超次元特急カレイドライナー   作:朽葉周

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01 暴露(あっさり風味

 

 

「此処は……」

「あ、気がついた?」

「へっ……キャァッ!!!」

「あっ、ちょ、まって! 降参! 無抵抗!」

目覚めた千雨の目の前には、見知らぬ男性が一人。思わず声を上げた千雨に、咄嗟に両手を挙げて降参のポーズを示すその青年。

そんな青年を見て、何とか冷静に成った千雨は、其処で漸くついさっきまでの……気絶する直前までのことを思い出した。

「あぁ、そっか、アタシは公園で、ブラスレイターみたいなのを見て……」

「ぶらすれいたー? ……あぁ、アレか。まぁ、確かに似てるっちゃ似てるかな?」

そんな青年の言い様を疑問に感じた千雨はおや? と少し首を傾げる。首をかしげて、冷静に考えたところで思わず赤面する。

そうだ、冷静に考えてみれば、ブラスレイターなんて居るわけネーじゃねーか。寝不足で現実とアニメの境界が薄れてたか?

思い返せばかなり頓珍漢な妄想で、しかもそんな妄想で気絶してしまった自分。人生史に残る黒歴史である。

「俺はエヴォリュダーだし、まぁ機械に対して強いって点では似たようなもんだけど、感染はしないから大丈夫だよ」

「……えっ」

何か妙な事を言う男性に、少し千雨の思考が固まる。

――エヴォリュダーって、何処かで聞いたような……。

「まぁ、とりあえず自己紹介からいこうかな。俺は田中葵。葵でいいよ。所属は……まぁ、胡散臭いけど旅人って事で」

「……長谷川千雨です。麻帆良中の三年です」

本等に胡散臭い自己紹介しやがったよコイツ、と言う思いをついつい視線に籠めつつ、そう葵に自己紹介を返した千雨は、自身の名前に少し首をかしげた葵の表情に気付かず、其処で改めて周囲を見回す。

何処かの部屋だろうとは思っていたのだが、その様相は少し普通の部屋とは違う。なんというか……そう、列車の高級な客室のような雰囲気なのだ。

「此処は?」

「此処はカレイドライナー。俺達の拠点だよ」

列車で誘拐でもされたか、と警戒しつつ尋ねる千雨に、けれどもサラッとそう返す葵。

カレイドライナーと言う言葉に首を傾げつつも、千雨は視線で話の続きを促す。

「簡単に言うと、私有の列車。今は停泊中なんだけど、君……長谷川ちゃんが気絶した後、何処に連れて行ったものかと迷っちゃって、結局此処につれてきたんだよ」

「……列車って私有できましたっけ?」

「線路が私有地ってだけじゃなかったっけ? まぁあんまり深く考えないで。ほら、麻帆良だし」

「……まぁ、確かに麻帆良ですし……って、ちょっと待ってください」

と、そこでふと彼女はその会話に違和感を感じて言葉を挟む。何処がおかしかったのか。麻帆良がおかしいのはいつもの事で、別に何の変哲も無い事実だ。それが事実だという事に気が狂いそうに成るが……いや、そうか。

「その、田中さんは……麻帆良がおかしいと認識できてるんですか?」

「葵でいいよ。田中って呼ばれ慣れてないんだ……って、もしかしてそういう事なのかな? ああ、うん。多分君の言う『認識』で来ている、で間違いないよ」

問い掛ける千雨に、頷いてみせる葵。

「車より速く人が走るのはおかしい、世界樹は如何考えても大きすぎる、学園長は妖怪ぬらりひょんだ、ってヤツだね」

「そう、そうなんだよっ!! この麻帆良はおかしい! そうだよな、私が間違ってるんじゃないよな!?」

「お、おぅ」

と、葵の言葉が何かの琴線に触れたのか、突如として声を荒げ葵に詰め寄る千雨。そんな千雨に気圧されつつも、葵はなんとか彼女を押し留める。

「ま、まぁ、もう少し詳しい話をしても良いんだけど、長谷川ちゃん、時間は大丈夫?」

「えっ……あっ」

言われて自身の手首に巻かれた時計に視線を向けて、思わずそんな声を上げる。

時刻は既に6時。門限リミットブッチギリ、である。

「まずっ、でも……!!」

けれども、だ。千雨にとっては漸く見つけられた、同じ認識を持つ人間なのだ。

千雨は昔から眼が良かった。良すぎた、と言っても良い。他人には見抜けない真実を一人見抜き、物事の真理に近かった彼女。

けれどもそれは、彼女を周囲から孤立させる事となってしまう。正しすぎた彼女は、間違っている周囲から浮き出してしまったのだ。

だから千雨は、自らが正しいという認識と、おかしな世界の事実を前に、眼鏡をかけて、何処か架空の物語を眺めるように、スクリーンを眺めるように世界を客観視する事で自分の心を守っていたのだ。

そんな彼女の前に、漸く現れた共通の認識を持つ人間。たかが門限違反くらいで諦められるほど、彼女の心の悲鳴は生易しい物ではなかった。

「あー、……どうしても話を聞きたい?」

「当たり前だっ!」

「おぉぅ……仕方ないか。んじゃ、とりあえず話すにしても遅くなるだろうし、外泊届けを出す事。そしたら食堂で話をしようか。あと、それと……」

そう言う葵に、漸く話が出来ると喜ぶ千雨。そんな千雨をチラリと眺めつつ、葵は少し言い難そうに言葉を続けた。

「いやぁ、まぁ、そう言う心算がない事はわかってるんだけどさ、ベッドの上であんまり男に近寄るのは、ね?」

と、葵の言葉で千雨は漸く自分が今どんな体勢を取っているのかに思考を回した。

千雨は葵に運び込まれたところからベッドで横に成っていた。葵はそんな千雨の見舞いに来ていたのか、ベッドの直ぐ脇に立っていたのだが、千雨は何時の間にかそんな葵の胸倉を掴んで思い切り自分のほうへと引き寄せていたのだ。

それこそまるで、葵を自分の居るベッドに引きずり込むかのような……。

「――っ!!」

声にならない悲鳴と共に放たれる黄金の右。

なんとなくそうなるんだろうなー、と覚悟をしていた葵は、それを避けることなく、甘んじて己の頬で受け入れるのだった。

 

 

 

この世界における麻帆良学園とは、魔法使い達の日本における拠点であり、裏の顔に『関東魔法協会』という名を持つ。

母体は日本政府ではなく、魔法使い達の国家、メガロメセンブリアによる支援によって建設された土地であった。

このメガロメセンブリアと言う国は、嘗ての魔女狩りの際にこの世界から『魔法世界』という世界に逃れた魔法使いの末裔で、由来は西洋である事から、彼らのことを『西洋魔法使い』と呼ぶ事もある。

で、その西洋魔法使いが何故こんな東洋の端である日本に拠点を築いたかと言うと、地脈……大地を走るオカルト的なパワーの集う場所であり、その力を大気中に放出している世界樹の存在が魔法使い達にとって魅力的に映ったのだろう。

彼らは世界樹を独占する為、日本呪術協会から関西を切り取り、世界樹周辺に『認識阻害』と呼ばれる結界をしき、其処を治外法権とする目的で『学園都市』を建設したのだ。

「と、言うのが建前と表向き世間……裏の一般知識って所かな」

「魔法使い達の拠点……認識阻害、それでみんなはおかしな物をおかしいって認識できなかったのか? でも、ならなんで私は……」

「多分だけど、長谷川ちゃんには才能が有ったんじゃないかな?」

昔から日本にもオカルト的な才能が何の脈絡も無く目覚める人間と言うのは稀に現れた。千雨の持つ『眼』も、そうした何等かの突然変異で芽生えた才能なのではないだろうか。

「……私は、そんな眼(さいのう)なんて欲しくなかったよ……」

ションボリと、そう呟く千雨。この食堂車に来て数時間。葵は先ず最初に千雨の話を延々と聞いていた。それこそぶっ壊れた水道のように延々と愚痴を垂れ流し続ける千雨。

そんな彼女の話を聞いていたからこそ、葵は千雨に言葉を掛ける事ができなかった。

千雨の目、仮に『見鬼』と呼ぶが、この見鬼の力は最も基本的な力で、この世ならざる物を見る、ただそれだけの力だ。多少派生があり、千雨の目もこの見鬼の一種だろうと葵は当たりをつけていた。

見鬼の力は基本的に無害だ。破壊を撒くわけでもなく、癒しの力を持って聖人の如くあがめられるわけでもない。ただ、あるがままを見抜いてしまう、ただそれだけの力だ。

葵のような、生きる為に力を求める人種にとって、見鬼の力はそれこそ利便性に長けた、不謹慎ではあるが羨ましい力である。が、それはあくまでそういう『道』をちゃんと認識している人間にとっては、でしかない。

千雨のような一般人出身の少女にとって、この力は間違いなく強い毒にしかならなかったのだろう。

その事を解ってしまうからこそ、葵は何もいう事ができず、ただ軽く千雨の頭を撫でてやるくらいしか出来なかった。

「ん、んっ、えっと、それで、たな……葵さんは、事情に詳しいみたいなんですけれども、やっぱり此処の魔法使いなんですか?」

そうして少し時間が経って落ち着いた千雨。、頭を撫でられて顔を真っ赤にしていた千雨は、それを気取られないように咳をしながらそう話を切り出した。

「んー……あー……いや、違うっちゃ違うんだけど……」

「もしかして、何か言い難い事聞いちゃいましたか?」

「いや、そう言う訳じゃなくて……」

多分、というか絶対に信じないと思うぞ? 何処か引き攣ったような苦笑を浮かべる葵に、けれども何故かそのとき千雨は葵のことを知りたいと思ってしまって。

聞かせて欲しい。そう言った千雨に、葵は少しだけ困ったようにと息を零した。

「……まぁ、それじゃ少し話そうかな。でもかなり胡散臭い話だから、あくまでフィクションか、出来の悪い創作として聞いて欲しい」

少し間を空けた葵はそう前置きを付け加え、漸く千雨に向けて少しずつ言葉を紡ぎだした。

 

 

 

田中葵は多重転生トリッパーである。彼を称するならば、この言葉一つで事足りてしまう。

嘗て田中葵は極普通の青年として生き、社会人として生活する中で事故に逢い、そのままその人生を終え、気付いたときには別人としての人生を再会していた。

時代的には過去。ではその時代の自分は存在していたのかというと、どうやら完全な同一時間軸と言うわけではなく、何等かのパラレルワールド的な世界に再誕したらしいという事がわかった。

しかも話はそれだけではない。どうやら自分が生まれたその世界は、嘗ての世界において創作の中で語られていた世界に酷似している事に気づいたのだ。

またそれと同時に、再誕した新しいく、そして厳しい世界を生き抜く中で、自分には人為らざる力が宿っている事に気づいた。

その力を使って世界を生き抜き、その果てに『勇者達を母なる大地へ送り返し』、自らは世界の狭間を永遠にたゆたう。これが田中葵と言う存在の生涯にして終焉である筈であった。

 

ところが此処で一つ、想定外の事態が発生した。いや、もしかするとそれは、葵と言うイレギュラーを受け入れた世界にしてみれば、ある種当然の帰結であったのかもしれない。

永遠の狭間をたゆたうのだろうと、そう覚悟していた葵の前に、一両の鉄道が突如として現れたのだ。

当時葵が存在していたその空間は、重力も大地も無く、既に滅び行く宇宙、いや宇宙すらも存在しない虚無そのものだったのだ。

そんな虚無に突如として鉄道が現れる。これがどれ程シュールで突飛な出来事であったが。正に当人にしかわからないだろうこの感覚。

そうして呆然とその列車を見ていた葵の前に、その列車の車掌と名乗る男性が現れ、「良ければ我々と来ませんか?」なんて如何考えても場違いでしかない勧誘を掛けてきたのだ。

永遠の虚無と未知への旅立ち。現れた新たな選択肢。葵が選んだのは当然後者であり――。

 

「それが、このカレイドライナーだった、と」

「そういうわけだ」

そうして葵はこのカレイドライナーに乗って、三千世界を旅する旅路に参加することと成った。

このカレイドライナーとは、異次元超時空を渡る旅する鉄道であり、ありとあらゆる時間、平行世界を走破する次元の鉄道なのだという。

そのとき既に人の領域を超えていた葵は、この鉄道と共に様々な世界を巡り巡ってきたのだ。

「(何処から突っ込めば良いんだろう。多重転生トリッパーってなんだよ? 世界を超える電車って電王か、ってところかな? それとも勇者???)」

「……な? かなり胡散臭い話だろう?」

「ええ、まぁ、確かにかなり胡散臭い話ですね。でも、仮にそれが事実だと仮定した場合、葵さんは異次元から来た人間なんですよね? じゃぁ、なんでこの世界の魔法使いの事情に詳しいんですか?」

「あー……それは……」

嘗て葵が異能を得る前。一番最初の人生、最も無垢だった頃。その時の葵は、社会人でありながらオタク、所謂オタリーマンと呼ばれる人種であった。

そんな葵は多くのサブカルチャー知識を持っており、それ故に最初に生まれ変わったとき、その世界が嘗て見知ったアニメの世界に酷似している、という事に気付いたのだ。

そして更にカレイドライナーに出会い世界を旅するうち、あの一番最初に葵が生きていた世界。その世界に存在していたサブカルチャー、それに酷似した世界が多数存在していたのだ。

「つまり、この世界も……その、あなたの世界のサブカルチャーに似た世界だ、と?」

「ん……まぁ、胡散臭い話だけどね。後付け加えるなら、俺の持ってる異能を使って調べた情報……まぁ、事実のすり合わせっていう面もあるね」

「異能……そういえば、何か言ってましたね」

「あぁ、俺の異能で、エヴォリュダー能力だね。ジェネシックなオーラだったり、機械に融合して操るだったり」

「……ガガガ、ですか?」

何処かで聞いたエヴォリュダーという言葉。何処で聞いたのだったかと脳裏をひっくり返す千雨だったが、この世界でもそこそこ有名な某作品を思い出し、その愛称をつぶやいた。

千雨自身はああいう熱血だとか勇気だとか、そういう暑苦しいのはそれほど好きではない。けれども、ネットワークを闊歩する彼女は、ある程度の話題づくりのためにも、そういった類の知識も色々と集めていたのだ。

「あれ、この世界にもあるの?」

「えぇ、まぁ。確かあれって、最後別の宇宙に閉じ込められて終わるんでしたっけ?」

「そそ。本当なら放置して生き延びる心算だったんだけど、何だかんだで関わっちゃってねぇ」

結局ガッツリと介入し、結果自分以外の全員を地球へと送り届けたのだ、と。

なるほどと千雨は頷く。確かに出来の悪い創作、それもコレは二次創作だ。いや確かに私だって勇者達の地球帰還は望んだけどさ。

「話を戻すけど、この世界も一番最初の世界に似たような漫画があってね。そこそこ有名だったから覚えてたんだけど」

「その、漫画っていうのは?」

ゴクリ、と知らず嚥下する。

 

 

「――『魔法先生ネギま!』、だよ」

 

 

 




■田中 葵 Aoi Tanaka
転生多重トリッパー。犯罪結社やら侵略者やら勇者やらが闊歩する地球に転生した人。生まれながらセミ・エヴォリュダーな能力を持ち、二十歳の頃に完全にエヴォリュダーとして覚醒する。割と早期に自分がいる世界の事に気づき、原作に関わらないように過ごしていたのだが、何だかんだで巻き込まれ、結局見捨てる事ができず、最終的に勇者達を地球に押し返し、自分は異次元に取り残された。
――が、其処をカレイドライナーに拾われ、そのまま三千世界を巡る旅に出た。
技術者タイプで、様々な世界を巡って得た技術を蒐集している。コミュニケーション『能力』は雑。火がつくのは遅いが、一度着いたら延々燃え続ける性質。
戦闘能力はかなり高いが、装備に依存する面もあり、カレイドライナーのルール「持ち込み制限」により大分力が制限されてしまっている。

■長谷川千雨
子供先生のストレスを発散させるべく徹夜した結果、寝不足な頭で不用意に不審者に接触し、その結果知らなくても良い世界の真実を知ってしまった哀れな少女。

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