とある少年が、全女性ジムリーダーのおっぱいを揉むという夢を抱いたそうです   作:フロンサワー

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 6匹フルバトルしんど過ぎ!!
 もう絶対にやりません。


激戦の幕引き

 

 ボールを構えたまま、僕とレッドは睨み合っていた。このバトルで流れが決まる。迂闊に手を出せない。きっと、それは向こうも同じなのだろう。

 何も聞こえやしない。完全な無音地帯だ。外の静けさとは対照的に、体内ではバクバクと心臓の音が響いている。

 数ではこっちが押されている。だけど、まだ大丈夫だ。ポケモンの状態を総合的に見れば、戦況はまだイーブンの筈。落ち着け、まだ焦る時期じゃない。

 あらゆるポケモン、技、特性の対応策を脳内で組み立てる。身を突き刺すような寒さも、今だけは気にならない。こんなギリギリの勝負、本当に久しぶりだ。柄にもなく高揚してるのが分かる。

 

「「……」」

 

 この膠着状態になってから、どれ程の時間が過ぎたのだろうか? 一瞬な気もするし、随分と長い気もする。

 ふと、ボールを投げろという衝動が心の奥底から湧き上がってきた。僕はその衝動に命ぜられるがままに、モンスターボールを宙に投げた。

 作戦なんてない。ただ、己の本能に従っただけ。それでも、投げるなら今しかないという確信に近い何かはあった。

 気づけば、レッドもボールを投げていた。多分、同じ何かを感じ取ったのだろう。

 

「やっちゃえ、ホーカマ!」

「いけ、カメックス」

 

 ボールが開き、それぞれのポケモンが繰り出された。

 分厚い甲羅から、二つの巨大な砲身を覗かせている。見間違いようもない、相手のポケモンはカメックスだ。

 言うまでもなく、カメックスは水タイプ。炎タイプに十二分のポテンシャルを発揮する。相性は最悪。こうなったら、あいつに交代するしか……!!

 

『交代は要らねえ、兄貴』

「ホーカマ……?」

 

 ホーカマの頭頂部の焔が静かに、されど力強く揺らめいた。

 

『切り札ってのはそう容易く切るもんじゃねえぜ。何より……』

 

 そこまで言いかけると、ホーカマの目がクワリと見開いた。

 

『奴の目が気に入らねええええええ!!!!! 炎なんぞに負けねえと、そう思い込んでる目がよおおおおおおおおおおお!!!!!』

 

 降り注いでいた霰が止み、強い日光がシロガネ山の山頂に差し込んだ。

 この技、日本晴れか! ホーカマめ、また勝手に技を使って……。やる気満々過ぎるでしょうに。

 だけど、采配は悪くない。いや、それどころかベストに近い。日本晴れの効果で水タイプの技の威力は威力が半減。加えて、炎タイプの技は逆に威力が増す。僕の指示が無くても、どんな選択肢を取るべきかは本能で理解しているようだ。

 忘れさせた技は何かって? シャドーボールだよ。炎以外の攻撃技を使うのは、本人のポリシーに反するらしい。

 ホーカマを戻そうとしたボールをポケットに戻す。あいつの言う通り、この局面で切り札を投入するのは得策ではない。ホーカマの火力に賭けてみよう。

 

「火炎放射!」

『火ャッハァ!!!!!!』

 

 巨大な炎が一直線に放たれた。

 鍛え上げられた水タイプのポケモンでも、直撃すればタダでは済まないであろう威力の火炎放射だ。さあ、どうでる!!

 

「ハイドロポンプ」

「がめー!!」

 

 カメックスの2つの砲身から大量の水が放たれた。だけど、威力の弱体化が遠目でもよく分かる。日本晴れ様様だ。

 炎と水がぶつかり合った。鉄板に水をかけたような音が辺りに響く。蒸発した水は白い煙となり、天高くへと昇っている。

 互いに一歩も譲らない勝負が続く。だけど、遂に均衡が崩れた。少しずつだけど、ホーカマの火炎放射がハイドロポンプを押し返している。

 

『火ッ火ッ火…… 火ャーーーハッハッハッ!!!! いい顔だぜ、亀公!!! これが現実だぁ、炎は水にも勝てるんだよ火ャハハハハハ!!!!』

 

 瞳孔がいつもりよ開いている。ヤベェよ、テンションMAXだ。

 火炎放射の出力が更に上がった。ホーカマがこうなったらもう止まらない。対象を燃やすまで火炎放射を放ち続ける。

 

『燃え尽きなぁ!!!!!!』

 

 ハイドロポンプが完全に押し切られた。炎の奔流がカメックスを呑み込む。

 いくら水タイプとはいえ、瞬時にハイドロポンプを蒸発させる程の火力だ。それなりのダメージを負った筈……!

 ふと、ホーカマに目を向ける。その表情は放火後のスッキリしたものではなく、寧ろ苛立ちが募っているようにさえ見えた。

 

『なめやがって……!!!! 俺が燃え尽きろと言ったら、さっさと燃え尽きろよぉ!!!!!』

 

 ボンヤリとだけど、炎の中を進む巨体が僕にも見えた。間違いない、カメックスだ。

 炎に身を焼かれながらも、確実にホーカマへと歩みを進めるカメックス。この火力に晒されているというのに、一歩も後退していない。

 

「オーバヒート!」

『出し惜しみは無しだ、今度こそ焼き尽くしてやるぜええええええ!!!!!』

「悪の波動」

「がぁめ!!」

 

 黒い波動と、灼熱の炎が混ざり合う。その直後、とてつもない爆発が巻き起こり、2匹の姿を覆い隠してしまった。

 爆風が周りの雪を吹き飛ばす。やがて、それは僕のいる場所にまで及んだ。

 吹き飛ばされぬよう、足腰に力を込める。この爆風の強さが、あの爆発がどれだけの規模かを物語ったっていた。

 空が雲で覆われていく。どうやら、日本晴れの効果が切れたみたいだ。辺りが急速に暗くなっていく。

 やがて、残ったのは爆発地点に差し込んでいる光だけとなってしまった。その光は、勝者を照らすスポットライトのようにも見えた。

 煙が晴れる。そこに立っているのは――― 誰でもなかった。2匹とも、爆発で抉られた大地の底に臥せていた。

 まさか相討ちなんて……。いや、同格の、しかも相性最悪のカメックス相手によくやってくれた。

 

「サンキュー、ホーカマ」

 

 労いの言葉をかけ、ホーカマをボールに戻す。これでレッドの残りのポケモンは4体だ。

 ホーカマが相討ちとなった以上、ここらで勝負を仕掛けないとマズイ。僕はあいつの入ったボールに手をかけた。

 

「よくやった、カメックス」

 

 レッドもカメックスをボールに戻し、既に新たなボールに手をかけていた。

 互いの視線が交差する。その刹那、僕とレッドは迷わずボールを投げた。

 

「頼む、アベサン!」

「いけ、フシギバナ」

 

 フシギバナと、ゴルダックことアベサンが対峙する。フシギバナって、また相性が悪い相手じゃないか!! 今回のバトル、どんだけ運が悪いんだよ!?

 こうなったらファーザーに交代するか……? いや、ボールから出したらそれこそ狙い撃ちだ。ファーザーの体力を無駄に削る訳にはいかない。だけど、相性不利のアベサンをこのまま闘わせるのも……!

 狼狽える僕とは対照的に、ボールから出てきたアベサンはとても嬉しそうに拳を鳴らしていた。

 

『ずっと待っていたぜ、こんな勝負を。さあ、お前は一体どんないい雄か教えてくれ』

 

 アベサンの漢らしい佇まいが、僕を少しだけ落ち着かせてくれた。

 フシギバナは草タイプ。氷タイプの技が弱点だ。アベサンは冷凍ビームを覚えているから、僕らも相手の弱点を突ける!

 

「パワーウィップ」

 

 フシギバナの背中から蔓が伸びてきた。

 二度、三度と空を切った蔓は、鞭のようにしなりながらアベサンに襲いかかった。

 風切り音が響いた。次の瞬間には、大地を吹き飛ばす轟音に変わっていた。僕の目でも追いきれない速度。だけど、アベサンは半身になってその蔓を躱した。

 背筋に悪寒が走る。なんて恐ろしい威力。あんな攻撃、いくらアベサンでも直撃すればひとたまりもないぞ……!

 

『鞭プレイに興味ねえ訳じゃねえが…… 生憎、俺は攻める方が好きなんでね』

 

 何度も襲いかかる蔓を、全て紙一重で躱し続けるアベサン。多分、アベサンにも蔓の軌道が見えていない。直感だけで、蔓の来る位置とタイミングを掴んでいる。

 だけど、そんな不安定な躱し方が、綱渡りのような危うい賭けが、そう何度も続かない。現に、パワーウィップの精度が少しずつ上がっている。

 このまま攻め続けられる訳にはいかない。ここで流れをぶった切る!

 

「冷凍ビーム!」

 

 アベサンの指先に冷気を帯びたエネルギーが収束される。ある程度の大きさになると、一筋の閃光となって撃ち出された。

 

「地震」

 

 冷凍ビームが直撃した。だけど、フシギバナは気にも留めずに両前足を上げた。効果抜群にも拘らず、大きなダメージを負った様子はない。

 両前足が勢いよく大地に叩きつけられた。フシギバナを中心に、波打つように大地が揺れた。その膨大なエネルギーはアベサンに襲いかかり、アベサンを宙に打ち上げた。

 まさか、わざわざ相性の悪い地震で攻撃したのはこの為……!!

 

「パワーウィップ」

 

 天高くへと伸びた蔓が、重力を乗せてアベサンに振り下ろされた。

 

「アベサン!!」

 

 鈍い音が響いた。パワーウィップの直撃を受けたアベサンは急降下し、そのまま地面に激突した。

 力無く仰向けに倒れるアベサン。震える両手を地面につき、ゆっくりと起き上がった。

 

『ぐっ……!! いい攻めじゃねえか……』

 

 アベサンが立ち上がったとはいえ、楽観視などできない。パワーウィップは草タイプの中でもトップクラスの威力を誇る技。それを効果抜群でくらったんだ。今、立っているだけでも辛い筈だ。

 

「もう一度だ」

 

 レッドの無情な指示が耳に届く。

 もう一度あれをくらえばお終いだ。だけど、こんな状態のアベサンが直感だけで躱すのは無理がある。体を動かす前に、蔓が叩き込まれるだろう。

 僕が目になる。それしかない。蔓の動きを完全に見切るんだ。

 目を見開け。先端だけ見るな。全体を見ろ。蔓の根元の動きで、その先端の動きを完璧に予測するんだ。

 先端がぶれた。僕の目でも追えない速度。だけど、根元の動きは辛うじて見える! 蔓の軌道はーー 横払い!

 

「アベサン、正面から横払い!!」

 

 降り注ぐ雪を薙ぎながら、横一閃に走る蔓がアベサンに襲いかかる。

 僕の指示に反して、アベサンは動かない。いや、動けないのか……!?

 アベサンの身体がくの字に曲がる。そのまま吹き飛ばーー されずに、両足で踏ん張り抜いた。それだけじゃない。両腕を絡めて、フシギバナの蔓を受け止めている。

 

『サンキューな、ライム。お前のおかげでこいつを掴めた』

 

 アベサンが蔓を引っ張ると、それにつられてフシギバナが引き寄せられた。

 

『ゼロ距離だ。沈みな』

 

 アベサンは指先をフシギバナの脳天に突き付けた。

 冷凍ビームが撃ち出される。フシギバナの頭部は瞬く間に凍り付き、やがて全身まで広まっていった。

 フシギバナの巨体が猛々しい轟音と共に地面に落下した。これだけのダメージ、どう考えても戦闘不能だ。

 レッドはフシギバナをボールに戻した。これで残りのポケモンは3匹。ようやく折り返し地点だ。

 さて、ここからどうするか。このままアベサンでいくか? それとも、ボールに戻して体力を温存させるべきか? 悩む僕を諭すように、アベサンは首を振った。

 

『このままヤらせてくれ、ライム。このザマじゃ多少休んだところで回復なんて期待できねぇ。それなら、少しでも次の相手から搾り取る』

「アベサン……!」

 

 臨戦態勢に入るアベサン。

 この覚悟を無駄にしてなるものか。アベサンを全力でサポートしろ。どんなポケモンが相手だろうと、絶対に一矢報いさせる……!!

 

「いけ、カビゴン」

 

 レッドがボールを投げた。

 ダメージを負いながらも、それを微塵も感じさせない気迫のカビゴン。ただ悠然と、アベサンの前に立ちはだかった。

 ああ、そういえば。アベサンのタイプの雄ポケモンって、丁度カビゴンみたいなガチムチのポケモンだったなぁ。

 恐る恐るアベサンに目線を移す。

 そこには、とても柔らかな微笑みを浮かべるアベサンがいた。ああ、まるで仏のような笑みだ。それなのに、寒気がするのは何故なのだろう。

 

「のしかかり」

 

 カビゴンが宙へ跳ぶ。だけど、アベサンは一切表情を変えなかった。それどころか、カビゴンを歓迎するように両手を広げていた。

 

『いいぜ、受け止めてやるよ。俺の胸に飛び込んできな』

 

 轟音が響く。アベサンはカビゴンの下敷きになってしまった。レッドは勝利を確信した表情を浮かべていた。

 それから、どれだけの時間が経ったのだろう。そろそろ起き上がってもいい筈なのに、カビゴンはピクリとも動かない。

 

「ッ……!? 戻れ、カビゴン」

 

 レッドはカビゴンをボールに戻した。いつまで経っても起き上がらないカビゴンを、戦闘不能だと判断したらしい。

 実際、その判断は正解だと思う。だって、カビゴンの下敷きになっていたアベサンが満ち足りた顔をしているんだもの。

 カビゴンの下敷き中に何をしていたのか、ちょっと怖くて想像できない。分かるのは、カビゴンを戦闘不能にする程の行為ということだけ。

 なんにせよ、これでレッドのポケモンは残り2匹となった。手負いだったにせよ、よくカビゴンをぶっ倒してくれた。

 

「名前、教えてくれるか?」

 

 バトル中ではポケモンの指示以外、固く口を閉ざしていたレッドが話しかけてきた。

 驚いたな。まさか、相手から話しかけてくるなんて。バトルする前は、僕になんて一切興味無しって感じだったのに。

 

「……ライム」

 

 取り敢えず名前を告げた。

 レッドは本当に嬉しそうに、モンスターボールを手に持った。その様子は、新しい玩具に熱中する子供のようだった。

 

「ポケモンバトルでここまで追い詰められるなんて久しぶりだ。楽しい、本当に楽しいぜ。お前も同じ気持ちだろ?」

「……うん、まあね」

「お前のポケモンは残り1匹。なら俺は、最高の1匹で決着を付けよう」

 

 レッドはボールのスイッチを押し、ゆっくりとそれを投げた。

 ボールが開く。そこから現れたのは、橙色の翼を雄々しく広げるリザードンだった。こいつが最高の1匹か。最高の1匹と称するだけある。多分、これまで戦ったどのポケモンよりも強い。

 それなら僕は、最強のポケモンで迎え討つとしよう。あの方がお入りになっているモンスターボールを投げた。

 

「ファーザー、出番です!」

 

 満を持して、ファーザーが白銀の世界に降臨なさった。ヒラヒラと舞い落ちる漆黒の羽は、幻想的にすら見えた。

 

『……』

「ぐるぅ……」

 

 空気が張り詰める。ほんの少しの刺激で、直ぐさま暴発しそうな空気が。

 

「燕返しです!」

 

 瞬く間にリザードンの背後に回り込んだファーザー。刃のように研ぎ澄まされた翼をリザードンに横薙ぎに振るった。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 翼と爪がぶつかり合う。互いに距離を置き、上空へと飛翔する。その過程で、黒と橙が何度も交錯する。

 目にも留まらぬ攻防。トレーナーの手出しなんて無用と言わんばかりだ。

 寒風吹き荒む夜空に、不規則な軌道を描きながら二つの影が何度もぶつかり合う。永遠かと思える攻防。しかし、その終わりは突然訪れた。ファーザーの燕返しがリザードンを肩口から斬りつける。その勢いに押され、リザードンは堪らず後退した。

 

「大文字!」

 

 大の字の炎がファーザーに襲いかかる。しかし、ファーザーは危うげも無くその大文字を躱しなさった。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 いつの間にかファーザーの上を取っていたリザードンは、その爪に重力を乗せながらファーザーに叩き込んだ。

 力無く急降下するファーザー。しかし、地面に激突する寸前、力強く羽ばたいて墜落を阻止した。

 

「御無事ですか、ファーザー!?」

『騒ぐな、ライム。おめえはただ、俺の勝利を信じていればいい。なに、そう長くは待たせねえ』

 

 激戦でボロボロのファーザー。呼吸も荒い。だけど、対峙するリザードンはそれ以上にボロボロだった。

 ギリギリの勝負だった。どちらが勝ってもおかしくない、ギリギリの勝負。そんな綱渡りを、ファーザーは成し遂げた!!

 いける……! あと一押しでーー

 

「使わせてもらうぜ、奥の手を」

 

 レッドが右腕を前に突き出す。手首のリストバンドには、見慣れた宝石が付け込まれていた。まさか、あれは……!!

 七色の光がリザードンを包む。微かに映るシルエットが変化する。より刺々しく、より攻撃的に、より悪魔的に……!!

 黒い翼が光を切り裂いた。深紅の瞳、口端から溢れる蒼炎、その姿は龍と呼ぶに相応しいものだった。

 

「リザードン、メガシンカ」

「グゥオォオオォオオオ!!!!!」

 

 天まで響かせるような、そんな咆哮。尋常じゃない空気の震えを全身で感じる。それでも、ファーザーは不敵に笑った。

 

『ククッ、ハハハハハハ!!! そうだ、来い!! 俺の首を獲ってみせろ!!』

 

 両者が同時に間合いを詰める。

 確信が持てた。この刹那に勝負が決まる。どちらもほんの僅かな体力。先に一撃を叩き込んだ方が勝つ……!!!

 

「ドラゴンクロー!」

「辻斬り!」

 

 リザードンの爪には、身の丈を超える程のエネルギーが纏わされていた。流石はメガシンカ、技の迫力が段違いだ。

 スピードはほぼ互角。だけど、リーチはメガリザードンの方がーー 待て、リザードンの動きが少し鈍くなってないか?

 少しも勢いを緩めず、メガリザードンに突貫するファーザー。ドラゴンクローがその身を切り裂く寸前、ファーザーは地面と垂直になって飛行した。当然、研ぎ澄まされた龍の爪はファーザーの身を掠めるだけで終わった。

 カウンター気味に放たれたその一撃は、どれだけの威力があったのか。ファーザーはリザードンの横を斬り抜けた。

 身体の震えが止まらない。それ程に凄まじい一撃だった。ドラゴンクローを完全に見切る動体視力。土壇場でもカウンターを狙える冷静な判断力。そして、ダメージを恐れずに前へと踏み出すその勇気。それら全てが揃っているからこその一撃だ。

 リザードンの色が黒から橙に戻る。地面に膝をつき、そのまま倒れた。

 

「……答えろ、何をした……!!」

 

 レッドの目が鋭くなる。やはり、リザードンの動きの異変に気付いていたようだ。

 

『そのリザードン、よく見てみな』

 

 倒れているリザードンを注視する。微かにだけど、身体の至る部位が凍りついているのに気づいた。

 霰に晒されただけじゃ、身体が凍りつくなんてあり得ない。つまりーー!!

 

「凍える風か……!!!」

 

 レッドも僕と同じ結論に達したようだ。

 凍える風。相手の素早さを下げる氷タイプの技だ。これまでの闘いの真っ最中、誰にも、リザードンにすら気づかれぬよう少しずつ凍える風を当てていたのか……!

 

『搦め手を使わせてもらった。昔は真正面から殴り合えたんだがな』

 

 これを…… これを搦め手と呼んでいいのだろうか。

 言うならばーー 神域の技。才能に恵まれた者が何年、何十年と修羅場で己を磨き上げて、初めて辿り着く資格を得るような、そんな技。この域に辿り着けるポケモンは、果てして何匹いるのだろうか。

 

「バケモノめ……!!」

 

 レッドはリザードンをボールに戻した。その眼に畏れの色はあれど、気圧された色は微塵も見つからなかった。

 

「だが、まだ終わってない。こいつで決める!」

 

 レッドが新たなボールを投げる。そこから現れたのは小柄なポケモンだった。細くしなやかな体躯、二又に分かれた尾、額に輝く結晶体。このポケモンはーー

 

「エーフィか……!」

 

 張り詰めた戦場とは不釣り合いの、上品な佇まいでファーザーと向き合うエーフィ。流石は最後の1匹。ピカチュウとリザードン程ではないにせよ、かなり高いレベルまで育てられている。

 ともかく、これでレッドのポケモンは残り1匹。このままファーザーで押し切る!ここまでファーザーの体力が削られたのは予想外だけど、相手がエスパータイプなら……! これで相性が悪かったら、ファーザーでもいよいよ危なかったかもしれない。

 

「ファーザー、辻斬りです!」

 

 エーフィとの距離を瞬く間に詰めるファーザー。とうとう攻撃圏内に迫り、刃のように翼を振り上げた。

 

「リフレクター!」

 

 エーフィの眼前に光り輝く壁が創られた。

 

『なめんな!』

 

 スパリ、と小気味良い音を響いた。リフレクターが縦から真っ二つに切り裂かれた。ファーザーの翼は止まることを知らず、エーフィに襲いかかった。

 エーフィに翼が直撃する。勢いに押され、エーフィはそのまま後方に吹き飛んだ。しかし、空中で態勢を立て直し、クルリと一回転して地面に着地した。

 戦闘不能には至らなかったか……!多分、後方に跳んで衝撃を殺したのだろう。

 

『逃がさねえよ!』

 

 ファーザーは再びエーフィとの距離を詰める。その瞬間、レッドは獲物を待つ狩人のように口元を吊り上げた。

 

「マジカルシャイン」

 

 額の結晶体から光が放たれた。マズい、攻撃範囲が広い!!

 成す術もなく、ファーザーはその光に呑み込まれてしまった。それを最後に、あまりの眩しさに僕は目を閉じてしまった。

 マジカルシャインは悪タイプに効果抜群。いくらファーザーでも、あのボロボロの身体だと……!!

 光が弱まってきた。目を開けると、そこにはーーー

 

「ファーザー……!!」

 

 エーフィの首元寸前に翼を突きつけたまま、ピクリとも動かないファーザーがいた。まさか、マジカルシャインを強引に突破してここまで……!

 だけど、おかしい。ファーザーはみすみす敵をそのままにしない。隙があらば直ぐにでも攻撃を仕掛ける筈だ。

 考えられるとしたら、それはーーー

 

「戦闘不能。お前の負けだ」

「ッーーー!!!」

 

 戦闘不能になったとしても地面に臥せず、変わらない貫禄を見せるファーザー。そんなファーザーをボールに戻すことしか、僕にはできなかった。

 

「惜しかったな。そのドンカラスがせめてあと一歩でも前に出ていたら、結果は違ってただろうな」

「……」

「いや、違うな。最初のロズレイドが俺らと戦えるレベルならーーー」

 

 

 

 

 

「僕のファミリーに弱いポケモンなんていないよ」

 

 

 

 

 

 僕の投げたモンスターボールが放射状の軌道を描きながらエーフィの前に落ちた。

 モンスターボールが開く。舞い散る花びらと共に、王子が繰り出された。

 

『お待たせ、仔猫ちゃん』

 

 エーフィの顎をくいっと上げる王子。当然、あの技をする気だ。あまりに咄嗟の事態で、エーフィはマトモな反応ができずにいた。

 

「エーフィ!! サイコキネシーーー」

「遅い!」

 

 レッドの指示も虚しく、エーフィと王子の唇が重ね合った。

 ドレインキッス。相手の体力をキスで奪い取る技だ。決して、僕みたいなセクハラ行為などではない。立派なポケモンの技だ。

 案の定、エーフィの毛がこれでもかと逆立ち、どんどん顔色が悪くなっていった。

 ばたり、とエーフィが倒れた。ファーザーのプレッシャーに晒された後、王子のこれだ。精神的に相当堪えたのだろう。

 

「……何故だ、ピカチュウの10万ボルトをくらって動ける訳が……」

 

 愕然とした表情のレッド。ふぅ、やっと無表情を崩せた。

 

「10万ボルトが当たったのは、王子が咄嗟に使った影分身さ。本物は爆煙に紛れていたって訳」

『フッ、私はテクニシャン。これしきの事、出来て当然』

 

 10万ボルトが当たる寸前、王子は一体だけ影分身を作り、後方に下がったんだ。当然、王子にダメージはない。

 確かに、直撃すれば危なかっただろう。だけど、某赤い人も言っていた。当たらなければどうという事はないって。

 エスパー顔負けのトリックだ。テクニシャンじゃなくてマジシャンを名乗った方が良いと思う。

 

「……一杯食わされた、か」

 

 レッドはくたびれたように腰を下ろした。

 それと同時に、僕にもどっと疲れが襲ってきた。手に汗握りっぱなしの熱い勝負だったからなぁ。

 

「参った、俺の負けだ」

 

 そう言ったレッドの顔は、憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていた。

 

 





 もう限界だ! 次の話でゴールしちゃっていいですよね。
 思えば、こんなアホな物語をよく書いてきたもんだ。

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