「よしっ! 奴の目潰しに成功した! いっけぇぇ!」
仲間からの掛け声で、ミーナ・カロライナは立体機動装置を駆使して空中に躍り出る。対峙している7m級巨人は仲間達の波状攻撃で両目を潰され顔を目で覆っており、背後はがら空きだった。
(これでも喰らいなさいよっ!)
一気に巨人の弱点へと肉薄し、
ミーナは改めて周囲を見渡す。自分達が布陣する雑木林のあちらこちらで、巨人が死んだときに発する大量の蒸気の煙が立ち昇っていた。ミーナの位置からでは全域を見ることは適わないが、戦況は味方優勢と言っていいだろう。ミーナ所属のブラウス班に限らず、キルシュタイン班、他地区の新兵の班、先輩達の部隊も苦戦する事なく巨人達を確実に一体一体と葬っていた。これが出来るもの今回の演習において自分達調査兵団主力部隊が実戦装備で出陣していた事、そして偵察気球により巨人の出現をいち早く察知して迎撃体勢を整えていた事が大きいだろう。
「ミーナっ! やるじゃない!?」
近くで見ていた友人で自分達の班長を任されているサシャ・ブラウスが手放しで拍手して喜んでいた。
「出来すぎだろ? 100番台なんて思えないぜ。卒業試験、サボっていたんじゃないか?」
仲間の新兵サムエルが賞賛と皮肉を混ぜて笑っていた。
「あはは、そうかな? でもうまく倒せたのは皆の
「まあ、なんにせよ、今のところは順調だな」
「そうね」
サムエルの意見に同意しながらもミーナは考えていた。
「でもどうして内地に巨人が?」
サシャは独り言のように呟いた。状況が落ち着くとどうしても疑問が口について出てきてしまうだろう。
「壁を登れる巨人だっているんだぜ。こっそり入ってきたんじゃないのか?」
「でもあの日以来ウォールローゼの壁は駐屯兵団が厳戒態勢を引いているって聞いているぜ? まさか先輩達が居眠りしていたわけじゃないだろ?」
「そ、そうですね。わたしの村もここからそんなに遠くない場所にあるので心配です」
サシャは心配そうな表情を浮かべている。サシャはウォールローゼ南西側領土の山奥で狩猟を営んで暮らす村の出身である。自分の故郷の事が心配なのだろう。
「サシャ、巨人の数はそんなに多くないし、先輩の凄腕の人達が周囲を迂回しつつ散らばっている巨人達を集めて撃破するって聞いているわ。伝令も出ているはずだから大事にはなっていないわよ」
ミーナは当部隊の指揮官ミケ・ザカリアスの訓示を引き合いに出して慰める事にした。
「そ、そうですか……」
「でもよ、ラガコ村はどうなんだ? 確かコニーの村じゃなかったか?」
サムエルは仲間のコニー・スプリンガーの家族について触れた。
「……」
皆一様に口を噤んだ。巨人達がラガコ村方向から出現した事を考えれば、悪い想像しか思い浮かばなかったからだ。
「あれは……?」
ミーナはその時、森の奥から立体機動装置を使って自分達の方角に向かってくる兵士の一団を視界に捉えた。一角獣の
「あなた達、随分暗い顔しているね。戦死者を出したわけでもないのに……」
憲兵団新兵の一人――ヒッチが声をかけてきた。
「な、何の用ですか? 今は戦闘配置中ですよ」
サシャがヒッチに訊ねた。ヒッチ達の憲兵団新兵達は後詰として配置されており、前線に出てくるにしても早すぎるだろう。
「サシャ・ブラウスだったか? 悪いが俺達と配置位置を交代してくれないか?」
大柄で筋肉質の新兵―ーマルロ・フロイデンベルクが提案してきた。
「し、しかし、命令も無しに勝手には……」
「今は先輩達も周りに散った巨人達を掃討するのに大忙しで、お伺いを立てている時間はないはずだ。それに消耗してくれば、交代する予定だったはずだ。それが早まっただけだと思えばいい」
ミーナはマルロ達をじっと観察する。マルロは比較的冷静なようだが、他の班員達は血気に
(わたし達の初陣はこんな生優しいものじゃなかったけどね)
ミーナは多くの仲間が散っていたトロスト区のあの日の事を思い出した。それに比べれば今の戦況は相当恵まれていると言える。対巨人戦闘未経験の憲兵団新兵達でもなんとか戦えるだろう。それに巨人との戦いを経験すれば、内地志向の憲兵団も考え方を変えてくれるかもしれない。事実、あれだけ憲兵団志望だったジャンやコニーですらも調査兵団を志願するようになったのだから。
「サシャ、場所を譲ってあげようよ。わたし達だけが手柄を独占していると思われるのも嫌だもんね」
「おい、ミーナ!?」
仲間達は驚いてミーナに視線を向けてきた。
「俺達はまだ戦えるぞ! 別に後方に引かなくても……」
「ううん、多分気付かないところで疲れは溜まっていると思う。巨人と戦うには一瞬の油断が命取りになるでしょ? 休憩させてもらえると思えば彼の提案はいいと思う」
「そうね。ミーナが言うならそうしましょうか?」
サシャはあっさりとミーナの意見に賛同した。他の班員達も強く反対する事なく、マルロ達と交代することになった。
(どうしよう? 一言かけていった方がいいのかな?)
ミーナは離脱する直前にヒッチ達に声を掛けるべきか迷った。憲兵団新兵のヒッチ達に対しては良い印象を持っていないが、それでも巨人と戦う同僚である事には間違いない。
「なによ?」
逡巡しているミーナをヒッチがギロッと睨みつけてきた。軽薄そうなヒッチに対してはミーナはどうも苦手だったので彼らのリーダーであるマルロに話しかける事にした。
「あ、あのう、マルロ・フロイデンベルクさん」
「なんだ?」
「気をつけてください。巨人との戦いは何が起こるかわかりませんから」
「当たり前でしょ? それぐらい……」
ヒッチが横から口を挟んできた。マルロは無言でミーナを見ている。
「あの日、わたし達訓練兵の班も当初、戦果を上げる事が出来て油断していたんです。そしたら巨人が次から次に襲ってきて……」
ミーナはエレンの事を思い出して言葉が詰まってしまう。
「……」
「今回の巨人の出現だってどうも嫌な感じがするんです。うまく言えないですけど……」
「……そうか、わかった。気を引き締める事にするよ」
マルロは意外にもミーナの注意喚起を素直に受け取ってくれたようだった。マルロは憲兵団に入団したとはいえ、奢る事も臆する事もなく冷静に振舞っているようだった。
「じゃあ、後はよろしくお願いします」
「おう、任せておけ」
ミーナは手を振ると、立体機動装置を使ってその場から離れていく事にした。ヒッチは不満そうな顔をしていたが、マルロがリーダーである以上は何も言わないようだった。
ミーナ達がマルロ達と配置場所を交代して、半時間ほどが経過しただろうか。巨人達が数体やってきて、ジャンの班とマルロの班が競い合うようにしてあっという間に討伐してしまった。特に大きな波乱は起きていない。伝令の先輩兵士が状況確認にやってきたが、お互い新たな情報はないようだった。散開して周囲から掃討を進めているであろう調査兵団の精鋭も難敵に当たったという事も現在はないようだった。
(これで終わりならいいのだけど……)
そうは言っても内地であるウォールローゼに巨人の一群が出現したという異常事態である。ミーナは不吉な予感がしていた。
事態が大きく動いたのはそれから直ぐだった。
「新たな巨人の群れが北西方向に出現っ! 数、およそ30体! その中に20m級の大型個体を確認! 知性巨人の可能性あり! 新兵達は森から出るな!」
伝令兵がやってきて事態を触れ回っていた。自分達は丁度ラガコ村に正面に南西方向を前衛として布陣しており、森に隠れて見えない方角だった。
「知性巨人ってまさか!?」
班の仲間達も顔から血の気は引いていた。知性巨人は今まで相手にしてきた無知性巨人とは根本的に脅威の質が違う。ただでさえ巨大な体躯で苦労するのに知恵が回る相手だとすれば、もはや異次元の強さと言っていい。現にトロスト区戦でも鎧の巨人達の出現でウォールローゼ陥落の一歩手前まで追い込まれたのだった。
その時だった。空から雹のようなものがパラパラと降ってきた。いや、雹ではなく人間大の大きさの木や岩だった。そもそも木や岩が空から自然に降ってくるわけがない。
「きょ、巨人達が投げてきている!?」
パニックに陥ったらしい新兵の一人が大声で触れ回りながら後退してきた。巨人達が投擲という攻撃手段を使い出したのだ。知性巨人に操られた集団戦法の一つだった。もはやただの30体ほどの巨人の群れではない。巨人達が投げつけてくる木や岩は大砲の弾丸にも等しい。しかも森から距離を取っている事で人類側の立体機動装置を活用も制限しているようだった。ミーナ達は、いや人類はトロスト区以来の重大な危機を迎えつつあった。
【あとがき】
当初は順調に戦果を上げていたミーナ達。しかしながら知性巨人と思われる獣の巨人が出現する。30体の巨人に陣形(円陣)を組ませて、己の安全を確保し、さらに巨人達に投擲という遠距離攻撃をさせる徹底ぶりです。この危機にミーナは、そしてハンジは……。
【班編成】調査兵団新兵40名 + 他地区新兵80名
・キルシュタイン班
・スプリンガー班
・ブラウス班(ミーナ、サムエル)
・
実戦経験のある南側領土104期生で成績上位者が暫定的に班長に任じられている。元々、今回の行軍演習はあくまでも演習であり、先輩兵士達の下につくのはもう少し先だったという想定です。