進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【観覧注意】この話には残虐な描写があります。


第58話、遠い夜明け

 まだ漆黒の闇が包み込む小雨の中、調査兵団はいまだかつてない緊急事態に見舞われていた。本部至近距離に巨人が出現、研究棟が襲われたのだ。創設百年近い歴史を持ち巨人達と数多に渡る戦闘を繰り返してきた調査兵団においても、壁内にある本拠地が巨人に襲われるというのは初めてのことだった。

 

 急報を受けて調査兵団団長エルヴィン=スミスは、すぐさま一階大広間で陣頭指揮を執っていた。

「周囲を警戒っ! 馬小屋を守れ! 精鋭班は迎撃準備っ!」

 部下の兵士は慌しく動き回っている。王政府側からの武力攻撃という事態は想定はしていたので、ある程度軍備は整っているのが幸いだった。

 

「報告しますっ! 出現した巨人は15m級1体のみ! 他に巨人は確認されていません」

 雨具をつけたままの伝令の少年兵が駆け込んできて報告した。15m級といえば超大型巨人の存在が知られるまでは最大級クラスの巨人であり、対策が進んだ現在においても難敵であることには変わりない。

「その15m級はどうしている?」

「はい、研究棟を破壊した後、その場を動いていません。そ、それと研究棟から脱出できた人はいません」

研究棟にはハンジ他、調査兵団新兵のアルミンやクリスタもいたはずだが、その安否は不明との事だった。

「そうか、監視を続けてくれ。動いていないなら無理に攻撃するな。精鋭班の到着を待て!」

「はいっ!」

少年兵は敬礼したのち退室した。

 

(ハンジがやられたのか? まずいな……)

 昨日の早朝、ハンジ・リヴァイ同席のもと、通信機を通してユーエス軍と二度目の会談を行い、秘密協定を締結していた。そして当面の交渉・情報交換はハンジを通してとなっていた。その要であるハンジが狙われたとしか思えない今回の巨人の襲撃だった。

 ハンジが交渉窓口であることを昨日の幹部会議で発表したばかりである。とても偶然とは思えない。

(この巨人の襲撃は中央憲兵の仕掛けだな。例の巨人化薬品、奴らは知っていただけでなく保持していたわけか……。そしてハンジが狙われた。幹部の中に裏切り者がいるな)

 エルヴィンはそう推察した。王政府側のみならず調査兵団それも幹部クラスに裏切り者がいるとはかなり深刻な事態だった。ともあれ、現在は手持ちの戦力で対応するしかない。ユーエス軍は情報収集能力が当方(人類側)とは桁違いに高いだろうから、この襲撃は察知しているはずで、じきに援軍を送ってくれるだろう。さすがに壁外からすぐには無理なので、それまでは持ちこたえるしかなかった。出現した巨人は現在のところ1体のみだが、総数は不明である。

 

「エルヴィン、こっちは準備できたぞ」

 リヴァイ、ミケ、エルド、グンタ、シス達調査兵団精鋭班の連中がやってきた。巨人殺しの達人(エキスパート)たちである。全員立体軌道装置を纏い完全武装状態である。

「敵は1体というが、ただの巨人というわけではなさそうだ。知性巨人とも思えないが、何かの仕掛けがあるかもしれん。十分注意しろ!」

「了解っ!」

精鋭班の兵士達は声を揃えて応答する。

「ミケ、私はリヴァイと行く。新手の出現もありうる。ここで指揮を執ってくれ」

「ああ、わかった」

「まずはその一体を始末するっ! ついてこい!」

副団長のミケに本部を任せた後、エルヴィンはリヴァイ達の共にハンジの研究棟へと向かった。距離にして150mほど、雑木林を抜けてすぐのところである。

 

 エルヴィン達が雑木林を抜けると15m級巨人の大きな姿が飛び込んでくる。そして二階建てだった研究棟はみるも無残に破壊されており、瓦礫の山と化していた。その瓦礫の上に巨人は突っ立ってた。ハンジは押し潰された建物の中にいるはずで、すぐさま救助したいところだが、巨人がいて直ぐには不可能だった。

 

「団長、リーネがっ!」

 先に現場に駆けつけていた班の班長がエルヴィンに駆け寄ってきた。暗がりの中、よくよく見ればその巨人は一人の少女兵――リーネを逆さ吊りにして掴んでいた。リーネは第102期生で入団3年目の兵士である。まだ若手とも言えるが、壁外調査を繰り返してきた調査兵団に3年もいれば熟練兵といっても遜色はない。

「動かないなら武功を立てるチャンスだと言って……」

どうやら功を焦って攻撃を仕掛けたようだった。

「あ、あの巨人、うなじに何か硬いものが入ってますっ! ブレードでは斬れません」

「なんだとっ!」

リヴァイ達は驚いている。

「……」

エルヴィンはある程度は予想していたので驚きはなかった。

(やはりそう来たか。弱点のうなじを補強してきたわけだな)

ハンジ経由でユーエス軍から鎧を着込んでから巨人化する事例があることを教示されていた。敵はさっそくその手を使ってきたわけだ。

 

「っこ、このっ! 離せっ!」

逆さ吊りにされながらも少女兵は巨人の掌の中で必死にもがいている。だが抵抗虚しく、巨人が両手で少女兵の右脚と左脚をそれぞれ掴む。次の瞬間、地獄絵図が出現した。巨人が力任せに少女兵を股裂きにしたのだった。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」

断末魔の叫び声。左右に分かれた少女兵の身体からは、それぞれ内臓らしきものが垂れ下がっていた。

 

 影が一気に動いた。リヴァイだった。リヴァイは電光石火のごとく、跳躍してその巨人に接近、少女兵の首を刎ね飛ばした。少女兵の首はくるくると回りながら地上に落下していく。これは慈悲の一撃だった。余命1分もなかったであろう哀れな少女兵を死の苦しみから救うためにトドメを刺したのだった。

 

「エルド、こいっ! 膾斬りにして動きを止めるぞっ!」

「了解っ!」

 リヴァイは空中機動しながらエルドを指名した。

「他の者は手を出すなっ!」

リヴァイの指示は的確だった。これだけの暗がりの中、多人数で同時攻撃する方が危険である。他の兵士が使用中の立体機動装置のワイヤーが視認できず、接触もしくは混線すれば重大事故になるからである。そして少女兵――リーネの命で得た情報――うなじが補強されているという事実を踏まえた攻撃を行うという事だった。

 

 巨人は首を失った少女兵の遺体を口に入れて咀嚼し始めた。ラガコ村に出現したという統制された巨人というわけでなく、本能で人を喰う通常種のようだった。リヴァイとエルドにとっては絶好の攻撃チャンスでもあった。

 

 リヴァイとエルドは反復攻撃を繰り返して、巨人の眼を潰し、腕の筋を切り落として、反撃できないようにしていく。巨人は煩いハエを払うかのような動作で手を振るが、リヴァイとエルドという最精鋭兵士の動きには対応できてはいない。そのうち、巨人は膝を着いて両手がぶらりと垂れ下がった状態となった。

 

「今だっ! うなじを削り取るっ!」

 リヴァイとエルドは動きを止めた巨人に対して、側面からブレードを斬り付けてうなじの中にいる本体――同化しきっていない人間を引き剥がしにかかった。やはりというか、甲冑を着込んだ男だった。引き剥がした拍子に両目が抉れ、両手両脚が巨人の身体の中に取り残されていた。いや、正確には両目や両手両脚は巨人の身体と一体化していたのだった。

(これが巨人化させられた直後か? 中身はすでに同化が始まっているわけか……。ハンジが見たら喜んだろうな)

 エルヴィンはリヴァイ達が巨人を仕留めるのを見て、そう思った。本体を斬りとられた巨人は轟音を立てて崩れ落ち、身体からは大量の水蒸気が吹き出してきた。気化現象――すなわち巨人の死である。引き剥がされた本体――首と胴体だけの男も、リヴァイが首を刎ね飛ばして確実に殺害した。巨人は驚異的な再生能力を持っているので油断は出来ないからである。しばらく待ってみるが再生する様子はなかった。

 

「15m級討伐っ! お見事です。リヴァイ兵士長!」

さきほどの班長が声を掛けてきた。

「ありがとうございましたっ! こ、これでリーネの仇が討てましたっ!」

涙ながらにリヴァイに謝意を述べる班長。だが時間は無駄にはできない。

「ハンジの救助を急げっ! 今ならまだ間に合うかもしれん」

エルヴィンは周りの兵士に号令した。兵士達は一斉に瓦礫と化した研究棟に駆け寄り、ハンジの捜索を始めた。

 

 リヴァイとエルドがエルヴィンの元に駆け寄ってきた。

「二人ともご苦労だった。リーネの事は感謝する」

「ああ、俺にできるのはあれぐらいだからな。それにしてもたった1体にこれほど苦労させられるとはな。ガスを半分近く使ってしまった……」

リヴァイは愚痴った。難易度の高い空中機動を強いられ、結果的にガスの消費量が大幅に増したということである。うなじを補強されていると討伐の難易度が極端に上がる事の証だった。

「だかこれで終わりというわけではなさそうだ。今のうちに補給しておけ」

「ああ、そうだな」

「了解」

リヴァイとエルドは補給班よりガスとブレードを補給を受けていた。

 

(これで終わりなのか? それにしても攻撃が中途半端だ。完全な奇襲に成功しているならなぜ本部も襲わないのだ?)

 エルヴァンは兵士達の捜索の様子を眺めながら敵の意図が読めず疑問を感じた。この巨人が研究棟を襲った後、すぐさま本部も襲えば、寝込みを襲われた調査兵団は壊滅的打撃を受けていたに違いない。

 

 ハンジの救助活動は難航していた。どこに埋まっているか判らない上に大量の瓦礫を手作業で取り除くことになったからだ。

 

 それから数分後、突如、周囲の林の中で落雷したような閃光が走り、轟音が響き渡った。そしてゆらりと巨大な影が出現する。新手の巨人だった。しかも今度は一体ではなく群れのようだった。最低でも十体以上は確認できた。ほとんどは3~5m級のようだが、15m級巨人1体が含まれていた。

 

「だ、団長っ! 林の中から新たな巨人がっ!?」

 兵士の一人から悲鳴にも似た報告が来た。

「作業中止っ! 迎撃せよっ!」

 エルヴィンはただちに迎撃命令を下す。新手の巨人もさきほど斃した巨人と同じくうなじを補強しているだろう。困難な戦いになることは容易に想像できた。夜明けまではまだ遠かった。




【あとがき】
リーネの殺され方は特別なものというわけでなく巨人との戦いは描写されていないだけで、人を喰う奴らの性質上、凄惨極まりない光景が幾度となく繰り返されてきています。(リーネは原作でもウドガルト城にて獣の巨人の投石で死亡していますので、報われなかったと言えます)ただ無駄死にではなく、うなじが補強されている事実をリヴァイ達に知らしめました。

そしてこの巨人はやはりというべきか、うなじが補強されているタイプでした。

リヴァイ&エルドが苦労の末に15m級を撃破したのも束の間、新手の巨人が出現します。

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