進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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ひさびさに、ミーナ、リコの登場です。


第55話、捏造記事

 トロスト区駐屯兵団宿舎、一階大食堂は大勢の少年少女兵で賑わっていた。ほぼ全員が訓練兵団を卒業したばかりの新兵である。彼らは調査兵団預かりとなっていたため、本来なら他地区の各部署に配属されているところが、総統府の指示により実地訓練目的でここトロスト区に集められていた。

 

(何人かは還らぬ人になっちゃってるんだな)

 ミーナ=カロライナは周りを見渡して、ため息をついた。3日前の行軍演習は、ラガコ村近郊に巨人の群れが出現したため、いきなり実戦となったのだ。

 通常の壁外調査では初陣の生還率は7割と云われる。それに比べたら9割の生還率は恵まれていると言えるかもしれないのだが。いや、そもそも安全な内地の訓練のはずなのに、巨人との戦闘は想像外である。

 

(巨人があんな動きをするなんて、これからどうなっちゃうんだろ?)

 ラガコ村に出現した巨人達は”獣の巨人”に操られたらしく、組織的戦闘行動を取ったのだ。喰う為に結果として殺すのでなく、殺すために殺す。それがどれだけ恐ろしい事かは言うまでもなかった。例の新兵器がなければ、全滅していたっておかしくない。

 一般民衆の動揺を防ぐ為として、巨人達が組織的戦闘行動を取った事については緘口令が出されていた。

『一昨日午後、ラガコ村近郊で巨人十数体が出現、観測気球班からの急報を受けて付近を行軍演習中だった調査兵団が駆けつけて、巨人全てを討伐した。この際、23名の兵士が殉職。なお、壁に損傷箇所はなくこれら巨人がどこから発生したのかは現在調査中』

 これが世間一般に発表されている広報の内容である。体験して真実を知っている自分からすれば歯痒い発表だった。壁の内側に巨人が出現したのだから、ウォールローゼ全域が危険地帯になった可能性すらあるのだ。隠しておいていいことがあるのかミーナはよく分からなかった。

 

「ミーナ。どうしたんですか? ぼんやりしちゃって」

 振り向けば同期のサシャ=ブラウスがいた。サシャは珍しく食べ歩きしていなかった。

「うん、一昨日の戦いの事思い出していて……」

「そっかー。ミーナ、危なかったですよね。もう少しでわたしにパンくれる人がいなくなるところでした」

確かにミーナは巨人に捕まえられてあわや握り潰されそうになっている。

「ひどい! サシャ、あなた、わたしをそんな風に見ていたの? 友達でもなんでもないんだー」

「あわわ、冗談ですよ。冗談。そんなに怒らないで」

「ふーんだ」

ミーナは面白くなかったので横を向いた。

 

 そこにジャン=キルシュタインがやってくる。隣にはコニー=スプリンガーもいた。いつもの陽気なコニーだが、厳しい表情を浮かべたままだ。コニーは昨日は自室に子守り、皆の前に姿を見せなかった。無理もない。コニーはラガコ村出身で幼い弟や妹もいたが、村人で生存者は一人も発見されていない。巨人に喰い散らかされた多数の遺体が発見されているとのことなので、生存は絶望的だろう。

 

「コニー、大丈夫ですか?」

 サシャが声をかけた。

「ああ、いつまでも引き篭もっていられないかな。俺の母ちゃんや弟妹達をあんな目にあわせた奴ら、絶対に許さねー」

コニーの目には深い怒りと恨みが篭っているようだった。

「……」

重苦しい雰囲気なのでサシャも冗談を飛ばしていいのか迷っているようだ。

「そう気張るな。戦いは長いんだ。今から気張っていたらばててしまうぞ」

ジャンは諭すように言った。

「わ、わかってるよ」

「ねぇ、ジャン。なにか上から指示をもらってる?」

ミーナは訊ねてみた。ジャンは南側新兵の現在の首席であり、新兵代表を務めている。(ジャンの訓練兵団卒業時の席次は6位だが、トロスト戦で上位5位までが死傷または行方不明になっているため)

「いや、まだ何も聞いていないな。今日も待機かな」

「待機か~? する事がないのも辛いですね」

サシャは呟いた。

「市内(トロスト区)なら買い物とか出かけても構わないんだぞ。召集の鐘がなったらすぐに駆けつけられたらいいんだから」

「買い物といってもねー。お店、まだ閉まっているところ多いし……」

 サシャの言うとおりだった。トロスト区は巨人達に一度は占拠された街なのだ。復旧工事も壁や壁上砲台といった防衛施設が優先されている為、街の至る所にある破壊された跡や瓦礫は後回しになっている。避難した住民達もまだ半数ぐらいしか戻っていないらしい。以前の賑わいを取り戻すのは当分先だろう。

 

「そういえば、ジャンはこの街出身だったよね。家とかご家族は?」

「ああ、全員ピンピンしているよ。今は家に戻って片付けしているよ。巨人にぶっ壊された家も多いけど、俺の家は無事だった」

「よかったですね」

 ミーナはそう言ってからコニーの姿に気付いて不味い事を言ったかと思ってしまった。コニーはぼんやりと窓の方をみているだけで、ミーナとジャンの会話には無関心の様子だった。

 

 大食堂のドアが勢いよく開かれ、同期の眼鏡を掛けた少女兵が飛び込んでくる。

「た、大変! 大変よー! ラガコ村での私達調査兵団のことが!?」

 大食堂に居た数十人以上の新兵達が一斉に彼女の事を見た。

「なにがあったんだ!?」

「こ、これです」

少女兵は周りの新兵達に数枚ほどもっていた号外らしき新聞を配っていった。ミーナはジャンやコニー達と一緒に記事を貪るようにして読んだ。

 

『調査兵団、ラガコ村で住民虐殺の疑い!?』

 王都新聞の衝撃的な見出しが飛び込んでくる。

『……と発表している。しかしながら以下の疑問点を指摘したい。一つ、壁はどこも破られていない。ではラガコ村で発生した数十体の巨人はどこから現れたのか? 二つ、巨人発生後、付近を偶然(?)演習中だった調査兵団が討伐したというが、事前に発生する事を予想していたのではないか?

 王政府関係者の話として巨人化薬品が存在する可能性があるとのこと。となると今回のラガコ村事件は、調査兵団の技術班が巨人化薬品の実験を村人に対して行い、巨人化した村人を演習がてら抹殺したというのではないか? また巨人化していなかった住民は口封じのため、皆殺しにしたのではないか? 全滅したという村人には30人以上の幼い子供が含まれていた。これが事実とすれば壁内世界はじまって以来の極めて残忍な組織犯罪である』

 

「ひどい! でたらめじゃない! 私達が村人を殺したなんて!?」

「そうですよ。現に”獣の巨人”が現れて巨人の群れを操って危うく私達全滅してもおかしくなかったです」

 ミーナとサシャは抗議の声を上げた。

「でもこれ、王都新聞だぜ。嘘出鱈目書くかな?」

 王都新聞は壁内世界でも発行部数一位を誇る新聞社であり、最も権威があるとされる報道機関だ。王都(ウォールシーナ)だけでなく各城郭都市にも一日遅れで配達されている。

「でもよ、巨人化薬品って線はあるじゃん。壁はどこも破られてないし……」

「だよな。団長ら上層部は何か隠しているのは間違いないよ。知らされていないせいで、俺達は囮にされたんだ。新兵器だってもう少し早く使ってくれていれば、マインツだって……」

一人が不信感を口にすると疑惑の空気が強くなっていた。

 

「全員、注目ー!!」

 不毛な口論を鎮めたのは大きな発声だった。振り向けばそこには銀髪で眼鏡をかけた美女――駐屯兵団精鋭班班長のリコ=フランチェスカが居た。リコはトロスト区戦の最中、自分達訓練兵の撤退戦を指揮してくれた将校である。パニック状態だった自分達を救い出してくれたリコは、自分達南側訓練兵にとっては命の恩人でもあった。

(ペトラ先輩もそうだけど、この人もかっこいいな)

 ミーナにとってリコも憧れの先輩である。

 

「その新聞に書かれている事は、調査兵団に対する誹謗中傷だ。実際に戦いに参加しているお前達は事実を知っているはずだ」

 リコは鋭く言い切った。リコの美貌と凛とした振る舞いで新兵の誰も反論できない。

「お前達はまだ政治についてはあまり意識していないかもしれないが、調査兵団を快く思っていない貴族や団体もいる。そんな奴らの扇動に惑わされないことだ。例の新兵器についても万能というわけじゃないだろうから即応できない事情もあるだろう。そのあたりは察してもいいのではないか」

「あ、あのう……」

ジャンは手を挙げた。

「調査兵団はこれからどうなるんでしょうか?」

「ふっ、そんなに心配しなくていいと思う。そちらの団長(エルヴィン)やハンジは切れ者だからな。対策は練っているだろう。わたしから言えるのはそれぐらいだ」

「はい、ありがとうございます」

 リコは手を振って外に出て行った。リコのおかげで焦燥と不安に駆られていた雰囲気が和らいだのは事実だった。

 

 

 リコは新兵達のいた大食堂を出た後、兵団宿舎の屋上に通じる階段の踊り場に来ていた。そこには友人のペトラ=ラルがいた。

「リコ、どうだった? うまくいった?」

ペトラが声を掛けてきた。

「ああ、新兵たちを一喝しておいた。しかし、私に頼まずともペトラがやってもよかったんじゃないのか?」

「ううん、リコの方が適任よ。わたしは調査兵団の身だから身内を庇っていると思われかねない。それに指揮官としての素質もリコが上だから」

「まあ、いいけど。それより例の記事、奴ら(中央第一憲兵団)が裏で糸を引いているんじゃないか?」

「そう思ってる。それに記事に書かれていた”巨人化薬品”という言葉。奴らが巨人に関する情報を隠蔽していると思って間違いないわ。ハンジさんはラガコ村の調査報告書、まだ総統府に提出していないから」

 つまりラガコ村の詳細報告書が見ていないにも関わらず、あのデマ記事を奴らが書いているという事になる。それだけでも十分クロに近いと言えるだろう。

「ヤバそうだな」

「うん、わかってる。リコは自分の任務だけを考えていて。奴らとは私達(調査兵団)だけで決着をつけるつもりだから」

 ペトラを含む調査兵団幹部は中央第一憲兵団を敵と見なしているようだった。もともと両者は相性は悪かったが、相手が露骨に潰しにかかってくるようでは当然だろう。

「気をつけろよ。ペトラ」

「うん、ありがと」

ペトラは去っていく。リコはペトラの後ろ姿を見送りながら、ペトラの身を案じずには居られなかった。敵は巨人と違って狡猾な悪意を持つ人間なのだ。人類を守る為に巨人との戦いに身を投じたのに、仲間であるはずの人類に殺されたのではやりきれないだろう。ピクシス司令も以前の演説で触れていたが、人類が滅ぶとしたら外敵である巨人ではなく、人類同士の争いで滅ぶのかもしれない。




【あとがき】

王政府側(ケニー達中央第一憲兵団)は、謀略の一環として捏造記事を出してきました。プロパガンダ戦です。ありもしない犯罪をでっち上げてその罪で捌こうというわけです。


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