進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【前話まで】
壁内世界の全権を掌握し、敵襲に備えて軍備増強を図る兵団政府。しかしながら、革命後2ヶ月目にして、エルヴィンは同盟者であるヴラタスキ侯爵家(ユーエス軍)より敵の攻撃の予兆があるとの急報を受ける。リタの要請に基づいて、エルヴィンは総統閣下を含む兵団幹部参加の軍議を開催することになった。


(微修正11/29)リタの作戦案に対して、総統がリコに発言を促すシーンを追加。


第65話、軍議

 夕刻、王都(ミッドラス)にある総統府庁舎会議室にて、現在の壁内世界を統治する兵団政府の最高幹部達が顔を揃えていた。総統ダリス=ザックレー、参謀総長エルヴィン=スミス、駐屯兵団南側領土司令官ドット=ピクシス、調査兵団団長ミケ=ザカリアス、空挺兵団団長リコ=フランチェスカ、総統府直属である特務部隊隊長リヴァイ、そして現在の兵団政府と正式に軍事同盟を結んだヴラタスキ侯爵家当主(ユーエス軍指揮官)リタ=ヴラタスキ。出席者7名、兵団幹部達は兵服を着用しているが、リタは黒いイブニングドレスの上に黒いコートを纏っていた。

 

(私がここに居ていいのか?)

 リコは周りにいる層々たる重鎮を見渡して少し萎縮していた。空挺兵団といっても、現状は元ハンジ技術班と駐屯兵団技術班の寄せ集めであり、戦闘部隊ではなく後方支援部隊としての性格が強かった。革命以降、リコはウォールローゼ内にある工業都市に常駐し、部下達と共に兵器・武器製造の陣頭指揮を執っていたのだった。リコは自分の役割はハンジの代わりである事はよく認識していた。

 

(ハンジさんが生きていたらなぁ……)

 リコは別々の兵団所属という事もあって、ハンジとは顔を知っている程度の間柄だった。むろんハンジが巨人研究の第一人者にして優れた技術者という事は知っている。ハンジならば独創的な兵器や戦術を生み出していたかもしれないと思うと、ハンジを喪ったことは人類にとって大きな喪失だろう。空挺兵団の初代団長はハンジが適任だったはずである。

 そのハンジの遺志を継いで造られたのが今の空挺兵団である。その創設にはリコの旧友であるペトラも深く関与している。ハンジの助手であり、かつヴラタスキ侯爵家(ユーエス軍)とも交友関係を持つ彼女がスミス参謀総長やピクシス司令に働きかけた事がきっかけだった。実際に創設が決まった後もペトラは軍事顧問としてリコと一緒に仕事することが多かった。

 

 

「侯爵夫人、現在の敵の動きは?」

 この会議の司会役を務めるエルヴィンがリタに訊ねた。リコは意識を会議に戻した。他の幹部連中の視線がリタに集中していた。

「先ほど観測班から追加報告があった。午後4時頃にもシガンシナ区付近で新たな巨人の反応を確認している。今日一日で累計500体は増加した事になる」

リタはさらりと敵増援について触れた。

「なっ!?」

「まだ増えるのか?」

「うーむ」

出席者からは一様に驚きの声が漏れてくる。

「現在のところ、出現した巨人達は無秩序に動いているだけで操られている形跡はない。しかし、いずれ梯団を形成し、こちら(壁内世界)に向けて侵攻してくるものと思われる。既にウォールマリア内を徘徊している巨人を合わせれば二千、いや三千は超えてもおかしくない」

 

(三千!?)

 リコは改めて敵の強大さを思い知らされた。先日のトロスト区防衛戦の際に襲撃してきた巨人の総数は推定700体とされている。今回の敵はその数倍規模になるというのだ。

 

「敵の襲来時期は予想できるのか?」

 エルヴィンがリタに訊ねた。

「そうだな。シガンシナ区より50キロ南の地点でも僅かながら巨人の反応が確認できている。ここからは推測になるが、敵は最終調整をしているようだ」

「最終調整?」

「倉庫に眠っていた大砲を引っ張り出した際、試射を行うだろう。それと同じだ。長い間能力を使っていなかった者が巨人化能力が順当に発現するか確認しているのではないだろうか?」

「なるほどな」

「移動距離を考慮すれば、敵のトロスト区到達は早ければ三日後という事になる」

「そこまで差し迫っておるのか!?」

ピクシス司令は独り言のように呟いた。

「司令、たった三日、されど三日です。事前にわかっていれば住民を避難させる事ができます。戦備を整える事もできるでしょう」

「そうじゃぞ。ピクシス。我々は侯爵夫人のおかげで敵の動きを察知できておる。これを生かさない手はないじゃろ?」

ザックレー総統もエルヴィンと同意見のようだった。

 

「まずは住民の避難からだ。トロスト区を含む南側領土の全住民には避難命令、そして残りのウォールローゼの住民には避難勧告といったところだな」

 リタは総統に提案してきた。

「ウォールローゼの全住民に避難命令ではないのじゃな?」

「そうだ、距離の関係で危険なのは南側領土だ。優先順位をつける必要があるだろう」

「なるほどな」

「総統閣下、侯爵夫人の言うとおり住民に避難命令を出したく思います」

エルヴィンがそう述べる。

「よかろう。許可しよう」

避難命令については総統はあっさりと裁可を下した。

 

(そうだな、あのときも住民の避難が遅れたから被害が拡大した……)

 リコはトロスト区防衛戦のときの苦い記憶を思い出した。住民の避難が遅れたが為に、訓練兵を含む兵士達は撤退が許されず、巨人との戦いを強要されたのだった。その轍を踏まないという事だろう。

 

「迎撃作戦についてだが、わたしからの提案を聞いてもらえるか?」

 リタはそう切り出した。会議に出席している全員が姿勢を正してリタの言葉を待った。

「地図を」

リタがリコに声を掛けてきた。リコは慌てて持参してきた巻物の地図を広げ、テーブルの上に広げた。地図は三重の歪な円環が描かれている。言うまでもなく自分達の住む壁内世界である。

「今回、敵の数が膨大であり、正面から戦ってもまず勝ち目はない」

「だろうな」

それまでほとんど無言だったリヴァイが口を挟んだ。

「そしてもう一つ、この戦いは単に敵を撃退すればよいというものではない。敵の再侵攻の意志を挫く為にも、敵の戦士、すなわち巨人化能力者を一体残らず皆殺しにする必要がある」

「厳しい事を言ってくれるな。ただでさえ敵の数が膨大であるのにそれを一体残らず全滅させろだと!?」

リヴァイは乱暴な口調で疑問を投げ掛けた。

「そうだ、それこそが我々が勝利する唯一の道だと考えている。来寇する今回の敵を殲滅し、間を置かずウォールマリアを含むこの島(パラディ島)全土を奪還、敵勢力をこの島より一掃する。ここにいる諸君には通知しているが、大陸とこの島の間には幅200キロの海峡がある。この海峡を天然の要害とすれば長期持久が可能になるだろう」

「……!?」

 リタが述べたのは壮大な戦略だった。壁外領域(ウォールマリア)の奪還のみならず、その外側も一気に奪取しようというのだ。ウォールマリア奪還は調査兵団の、いや人類の悲願といっていい。ウォールマリア失陥以来、あまりにも多くの人命が喪われている。第1次ウォールマリア奪還作戦(結果的には口減らしではなかったのかと噂される)での15万人とも言われる未帰還者、幾度となく実施された壁外調査における巨人との遭遇戦で散った兵士達。思い起こせばキリがない。

 

「ウォールマリア奪還!?」

「そ、そんな事が可能なの?」

「で、できるのか?」

「敵主力を一体残らず殲滅できればの話だ」

 驚く兵団幹部達に対しリタはそう言い切る。結局はその一点につきるのだ。

 

「侯爵夫人は何か策をお持ちのようだ。差し支えなければ聞かせてもらいたい」

 エルヴィンは丁寧な口調でリタに訊ねた。

「敵主力を確実に撃滅するためにはウォールローゼ内に引き込む必要がある。従ってトロスト区では防衛戦を行わない」

「なっ!?」

兵団幹部は一様に驚きを隠せない。

「……、つまりトロスト区は放棄せよと?」

 冷静なエルヴィンも驚いた様子だった。

「そうだ」

「侯爵夫人、トロスト区は人類で最も防備が整った城塞じゃぞ? 放棄するには惜しいと思うのじゃが?」

ピクシス司令にとっては自身の任地であり人類防衛の要とも言うべき要地である。それを戦わずに放棄せよというのだから一言言いたいのもわかった。

 

(司令のおっしゃるとおりだと思うけど、でもこの人は……)

 リコはじっとリタの横顔を覗き見る。ペトラとはタイプは違うが童顔で愛らしい女性である。歳は聞いていないものの二十歳前後にしか思えない。それでも圧倒的武力を持つ軍団の指揮官なのだ。

「敵の数は膨大だ。しかも尖兵として襲ってくるのは操られた無知性巨人であり、これらをいくら倒したところで戦略的には何の意味もない。巨人の物量を前に兵士達は巨人の大群に飲み込まれるだろう」

「それはそうじゃが……」

「では侯爵夫人、敵主力をウォールローゼに引き込んだとしてどうやって撃破するつもりですか?」

「敵主力は我が軍が受け持つ。敵本陣に我が直属部隊のみで吶喊、敵司令部を壊滅させよう」

「!?」

 リコは再び驚かずにはいられない。リタは単身で敵の大群に突入するというのだ。

「ちょっと待ってくれ。侯爵夫人。巨人の数は三千を超えるかも知れない。それだけの大軍勢を貴軍だけで突破して敵司令部を叩くというのか?」

「策はある。そしてこれは私しか実行不可能なものだ。諸君らは逃走を図る敵知性巨人を確実に殲滅してもらいたい」

リタはそう言い切る。兵団幹部達は互いに顔を見合わせた。

 

「この戦いは後がない。敵主力の撃滅に失敗すれば敵はそのままウォールシーナに殺到し、数で押し切られるだろう」

「ウォールシーナも突破されるという事じゃな?」

「まさに人類の命運が懸かった戦いというわけじゃ。ピクシス」

ザックレー総統はピクシス司令に声をかける。

 

「……」

しばし沈黙した後、エルヴィンが提案した。

「総統閣下、今回の迎撃作戦の総指揮は侯爵夫人に委ねるべきかと思います。侯爵夫人がいるからこそ我々には勝機があるのですから」

「うむ」

しばしザックレー総統は考え込んでいるようだった。そして顔を上げてリコの方に視線を投げてくる。

「フランチェスカ団長。侯爵夫人の作戦案をどう思う? 遠慮はいらんぞ。思った事を発言したまえ」

「あ、はい」

突然、総統より指名されたリコは一呼吸してゆっくりと発言した。

「え、えーと。今回、敵の侵攻規模は過去最大になると予想されます。トロスト区だけではなくカラネス区や他の城塞都市も同時に襲撃を受ける可能性はないのでしょうか?」

リコの質問で、出席者の視線はリタに集中した。

「もっともな指摘だ。十分ありうるだろう」

リタは平然と答えた。

「で、では……」

「フランチェスカ団長、だがさほど心配するに及ばない。我が軍は壁外領域(ウォールマリア)での敵の動きを完全に掌握している。今のところ敵の予想侵攻ルートをトロスト区に絞っているが、敵が進撃方向を変えたのであればすぐさま探知して全軍に警報を出す事ができる。敵司令部がどこにあるかも観測していれば判明する。重要なのは巨人を操る敵司令部を潰すことだ」

リタはそう断言する。敵司令部を叩くという作戦目的は一貫していた。

 

「……」

「敵の動きが分かるというのは、実にありがたい事じゃな」

 ザックレー総統はそう感想を述べた。総統の意見に兵団幹部達は一様に首肯している。

「ふむ、結論は既に出ているようじゃ」

総統はリタの方に向き直って声を掛けた。

「ヴラタスキ侯爵夫人、貴殿に全軍の総指揮を任せたい。お引き受け願えますかな?」

「了解しました」

リタは起立し敬礼して応えた。ザックレー総統が立ち上がった。

「起立」

エルヴィンの号令で他の兵団幹部も起立した。

「人類の存亡はまさにこの一戦にあり。心臓を捧げよ!」

「「「はっ!」」」

総統の一声に兵団幹部達は敬礼で応える。ここにウォールローゼ最終決戦の総指揮官に異世界の武人――リタ=ヴラタスキ侯爵夫人が選出されたのだった。




【あとがき】
ウォールローゼ最終決戦に備え、エルヴィン達兵団政府はリタの迎撃作戦プランを採用、同時にリタに全軍の総指揮を委ねることを決定します。これにより通信装置を持つリタのヴラタスキ侯爵家が全軍を動かせることになります。
 情報はまさに最強の武器です。リタの早期警戒網のおかげで敵襲を事前に探知できていますので、戦力差では不利でも十分に戦備を整えることができ、また住民の避難も行えます。

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