進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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カラネス区近くの壁際の地下トンネルから壁内へと侵入してきた4人組(巨人勢力”故郷”の偵察隊)は、ウォール教の在家信者の家に滞在していた。この敵に対し、シャスタ&ミカサの特別作戦班が攻撃の機会を窺う。



第42話、シャスタ特別作戦班(2)

 農家の女(ウォール教の在家信者)は非常に不機嫌だった。教区長の指示に従って、合言葉を話す客人を泊める事で教会に貢献するはずだったが、今晩の客人は過去に数回泊めた客人の中でも最低の部類だった。粗暴な振舞いはウォールシーナの地下街(スラム)に屯しているという不良グループと変わらないに違いない。

 

 農家である自宅に滞在している見知らぬ4人組。リーダーらしき人相の悪い男、軽薄そうな少年、顔の下半分をマスクで隠した目つきの悪い男、そして仲間の男達に怯えているような少女である。このうち自分と話したのは少女だけだった。男達はこちらには理解できない言葉を話しており意思疎通できそうになかった。

 

「あ、あの……、トロスト区の事はご存知ですか?」

 雑談と交わしている最中、少女は聞いてきた。

「トロスト区かい? ああ、なんとか巨人共の侵攻を撃退したと聞いているよ。すべては3人の女神様(マリア・ローゼ・シーナ)のご加護のおかげだよ。ありがたいことだ」

 そう答えると少女は顔色が急に青ざめていた。仲間の男達に小突かれて彼らの言葉で話す。とたん男達は不機嫌になり、少年がなにやら言葉を荒げるとナイフを投げつけてきた。柱に突き刺さって小刻みに震えるナイフ。わざと外したのだろうが、乱暴な振る舞いだった。

「で、出て行ってください!」

少女はそう叫ぶ。農家の女は慌てて客間から逃げ出してきたのだった。

 

「何様のつもりなんだね。今晩の客は! あれが泊めてもらう客の態度かね」

「そんなに酷いのかい?」

「そうだよ。教区長様のお言葉がなければ絶対お断りだよ」

「仕方ないだろ? 辛いだろうが今晩だけは堪えてくれ」

「わかってるよ。あれでも一応客人だからね」

 農家の女は夫と会話していた。この家は自分たち夫妻だけしか住んでいない。かつては2人の子供もいたが、一人は幼くして病死、もう一人の娘は6年前にウォールマリアに住む男の家に嫁ぎ、あの日(ウォールマリア陥落)以降は音信不通だった。おそらく生存は絶望的だろう。

 そして夫はかつて調査兵団に属していたが、壁外遠征で片足を巨人に喰われて退役している。そこそこあった見舞金もあっという間に使い切ってしまい、障害を負った夫を介護しながらの生活は苦しいの一言に尽きる。

 3年前、この近くを通りかかったウォール教のカラネス区教区長が、入信して勤めを果たすという条件付きで生活援助をしてくれる事になったのだった。その勤めとは、合言葉が合致した客人に宿を提供する事だった。在家信者になって以降、何度か客人を泊めた事がある。

 

 今晩の客人達に貸している客間からは、喘ぎ声らしき声と男の罵声が聞こえてきた。おそらくあの少女は、リーダー格の男の愛人なのだろう。もしかしたら慰みものにされているかもしれないが、自分達が口出しできるはずもなかった。あのリーダー格の男が教区長に告げ口して生活援助を打ち切られたら、自分達はたちまち路頭に迷ってしまうからだ。

 

「ったく、いい加減にして欲しいよ」

 農家の女はぶつぶつ文句を言いながら客人達の喧騒を聞かない事にした。それに夜も更けてきている。現在では生活の足しにしかならない農園作業だが、朝は早いからだ。

 

 ……

 

 いつの間にか客間からも物音が聞こえなくなった。迷惑な客人達も眠りに付いたらしい。農家の女は、この夜なぜか寝付けなかった。

(なんだい? この嫌な感じは……)

 どうも不吉な予感がしていた。万が一に備えて客人達が自分達を襲ってこないように自分達の寝室の扉にはつっかえ棒をしていた。

 

 突如、客間から激しい物音が聞こえてきた。怒声、そして刃物のようなぶつかったような金属音。直後、人が壁に叩き付けれるような大きな物音がした。

 

「おい!? 今の音は何だ!?」

 夫が慌てて飛び起きた。

「あの客人達が暴れているんじゃないのかね」

「くそっ! いくら客でも文句の一つぐらいを言ってやらんとな」

 そんな事を話していると、扉がガタンと音を立てた。誰かが扉を開けようとしてつっかえ棒に引っ掛かったのだった。

 

「だ、誰だい?」

「……」

 返事はなかった。

「一体なんの騒ぎだね?」

「……」

「どうしたんだね?」

「……」

何度呼びかけても返事が返ってこない。夫は不審に思ってベットの下から隠していたボウガンを取り出して矢を装填し、照準を扉に向けた。ちなみにこのボウガンは強盗対策で所持している自衛用の武器である。

 

 

 突如、激しい物音と共に木製の扉が蹴破られる。同時に背の低い影が室内に飛び込んできた。夫はボウガンの矢を影に向けて放つ。が、矢は何かに弾かれてしまう。影はまるで甲冑か何かを着込んでいるようだ。あっという間に影は動き、夫に体当たりして蹂躙する。骨が潰れるような嫌な音がした。

 

「あ、あんた!?」

「……」

 夫に呼びかけてみるが返事は無かった。黒い影が動いた。天窓から差し込む微かな星明りで、辛うじて影の正体が分かる。野犬よりも何倍も大きな(けだもの)だった。気配でその獣が自分に狙いを定めているのが分かる。

(な、なんなんだい? こいつは!?)

農家の女は驚愕する。同時に悟った。この獣は巨人同様、圧倒的な力を持つ捕食者であると。そして自分はただの獲物に過ぎないのだ。恐怖で動けなくなった自分に化け物が無言で襲い掛かってきた。

 

 

 

09(ミカサ)、起きてください!」

 ミカサはシャスタに起された。シャスタに促されて休息を取っているうちにいつの間にか眠ってしまったようだった

「奴らの動きが寝室で止まっています。完全に眠りに入ったようです。見張りも立てていませんね」

「そう、いよいよね」

 

(奴らにしたらここは敵地なのに!? 舐めた真似を!)

 いざとなったら巨人化すればいいと考えているのかは不明だが、裏切り者(ライナー)の仲間達ならまだ少年少女兵だ。人類を見くびっているのだろう。むろん敵の油断には徹底的につけ込む。後悔などさせる暇すら与える事なく抹殺するだけだ。

 

07(ミタマ)を納屋から中に侵入させます。あちらの施錠はつっかえ棒だけなので比較的簡単に開錠できます。09(ミカサ)は表玄関付近の茂みに隠れていてください。もし捕獲対象だったらあたしが止めるように合図します」

 ミカサは頷くと戦斧(バトルアックス)を手に農家へと接近する。指揮官であるシャスタは離れた位置で見守るようだった。

 

 暗がりの中、生体戦車(ギタイ)――ミタマの尻尾についた淡い光を放つリング(蛍光塗料)が円を描いた。開錠に成功したという合図だった。ミタマは音を立てないようにそっと扉を開けて建物内に侵入、客間へと向かっていく。

 直後、農家の屋内から激しい物音が聞こえてきた。ミタマが攻撃を開始したのだった。家具が転倒したような物音、争ったような声、そして白い影が外に飛び出てきた。

 

 シャスタからは特に指示はない。もし捕獲対象ならシャスタから制止命令が来るはずだった。

(だったら敵ね)

ミカサはその影に向かって、斧を振り上げた。

 

「待って!!」

 シャスタの声だった。ミカサは斧を白い影に叩きつける寸前で停止させた。白い影はそのままペタンと座り込んだようだった。

 

 小型の不思議な松明(懐中電灯)が白い影を照らし出す。白い影は衣服を身に着けていない裸の女だった。幼い顔立ちや体系からして歳はミカサと変わらないだろう。少女は目の前にあるミカサの斧を見て、改めて恐怖し尻餅をついたまま後ずさりしている。少女の形のいい大きな胸を見て、ミカサはなぜか苛立ちを覚えた。

 

02(シャスタ)!? この女は?」

「もしかしたら情報を聞き出せるかもしれません。09(ミカサ)は武器を仕舞って下さい」

「……」

 ミカサは戦士(巨人化能力者)ではないかと訝りながらも斧を下す事にした。頭の切れるシャスタなら、この女が戦士である可能性は考慮しているはずで、無策という事はないだろう。

 

「怖がらなくてもいいですよ。あなたを苦しめていた男達はもういません。それにあたし達はあなたに危害を加えるつもりはありませんから」

 シャスタは少女に優しく話しかける。それでも少女は疑いの眼差しを自分達に向けていた。

「……あ、あなた達は?」

「えーと、そうですね。壁内の自警団っていったところです」

そう言いながらシャスタはミカサに毛布を手渡した。少女に渡してくれという事らしい。ミカサは彼女に毛布を差し出すと、少女は恐る恐る受け取った。

「……」

少女は毛布を羽織ると少しだけ表情が緩んだようだった。

「あなたの名前、教えてもらえませんか?」

「……カーヤ」

少女はぼそっと呟いた。これがミカサ達と敵勢力”故郷”の潜入工作員――カーヤとの出会いだった。




【あとがき】
 夜間戦闘の本領を発揮した生体戦車(ギタイ)――ミタマにより、敵工作員のうち3人を抹殺、残る1人はミカサ達が捕虜にした。
 少女を助けたのは、盗聴して会話を分析したシャスタが、男達に性的暴行を受けている事を知ったためです。彼女から敵勢力の詳細な情報が得られるかもしれません。在家信者の農家夫婦にとっては、泊めた客と襲ってきた獣(ミタマ)が悪すぎました。

 リタ達は西側担当のペトラ達を含めて敵偵察隊の壊滅に成功します。しかしながら時間稼ぎに過ぎず、また火種(?)は残ったままです。

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