吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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第6話

結局、夕暮れ時まで捜索したが影も形も見つけることは出来なかった。

 

ただ、一つだけ分かったのは狂暴であることだけだ。

 

森の中の一角で木々に生々しい爪痕や破壊痕が残っていた。

 

この生物が街に出て暴れると大変なことになることはすぐに分かったので忍さんたちに注意を呼びかけておこう。

 

少なくとも何も知らないよりは安全だろう。捜索は一旦切り上げて夜にまた捜索に出ようと思う。これは叔父よりも危険だと判断したからだ。

 

すでに叔父の件で迷惑をかけてしまったのだそのお詫びとまでは言わないがせめて身近な安全確保には貢献したい。

 

何よりもよくしてもらったのだからそれぐらいはしたい。それ以外に俺が出来ることは無いから。

 

とりあえず、家に戻ろう。夕食時に注意だけしてその後はまた捜索に出よう。

 

それに……血の補給もしないと段々と人が血の詰まった餌に見え始めて来ちゃってる。

 

健康そうな人を見るとどうも美味しそうという感想が喉から出そうになってる。我慢だ……我慢しないと家に戻ったら部屋に夕食の時間まで引きこもらないと……。

 

忍さんたちの血が……飲みたくなりそうだ。

 

それだけは何としても避けないと……露見しちゃう……露見したら……俺は……。

 

 

● ● ●

 

 

急いで屋敷まで戻ると俺は窓から部屋の中に入り、部屋の扉の鍵を閉める。

 

「ふぅ……これで少しは安心かな」

 

鏡に映った自分の瞳は紅く爛々と妖しい輝きを放っている。

 

無意識の内に魔眼まで発動しているようだ。

 

俺は慌てて無意識の内に発動していた魔眼を抑える。

 

再び鏡を見ると普段通りの紅い瞳に戻っていた。

 

これで大丈夫だと思う。魔眼が発動していた分が無くなったから少しだけ吸血衝動が落ち着いてきた。

 

多分、吸血衝動が出たのは魔眼と変身を長時間併用していたからだと推測される。

 

普段はまったく併用して異能の力を使わないから予想より多くのエネルギーを消費したのだろう。

 

危なかった……気がつかなかったらそれこそ本当に忍さんたちに迷惑をかけていた。

 

そうならなかったことに対して安堵の息が漏れる。

 

よかった……本当によかった。

 

その事に涙が出そうになる。化物だと悪魔公(ドラクル)だとバレなくて済んだことに対して……。

 

ああ……醜いなぁ……本当に……一人になりたくないからって必死に隠そうとする自分が。

 

「ハハハ……」

 

乾いた笑い声が出る。

 

「大丈夫……俺は大丈夫……」

 

そう自分に言い聞かせる。そうしないと不安になる。誰も知らないから。

 

俺の本来の()を……変身能力などではない本当の力のことを……。

 

氷村の家で悪魔公(ドラクル)と言われ俺が忌み嫌われる本当の所以の力を……。

 

きっと、いつか知られるであろうことだけど……知らないで欲しいな。

 

切実にそう思う。知られたらきっと……それに関連することすべてを知られることになるから……。

 

そうなったらきっとまた一人だ……。

 

嫌だなぁ……一人は……寂しいから。

 

氷村の家で生活が思い出される。忌み嫌われ陰口を叩かれ……ありもしない噂が広まっていく。

 

否定しても誰も信じてくれない……。

 

…………寝よう。寝れば忘れられるし何も聞こえない。安息を得られる。

 

ベットに横たわり布団を被り目を閉じる。

 

どうか……目が覚めたときは少しでも優しくありますように……。

 

 

● ● ●

 

 

パチリと目が覚める。

 

今は何時だろうか? 時計を見ると九時を過ぎていた。

 

思ったよりも寝ていたようだ。

 

部屋の扉の鍵を開けて廊下に出ると夕食と血の入ったパックが置いてあった。

 

そして、その側には張り紙が貼ってあり、その内容は……。

 

『眠っているようでしたので夕食はここに置いておきますね。食べ終わったらこの場所に置いておいてください。後で回収しに参りますので』

 

ここに夕食を置いていってくれたのはノエルさんかファリンさんだろう。後でお礼を言いに行かないといけない。

 

俺は置いてある夕食部屋の中に運び入れるとテーブルに置いていく。

 

ノエルさんやファリンさんのように素早く並べることは出来なかった。

 

夕食に口を付けると料理は覚めていたが暖かかった……そう心が暖かかったのだ。

 

誰もこんな風にしてくれなかったから……嬉しく感じる。

 

ありがとう……直接言いに行くが今は心の中だけで言っておく。

 

やっぱりここは居心地がいい……。この居心地のよさを壊したくないなぁ……。

 

今は食べよう。それからイタチ? の監視と謎の臭いの主の捜索を再開しないと。

 

そして、夕食を食べ終わると元あった場所に食器を置いていく。

 

「ご馳走さまでした」

 

誰にも聞こえていないだろうけど言っておく。

 

部屋に戻ると扉の鍵を閉めて窓を開ける。

 

「……行ってきます」

 

体を蝙蝠に変えると俺は窓から外に飛び出して行った。

 

 

● ● ●

 

 

「…………何があったんだ?」

 

街に近づくにつれてサイレンの音が聞こえてきた。

 

本当に何があったのだろうか? 不思議に思いつつも近づいていくと半壊した動物病院の姿があった。

 

「……は?」

 

予想だにしなかった光景に間抜けな声が出てしまった。

そこから、アスファルトが大きく捲られたり傷をつけられたブロック壁が等が見えた。

 

その方向に進んでいくとあの臭いを感じた。

 

それに混じって他にも幾つかの臭いも混ざっている。

 

そして、破壊痕は途中でぱったりと消えてしまっていた。

 

同時にあの臭いが消えて二つの臭い飲みがこの場所から移動したのが分かった。あの臭いの主はどうなったのか分からないが……二つの臭いは移動していることからあの臭いの主を撃退か何かしたのだろう。

 

危険だ……この二人がもし、すずかたちに牙を剥くような存在だったら……。

 

俺はこの場から離れた二つの臭いを追って飛んでいく。

 

危惧する存在であったなら……俺は……。

 

姿を蝙蝠から大鷲の姿に変えて移動速度を上げる。

 

そして、臭いの先は……翠屋に続いていた。再び姿を蝙蝠に変えると二階の窓の傍に近づいて明かりの点っている部屋を覗く。

 

そこにはなのはとイタチ? の姿があった……。

 

あの一人と一匹が犯人か。

 

なのははすずかの友達だったはずならすずかたちに危険が及ぶことは無いか……ただ、あのイタチ? だけは別だ。

 

明らかに人の言葉を喋っている。

 

魔法が何やら話している……怪しい……あのイタチ? は怪しい。

 

叔父の捜索を中断してでも、調べる必要があるかもしれない。あのイタチ? は何だ?

 

改めて思う。あれはイタチ? に化けた異能力者なんじゃないかと……。

 

危険……あのイタチ? のことを調べないと。叔父はしばらくは動かない可能性があるから目先の危険かもしれない存在の監視に入る。

 

危険ね……俺が一番危険人物かもしれないのに……何て皮肉だろうか。

 

それでも、やらなくてはならない。

 

今日みたいなことにならないように気をつけてだが……。あの状態にならないようにしないと……。

 

あの状態の姿を見られたら確実に……バレる。

 

それが一番恐ろしい。俺にとっては少なくともどのような異形よりも恐ろしいことだ。

 

とりあえず、今は戻ろう。

 

そして、明日に備えるべきだ。幸いなことに居場所は判明したのだ。今はこれだけでも十分。

 

踵を返して俺は家に戻っていった。

 

 

● ● ●

 

 

翌朝。

 

ノエルさん、ファリンさんに昨日のお礼を言って、忍さんとすずかを見送り、ノエルさんのお手伝いをしてから家を出た。

 

大鷲の姿で翠屋の二階付近に近づいてなのはの部屋を覗くがイタチ? がいない。

 

「何!……まさか、昨日……俺がここにいたのがバレて隠れたのか?」

 

もし、そうだったら……いや、まだそうと決まったわけじゃない。

 

ともかくイタチ? を探さないと!

 

俺は慌てて飛び上がった。

イタチ? がいる可能性がある場所は……やはり、なのはの傍か?

 

安全のために寄生先の人物と一緒に行動する可能性も考えられる。

 

もし、そうならすずかやアリサが人質に取られたことになる……。

 

俺の早とちりの可能性もあるから落ち着くべきだ。

 

いざとなったら……燃やせばいい。突然、火の手が上がれば慌てるはずだ。

 

その隙にすずかたちを救出すればいい。

 

いざというときの救出プランを考えながら学校に向かって飛行する。

 

「……見えてきた」

 

学校が見えてきた。校庭には生徒の姿が無いことから今は休み時間では無いことがわかる。同時に体育の授業でも無いということだ。

 

すずかたちが授業をやっている教室を飛びながら探す。

 

当然、授業を受けている生徒たちに見つかり授業の妨げになってしまう。

 

それは若干心苦しいが……すずかたちの安全のために目をつむる。

 

そして、アリサの姿を見つけた。さらになのはの姿もだ……すずかはと……おお、いた!

 

ちゃんと黒板に書かれたことを写している。

 

教室が覗ける場所に止まる。教室の窓から中の臭いが流れてくる。その中に……。

 

「……見つけた」

 

あのイタチ? の臭いを見つけた。

 

臭いの濃さから考えるに教室の中にいるのだろう。

 

厄介なことだ。これでは迂闊なことは出来ない。

 

これもすべてあのイタチ? の計算の上での行動なら……決めつけるのは早計か。

 

これから判断すればいい。危険か危険じゃないかを。

 

ただ、教室内から好奇の視線に晒されるのは勘弁願いたい。

 

特に昨日この姿を見ているアリサの反応が顕著だ。ただの鳥じゃないって感じの表情になっている。

 

まあ、怪しまれたのだからしょうがない。

 

このまま、お昼まで待つことにしよう。

 

 

● ● ●

 

 

お昼になったので屋上へ向かう。

 

そこなら生徒が上がってこないだろうと思って来たのだが……。

 

「それにしてもそれって本当にフェレットであってるの?」

 

イタチ? に懐疑的な視線を向けつつお弁当を食べるアリサ。

 

「キュ、キュー」

 

何故か鳴き声を上げるイタチ? まるで自分がフェレットですと返事をしているようだ。

 

俺は屋上で休んでいたのだがすずかたちが来てしまったので給水タンクの上から鷲ではなく鳩の姿になってイタチ? いやフェレット擬きの観察を行っている。

 

「た、多分、突然変異種なの」

 

苦し紛れの説明ともとれるなのはの説明をジト目でフェレット擬きを見ているアリサが「ふ~ん」と、とっとと吐きなさいと言うような返事を返す。

 

すずかは割れ関せずと言うように少しずつお弁当を摘まんでいる。

 

「それにしてもよく見つかったわね」

 

「そうだよ。昨日は大変みたいだったし」

 

「そ、そうなの。偶々ユーノくんを見つけたの」

 

フェレット擬きの名前はユーノ……。

 

これから対象をユーノと呼ぶ。偽名の可能性も考えられるが現在からユーノと呼称する。

 

彼だか彼女だか分からないがユーノの目的はなんなのだろうか?

 

先ずはそれを探らなければ。

 

フェレット擬きの姿をして人の目を欺き何を狙っているんだ? なのはの家族を狙っているのか……それとも、すずかたちを狙っているのか……。

 

どちらにせよ……昨日の件と無関係ではあるまい。もしくは昨日の感じたあの臭いの主が擬態した姿なのか? その可能性も否定出来ない。

 

だか、臭いは三つあったからその可能性は限りなく低い。

 

謎ばっかしある……。こういうのはミステリー小説だけで十分だ。

 

一度……強襲して反応を見ておきたいところだがアリサやすずかがいるため出来ない。なのはは昨日ユーノと話していたことからユーノ側なのだろう。

 

とりあえずは現状維持にとどまる他ないか……。

 

ユーノの行動を逃さないようにその動き一つ一つを観察するのだった。

 

 

● ● ●

 

 

観察結果……怪しいところはあるが危険かは分からない。何か特別な力を持っているようだがそれが何かは不明。

 

使う兆候もなく静かに過ごしていることから現在は暴れるつもりは無いようだ。

 

観察は以後も継続する。

 

安心出来る要素が一つもない。もしかしたら俺が見逃してるだけの可能性もあるが……。なのはの様子を見るにユーノ自身は危険では無さそうだ。

 

時折アリサからの視線から逃げるがそれはしょうがないと思う。穴が空きそうなほど見つめられたら誰だってそうするだろう。

 

ユーノは教室で問題を起こすことはなかった。これによりユーノはフェレット擬きであるが、知能は最低でも人間と同等であることが判明した。

 

俺たち夜の一族と似たような一族の出身である可能性が浮上。だが、そのような一族の情報が無いためこれの可能性は限りなく低い。

 

ただ、ユーノの反応から見るに彼又は彼女は人間とそう変わらない生活を送っていたことが推測される。

 

動きにやけに人間じみたものがあるのでその可能性は高い。

 

忍さんに報告する必要がある。忍さんの恋人の妹と言うことは将来の忍さんの妹となる予定のなのはに関わることなのだ。報告しないと言う選択肢は無い。

 

より、詳細な情報を集めなくては昨日のこともあるので確実性の高い情報にしたい。

 

現在、確実なのは……ユーノが人間と同程度の知能を有しており、その生活様式は人間と変わらない可能性があることぐらいだ。

 

一番大事な安全な存在であるかの証明が出来ていない。

 

やはり、詳細な情報を集めるためには学校が終わってからの必要がある。学園内にいたのでは探れることが少ない。

 

調査は学校が終わってからが本番となるだろう。

 

 


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