進撃のワルキューレ   作:夜魅夜魅

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【前話のあらすじ】
中衛として出撃を命じられた訓練兵第34班6名。善戦したもの戦死者4名を出してミーナ達は戦線を離脱した。

後衛に配置されていたエレンの幼馴染――ミカサは、まだエレンの死を知らなかった。



第13話、焦燥

 壁外の荒野は見渡す限り巨人の影が蠢いていた。数え切れないほどの大群だった。

 

「ぶどう弾、装填急げっ!」

「くそっ! 砲身が加熱してやがる!」

「こんなの、大した時間稼ぎにもなってやしない!」

「無駄口叩いている暇があるなら連射速度を速めろっ!」

「お前の女房も娘もトロスト区だろ!?」

「ああ、これ以上街にいれたくねーよ! しかし、奴らに大砲は……」

「ダメだ。さっき倒した奴ら、もう起き上がってきた!」

 

 南門守備隊の兵士達は焦燥感に駆られながら大砲を操作していた。盛んに砲撃を続けているが、巨人達は頭を吹き飛ばされても数分で再生してしまう。ときおり、致命傷となる部位に損傷を与えて気化が始まる個体もあったが、それは全体のごくわずかだった。大部分は再生を完了し、起き上がると何事もなかったかのように再び進撃を開始してきた。

 

「隊長、残り弾薬は3割を切りましたっ! このままでは弾切れになってしまいますっ!」

 南門守備隊の隊長は、部下から報告を受けていた。

 

 壁上固定砲台、南門守備砲台ともに、弾薬備蓄量は定数分、満たしていた。しかし、本日は通常の警戒態勢だった。弾薬の誘爆事故を防ぐ為、大量の弾薬を最前線で保管しているわけではなかった。扉が破られており、続々と巨人達の侵入を許している現状では、本部の弾薬庫から持ってこさせるのは不可能だった。

 

 隊長は決断を迫られた。

「止むを得ん。攻撃目標を大型に集中! 小さいのは無視しろっ!」

「しかし、そんな事をしたらっ!」

「でかい奴を倒しておけば、街で守っている連中でもなんとかなる! 弾切れになって完全に素通しになるよりましだっ!」

 図体の大きい巨人ほど討伐は困難である。これは兵士ならば誰もが知っている常識だった。砲弾の残量を考えて攻撃目標の優先順位をつけようという事だった。

 

 隊長のこの決断により10m未満の巨人はほとんど素通しとなってしまった。しかし、大型巨人の3割ほどは街に入ろうと頭を屈めて後ろ首を晒したところを壁上固定砲台で仕留める事ができていた。残り少ない弾薬を有効に使うという意味では的確な判断だっただろう。

 

 南門の街側でも、駐屯兵団の前衛と巨人との死闘が繰り広げられていた。当初は流入する巨人の数が少なかったため、前衛は優勢に戦いを進めていた。しかし、街に流入する巨人の数が増えてくると形勢は逆転、犠牲が増え始め、前衛は押されてくる。駐屯兵団の前衛は巨人を一体も通さずに街を守り切るという方法は早々に諦めるしかなかった。巨人達の猛攻を前に次々と後退を余儀なくされていた。

 

 

 

 訓練兵のミカサ・アッカーマンは、駐屯兵団の精鋭達と共に後衛の守りについていた。訓練兵を首席で卒業したミカサは、己の希望に反して後衛に組み込まれてしまったのだ。腕の優秀さを見込まれたらしいが、こうなると卒業成績が良すぎるのも考えものだった。

 

(エレン……。無茶していないかな?)

 エレンの無鉄砲ぶりを考えると、心配事ばかりが頭を過ぎった。不慮の事故で両親を亡くした後、ミカサはエレンの家に引き取られ、エレンとは実のきょうだいのように育った。5年前のウォールマリア陥落でエレンの両親は亡くなってしまったが、それからもエレンと幼馴染のアルミンと3人でずっと同じ時間を歩んできたのだ。今朝も何事もない一日が始まると思っていた。

 

 出撃前、後衛に来いと上官に命じられ、ぐずっていたミカサはエレンに叱られてしまった。エレンの言うとおり、今は人類存亡の危機なのだ。身勝手なのは分かっている。それでもミカサはエレンと一緒にいたかった。

 

 もし、このままエレンが死んでしまったら、あの喧嘩別れみたいな会話が最後の会話になってしまう。

 

(あれがエレンとの最後だなんて……!?)

 ミカサは首を振った。悪い予想ばかり考えてしまうのは自分が悲観的すぎるからだろうか。

 

 南門の方角から大砲の音が断続的に続いている。未だに巨人の姿は見えない。思ったより味方は持ち堪えているのかもしれない。しかし未だに撤退の鐘は鳴らない。住民の避難の方は遅れているようだった。

 

(撤退の鐘はまだなの!? いつになったら住民の避難は完了するの?)

 ミカサは焦る気持ちばかりが強くなってくる。

 

 伝令兵がイアン班長の元に駆け寄ってきた。イアンは駐屯兵団の精鋭班第1班の班長であり、後衛部隊の指揮を兼任していた。

「報告します! 北門の避難路付近で暴動が発生しました! 多数の死傷者が出ている模様です!」

「なんだと!? どういうことだ!?」

イアンの驚いた声が聞こえてきた。周りの兵士も何事かと視線を向けてきた。

 

(ぼ、暴動!? 人間同士が争っているの? こんな時に!?)

 ミカサは信じられない思いだった。

 

「商会のあの方が、荷馬車で避難路を塞いでしまった模様です。それで怒った民衆の男達が商会側に襲い掛ったようです。兵士達の一部が民衆側に加担しており、また略奪も発生している模様で混乱が続いています」

「なんと愚かな事を……」

 イアンは首を振った。商会のボスが自分の財産を持ち出そうとして、最悪の事態を招いたようだった。この街一番の権力者の為、制止できる者がいなかったのだろう。

 

「第1班、付いて来いっ! これより暴動の鎮圧に向かう! 避難命令に従わない者は犯罪者とみなして処断せよ!」

 イアンは非情な命令を出した。

「そ、それは……」

 命令を受けた兵士達は戸惑いを見せた。巨人から市民を守る為に自分達は戦っているはずなのだ。同じ人間に刃を向ける事に抵抗があるのだろう。

 

「『鎧の巨人』が出現する可能性がある。事態は一刻の猶予も許されないのだ! いいか! 命令に従わない者は犯罪者だ! 誰であろうと殺せ! 全責任は私が取る!」

 イアンの命令は当然と言えば、当然だった。一部の身勝手な人間の振る舞いの為にウォールローゼの全住民を危険に晒すわけにはいかない。北門が破られれば、ウォールローゼ陥落を意味するのだから。

 

「アッカーマン。お前はここに残っていろ!」

 イアンは第2班の班長に指揮を委ねた後、ミカサに留まるように指示を出した。

「はい」

ミカサは少しほっとした。最初に斬る相手が巨人ではなく人間になるのは嫌だったからだ。イアンに率いられた兵士達は暴動鎮圧に赴いていった。

 

(この街の偉い人どうかは知らないけど、許せないっ!)

 ミカサは怒りが込み上げてくる。今、この瞬間にもエレン達は巨人と戦っているかもしれないのだ。住民の避難が遅れているせいで、兵士達は退く事も出来ず巨人との戦いを強制されて死んでいくのだから。

 

 

 

 訓練兵に紛れ込んでいる影達が小声で密談していた。中衛にいる訓練兵達でも最前線に近い班は戦闘に突入しているようだった。戦闘の混迷が深まってきた。この状況なら兵士が一人や二人消えても分からないだろう。

 

 未だに撤退の鐘は鳴っていない。思ったより住民の避難は遅れているようだった。影達にとってはなおさら都合が良かった。

 

「そろそろ頃合かな?」

「ああ、ようやくだ。これで人類どもはチェックメイトだ」

「もう少し様子を見た方が良くない?」

「ん? どうした? なにか気になるのか?」

「例の調査兵団の精鋭よ。あいつ、どこにいるの?」

「たかが人間の兵士一人だけだろ? 気にするまでもないぜ。『鎧』には奴等のいかなる兵器も通用しない。出てきたところで返り討ちにしてやるだけだ」

「だといいけどね」

「やけに突っかかるな。心配するな。今回は5年前と違う。奴等は前回と同じ手で来ると思っているらしいが、念には念を入れてその裏をかいてやる。万が一にも失敗するはずがない」

「そこまでいうなら何も言わない。任せたよ」

「ああ、吉報を待っているんだな」

 

 二つの影が街の奥へと姿を消した。残った一つの影は何もなかったかのように訓練兵の中に紛れ込んでいた。




【あとがき】
 原作では、後衛にいたミカサが奇行種を仕留めた後、避難路を塞き止めていた商会のボスを脅して道を開けさせるシーンがあります。この物語では、南門の壁上固定砲台が残っていたため、前衛が幾分持ち堪えます。そのために後衛のミカサは戦闘がなく、結果、ミカサは移動しません。そして商会のボスを説得する人がいませんでした。そのため、避難民の怒りが爆発し、暴動が発生。一部の不心得者が略奪行為を働き、原作以上に住民の避難が遅れることになります。

また時間軸がずれた為、影達が行動を開始してしまいます。

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