進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

26 / 92
司令部近くで待機しているクリスタとアルミン。
そこにやってきた謎の女兵士。彼女こそが南門で超大型巨人と一戦交えたという例の調査兵団の精鋭だった。

(side:クリスタ)


第24話、忠告

 クリスタとアルミンは、ピクシス司令にミカサの1件を報告した後、ミーナ、ジャン、コニーと再会した。撤退戦で殿を務め苛酷な戦いだっただろうが、駐屯兵団の精鋭――リコ班長のおかげで多くが生還することができたようだ。

 

 ミーナ達は兵舎へと連れて行かれるとの事だった。情報漏えいを防ぐ為、隔離される事になったからである。本来なら自分達もミーナ達と共に隔離されるはずだったが、司令の強い意向で司令部近くで待機していた。調査兵団の首脳陣がやって来た際、再度謁見するとの事だった。

 

 クリスタ達は卒業後の進路で調査兵団を希望している。つまり、これからお世話になる組織のトップの人物と面談することになるのだった。

 

 アルミンやミカサが調査兵団を希望するのはエレンの影響だろうが、自分はそうではなかった。巨人に対して強い憎みがあるわけではなく、戦闘技能を生かしたいわけでもない。それ以外の選択肢がクリスタにはなかったからである。

 

 出生に絡む貴族の主から、調査兵団に入隊するならという条件付きで、生活費を貰っていたからだ。それ以外の進路を選ぶなら返済するようにと言われていた。親もおらず親族からも疎まれている少女が、まともな手段で金を返せる目処があるわけがない。死亡率の高い調査兵団に入って戦死することが、その貴族の望みなのだろう。

 

(わたしは思い通りにはならない。簡単には死んでやらない……)

 それがクリスタの出した結論だった。生き残る為にクリスタは必死で兵士としての技能を磨いた。卒業成績10位はやや水増しだが、それでも新兵としては高い技能を持っているという自負はあった。仲間想いの優しい女の子を演じていたのだって計算の内だ(今となってはどちらが本当の自分かもうわからない) いざ危機に陥ったとき助けて貰えるだろうと暗に期待していた。

 

(これから、どうなるの?)

 クリスタは巨人に占拠されつつあるトロスト区の街並みを眺めていた。

 

 

「クリスタ、あの人?」

 アルミンに声を掛けられて思案を中断した。フードを被った女兵士が近づいてくる。マントを振り払うと肩に調査兵団の徽章が見えていた。長い黒髪で黒縁の眼鏡をかけていた。じっと自分達を観察しているような鋭い目つきだった。

 

「ちょっといいかしら?」

 その女兵士は話しかけてきた。クリスタ達が頷くとウォールローゼ側に突き出した城壁の上まで歩いていく事になった。どうやら周りには聞かれたくない話のようだった。

 

「わたしは調査兵団のイルゼよ。貴方達はアルミンとクリスタね?」

「えっ? はい、そうですが……。どうして僕達の名前を?」

「そんな事は問題じゃないわ。単刀直入に言うわ、アルミン。あなた、訓練兵ミーナから聞いたのよね? わたしの事」

「はい……」

「中身を予想して止めるなんて随分と無茶な事をしたわね。わたしだってその3人に確信があったわけではないのに……」

「!?」

 クリスタは驚いた。司令にしか話していない機密事項なのにイルゼは知っていたのだ。

「……図星だったみたいね。南門で超大型巨人が出現した際、怪しいフードを被った男が壁の外にいたのを目撃しているわ。でもそのときはまだ巨人化能力があるとは思っていなかったから……。ただ2度目の出現で人が巨人化したのではないかとは推測したけど。となれば鎧が止まった理由なんてそれぐらいしか思いつかないから。さしずめその娘をつかったのかしら?」

 イルゼはちらっとクリスタを見遣った。

 

(この人、どこまで知っているの? まさか推測だけで……)

 クリスタはアルミン以上に切れる相手だと悟った。単に世間話をしに来たわけでは決してないだろう。何か目論見があるはずだった。

 

「そ、そこまでわかるなんて……。さすがですね、先輩」

 アルミンは完全に言い当てられてしまって毒気を抜かれたようだった。

「まあ、わたしも悪いけどね。わたしの任務は観測だから。だから本当はあそこで戦ってはいけなかった」

「そうなんですか? 後一歩で超大型を仕留めるところだったと聞いていますが?」

「目的外の戦闘はたとえ戦果が上がってもしてはいけないものなのよ。いずれ大きな破綻を招くでしょう。その点は大いに反省しているわ」

 イルゼは意外と殊勝だった。

 

「アルミン、クリスタ」

「はい」

「わたしは貴方達に忠告に来たのよ」

「忠告ですか?」

 アルミンは怪訝な表情を浮かべていた。

「鎧達を倒したという新兵器、アレは危険よ」

「どういう事ですか?」

「聞いたところによれば、離れた位置にいる2体ほぼ同時に仕留めたそうね。とてもじゃないけど今の人類の軍事技術でつくれるものではないでしょう」

 イルゼの指摘は頷けるものだった。アルミンも同じような趣旨の予想をしていたはずだ。

 

「そうかもしれません……」

 アルミンは同意していた。

「未知の外部勢力によるものだとは思うけど、ただ言えるのは、その力を手に入れようと憲兵団が暗躍してくるという事。”中央第一憲兵団”、名前ぐらい聞いたことはない?」

「僕は知らないけど、クリスタは?」

「ううん、憲兵団については詳しく知らないから」

「普通の憲兵団が表の組織なら、中央第一憲兵団は裏の組織。取り締まる組織なんてないからやりたい放題。目的の為ならどんな卑劣な手段だって問わない。証拠を捏造して罪人に仕立て上げる事だってね。貴方達は新兵器について何かの情報を知っていると思われるかもしれない。そうなればやつらは貴方達を拉致して徹底的に尋問するでしょう。これがわたしのいう危険という意味よ」

 ようするに自分達は裏の憲兵団に狙われるという事だった。

 

「わ、わたし、何も知りません」

 クリスタはふるふると頭を振った。

「ぼ、僕も何も知らないよ」

アルミンも否定した。

 

「貴方達が知っているかなんて関係ないの! 向こうがそう考えてもおかしくないと言っているのよ!」

 イルゼの忠告の意味がようやく分かってきた。新兵器に関わってしまった自分達は中央第一憲兵団とやらに狙われる存在になった可能性があるという事だった。

 

「さらに悪い事に巨人化能力についても知っているでしょう。ならば新兵器を知らないはずがないと考えるかもしれない。死ぬまで拷問される事もないとは言えない」

 イルゼはさらりと恐ろしい事を言う。

「……」

(そ、そんな……)

 クリスタもアルミンも絶句して言葉が出なかった。鎧の巨人を倒したというのに予想以上に深刻な事態に陥っている事にただ驚くばかりだった。

 

「ふふっ。わたしも同じ立場だから、そこまで深刻に取らなくてもいいわよ」

 イルゼは散々脅しておいて、今度は優しく微笑み掛けてきた。

「何か考えがあるのですか?」

アルミンは尋ねた。

「そうね。まずは巨人側の潜入工作員を始末する事。これは人類勝利のための絶対条件。これはわかる?」

「はい」

クリスタ達は頷いた。

 

「次に、ミカサ・アッカーマンの確保」

「!?」

 イルゼからミカサの名前が出た事で、アルミンは特に驚いた様子だった。

「ミ、ミカサは僕の幼馴染なんです。ど、どうしてですか?」

「幼馴染? それは好都合ね。わたしが得た情報では、彼女は鎧達の出現現場にいたそうよ。当然、憲兵団にも尋問を受ける立場でしょうから」

「い、今は意識不明の重態で……」

「そう。じゃあ、容態を確認しましょう。可能なら調査兵団の研究棟に連れて行きたいわ。あそこなら要塞だから憲兵団でも簡単には手は出せないでしょう」

「研究棟?」

「ええ、建物の周りを堀と土塁で囲んで要塞化してあるのよ。強盗が何十人と襲って来ても侵入させることはないでしょう。貴方達も来るといいわ」

イルゼは自信ありげに言う。確かにそれほど要塞化されているなら安全な場所のようだった。

 

「団長と兵士長が来たようね」

 イルゼが目配せする。クリスタ達が司令部の天幕に目線を向けた。背の高い金髪の精悍な男性と小柄で目付きの悪い男(リヴァイ)が天幕に入っていった。

 

「貴方達はじきに司令部に呼ばれるでしょう。新兵器は外部勢力のものだと指摘しておきなさい」

「はい」

「それと潜入工作員だけど……」

 その者が巨人化能力を持つかは不明だが、超大型巨人の容疑者に積極的に協力していたのは間違いないと言う。その上でイルゼはアルミンの耳元で捕殺作戦のヒントを囁いたようだった。

 

「そ、そこまで推理してしまうなんて……。先輩、凄すぎます」

 アルミンはただただ驚いている。イルゼが巨人化能力の特徴を分析した上で、謀略を提案したからだろう。

 

「後、わたしの事は知らないで通しておきなさい。憲兵団側の情報提供者(スパイ)もどこに潜んでいるかわからないわ。常に会話には注意しなさい。固有名詞も極力使わないこと」

 クリスタ達は頷いた。

 

「先輩は?」

 アルミンが尋ねた。

「わたしはミカサの周囲を見張っているわ。貴方達は団長に彼女の搬送を提案しなさい。調査兵団本部で一番安全な場所といえば、研究棟になるでしょうから。そして付き添いを申し出れば不審には思われないでしょう」

「わかりました」

 イルゼに従うより他になさそうだった。少し会話しただけだが聡明なアルミンを上回る智謀の持ち主のようだ。新兵器についても本当は全て知っているのかもしれない。ただそれを知ることは命の危険が増すという事だった。本当の事を教えないのは、自分達への配慮なのだろう。もっとも今の会話を憲兵団に聞かれたら、それだけでもかなり危険だった。

 

「病棟で待っているわ」

 イルゼはそう言い残してリフトに乗って下に降りていった。

 

 

「ねぇ、アルミン。わたし達、一体、何と戦っているのかな? 敵って巨人だけじゃないのよね」

「僕も考えが甘かった。ごめん、クリスタ。クリスタまでそんな危険な立場にしてしまっているなんて……」

「ううん、いいの。それに悪い事ばかりじゃないよ。イルゼ先輩にも会えたんじゃない? あの人、頼りになりそうよね」

「そうだね、あんな凄い人だと思わなかった。それに綺麗な人だったし……」

「……」

(アルミン、わかっていないよね。女の子の前で他の女性は褒めたりしないものなんだけど。鈍感なのはエレンに似ているのかな? 恋愛以外は鋭いのに……)

 クリスタはそう思ったものの黙っていた。

 

「訓練兵アルレルト、レンズ。司令がお呼びだ!」

 衛兵がやってきた。ついに調査兵団のスミス団長と謁見する時がやってきたのだ。さきほどのイルゼからの忠告を考えた上で、慎重に発言しなければならないだろう。

 

 巨人達に占拠されつつあるトロスト区の街、暗躍してくるであろう中央第一憲兵団、巨人側の潜入工作員、憲兵団側の情報提供者、依然として消息不明のユミル。クリスタ達にとっては混迷はより深まっていた。




【あとがき】
クリスタが調査兵団を希望している理由について考えてみました。死んでも構わないなど消極的な理由なら、卒業成績10位が水増しだとしてもやはり実力が高すぎます。これは本人の強い意志がなければ、身に付かない水準だと考えます。

原作では巨人を操る力(座標?)として王政府に狙われるエレン・クリスタですが、本作ではエレン巨人は登場しません。かわって新兵器(スピア弾)がそれに近い代物となります。

中央第一憲兵団(秘密警察に近い?)に狙われるのは、ペトラだけでなく、アルミン、クリスタ、ミカサも対象と考えました。

読者の方はお分かりかと思いますが、この話のイルゼはペトラです。なお、ペトラがアルミンを凌ぐ知略を持つわけではありません。リタ達秘密結社と携帯電話でつながっているからです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。