第56回壁外調査に出陣した調査兵団の主力騎馬隊は、意外なほど順調に浮上予定地点に到着。ハンジの気球によるシガンシナ区空中偵察も無事成功。しかし、それは嵐の前の静けさだった。ハンジの空中偵察により、過去最大級の巨人の群れがトロスト区目掛けて進撃している事実が判明する。
(side:モブリット)
調査兵団技術班のモブリット・バーナーは、気球のゴンドラから調査兵団の騎馬隊が進発していく様子を見ていた。自分達の街トロスト区は霞んでいて直接見る事はできない。しかし巨人の大群は、凄まじいまでの土煙を挙げて街に向けて進撃している様子が分かる。巨人は遠方から見ると人影に見えるので、遠近感が狂ってしまい、距離が掴み難いのが欠点だった。
「分隊長、味方にはうまく伝わったようです」
モブリットは気球に同乗している上官のハンジ・ゾエ分隊長に声を掛けた。
「そのようね」
「間に合うでしょうか?」
「……位置的には厳しいでしょうね」
ハンジに言われなくとも予想はできた。巨人の大群は1時間もしない内にトロスト区に到達するだろう。味方の騎馬隊は、直線でトロスト区に向かえば2時間とかからないが、さすがにあの大群と正面からやり合うわけにはいかないので迂回する必要がある。必然的に街が攻撃される前の帰還は望めなかった。
「よりによって調査兵団が出払っている最中に襲ってくるなんて……。なんて間の悪い」
「それを偶然だと思うかい?」
「え?」
「偶然なんかじゃない。狙ってやったんだよ。わたしはさきほど巨人達の動きを見て確信した。奴らは戦術を使っている」
「ま、まさか!? 巨人は知性がないのでは?」
モブリットは驚いた。
「通常巨人はそうだ。だが、奴らには司令塔のような存在がいるはず」
「司令塔ですか?」
「そいつが巨人達を動かしている。巨人達を一箇所に集めていたのも一斉に移動を開始したのも司令塔の指示によるものでしょう。これらの動きは事前に準備していなければできない。調査兵団の出陣に合わせてきたところを見ると、奴らの諜報員が壁内にいるはずだ。人類側の動きを察知しているのだろうね」
「……」
「かつてウォールマリア陥落時、超大型巨人で外門を破壊し、巨人の大群を中へと誘導した状態で、内門を破壊した。これも戦術だろうな。『超大型』『鎧』に知性があるのは間違いない。そして奴らの狙いは一貫している。人類の絶滅だ」
「で、では……」
「巨人との戦い方を根本的に見直す必要があるだろう。奴らに知性があることを前提にね」
「……」
ハンジの仮説は衝撃的だった。しかしハンジが言うからには間違いないだろう。この上官は、頭の中から次々に常人が思いつかないようなアイデアが湧き出してくるような天才だからだ。
「現在の高度は?」
「は、はい、高度800mです」
高度計を見ながらモブリットは報告した。この高度計を組み立てたのは技術班のスタッフ連中だが、最初の設計はハンジが考えたものだ。金属筒と油圧装置を組み合わせたものだが、上空では気圧が変化するのでそれで高度がわかるという。決して派手ではないが、細やかで配慮が行き届いた小道具をハンジは思いついては自分達に指示を出してきた。迅速に浮上準備を助けるペダル式の送風機もその一つだ。こういった各種小道具があったからこそ、壁外での初飛行、初の実戦投入が可能になったのだ。
「では高度を300mまで下げて。やつらの司令塔にこの気球を見られるわけにはいかない」
「その司令塔はどこに?」
「おそらくトロスト区近辺にいるはずでしょう」
「し、しかし、だとしたらわたし達が帰る場所は?」
「風向きなどよほど条件が揃わない限り、コレ(気球)で街に帰るのは不可能だったのよ」
「そ、そんな……。分隊長が自信満々におっしゃるからわたしだって気球に乗ったのに……」
最近のハンジは神懸りになっており、言う事は全て間違いないと周りを信じさせるほどの発言力を持っていた。以前なら「分隊長、生き急ぎすぎです」と諌め申し上げるところである。
「わたしが言うから信じたの? 自分の頭で判断しなさいよ。これが危険な乗り物だという事ぐらいわかるよね。その覚悟があって乗ったんじゃないの?」
「分隊長、それはいくらなんでも無責任ですよ」
「悪いけど、わたしは強制した覚えはないわ。他にも志願者がいたけど、あなたが副分隊長権限だとか言って押し切ったのを忘れたの?」
「……」
モブリットは言い返せなかった。ハンジを信じていたからというのは結局盲信して自己判断する事を放棄していたという事だからだ。
「ふふふっ、あはは」
ハンジは突然笑い出した。モブリットは何がなんだか分からない。
「ごめんごめん、あんまり深刻な顔をしているからついからかいたくなっちゃったよ。心配しなくても大丈夫よ。どこに不時着しようとちゃんと助けがくるから」
「しかし、味方はもう行ってしまって、ここウォールマリアは巨人達の領域ですが……」
「わたし達には守ってくれる”女神”が付いているのよ。だからこそ、わたしは気球に乗ったんだから」
「そ、そうですか」
「……」
ハンジは再び双眼鏡を取り出して巨人達の観測を始めた。”女神”の意味は分からなかったが、ハンジは何らかの策を持っているのだろう。そう思うとモブリットは少しだけ気が楽になった。
【あとがき】
ハンジは上空から巨人の群の動きを観察することで、巨人達の戦術的な動きを確認した。”女神”は、彼女でしょうか!?