進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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大勢の戦友が散っていたトロスト区攻防戦。防衛戦当日から4日後の夕刻、ミーナ達訓練兵は、戦死した仲間を火葬場にて見送ります。鎮魂の話です。

ミカサ、久しぶりに登場。



第32話、送り火

(side:ミーナ)

 

 ときおり遠くから大砲の音が聞こえていた。南門に近づいた巨人を壁上固定砲が追い払っているのだろう。穴の閉塞工事が行われており、街の奪還が完了して三日たった現在もなお工事中だった。

 

 トロスト区の水門近くの空き地には臨時の火葬場が設けられていた。既に夕刻、炎が一層周りを赤く照らしている。街で回収された遺体を燃やす炎だった。

 

 焚き火の周りには、ミーナ、サシャ、コニー、ジャンといった第104期訓練兵達がいた。戦死した仲間を見送る弔いの儀式でもあった。いつもは和気藹々と騒がしい仲間達だったが、今は誰もが口を閉ざしたままだった。

 ミーナ達訓練兵は、奪還作戦完了後、遺体回収作業に動員された。巨人達は人を捕食するので、五体満足な遺体の方が逆に少ない。身元が分かる遺体はまだ幸運な方で、体の一部しかなかったり、咀嚼されて巨人の胃袋の中で誰のものか判別付かない遺体も多かった。酷いのは、巨人が吐いた後だった。消化器官の無い巨人は満腹すると胃の内容物を吐き出すのだった。遺体の塊というべき肉塊は、(おぞ)ましいの一言に尽きた。

 

「ミーナ。わたし達、生きていますよね」

 サシャが話しかけてきた。サシャとは訓練兵時代から比較的仲の良い方だった。

「そうだね……」

「変ですね。わたしは見送られる方だったかもしれないのに……。わたし、もう兵士になる自信なくしちゃいました」

サシャは巨人との戦闘で怯えてしまった事を気にしているようだった。

「わたしだって、似たようなものだよ。エレンや周りのみんなに助けてもらって生き残ったようなものだもの。……今だって巨人は怖いよ。でも戦い方さえ分かっていれば決して倒せない敵じゃないと思うから」

「そうなんだ……。じゃあ、やっぱり調査兵団を志望するのですか?」

「うん、そのつもり。気になる人もいるから」

「え? 誰?」

「ごめん、今は教えられない。それにその人とはまだ一言二言しか言葉を交わしてないから……」

「そ、そうですか? でもミーナの気になる人ってきっとカッコいい人なんでしょうね」

「ま、まあね」

本当は憧れのイルゼ先輩の事だったが、サシャは勘違いしているようなので黙っていた。

 

 馬の戦慄きが聞こえて振り向くと、荷馬車が一台近くまでやってくるのが見えた。馬車から降りてきたのは同期のミカサ、アルミン、クリスタの三人だった。アルミン達は遺体回収作業に参加しておらず、防衛戦があったあの日以来、姿を見せていなかった。重傷だと噂されていたミカサの付き添いをしていたのかもしれない。

 

 荷馬車からは車椅子が下ろされ、アルミン達が介助してミカサが座った。アルミンがミカサの車椅子を押して焚き火の方へとやって来る。ミカサは負傷しているらしく、頭には包帯が巻かれ、腕にもギブスを付けて包帯で固定されていた。車椅子に乗っているところを見ると脚もどこか痛めているようだった。傍らにいるクリスタはミカサの様子を心配そうに見守っている。

 

 ジャンがミカサに声をかけた。

「み、ミカサ! お前、無事だったのか!?」

ミカサはコクンと頷いた。

「その怪我は?」

「大した事ない」

ミカサはそっけなく答えるとアルミンが会話に割り込んできた。

「ほ、本当は医者からは安静にしているように言われているんだけど、ミカサはどうしてもというから……」

「そうなのか?」

「今日は……エレンを……見送りに来た……」

「……!?」

ジャンは絶句して言葉を返せなかったようだ。ミカサはもう自分の最愛の人(エレン)の死を受け入れているのだった。エレンの遺体そのものは発見されていないが、最後の状況からして生存は絶望的だろう。身元不明の遺体も全て火葬される事になっている。その中に彼の遺体があるのかもしれない。

 

 ミカサの姿を見る事ができた事で、同期の仲間達は少し安堵した空気が広がっていた。大勢の同期が散っていた悲惨な状況下である。一人でも多くの仲間が無事であって欲しいという気持ちだった。

 

「アルミン、もう少し近くがいい」

「で、でも……」

「わたしだけ遠いところなんて嫌……」

 アルミンはミカサに逆らえないようだった。車椅子を少しだけ焚き火に近づける。ミカサは特に言葉を発する事も無く、火葬されている遺体を眺めていた。炎に照らし出されるミカサの顔は艶やかに輝き、同性であるミーナから見ても美しかった。

「……」

ミカサの横目に見ながら、ジャンもまた黙って炎を見つめていた。

 

 ミーナが周りを見渡すと、ミカサ達を運んできた荷馬車の近くに2人の女性達が並んで立っているのが見えた。

(イルゼ先輩!?)

 暗がりではあったがミーナは見間違えるはずがなかった。もしかしたらアルミン達の世話をしてくれていたのかもしれない。イルゼ先輩の横には、黒縁眼鏡を掛け、白い頭巾をつけた女性衛生官らしき人物がいた。アニに似た感じの女性だった。

 

(うそ!? アニなの? でもアニのはずないよね……)

 アニは防衛戦当日の夕方あたりから姿を消したそうだ。他の訓練兵達は別々に軟禁されていた事もあって、状況がよくわからない。ユミルなど行方不明になった訓練兵が大勢いるのでアニだけが特別という事ではなかった。しかしイルゼ先輩の横に立っている時点でアニであるはずがなかった。そもそもアニは巨人の潜入工作員(スパイ)かもしれないと先輩が怪しんでいたのだから。

 

「なあ、お前ら。所属兵団は何にするか決めたか?」

 ジャンがミーナ達に話しかけてきた。

「お、俺は……」

ジャンの手は震えており、顔も引き攣らせている。

「調査兵団にする!」

ジャンはそう明言した。

「!?」

ミーナは少し驚いた。ジャンは憲兵団に入るため、上位10番以内に入る事を目標に鍛錬してきたのではなかったのではないだろうか。今回の戦いで親友(マルコ)ライバル(エレン)を失い、思うところがあったのかもしれない。

「ジャン、ホントかよ?」

コニーが訊ねる。

「ああ、本気だ! 今、何をするべきか? 俺なりに考えた結論だ」

「そ、そうなのか……」

コニーはどう答えたらよいか分からないようだった。

 

「ジャン……、今のあなたはいい顔している」

「えっ?」

 ジャンはミカサに褒められて少し驚いた様子だった。ミカサは家族(ミカサ定義)のエレンと衝突ばかりするジャンを褒める事は滅多になかったはずだった。

「あなたの事はアルミンや先輩兵士から聞いているわ。防衛戦では活躍したそうね」

「ミカサ……」

「あなたならいい指揮官になれると思う」

「ミカサ、お前だって……」

「わたしはこの通り、当分療養が必要みたい。いい機会だから考えてみる。わたしは自分の意思がなかったから。兵士を続けるのかどうかも含めて……」

 エレンを守る事がミカサの存在意義のようなものだった。エレンを亡くした今、ミカサには心を癒す時間が必要だろう。

「そうだな。でも出来たら調査兵団に来て欲しいな。ミカサ程の腕前だったら調査兵団でも重宝されると思うぞ」

「そうね……」

ミカサはそれ以上、口を開く事はなかった。訓練兵達は黙って炎を見つめていた。




【あとがき】
エレンのファンの方には申し訳ないですが、エレンの戦死は物語的に確定させました。(後のストーリー構成を考慮した結果です) エレンの遺志は、アルミン達が引き継ぎます。エレンを亡くしたミカサには本来は癒す時間が必要ですが、事態は既に裏で動きつつあります。

ちなみにイルゼ先輩(ぺトラ)と並んで立っているのはリタです。

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