超次元特急カレイドライナー   作:朽葉周

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00 公園の怪(しい)人

 

 

その日、長谷川千雨は寝不足の頭を抱えて、フラフラと千鳥足のまま寮の自室へ向けて歩みを進めていた。

「くそぅ、あの非常識め……」

事の成り行きは実に簡単で、前年度から教育実習として着任し、何時の間にかわがクラスの担任にまでなってしまった某子供先生が原因だ。

彼の巻き起こす非常識に、自称常識人である長谷川千雨は、騒動のたびにストレスに胃を痛める生活を送っていた。

そんな彼女の幾つか持つストレス解消法。その一つに、ネットアイドルとしてのコスプレ活動と言うものがある。

昨日の千雨は、相も変らぬ非常識事件にストレスを抱え、それを発散すべく散々にコスプレをし、その写真をブログに上げてストレスを発散していたのだ。

その結果として今日、前日のハッスルが祟り寝不足に陥ってしまったわけだ。

授業中に寝るという醜態こそ避けられた千雨だったが、休憩時間は全てダウン。今こうして自宅に向っている最中にも寝てしまいそうなほどにふらふらになっていた。

「あー、しまった、コーヒーでも買っときゃ良かったか……」

眠い目を擦りつつ、このままでは不味いと周辺を見回して自動販売機を探す。そうして見つけた自動販売機。財布から小銭を取り出し、適当な缶コーヒーのスイッチをプッシュ。

ガシャリと音を立てて取り出し口に落ちてくる缶コーヒー。それを手に取った千雨は、何処か落ち着ける場所は無かったかと周囲を見回して、そうしてすぐ傍に丁度良さそうなベンチが有る事に気づいた。

コレ幸いとベンチに腰掛ける千雨。プルタブを指で起し、缶コーヒーに口を付ける。

市販の量産品独特の安っぽい苦味と甘さに脳を刺激されるような感覚を感じつつ、小さく息を吐いてぼんやりと周囲を見回す。

そうしてふと視線に付いたのは、ベンチの近くに設置されている公衆電話に立ち寄る一人の男性の姿だった。

年の頃20台くらい。麻帆良大の大学生だろうその青年だが、千雨が興味を引かれたのはその大学生本人ではない。

この麻帆良、学園都市という性質上その居住者は七割方が学生というかなり風変わりな土地だ。

自然人口数も多く、この都市では連絡手段として携帯電話は必須となる。

だというのに、千雨の視線の先の彼は、携帯電話を使うでもなく、今日珍しくなった公衆電話に立ち寄っているのだ。

携帯電話を落としたのだろうか、と考えた千雨は、自然つられるようにその公衆電話に立ち寄る彼へと視線を向けてしまう。

そうして見えた公衆電話の風景。電話機の前に立つ彼は、受話器を片手にもう片手を電話機本体の上に、まるで子供の頭をなでるかのように軽く乗せているのだ。

「……ん?」

いや違う。違わないのだが、それだけではない。

千雨は伊達めがねを掛けている所為で視力が悪いのかと思われがちだが、その実彼女の『眼』はとても良い。それこそ鬼眼だとか浄眼だとか言われるくらいには『良い眼』をしているのだ。

そんな彼女だからこそ見えたのかもしれない。受話器を持つ手とは反対の、電話機本体の上に置かれたその青年の手。

その青年の手から、まるで根を張るようにして奇妙な筋が電話機に繋がっているのを。

「あー……なんだっけ?」

寝不足のアタマで千雨は考える。確かあんな光景を何かのアニメで見たような。

そう、あれは確か主人公がナノマシンで変身するアニメ、そう、ペイルホースとか言うナノマシンで。

「そうそう、ブラスレイターだっけ?……えっ?」

そう呟いた千雨は、自分で呟いた言葉に改めてぎょっとする。

――いやいやいやいや、待て、待て千雨。そんな馬鹿な。アニメじゃ有るまいし。

きっと見間違いだ。寝不足なアタマで何かを見間違えたのだ、と、自らにそう言い聞かせて。

けれどもその日、きっと千雨は運が悪かったのだろう。朝の血液型占いを見ていたなら、きっと彼女の血液型であるB型は最下位で遠まわしな褒められ方をしていた事だろう。

「えっ?」

千雨の声に反応したのだろうか、そんな言葉と共に彼女のほうへと振り返る青年。

そんな青年にまさか本物? と思いつつも、けれども千雨は不意に気付いてしまう。

「えっ」

「あっ」

千雨の視線の先。其処には、こちらを振り返る青年と、その青年の左手の掌にプランプランとぶら下がっている公衆電話本体。

やっぱり根っこ張ってたのか、と何処かぼんやりと考えながら千雨の脳裏には、オタクらしく即座にブラスレイターに関する基本的な情報が浮かび上がってきた。

先ずブラスレイターは、闘争本能によってその能力を制御するため、基本的に喧嘩っ早い連中が多い。

そしてブラスレイターの能力は、血中に宿るペイルホースと呼ばれるナノマシンによる物だ。空気感染こそ無いが、接触すればそれだけで感染する可能性がある。

「……見なかったことにしてくれる?」

グルグルとそんな事を考えている千雨の視線の先。そっと何事も無かったかのように電話機を台に置きなおした青年は、千雨に向けてそんな事を行ってくる。

イヤイヤ見なかったことになって出来な――いや待て、見なかったことにしなかったとして、此方に何かメリットはあるのだろうか。逆にコレを口外した場合、目の前の彼は間違いなく私に対して口止めをしてくるだろう。

ふと脳裏に蘇るのは、何時かに見たアニメの映像。血みどろのグチャグチャになって、感染したら感染したでデモニアックになって狂気に奔る……

「……きゅぅ」

寝不足でフラフラのアタマに無理矢理カフェインを投入して、変にハイになっていた千雨。

貧血気味でもあった彼女が、更に血色の悪くなるような想像をした結果、当然の帰結として彼女はそのままベンチの上で卒倒したのだった。

「えっ?! ちょ、おま、救護班! 衛生兵!!」

そうしてひと気の無い公園で、卒倒した千雨を抱えて慌てふためく青年が一人残されたのだった。

 

 

 

――公衆電話で情報収集していたら、少女に気絶されてしまったでござる。

彼、田中葵の心境を一言で表すなら、正にこの一言であった。

事の次第は彼のミスから始まる。ひと気の無い公園の一角に設置された公衆電話。これに『融合』して情報収集をしているところを一般人に見られてしまったのだ。

この世界における文明レベルは2000年代一桁。なにやら魔法文明が暗躍しているこの世界だが、少なくとも葵のような抜きん出たSFは存在していない、あるいは表になっていない。

そしてその事に慌てた葵は、落ち着いて誤魔化せば良いものを、慌てて公衆電話の本体を融合したまま動き、手に公衆電話がガッチリ根を張っているところを少女に見られてしまったのだ。

更に慌てた葵はなんとか少女に口止めを測ろうとしたところ、少女は何を思ったのかそのまま気絶。

「……これって、完全に不味いよなぁ……」

1.ひと気の無い公園で

2.意識の無い女子中学生が

3.身元不明の青年に抱えられている。

「……(俺なら即座に通報するコンボだよなぁ、これ)」

如何した物かと頭を抱えて、とりあえずこのまま此処に少女を放置するのは不味いと考える葵。何せ時間は夕刻。少女も学校の帰りだったのだろう時間だ。

こんなところに放置していては、少なくとも風邪を引いてしまうし、最悪変質者に――なんて可能性もある。まぁ治安の良い麻帆良で早々そんな事は起こらないとも判断できるのだが。

さて如何した物かと考えたところで、結局選択肢などほぼ無い事に気づく。葵が外道で無い限りは、放置せずに誠意をもって対話するしかないのだから。

やらかした事に小さくと息を漏らした葵は、改めて気合を入れなおし、気絶してしまった少女をゆっくりと抱き上げる。俗に言うお姫様抱っこと言うヤツだ。

更に片手に少女のバッグを持った葵は、そのまま右手首に装着された時計のような物を弄り、光と共にその場から消えうせたのだった。

 


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