超次元特急カレイドライナー   作:朽葉周

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06 長谷川千雨の受難。

 

 

 

『なるほど、それはスライムだな』

「スライム? っていうと、あの丸い目に赤い口で、青い饅頭みたいな身体の?」

それにしては姿形が大分違うな、と千雨は小脇に抱えた水筒に目を向ける。

実はこの水筒は魔法瓶で、内部の時間と空間を外部から遮断する事で、開封されている間以外は内部の時間が完全に停止しているという、文字通りの魔法瓶だったりする。

今回はサイズ的にも丁度良かったので、あのゲル状の何か……曰くスライムを捕獲する為の器としたのだ。

『それ以上いけない……じゃなくて、それの仲間だね。ただ、会話できたって事はインテリジェンスは高め。そんな奴が目的も無く麻帆良でうろついている筈が無いし……ってことは何某かの従魔かな?』

風呂から上がり、最も動きやすい服装と言うことで、一番着慣れた麻帆良女子中学の制服に着替えた千雨は、早速事の次第を相談する為に、カレイドライナーに向いながらアストレアを使って葵と連絡を取っていた。

深紅の装甲を身に纏う千雨。ステルスでその姿を隠しつつ、更に用心としてアストレアのフェイスマスクで顔を隠し、麻帆良の低空を安全速度で飛行しているのだ。

「従魔ってなんです?」

『従う悪魔で『従魔』。何処かの魔法使いに使役された召喚悪魔の類だよ』

「……またファンタジーな」

思わず愚痴る千雨だが、彼女も此処最近の教導で、この麻帆良の地がどれ程の人外魔境であるかと言うことは、重々知っている。

文句を言ったところで、事実としてこの世界はファンタジーが実在すると言うとんでもないものなのだ。であれば必要なのは、いかにそれに抗うかということで。

その中で千雨が選んだのは科学。それも、現代常識をはるかに超越したSF科学だ。まだ科学と付くだけあって、魔法よりは馴染みやすかった千雨だが、その結果はセミエヴォリュダーという結末である。

『もし仮に戦う事になったら、常にジェネシックオーラを纏うこと。低燃費出力は覚えてるか?』

「えっと、常時最低限のオーラをまとって、必要適時出力を上げる、ですよね。大丈夫です」

『悪魔連中はその実態が精神体を器にして魔力体で形成された擬体だ。幸いジェネシックオーラはその手のオカルトに対しても効果的なエネルギーだ。常時途切れさせちゃ駄目だぞ』

「ええ。でもそれって、あくまで戦う事になった場合、ですよね?」

私はそもそもたたかう心算はありませんし、仮に出くわしてしまったとしても即座に逃げるので問題ありませんよ、なんて葵に言う千雨だったのだが。

『……千雨、それフラグ……』

「えっ」

その瞬間、千雨の身体は何かにぶつかったかのように大きく弾き飛ばされてしまう。

咄嗟に周囲を確認しても、衝突した物体らしき物は何も確認できない。が、経験から一瞬鼻につく魔力の残り香のようなものを感じた千雨は、落ち行く身体を即座に立て直し、万全の戦闘態勢を整えて……。

 

「おや、こんな時間に珍客とは」

 

そうして千雨は、真夜中の麻帆良、その中央で、真っ黒な衣装に身を包んだ、一人の老人とであった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「いや私はこの麻帆良の外部の人間なのだがね、少し客を招く為に周囲に結界を張っていたのだよ。ところが予定よりも早く何かが結界に引っかかり、何かと思ってきてみれば君がいた、というわけなのだよ」

一人勝手に喋りだす黒い姿の男性。パッと見は西洋系の老紳士といった風貌のその男性だが、けれども既に戦闘態勢に入った千雨の瞳には違う世界が見えている。

其処に立っているのは『黒いもの』だ。人ではない。肉を持つ生物かも怪しい。

――あぁなるほど。こういうのを悪魔と言うのか。

気付けば何時の間にか解除されている光学迷彩に驚きつつも、頭の何処か冷静な部分で静かにそう実感する自らを感じて、同時に何処か呆れのような感情も浮かび上がってくる。

そうして自らに自らで呆れた事で、随分余裕があるのだと可笑しく感じて、結果どこか緊張して硬くなっていた肩の力がスルリと抜けていった。

「で、そんな君に問いたいのは一つ。君は何者なのかね?」

問われて、さて如何した物かと考える。普通に答えても良いのだが、生憎如何いうわけかこの場には、千雨の知るクラスメイトが何人か。なにやら透明な膜の中に包み込まれ、中でも神楽坂明日菜は磔にされ、全員が捕らえられたような形になっている。

アストレアの姿をしている現状、自らと平時の長谷川千雨を結びつける要素は無い。しかし、万が一のためにも声も隠しておきたい、というのが千雨の想いだった。

――変声装置の使用を推奨。

と、そんな事を考えていると、バイザーの内側にそんな文字が浮かび上がる。

「(さんきゅーアストレア)」

自らを即座にサポートしてくれる相棒に、内心で感謝の言葉を送り、即座にソレを起動させる。

「んっん、私が誰か、と言う前に、先ずアンタは何者で、なんで麻帆良の生徒が其処で囚われの身になっているのか、と言うのを聞きたいんだが?」

「おっとコレは失礼していた。私はヘルマン男爵。此処にはネギ・スプリングフィールド君に会うためにやってきたのだよ」

「その理由で、なんで女子中学生にエロ下着着せて磔にしてるんだよ変態め」

「随分な良いようだが、彼女達を捕らえているのは、ネギ君に対する餌としての役割を担ってもらう為だ。下着に関しては私の趣味だ」

「変態を否定する要素一切ネーじゃねーかっ!!」

チラリと視線を向けて確認すれば、ロープに磔にされた神楽坂明日菜、裸のまま囚われた朝倉、綾瀬、古、近衛、宮崎の五人と、其々眠るように漂う桜咲と那波。

服を着ているのがこのうちの二名だけ、と言う時点で既に変態確定なのに、更に態々エロい下着を着せるなんてまさしくド変態。

「やれやれ、興というものが解らないお嬢さんだ」

「やるならもう少し全年齢向けにしておけ」

「次からは留意しよう。で、私は君の問いかけに答えたのだ。君も私の問い掛けに答えてくれるのだろうね?」

問われて、再びどうしようかと悩む。本名を名乗るのは無しだ。と成れば偽名なのだが……。

「レイン。偽名だ」

「堂々と偽名を名乗るとはまた。それで、君は何故此処に? 魔力も感じないし、この学園の魔法生徒と言うわけでは無さそうだが?」

「魔法……私はその手の関係者じゃネーよ。これは科学の産物で、身の危険を感じて拠点に戻る途中。此処を通ったのは偶々だよ」

「ほぅ、一般人だというのかね? その割りに君は魔法と言う力に対して驚いていないようだが」

「阿呆共の秘匿なんてザルにも程があるだろうが」

つまり知らされたのではなく、気付いたのだ、と次げる千雨に、ヘルマン男爵は興味深そうに声を上げる。

「一般人と言う割には、その立ち振る舞い。確かに魔力や気の力は感じないが、それ以外の何かを感じる。ふむ、コレがカガクとかいう力なのかね?」

「(やっべ、興味引いてどうするよ、私の阿呆!) だからって、アンタには関係の無い話だろう」

「ふむふむ。まぁつまるところ、君は私に敵対する存在ではない、と言っているのかな?」

「まぁ、私としてはその解釈でも良いんだが……」

チラリと視線をヘルマン男爵の向こう側へと向ける。と、其処には「其処の人、助けて欲しいアル!」だとか「名に知らんふりしてるのよー!」だとか叫びまくる3-Aの面々が居て。

「ふむ、見捨てるのは忍びないか。まぁ一般人と言うのはそんなモノなのだろうが――なら、君に私と敵対する理由を挙げようじゃないか」

「聞きたくねーなぁ」

「そういわずに。私の仕事はネギくんの戦力調査なのだが、それが成されるまではこの学園の魔法先生たちに私の存在が知られるのは好ましくない。と言うわけで、この辺り一体に結界を張っているわけだ」

――つまり、この中に入ったモノが外へ出るのを拒む類の。

なるほど端から敵対していなかったとしても逃がす心算は一切無いのだ、と主張しているのだろうこの変態は。

そう判断した千雨は、何を語るでもなく小さく溜息をついて、その腕に備え付けられたGNソードを展開する。

「一つ聞くけど、事が済むまでで大人しくしていたら開放してくれる、なんてことは……」

「ふむ、後のお嬢さん方はそれでも良いのだがね。君に関してはソレとは別枠、ネギ君が来るまでの私の時間つぶしだ。そんな興が削がれる事を許すと思うかね?」

「デスヨネー」

ガチン、と音を立てて展開されるGNソード。それにあわせるかのように、千雨の正面に立つ老紳士も腰を落として両手を眼前に構えた。

「では、ネギ君が来るまでの1手、お付き合い願おう。あめこ、すらむい、手出しは無用だ」

「油断して噛み付かれて、泣き見てもしらねーぞ!!」

双方がその言葉を合図として、二人の姿は爆塵を撒き散らし、瞬時にその場から掻き消えたのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

刃が鳴り散らす剣戟の音。ジェネシックオーラを纏うGNサーベルは、向かい合うヘルマン男爵の首を狙い、然しソレが直撃する寸前に彼の手によって阻まれてしまう。

「いきなり首を狙うか。全くの素人、と言うわけでも無さそうだ。そして……ふむ」

そういってヘルマン卿が視線を向けるのは、彼女の剣を受け止めた自らの掌。其処からは黒い血がたらりと滴り落ちて行った。

「この私に傷を付けるか。君は何かね、シンメイリュウのような、退魔の術を身につけているのかね?」

「生憎私はオカルトと相性が悪い。だからこそ身を守る為に科学にてをだしたんだ」

とはいえ、最早彼女の科学はSF(オカルト)の領域に踏み込んでしまったのだが、それでも建前上サイエンスである以上はファンタジーよりはマシ、と言うのが千雨の意見で。

「むぅ、だとするならば、この私が純粋な物質で傷を負ったとでも? それこそありえない。物理的にね」

「えらく自意識過剰な発言に聞こえるぜ、オッサン」

「そうかね? まぁ、事の次第は君を打ち倒した後、ゆっくり調べる、と言うのでも良いだろう」

そういうと、ヘルマンはパッと傷を負った掌を一振りする。途端黒い血が地面に飛ばされるが、その血は次の瞬間一気に蒸発してしまう。

「次は此方から行くぞ、レインくん。―――悪魔パンチ!」

「なんつー技名だよ! っち!」

居合い抜きの如く放たれたその一撃。閃光のように放たれたこぶしは、最早ビームとしか言い様の無い速度と射程を以って千雨に襲い掛かる。

けれども千雨とてその程度の攻撃は日常茶飯事に対応していたのだ。

「――高速思考、展開!」

雨霰と放たれる弾幕。それを加速した意識で確りと捕らえた千雨は、その一つ一つを丁寧に回避していく。回避不可能な攻撃に関しては、手に持つビームライフルとソードで迎撃していくのだ。

「む、これがカガクの力と言う奴か。魔法の矢より威力・速度共に上ではないか」

――但しその代り、馬鹿みたいに乱射すると、コンデンサ蓄積容量を消費しすぎてエンスト起してしまうのだが。

言葉にはせず、内心だけで呟き、隠された表情で口元だけでわらってみせる。

「然し疑問なのは、その銃、君は今一体何処から取り出したのかね。まるで仮契約の従者に与えられるアーティファクトを取り出したかのようにも見えるが」

「量子変換、って言って解るか? 簡単に言うと物質を構成因子と設計図に分解して保管、必要時にソレを組み立ててるんだよ」

「なるほど、確かにソレは魔法ではないな。寧ろ我々の理に近い」

「………、……………ラプラスの魔ってか? 数学用語じゃねーか!」

駄洒落かよ、と突っ込む千雨に、ヘルマンは笑いながら追撃を仕掛ける。

「ハハハ、然し魔法使いではない、と言うのは事実のようだ。現在私はカグラザカアスナの力を利用している為、その手の力は通用しない筈なのだがね」

「神楽坂の力?」

「まぁ、オカルトに縁が無いというのであれば、あまり関係ないことではあるね」

「オカルトに縁が無いわけじゃねーよ。一般人なのに縁が有るから嫌ってるんだ」

砲弾のように放たれる悪魔パンチ。それを千雨はふわりふわりと回避し、出来ないものは斬り払い、合間を縫ってビームライフルを撃ちはなっていく。

それに対応してヘルマンもビームライフルをこぶしで迎撃するのだが、そうした隙を利用して千雨は更に攻撃を重ねていく。

「くっ、詰まらない戦い方ではあるが、これは予想以上に……!」

「馬鹿言っちゃいけない。最も効果的な戦術は最も単純な戦術だって言うだろう? 下手に奇を衒うより堅実だろうが」

「なるほどなるほど、確かに君のソレは、英雄思想の強い魔法使いとは程遠い。だがね、私の手札は他にもあるのだよ?」

言うと、ヘルマンはスッと自らの帽子を下げてみせる。途端へルマンの姿は老紳士のそれから奇妙な道化師のような悪魔の姿へと切り替わる。

といっても千雨の視界には元々その姿が認識できていた為に、ヘルマン男爵が期待するほどの心理的衝撃を与える事は無かった。

「驚かないか。本当に君は何者なのかね」

「ただの一般人ッつってるだろう!」

「爵位もちの上級悪魔を圧倒する一般人、ねぇ?」

「何れこの技術、コレに近い技術が世に出回れば、誰だって、悪魔にだって抗えるようになるさ!」

ガバッ、という音と共に開かれたヘルマン男爵の顎門。その狭間から放たれる閃光をロールで回避した千雨は、その閃光に紛れる形でヘルマンの背後へと?ぎりこんだ。

「むっ」

「とった!」

正に必殺のタイミング。ヘルマン男爵は砲撃の事後硬直でその動きを止め、回避は不可能!

必殺の一撃を叩き込むべく、千雨はその腕にソードを展開、振りかぶって……。

 

――ドドオオオンッ!!!!!

 

「うわっ、なんだっ!?」

突如として身を襲った衝撃波に、吹き飛ばされた千雨は地面を転がりながら体勢を立て直し、そのままヘルマンへと視線を向ける。

と、肝心のヘルマンの視線の先。其処には箒に跨って中央広場へと下りてくる子供先生と見知らぬガキが一人。

「まさかアイツ、私ごと撃ちやがったのか!?」

「ふむ、まぁ、なんだ。彼の父親そっくり、ではあるな」

見境ってモノが無いのか! と憤る千雨に、ヘルマンはと言うとフォローの心算なのかそんな事を言い放つ。

その言葉に親子揃ってこんなのかよと更に憤慨する千雨だったが、然し同時にその視線は降り立った二人に注がれて。

「なぁ、オッサン」

「なんだねレインくん」

「オッサンの標的の二人が来たんだ、そろそろ見逃してはくれねーか?」

「ふむ、確かに彼らが此処に来た以上、君のような手練が引いてくれる、と言うのは此方にとっても利益があるな」

だが、いいのかね? とヘルマンが問い掛ける。彼の背後からは「見捨てる心算アルか!」とか「ふざけんじゃないわよ! ちゃんと助けなさいよ!!」とか、そんな声が喧しく響いていて。

「そいつ等は自業自得だろ。見た限り、巻き込まれたってよりは自分の意思で魔法に関わった連中だ。物語の世界と勘違いしたのか知らんが、自分の意思で踏み込んだ以上は自己責任だな」

――とはいえ、そっちのは関係者ってわけでも無さそうだが。

那波千鶴をみてそう言う千雨。千雨の目に映るのは、他の人間と違い、気や魔力といったファンタジーな力の残滓が殆ど見えない。つまり那波に関しては、巻き込まれてこの場に居る可能性が高い。

決して好きではないが、コレ以上無いほどに信頼はある自らの眼。その眼で見た事実として、千雨はそう判断した。

「ふむ、では君が此処で引いて、私とネギ君の戦いに干渉しないのであれば、彼女の……いや、この場に捕らえた全員の身の安全は保障しよう」

「……それは、悪魔として言ってるのか?」

「関わりが無い、と言う割には博識じゃないか。ああ、その通りだよ、これを契約として取り扱おう」

悪魔は契約を順守する。これは彼ら悪魔が精神生命体であるという事が起因しているといわれている。

悪魔にとって、自らが宣言した契約を破るという事は、『自分は約束も守れない雑魚である』と宣言するようなものなのだ。精神生命体である悪魔にとって、それは中々の痛手になる。

千雨は其処まで詳しくはしらなかったのだが、オタク知識として悪魔が契約を重視する存在であるという事を知っていたのだ。

「……其処まで言うのなら、私も引くさ」

「ちょっと! アンタ本当に私達見捨てるつもり!?」

「喧しい。自分の意思で魔法に関わった以上、手前等はもう一般人じゃなく関係者なんだ。そうである以上お前らのは自己責任でしかないんだよ!」

――魔法を選んだ以上、日本と言う国の法が何時までも守ってくれると思うな。

千雨のそんな言葉に、意識を保ったまま捕らえられた少女達のうちの何人かの顔色が青く染まる。

「……というか、ワタシを巻き添えにした奴に味方なんてしてやるものか」

言いながら、未だに此方の状況が把握できていないのか、戸惑ったように此方に視線を投げかけてくる少年二人。

と言うかそもそもの話、ヘルマン男爵の話が真実であるのならば、彼がこの土地を訪れたのは、ネギ・スプリングフィールドと一戦交える為だという。つまり、彼を呼び込んだのは他ならないネギが原因であるとも言えてしまうのだ。

ヘルマンから間合いを取っていた千雨は、その手に握るソードとライフルの切っ先を地面に下げる。それはつまり、これ以上戦う心算が無いという明確な意思表示だ。

「じゃあな、ヘルマン。関係者はどうでもいいが、民間人はそれ以上巻き込むなよ」

「ああ、それはもちろん。ではなレインくん。いや、カガクのチカラというのも中々に侮れないものだ」

そんな事を言っているヘルマンの視線の先。千雨は少しだけ高度を上げると、そのまま空中で光学迷彩を再展開。魔力なんかに対するジャミングも展開しつつ、驚くヘルマンの顔を眺めながら、一気にその場から雨空へと離脱したのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「ふむ、悪魔と戦っているから何かと思えば、貴様のような奴が民間人? 馬鹿を言うな、民間人が相手の首を獲りに行くような戦い方など出来る物か」

――ぴぃん、と弦が張るような音が響く。

千雨が気付いたときには既に彼女は結界の中に取り込まれていた。魔法によるものではない。もっと物理的な、糸によって区切られたそれは、まさしく結界。

気付いたときにはその結界の内側に取り込まれ、動きを制限されてしまっていた千雨。

本当になんでこうなったのか。危機から逃げるために

アストレアをバーストモードにすれば、その余波で糸程度は力尽くで引き千切れると思うのだが、然しその隙を曝せば間違いなく突かれる。

「ワタシもボーヤの戦いを観戦しなければならん。不審者には黙って制圧されて欲しいんだが」

「だから、私はあんた等みたいな危ない連中に絡まれるようなもんじゃねーって……」

「それはお前を捕まえた後にじっくり調べるさ」

長谷川千雨は知っていた。葵たちから、この麻帆良で生きていくうえで、最も敵に回してはいけない存在のトップランキング。

例えば麻帆良学園学園長近衛近右衛門、例えば赤き翼の高畑・T・タカミチ。例えば世界樹の地下に巣食う変態魔導書アルビレオ・イマ。

その中の一人に存在するのだ。彼女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの名前が。

「(真祖の吸血鬼! 精霊種に近い存在! 弱体化してるとはいえ、そんなのに見付かるなんてっ! 今日は厄日だっっ!!)」

千雨に絡みついた糸は、一体どんな力が働いているのかそう簡単に抜け出せそうには無い。

ジワジワと嬲るように近付いてくる吸血姫。不味い不味いと焦る心。そんな中で、不意に千雨の耳朶に響く声があった。

『千雨、聞こえる?』

「……っ《聞こえてます、葵さん!》」

『コールサインは何時もの。あと10秒耐えろ』

「《了解!》っ!! ウルテクエンジン全開ッッ! トランザム!!」

「なにっ!?」

通信を耳にした直後。最早勝利を欠片も疑わないエヴァンジェリンが不用意に近付いた瞬間。その瞬間を狙って、アストレアの出力を跳ね上げる。

ウルテクエンジンの仲介によってGクリスタルとGNドライブが干渉することなく互いに出力を高め、それはまるで爆風のようにその場で吹き荒れた。

それが嘗ての、全盛期の闇の福音であれば隙にもならなかったのであろう。然し今其処に居るのは、魔力を封印された、吸血鬼の成れの果て。確かに技術面で言えば未だ劣る事ない600年の歳月を持つ怪物かもしれないが、その身体は少女の物でしかない。

「GNランチャー、コネクト! 吹き飛べっ!!」

あふれ出す光とエネルギー。機体のエネルギーラインを通って送られる緑色の輝きがアストレアの手に握られる大砲へと送り込まれる。

Gクリスタルのコアによってくみ出された意思のエネルギー。それによって高速でチャージされたエネルギー。

大砲の砲身からあふれ出す翠色の輝きは、千雨の言葉を引金として、闇の福音へ向け、夜の闇を光が裂いた。

「なにっ!?」

ジュッ、っという音と共に焼け飛ぶ糸を確認しつつ、即座にGNビームピストルを呼び出し、エヴァンジェリンに向って乱射する。

一発一発の威力は延焼効果のある魔法の12矢を束ねた程度の威力がある、というこのビームピストル。

結構な威力のソレを、然しエヴァンジェリンは両手で宙を捏ねる様にしてその機動を逸らして耐える。

「ぐぅっ、なんだこれは!? 魔力も気も欠片も感じん!?」

「だから一般人だって言ってるだろうがっ!!」

「ええい黙れ不審者め!」

「こんな時間にうろちょろしてる幼女も不審者だろうがっ!」

「誰が幼女だっ!!」

エネルギーの消耗は激しいが、それでもコンデンサ容量の消耗速度とつりあう程度。MAXに回復する事は無いが、それでも均衡状態を維持するには十分……。

そんな油断が有ったのだろう。千雨が気付いたときには、その影は既に彼女のすぐ傍に現れていて。

「マスター!」

「なっ!?」

巨大な大砲を担いだ人影。千雨はその人影を知っていた。何せその人影とは、千雨にとってのクラスメイト。超謹製のガイノノイド、絡繰茶々丸なのだから。

両足と腰部スラスターから粉塵を巻き上げる茶々丸は、さらにその肩に巨大な大砲を担いで、その照準は既に千雨に合わせられていた。

咄嗟に回避しようとした千雨だったが、しかしそのときには既に遅く。ボッという音と共に放たれたのは、白く翼の生えた――ミサイル。

――何で学園でそんなモノ持ち歩いてるんだっ!!

内心で絶叫しつつ、千雨は片腕のピストルの照準をミサイルへ向けて、引金を引く。

引き伸ばされた精神時間の中、驚異的な精度でミサイルを打ち抜いた千雨だったが、ソレと同時に苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべてしまう。その時点で既に、千雨は自らの失敗を悟っていたのだ。

弾幕を形成するビームピストルを用いてミサイルを迎撃した。これはつまり、弾幕の密度が下がるという事である。

魔力を封印されているとはいえ、驚異的な技術を誇る闇の福音相手に、漸く拮抗していた弾幕の密度を下げる。コレが如何いうことか。つまりは、睨み合いが解かれたという事。

「しま――」

「獲ったっ!!」

夜闇に浮かぶ金色の瞳。鋭く尖る爪を構えた闇の童。ビームを乱射していた影響からバリアフィールドの出力は落ちている。対するエヴァンジェリンの爪には、その少ない魔力が爪の先、その一点に集まっている。

文字通りの意味で爪の先に火を灯すかのような妙技。それほどの収束であれば、あるいはジェネシックオーラの障壁を突破しうるかもしれない。

「……ッ!!」

しかしそれでも。千雨にはアストレアという彼女を守る鎧が存在している。彼女の師が彼女のために誂えた、彼女の為の鎧。

瞬動と組み合わされて急速接近してくるマクダウェル。高速思考で加速した精神で観測しても、それでも尚圧倒的な速度なのだ。当れば相応の衝撃は受けるだろう。

――けれども、先生達に比べれば遅い。

それ以上を経験した事のある千雨。確かにエヴァンジェリンの攻撃は脅威だろう。けれども、その一撃ぐらいは受け止めてみせる。

そう決意して奥歯を固く噛み締めて――。

 

「――なっ!?」

「良く持ちこたえた、レイン」

「あ、ジェネシス!」

音も無く、魔力の流動すらなく。文字通り何処からとも無く現れたその男。

黒い鎧に身を包んだ青年。姿は違えど、その声は千雨が良く聞くそのもので。

思わず何時も通り葵さんと呼びかけた千雨だったが、ギリギリカバー可能範囲だった事もあり、慌ててジェネシス、葵のコールサイン――名前を秘匿する場合の何時もの偽名――で呼び合う。

「ぬっ、貴様一体……」

「ウチの後輩をよくも嬲ってくれた。礼だ」

「な、ぷぎゃっ!!」

受け取れ、と放たれる一撃。莫大なジェネシックオーラを一点集中して放たれたその一撃は、翠色の彗星の如く夜の闇を切裂いて放たれる。

片腕を捕まれたまま咄嗟にそれを受け流そうとするエヴァンジェリンだったが、然し身体ごと押し込むようにして放たれた縦拳を逸らしきる事はできず、奇妙な悲鳴を上げてその場から吹き飛ばされていく。

「マスター!?」

「お前も、暫し眠れ」

悲鳴を上げる茶々丸だったが、然し葵は止まらない。

その言葉と共に打ち込まれた発勁。腹の中心を撫でるようにして打ち込まれたその一撃に、まるで崩れ落ちる人形という言葉そのままに倒れ付す絡繰茶々丸。

「な、死んだ!?」

「死んでない。 極微弱な電磁発勁を撃ち込んだだけだから、メンテナンスすれば直ぐに復帰できる」

メモリのある頭部も避けたし、出力も最低限だから大丈夫だろう。最後に多分、なんて不安になるような言葉を付け加える葵。

本当に大丈夫なのか。若干心配になった千雨だったが、ソレを顔に出す前に、カレイドライナーの教えが脳裏に過ぎる。

――つまり、情けとは贅沢品である。他を助けるは、自らを助けるが為。他の為に自らを殺すは最たる愚なり。

情けは人の為ならず。人に情けを掛けるという事は、人のためにするのではなく、何時か自らに帰ってくるときのためである。

自らに余裕があってこそそれは成せる。自らを犠牲にしてまで他人を救ったところで、結局それでは何も救えないのだ。

「……まぁ、ジェネシスが大丈夫と言うのであれば大丈夫なんでしょう。ですが……」

とりあえず話に区切りをつけるべく、自身を無理矢理納得させた千雨。ただ、ソレを納得したところで次の疑問が浮かび上がってくる。

「その格好、なんですか?」

そういって千雨が指すのは、ジェネシス――葵が身に纏う黒い装甲だ。

葵が現在身に纏っている装甲。それはSystemGと呼称される、ガオファイガーを模した鎧――ではない。黒は黒でも、紫がかった天使、まるで堕天使のようなその装甲。

「え、これ? サンダルフォンアーマー。格好良い?」

「声優ネタかっ!」

「殺ァー!」

「やめいっ!!」

「いやいや、SystemGだと如何考えても過剰威力だったからね。麻帆良を光にするわけにもいかないし、対人戦用装備のSystemSをね。これでも麻帆良では過剰戦力なんだよ?」

何せ対界装備であるSystemGは、下手をせずとも世界を一つ滅ぼす力だ。大体として葵が持ち出したSystemSとて、対魔人戦闘を想定した装備なのだ。力を制限された真祖程度、物の数にも入らない。

「それに、ちゃんと間に合っただろ?」

「それは……ええ、助けてもらって、有難うございます」

言われて漸く危機を脱した事に気付いた千雨は、その時点で漸く肩から力を抜いた。――抜いたその瞬間、千雨の顔の傍を、何かが通り過ぎる。見れば其処には、振りぬかれた葵のこぶしが通り過ぎていて。

「ななな!?」

「油断大敵。家に帰るまでが遠足、ってそれは違うか」

「ぬ、ぐっ……不覚っ!」

声に釣られて千雨が振り返ると、其処には何時の間にか彼女の背丈よりも頭一つ分背の高い少女が一人。

いかにもな忍び衣装に身を包む少女。彼女に関しても、千雨は顔見知りであった。長瀬楓。3-Aに属するニンジャ少女である。

「なっ!」

「気を抜いた隙を狙ったんだろうが、残念だったな」

ギリギリと頭をアイアンクローで握り締める葵の言葉。うめく楓は何とか脱出しようとしているらしく、ポンと煙玉がはじけたり、傍に人程の大きさの丸太が落ちたり。

「どっから出したんだ……」

「さすがNINJA。じゃなくて、君はこの二人の付き添い、と考えて良いのかな?」

「………」

「返答がない場合は肯定ととるよ。んじゃ、君にはこの二人を運んでもらおう。場所は――えっと、確か超鈴音だっけ、あの絡繰って娘の開発者は」

「……おぬし、何者でござるか」

電磁発勁を打ち込んだ以上、ちゃんとメンテナンスしないと復帰は無理だしね、と呟く葵に、楓は頭をつかまれながらも胡散臭そうに問い掛ける。

「裏の脅威を恐れるだけの、フツーの技術者だよ。それじゃ、頼んだよ」

そんな楓の問いに答えた葵は、言いたい事だけ言ってそのまま楓をエヴァンジェリンの吹っ飛んで行った方向へと投げ飛ばす。

「それじゃ、行こうかレイン」

「相変わらず容赦がない。いや、容赦の加減がおかしい」

「そうかなぁ?」

そんな事を話しながら、同時に光学迷彩を展開する二人。

投げ飛ばされ、漸く地面に足を付いた楓が改めて二人のほうへと視線を向けるが、然しそのときには既にその場には誰も居らず。

そうして月下の麻帆良。崩れ落ちる茶々丸と、樹木に背を埋めて目を回すエヴァンジェリン、そして呆然と佇む楓の三人だけがその場に残されたのだった。

 

 

 




■レイン
もう何処でも良く出回っている千雨の名前。刀使ったり銃つかったり陰陽師だったり魔法プログラマーだったり、でも大抵の場合綽名は『レイン』。
なのでウチのセミエヴォリュダー千雨もレインで。
■アストレア
Gクリスタル以外はちょっと(一世紀強程度)科学技術が進めば再現可能な技術で纏められている、ISモドキなMS少女。逃げに徹する限りはガチガチに硬いが、攻撃に出た場合防御の出力が其方に取られる為防御力が落ちるという弱点がある。
独自人格はあるが意志を言語化することは滅多に無い。あくまで千雨を支えるために存在する執事のような存在。
■ヘルマン
変態紳士(公式)。暇つぶしで千雨に手を出したところ、痛い目を見た。ジェネシックオーラ、あるいはオーラ(霊力)で攻撃された悪魔は本体にまでダメージを喰らいます。
■ネギパーティー
自分から魔法に関わった連中は、巻き込まれがちな千雨から見れば自業自得と判断。そのため若干の良心の呵責はあったものの、悪魔が『傷つけない』と宣言した為、「悪魔の法」を信用して撤退。
■エヴァンジェリン
ネギパーティーの様子見をしようと陣取っていたところ、謎の機械鎧に興味がわき、ついでに捕まえておこうと手を出したら痛い目に。
■SystemG
元ネタガオガイガーFINALより「ファイティングメカノイド・ガオファイガー」をモチーフとしたSSPA。本来のファイティングメカノイドとは違い、こちらは全長4メートル強のパワードスーツ。
装備呼び出しの際の掛け声は『エクイップ』イではなくエ。
尚全くの余談ではあるが、カレイドライナーには、普段通りぬけしか出来ない謎の客車が存在している。謎である。
■SystemS
元ネタは斬魔大聖デモンベインよりサンダルフォン。
SystemGは戦闘力こそ高いものの(もしくは高すぎる為)、隠密性能などはほぼ皆無であり、またその高すぎる破壊力によって逆に作戦が制限されてしまう事があった。そのため葵が七割の実利と三割のネタを籠めて開発したのが、SSPAサンダルフォンである。
SystemGに比べ戦闘能力は極端に劣るが、隠密性、連続稼働時間などの面でSystemGを上回る。(声優)ネタで開発した葵もビックリである。
装備呼び出しの掛け声は勿論「変っ神!」

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