超次元特急カレイドライナー   作:朽葉周

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05 雨の夜

 

そうして千雨がカレイドライナーで修行を開始して半月。千雨がアストレアを手にし、その扱いにも大分慣れてきた頃。

何だかんだで半ばカレイドライナーに住んでいる様な生活を送っていた千雨ではあったが、たまには寮の自室の整理も必要という事で、この日久しぶりに自室へと戻ってきていたのだ。

「あー、掃除もしねーと不味いな」

千雨が寮の自室に帰ってくるのは、実に約半月ぶり。半月部屋を空けただけで、これほど埃が溜まるのかと、自らの部屋の中を見た千雨は思わず苦笑してしまった。

「……まぁ、数年空き家にしたってのよりはマシか」

呟いた瞬間、千雨の瞳がチカリと緑色に輝く。「おっとっと」と慌てたように千雨はその光る瞳を手で覆い隠した。

千雨がカレイドライナーに通うようになって半月。その間に千雨は、多くのことを学んでいた。

自衛手段として与えられたアストレアの扱いは勿論、その簡易メンテナンスの方法から、アストレアを用いた効果的な戦術、アストレアに不利な戦術など。

実戦を通して教わる事もあれば、知識的な面での教育もかなり確りとしたもので教わる事ができた。

そうした中で、この世界におけるかなりブラックな裏事情というモノまで知ってしまった千雨は、強く強く力を求めたのだ。

 

その結果として千雨はGクリスタルを受け入れ、セミエヴォリュダーとしての覚醒へと至ったのだ。

 

セミとはいえエヴォリュダー。半分人外へと足を踏み出した千雨は、それまで躊躇い手を伸ばす事の無かった『時間のずれた空間』での訓練に手を出した。

一時間を一日へ、一日を四日へ。そうして時間を引き延ばし、短い時間を長い時間へ。セミエヴォリュダーとなった脳力を使い、知識と技術と力を、短期で驚異的な速度で成長させた千雨。

圧縮された時間の中での経過時間は、既に年単位で経過している。セミエヴォリュダーと成った事で自重を忘れた千雨は、その時間で思う存分自らの技能を高め続けたのだ。

その結果、装備が完全であり、尚且つ条件が限定された戦場であれば、辛うじてライナーの男三人にも一撃与えられるというレベルにまで成長していた。

「さて、早速掃除すっかなー」

言いつつ用意したバケツと雑巾。因みに雑巾は千雨が自分で古布を縫い合わせたものだったりする。

「……っと、コレも片付けなきゃな」

部屋に積もった埃をふき取り始めて、ふと視線を向けたそれ。部屋の一角を占領する大量の衣類。千雨の趣味であるコスプレ、そのために彼女が手縫いした大量のコスプレ衣装だ。

衣類自体は衣装ケースの中に仕舞っている為に特に問題は無いのだが、そもそも彼女がこの衣装を利用する、と言う機会がもう殆ど無い。

何せ彼女はセミエヴォリュダー。やろうと思えば携帯画像から自らの精密な3Dモデルを作成し、データ上で好きな衣装を着せるのも自由自在! その気になれば背景から好きに作りこめるのだから、現実に写真を撮るより余程好き勝手できる。

しかもセミエヴォリュダー化した影響か、肌がきめ細かくなり、髪から枝毛が一掃され、果てには腰の位置が少し高くなったり、胸が大きくなったり。

――エヴォリュダー化って美容効果まであったんだなと、千雨が地味に一番感謝した点であったりする。

「さて」

一通りの拭き掃除を終えたところで、最後に目を向けたのは、最近とんと使っていなかった自らのノートPC。

カレイドライナーの客車の内、葵の占有する客車はかなり情報機器として優れており、現代文明レベルのネットワークであれば簡単に掌握できてしまう程度の力を持つ。

さすがにオモイカネ型コンピュータには勝てなかった、とは葵の言。電子の妖精とやりあったのかよ、と思わず突っ込みを入れた千雨は未だカレイドライナーの魔境具合を理解していなかった頃の彼女で。

ともかく話を戻す。ともかく最近は、カレイドライナーからネットワークにアクセスする事が多かった千雨だ。久しぶりに見た自らのノートPC。

千雨の感覚としては数年ぶりに見たその端末。中にどんなデータが入っていたかなんていうのはほぼ記憶に無い。

――折角なので、セミエヴォリュダーの能力をフルに発揮して、中身のデータ整理でもしてみるかな?

そんな事を考えながら、端末の電源ボタンを指で押し込み……。

 

――ボンッ!

 

「……けほっ」

小さな爆音と共に、本体から黒煙を吹き上げたノートPC。吹き上げた黒煙を顔面に浴びてしまった千雨は、小さく咳を零した。

「しまった、内部基盤――あーあ、こりゃ駄目だ」

ノートパソコンも暫らく使っていなかったのだ。当然誇りも溜まる。

千雨はノートパソコンの表面の埃こそ掃除したものの、その内側の基盤の掃除まではしていなかった。

まさか端末がイカレる程に埃が溜まっているとは思っても居なかった千雨だ。試しに中身を開いて見たところ、焦げ付いた埃で基盤は真っ黒に染まっていた。

「っち! ……まぁいっか。別に変なデータは入れてなかったはずだし」

精々がサイトのデータだが、そのあたりはネット上から逆に引っ張りなおせば良いだけだ。ネットワークのパスなんかも、カレイドライナーでネットに繋げる為にUSBで持ち歩いていた為問題は無い。

「新しい端末はそのうち買いに行くとして……とりあえずは、風呂だな」

早々に端末に見切りをつけた千雨はそう呟いて立ち上がる。

最近は風呂といえばカレイドライナーの物ばかりだったのだ。たまには麻帆良生らしく、寮の浴場を使うのも良い。

「いくか」

そうと決まれば千雨の行動は速かった。早速開いた端末を片付け、着替えとタオルその他諸々を手早く用意した千雨。

風呂桶にそれらを突っ込み、小脇に抱えたクラシックスタイル。何処からとも無く取り出したアヒルさん人形片手に、そのまま寮の風呂へ向って歩き出したのだった。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

「あれ、千雨ちゃんもお風呂? ちょっと珍しいね」

「……佐々木か。ああ、たまにはな」

そうして訪れた風呂場。相変わらず学生に使わせるだけにしては矢鱈と豪華だよな、なんて思いつつ、声を掛けてきた佐々木まき絵にそう返す千雨。

軽く掛け湯をしてから身体を洗い、一通りを洗い終えたところで広い風呂の一角で肩までゆっくりと湯船に浸かる。

千雨自身おっさんくさい自覚はあるが、この時ほどの至福の時間と言うのはそうない。ネトア活動でランキングを駆け上がるのとはまた別の快感だ。

「おや千雨サン、今日は珍しくお風呂かネ?」

「チャオか。まぁ偶には……って、私が風呂使うのがそんなに珍しいのか?」

「ン? どうかしたノか?」

思わず千雨が零したぼやき。何の事かわからない超は当然首を傾げるのだが、千雨は軽く手を振って「なんでもない」と答えた。

「まぁ最近はシャワーで済ませることが多かったから、仕方ないっちゃ仕方ないんだが……」

「それに千雨サンはちょっと人見知りの気があるからネ。人前で目立つ、というか人前に出てくるのもあまり無いだロウ?」

「……解るか?」

超に言われて、思わず素で問い掛けてしまう。カレイドライナーに出会う前までとは言え、千雨にとっての『平凡な自分』というのは、この妙な土地である麻帆良の特異性から己の身を守る鎧でもあるのだ。

それが見抜かれていた――超であれば、確かに天才などと呼ばれている人種では有るが、殊更何かに巻き込まれたりするわけでもない為、特に問題は無いのかもしれない。

……が、見抜かれていたという事実。それはそれで千雨にとっては驚きとなっていた。

「マァ、私はコレでも色々経験が有るからネ」

おまえ幾つだよ、と呟いたところで、少なくとも自分が言えた台詞では無いと気付いたが、まぁ別に言わなきゃ解らないのでそのまま流す。

と、そんな事を考えていると、風呂の出入り口から見知った顔が二つ。葉加瀬聡美と四葉五月の二人。超包子(チャオパオジー)をやっているいつもの面子だ。

「お前の連れも来た見たいだぞ」

「オッ、どうやらその様ネ。それじゃ千雨サン、またネ」

「おぅ」

そういって二人のほうへと立ち去っていく超を見送った千雨は、改めて湯の中で身体を伸ばす。

……人に近付かれただけで微妙に緊張している辺り、自分は一体どれだけコミュ障なんだと。

解ってはいたことなのだが、カレイドライナーの面々と出会い、力をつけて、精神性が変化した現状。改めて自分と言う人間を見直すと、どうにも欠点と言うか不利点が目立つ気がする。

「まぁ、時間は未だ未だ有るし」

千雨の戸籍年齢は、現在中学三年生の14歳。実年齢は別としても、社会に出るまでには未だ猶予がある。

変わった自分と、変わった事を自覚できる自分。その二つの自分が居るのだ、後は時間をかけて、少しずつコミュニケーション能力を育てていけば良いのだから。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「………うん?」

と、そんな事を考えていると、不意に風呂場が賑やかに成り始めた。

何事かと振り返って見れば、千雨のクラスメイトである3-Aの面々の中でも、特に騒がしい鳴滝の双子や、テンションが高い事に定評のある明石裕奈がなにやらきゃっきゃと騒いでいるのが見える。

耳を澄ますと、どうやら美肌効果のあるジェルだかローションだかの話で盛り上がっているらしかった。

「塗るだけで痩身、美白、引き締め、潤い効果!! 一人でお手軽全身パック「ヌルヌル君X」!! 蜂蜜の様にトロリとしたリッチな触感が貴女のお肌を即座に大美人に!!」

何処のセールストークだと。

どこぞの社長のトーク並に長上な台詞をすらりと言い切って見せた裕奈。そんな彼女のトークに釣られたか、その周囲に居た面々も興味心身にそのローションを身体に塗りこんでいく。

「ホントは湯船に入れたほうが効果あるみたいだけど」

言う裕奈だが、さすがに寮の浴場でそれをする程マナーが欠けているというわけではなかったらしく、千雨は小さく安堵していたり。

お風呂に入るときはね、誰にも邪魔されず、自由で、何と言うか救われなきゃ駄目なんだ。 一人で、静かで、豊かで……。

「何で逃げるのまき絵ー」

「私がぬるぬるキライなの知ってるくせにぃ!」

とはいえ、さすがにこんな多人数が利用する浴場で、其処までマナーに喧しく言う積もりも無い。本当に静かにこの風呂を利用したいなら、もう少し遅い時間を狙うというのもアリなのだから。

「ったく。あんなモン効果ある訳無いだろ……ん?」

流石ウチのクラス、似非グッズとか大好きだなぁ、なんて事を考えつつ、笑いながらそんな事を呟いていた千雨だったが、不意に何か妙な感覚が触れて、即座に周囲を警戒する。

ぱっと見何も無い。が、確かにその瞬間、何かに触られた感覚を千雨は感じていた。

「おい明石! そのヌルヌル、中に入れてないよなー!」

「いれてないよー」

裕奈からの返事にそりゃ見える範疇でそんな挙動してなかったんだしそうだよなと頷きつつ、ならこの感覚は何なのかと改めて周囲を見回す。

ところが一切千雨の周りには何の姿形も無く、姿形が無いどころか、水が奇妙に動き出し、その身体へと絡み付いてきたのだ。

「おわっ、ちょ、待てお前!! 其処は洒落にならねぇ!!」

咄嗟にジェネシックオーラを纏い身体を守る。そのまま眉間に力を籠め、自らの身体に絡み付いていた物をその右手でガッツリと握りこむ。

『……え?』

「よっし捕まえ――えっ」

そうして、掌に握り締めて捕まえたそれ。半透明の、ゲルで出来た人のような姿をしたソレは、如何見ても『一般的な世界の代物』では無くて。

『……なんで、掴める?』

「しかも喋ったよおぃ」

思わずそう呟いた千雨。長髪の少女をデフォルメしたかのようなそのゲル状の何かは、千雨の手に握られながらも何とかその場から脱出しようともがいていて。

「……ていっ」

『アウッ』

何を思ったか千雨はそのゲル状の何かに、ジェネシックオーラを纏った会心のデコピンを叩き込んだ。

途端そんな悲鳴を上げて仰け反るゲル状のソレは、そのまま気絶したかのようにうんともスンとも言わなくなってしまった。

「……不味い、何かわからないけど、かなり不味い」

千雨の直感が告げていた。何気ない心算で、何かかなり不味いものを踏んづけた。

それが地雷なのか竜の尾なのかはわからないが、このまま何もせずに手をこまねいているのは絶対的に不味い。

「(どうする、今からカレイドライナーに向うか? でも今外は雨が降ってる。それにこんなのが徘徊している以上、外に出るのは何か決定的に不味い気がする。けど、それは寮の中に居るのも同じ!)」

未熟な千雨には判断が付かない。荷物を破棄して合流地点に向えば良いのか、それとも現在地に仮拠点を設営して篭城戦に持ち込めば良いのか。

「……行くか」

悩んだ結果、千雨はカレイドライナーに向う事を選んだ。

それは千雨にとって、最も安心する場所がこの学生寮ではなく、みんなの居るカレイドライナーであるという事を指していて。

一度そうと決めた千雨は即座に湯船から上がり、そのまま脱衣所を経由して、寝間着から動きやすい服に着替えるために足早に自室へと戻る。

その時千雨は気付かなかった。それまで風呂場の一角に陣取っていたクラスメイト達。そのうちの何人かが、湯煙に紛れるように忽然とその場から姿を消していた事に。

 




こんな末場の作品を読んでくれる作者なら、タイトルの時点で大凡察してくれる筈!

■長谷川千雨
イノベイター化するかと思ったらセミエヴォリュダー化でした。
但しGストーンではなくGクリスタル適合体。そのため勇気意外でも割とエネルギーを引き出せる。
セミエヴォリュダー化して一番喜んだのは、データ上で費用を掛けず自在にコスプレ可能で、且つスタイルがググッと良くなった点。平和利用……。
コミュニケーション能力は若干改善している物の未だ未だコミュ障の範疇。
■アヒルさん人形
ウチの千雨はカレイドライナーの面々との付き合いから若干おっさんクサい。
但し麻帆良だとアヒルさん人形程度ではそれほど目立たない不思議。
■ゲル状の何か
風呂に忍び込んだエロいモノ。

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