進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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ハンジの長話に付き合わされたアルミン、ようやく目を醒まします。
初めてのアルミン視点になります。


第37話、遺志

(side:アルミン)

 

 目を覚ますと、なぜかミカサの病室のベットにいた。アルミンは昨晩遅くまでハンジの巨人談話に付き合わされていて、そのうちに眠気が襲ってきてその後の記憶がなかった。

(どうして僕はここで寝ているんだろう?)

 アルミンはわけが分からず首を捻った。身体は依然として疲れたままだった。ハンジの巨人に関する長話のせいだった。先輩のぺトラ、シャスタは一度被害に遭っているのだろう。

『教訓、ハンジ分隊長に巨人の話を決して振ってはならない』

アルミンは甚大な被害を蒙って一つの教訓を得たのだった。

 

 規則正しく床が軋む音が聞こえてきた。ミカサがベットの傍らで腹筋している。

 

「み、ミカサ!?」

「おはよう、アルミン」

そう言いながらもミカサは腹筋を続けている。

「ミカサ、まだ病み上がりなんだから激しい運動は控えた方が……」

「もう治った。わたしは一週間運動していない。身体は鍛えていないと鈍っていく」

「野生動物じゃないんだから、まだ安静にしていないと駄目だよ」

「そうだ、アルミンも一緒にやろう。兵士なんだから身体は常に鍛えておくべき」

ミカサは聞く耳を持っていない。すくっと立ち上がるとアルミンをベットから強引に引きずりだそうとする。

「ちょ、ちょっと、ミカサ!」

「何?」

「どうして僕はここにいるの?」

「昨晩、アルミンがわたしのベットに潜り込んできた」

「いや、その……、僕は覚えてないんだけど」

「アルミンは大胆。わたし、少し驚いた」

ミカサはじっと真剣な眼差しでアルミンの瞳を覗いてくる。

「ま、まさか……。僕はもっといけない事を?」

「……」

ミカサは頬を赤らめて照れている。

「言わせないで欲しい……」

「ご、ごめん、ミカサ。僕は全然憶えていないんだ。酷い事していたら謝るから」

「アルミンなら平気……。開拓地では一緒にお風呂も入っていたから……」

訓練兵団に入団する前、開拓地ではアルミン達幼馴染は一緒だった。ミカサの言うように一緒にお風呂も入っていた。当然、ミカサの裸も見ている。その頃はまだ幼い事もあって性をあまり意識しておらず、15歳になった現在とは当然状況が違うだろう。

「いや、だからって……」

(わーわー、どうしよう? 記憶がないから自分が何したかわからないし、対策が立てられない)

アルミンは思いのほかピンチに陥っている事に気付く。こんな会話をクリスタや先輩達に聞かれたら思いっきり誤解されてしまう。この研究棟に寝泊りする班員6人のうち、男子は自分一人なのだから。

 

 アルミンはふとミカサの頬が引き()っている事に気付いた。

(もしかして……、笑っている?)

ミカサは感情表現が乏しいので、心情を慮るは難しい女の子だった。一応今は微笑んでいるつもりらしい。

「僕をからかっているの?」

「う、うん。からかっていた」

「もう~!」

アルミンは抗議の声を上げた。

 

「ごめん、わたしが嘘をついた。アルミンは何もしていない。わたしがアルミンをベットに連れ込んだ」

「え?」

「ちょっと、悪戯したくなっただけ」

「ほ、本当に?」

 ミカサはこくんと頷いた。

「よかった。びっくりしたけど……」

(僕に悪戯するぐらい元気があるって事だね)

ミカサは心身ともに回復しつつあるようだった。

 

「アルミン。わたし、あなたに言っていない事がある」

 そう切り出すとミカサは急に真剣な顔つきになった。

「う、うん」

(なんだろう?)

ミカサに何を言われるのか、アルミンは興味半分、怖さ半分だった。

 

「あ、ありがとう」

 ミカサの口から出た言葉はそれだった。

「えっ!?」

「生きていてくれてありがとう。わたし、エレンがいなくなって、アルミンまで失うなんて堪えられないから」

 あの戦いの最中、重傷のエレンを置き去りにせざるを得なかった事はアルミンにとっての痛恨の出来事だった。そもそもエレンの負傷は足手まといの自分がいて無理をさせた事が原因かもしれないのだ。その場にミーナもいたが、ミーナは非力な自分と違って巨人を討伐しており、その後の戦歴を見ても殿(しんがり)を志願するほど戦意が高い。アルミンはミカサに役立たずと責められる事を何よりも怖れていた。

 

「で、でも僕は……」

 アルミンは役立たずだと言おうとした。

「エレンだってアルミンを助けたいという気持ちだったはず……。だから自分を責めないで……」

 エレンの事しか視界に入らないのがミカサの悪い癖だが、今はきちんとアルミンを見てくれている。アルミンはこのときミカサが本当の姉のように思えた。

「ミカサ……」

 アルミンは溢れ出る涙が止まらなかった。ミカサにこれだけ優しい言葉をかけてもらえるなんて思ってもみなかったからだ。

「ぼ、僕は本当に……泣き虫だね。ううっ……」

ミカサはポケットからそっとハンカチを差し出していた。アルミンは受け取ったハンカチで鼻水を拭った。

「いつまでも俯いていたらエレンに怒られるから」

「ミカサ?」

「だから、わたし、調査兵団に入る」

「!?」

アルミンは驚いた。ミカサはエレンを守る為に調査兵団への入団を希望していた。そのエレンがいない今、ミカサの動機は失われていると考えていたのだ。

「わたしとアルミンに外の世界を見て欲しい。エレンは最後にアルミン達にそう言い残したと聞いている」

「う、うん」

「そして巨人を駆逐する。エレンがしたかった事だから……」

「そうだね。僕も同じ気持ちだよ」

(ミカサだったらエレンと違って、冷静に巨人を()っていきそうだけど……)

ミカサが前向きになってくれているのは嬉しい事だった。むろんエレンの死から立ち直ったわけではなく、心を癒す時間は必要だろう。それと平行して自分達は強大な敵と戦う準備をしなくてはならないのだった。

 

 

 ドアが勢いよく開き、兵服姿のぺトラが病室の中に入ってきた。ぺトラの後ろにはクリスタとシャスタが続いていた。ぺトラは随分と険しい表情をしている。

「ここにいたのね、アルミン」

「こ、これはその……」

アルミンは慌てて言い訳をしようとした。だがぺトラは手を振って遮った。

「ミカサの病室に転がり込んでいた件は後回しにするわ。今はそれどころじゃないから!」

「そ、そうですか……」

「緊急事態よ! 捕獲していた巨人が全て殺されたわ!」

「なっ?」

「見張りの兵士までも()られたわ。巨人の潜入工作員(スパイ)の仕業かどうかは不明ね。わたしとハンジ分隊長はこれからトロスト区の実験現場に行って来る。悪いけど、今日のわたしの授業は全て休講にする。あなた達はシャスタと一緒に研究棟(ここ)にいなさい。シャスタ、後はお願いね」

「はい、ぺトラさんも気を付けて」

ぺトラは用件を告げると踵を返して、病室を出て行った。残された4人は互いに顔を見合わせるばかりだった。

 

(くそっ! いったい何者の仕業なんだ?)

 軍上層部はトロスト区攻防戦の秘密作戦として諜報員(アニ)を謀殺している。さらにアニと密会していた男は巨人となって村民虐殺事件を起こした後、壁外に出たところをユーエス軍に討伐されたと聞いている。巨人の潜入工作員(スパイ)はあらかた潰したはずなのだ。

 捕獲していた巨人が殺害され、見張りの兵士までもが殺されたという。おそらく殺しのプロの仕業だろう。巨人の秘密を知られたくない勢力が、刺客を送り込んできた。そう考えるのが自然だった。アルミンは敵が動き出した事に不安を感じていた。




【あとがき】
エレンを喪っていたミカサは、紆余曲折した後、調査兵団への入団を決意。エレンの遺志をミカサとアルミンが受け継ぎます。

捕獲していた巨人が何者かによって殺される事件が発生。原作では犯人はライベルアニ達でしたが、本作では彼らは既に退場しているので、別の組織によるものです。

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