上に兵力を以下のように配置していた。

 

 敵の攻勢を正面から受け止める事になると予想されるエルミハ区(シーナ南)には従来の守備隊に加えて、ピクシス司令直卒のトロスト区駐屯兵団の約7割を再配置。ストヘス区(シーナ東)には同兵団の1割、ヤルケル区(シーナ西)には同兵団1割。また放棄することになるトロスト区には残置部隊として、駐屯兵団最精鋭のイアン班・ミタビ班・調査兵団新兵を潜伏させるものとした。

 敵主力との決戦を行う決戦部隊はヴラタスキ侯爵家第1軍(リタ本人、生体戦車(ギタイ))・リヴァイ特務部隊である。この決戦部隊はローゼ内の工業都市で待機。また騎馬隊を中心とする調査兵団本隊は後詰として、工業都市の郊外の森の中に待機している。

 その他の城塞都市には増援部隊を送らないものの厳戒態勢を敷いて敵襲に備えさせる事にした。

 

 地図でみれば一目瞭然だが、リタの作戦はウォールローゼ内に敵主力を誘い込んでの包囲殲滅を企図していた。巨人の数は膨大だが、大半は操られた無知性巨人であり、その巨人を操る戦士――巨人化能力者の殲滅に成功すれば、後は数が多くても掃討可能だとリタは考えていた。そして敵主力殲滅の切り札となるのが気化爆弾、通称”超大型爆弾”である。革命前々日の調査兵団本部襲撃事件の際にリタが空爆で使用した気化爆弾と同種だが、前回の爆弾より強力なものだった。ただしこの種の爆弾兵器の予備はなく最後の1発である。だからこそ使いどころを正確に見極める必要があった。

 

「リタ、アルミン達をトロスト区に行かせてよかったの?」

 ペトラがリタに訊ねてきた。ここは空挺兵団が仮設の本部を置いている工業都市内の建物の一室の中である。工業都市そのものはトロスト区からエルミハ区へ至る街道からは外れたローゼ内に位置している。水堀と高さ10m近い城壁を備えており、そこそこ堅固だが予想される巨人の大群には到底耐えられるものではない。リタはあくまで野戦で決着をつけるなので篭城という考えはなかった。

 

「心配か?」

生体戦車(タマ)達も付けないというし、駐屯兵団精鋭と新兵だけで蜂起がうまく行くとは思えない。敵だって馬鹿じゃないからトロスト区内に巨人化能力者を守備隊として何人か残す事になるんじゃないのかしら?」

 ペトラのいう蜂起とは、リタ直卒の決戦部隊が敵主力に攻撃を開始した時点でトロスト区残置部隊が、敵トロスト区守備隊を撃滅、そしてトロスト区の閉塞を実施するというものである。一言で言えば敵の逃げ道を塞ぐ役割をアルミン達は負っていた。

 

「予想される敵の数は膨大だ。敵主力の大半を爆弾で潰せたとしても相当数が生き残るだろう。これらを確実に撃滅するためにも決戦部隊から生体戦車(タマ)は外せない。それに若干15歳とはいえアルミンは優秀な参謀なのは君も承知のはずだが?」

「で、でも……」

「ふっ、アルミン、ミカサ、クリスタは前の戦いでトロスト区を救った英雄だよ。世間の人々が知らなくてもわたし達は知っている。短い期間だったとはいえ教えるべき事は教えている。後は彼らがやってくれるだろう」

「……」

リタがそう諭してもペトラは心配そうな顔をしていた。

「我々も我々の責務を果たさなければならない。なんせ我ら決戦部隊は3000を越すかもしれない敵主力を撃破しなければならないのだからな。こちらの方が責任は重大だぞ」

「そ、それはそうですが……」

「それに今作戦は君の愛しい殿方も一緒だから、やる気になるんじゃないのかな?」

リタはペトラを弄ってみた。

「か、からかわないでください! わ、わたしはリヴァイ兵士長と何の関係も……」

「わたしはリヴァイとは一言も言っていないのだが……」

「!?」

ペトラは顔を真っ赤にして否定していた。そんな様子をリタは微笑ましく思った。

 

『リタ、今話しても大丈夫ですか?』

 シャスタの声が自動翻訳機を兼ねているイヤホンから流れてきた。むろんリタにしか聞こえない秘匿通信である。

「ああ」

リタは声にならない声で返事する。それでも声帯を検知してシャスタの方には音声に変換されて伝わる仕組みだった。

『悪い知らせが2件あります』

リタは頷いて続きを促す。

『1件目は天候についてです。ここ数日以内に天候が悪化する可能性が高いです。この島の気象条件を鑑みれば吹雪になるんじゃないでしょうか?』

シャスタの分析は概ね間違った事はなかった。観測データを始めAIの演算補助もあるからだ。

「それはまずいな。吹雪になれば航空兵器は使用不可能だ」

『はい、リタが予定している空爆が実行できなくなります』

三千を超えるかもしれない敵主力を潰すためには空爆は必須といっていい攻撃手段である。空爆が実行できないとなると深刻な事態だった。解決策はすぐには思いつかない。だか今は思案しても仕方がないだろう。

「天候の回復を待つか……。うまく時期がずれる事を祈るしかないな」

『そうですね』

 

「もう一件は?」

『カーヤさんです。残念ですが彼女の転向は欺瞞でした。そればかりではありません。敵の攻勢に乗じて王都で大規模なテロが計画されている模様です』

 カーヤはラガコ村事件前日、カラネス区方面で侵入してきた敵斥候部隊に随伴していた若い女性である。性の奉仕をさせられていたようでシャスタ・ミカサ・ミタマの秘密作戦で敵兵を全滅させた際、保護したのだった。彼女は機密情報は殆ど知らなかったが敵巨人勢力の一般情報を聞き出す事はできた。リタ自身が持つ惑星地形データと食い違いがない事から欺瞞はなく、虐待されていたという彼女の話を信じる事にしたのだった。といっても敵国にそのまま帰すわけにはいかないので、ハンジの縁でストヘス区地下街の娼館に家政婦として預けていた。

 むろん監視を付けている。カーヤの体内部にマイクロマシーンを潜伏させ、生体情報・会話・位置データは常時収集を行っている。ちなみに秘密結社メンバー(ペトラ・アルミン達)は本人同意の上で同様の措置を施しているがこちらは監視というより管理と言った方がいいだろう。

 

『カーヤさんは敵の工作員と思われる人物と接触しています。あっ、会話ログを流しますね』

 そういってシャスタが機器を操作すると男女の会話する声が流れてきた。

 

『まさか、そこまでなんて……』

『そうだ。ウォール教をはじめ、こちら側の息のかかった貴族高官は壊滅だよ。ったく、忌々しい。あの革命はあまりにも手際が良過ぎる。やはり裏切り者がいたようだ』

『そうですか。裏切り者は誰でしょうか?』

『ウォール教の内情をここまで知っているとなるとウォール教の大物、あるいはレイス家そのものかもしれないな』

『そうですか』

『ただ手はなくはない。ウォール教を通さなかった連中は半数ほどは無事だ。戦士も健在だからな。彼らと共に味方の攻勢に呼応して総統府を潰すつもりだ。迎撃に手一杯で王都の守りは薄いだろうからそう難しくはない。総統や参謀総長といった首脳部を抹殺できれば奴等は戦争指揮どころではあるまい』

『はい、期待しています』

『お前の方だが、人手が欲しい。混乱に乗じて井戸か水飲み場に例の薬を撒いてくれるか?』

『もちろんです。喜んでお手伝いしますわ。それにしても楽しみですね。自分達の首都に巨人が大量出現すれば、さすがに悪魔の末裔共も終わりでしょうね。うふふっ』

『では頼んだぞ。薬は今日の夜にでも手下に届けさせよう』

 

 それ以降も会話が続いていたが省略する。要するにカーヤは同時多発テロ計画に加わるつもりのようだった。例の薬とは巨人化薬品の事だろう。レイス家管轄外の巨人化薬品が壁内に存在していたという事だ。

 

「ちっ! まだ巨人化薬品があったのか!」

 リタは思わず舌打ちする。

『どう対処いたしますか?』

「エルヴィンに相談しよう。巨人化能力者の存在を考えるとペトラとリヴァイを掃除(クリーニング)に向かわせた方がいいようだな」

掃除とは隠語で秘密裏の抹殺、すなわち処刑を意味する。これは非情な措置というわけではなくゲリラ活動(民間人を装って戦闘行為をする事)そのものが重大な戦争犯罪行為であるからだ。

 

『そ、そうですね。……わたしが甘かったです。つい同情してしまって……』

 カーヤを捕虜にするように命じたシャスタは申し訳なさそうに謝罪した。

「いや、結果的には大物が釣れたからな。カーヤを泳がせておいて正解だった」

『リタ!? あなた、まさかこうなると予想していて……』

「確証はなかったがな」

『……』

「なにか動きがあれば教えてくれ」

『はい』

リタはシャスタとの通信を終える。革命で内なる敵を一掃できたと思ったのはやはり早計だったようだ。ウォール教を通さないルートでも敵は工作員を送り込みスパイ網を構築していたようだった。戦士(巨人化能力者)も未だに壁内に潜伏している模様だ。内なる敵は外敵より恐ろしい。これは世界問わず共通の軍事常識だった。

 




【あとがき】
第104期生(アルミン・ミーナ達)は第二次トロスト区防衛戦に参加することになります。アルミンが作戦参謀を務めます。

そしてリタの元に悪い知らせが2件、シャスタより伝えられます。
①天候の悪化
 吹雪になる可能性あり。そうなると空爆作戦が実行できません。
②内なる敵の存在
 以前保護していた少女カーヤ(第42話参照)の裏切りが発覚。同時に敵の攻勢に合わせて王都で敵潜入工作員による大規模テロが計画されている事が判明します。最悪のテロ兵器である”巨人化薬品”&”巨人化能力者”、下手したら壁外の敵の大軍勢より重大脅威かもしれません。


それと本年最後の投稿かと思います。よいお年を。。。(2017/12/29)

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