吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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第34話

夜。

 

某ビルの屋上。

 

下には家に帰るために移動している人たちの姿が見える。

 

「……集まった頁は三百と少し」

 

「この付近の世界は全て収集したから少し離れた世界に行かないと収集出来ないか」

 

「そうね……また、はやてちゃんに心配をかけちゃうわね」

 

「それも致し方あるまい。これしか方法がないのだからな」

 

ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラの四人がそんな会話をしている。

 

「だったら……とっとと行ってくれば? 早く終わらせて戻ってくればいいじゃん」

 

四人の背後からそんなことを言う。

 

「……わかってるよ……それぐらい」

 

ぶっきらぼうにヴィータが言う。

 

言うだけなら簡単だ。実際に魔力を収集してくるのはヴォルケンリッターの面々なので、俺にはどんな苦労があるのかはかり得ない。

 

「とりあえず……俺の魔力でも収集しておく? 収集活動では役に立たないんだし。三、四頁ぐらいなら埋まるんじゃないかな」

「いや……それは今は止めておこう」

 

「え? どうして? 収集するなら早い方がいいんじゃないの?」

 

「ふむ。そうだが……私たちが主の傍にいられない状況で万が一の場合を想定しての判断だ」

 

なるほど。確かにそうだな。

 

「だから収集するなら私たちの誰かがしばらくの間はやてちゃんと一緒に行動出来る時じゃないと」

 

シグナムの意見を補足するみたいにシャマルが言う。

 

「しゃーねえだろ……いつまた発作が怒るかわからねぇんだから」

 

「……確かに」

 

皆に心配をかけないようにはやてはなんでもないように振る舞っているが、その事ははやて以外の面子にはばればれなのだ。

 

「そんなに発作の頻度が多いの?」

 

「ああ……数日に一回のペースだが、徐々に多くなってきている」

 

そうか……。

 

そうなると、なおさら目を離すわけにはいかないか。もし、ヴォルケンリッターの面々のいないところで発作が起こり、はやてが倒れたりすると大変だ。

 

「それじゃあ、俺から魔力を収集するの次の機会かな」

 

「ええ、そうなるわね」

 

その時はしばらく皆がいるのだろう。

 

ヴォルケンリッターたちにも休息は必要だ。プログラム体だとしてもその精神は人と変わらないのだから。

 

肉体的な疲労がなくても精神的な疲労はきっとあるだろう。

 

「それで……もう、行くんでしょ」

 

「……ああ、数日で戻る故に主に伝えておいてくれ」

 

「うん……いってらっしゃい」

 

ヴォルケンリッターたちの足元にベルカ式の魔方陣が展開される。

 

その数秒後……ヴォルケンリッターたちは地球から姿を消した。

 

闇の書を完成させるための収集活動を行うために。

 

「さて……また、はやては何か言ってくるだろうな」

 

絶対に、確実に、それはもう必然と言わんばかりに。まあ、それを誤魔化すのが役目だから文句はないんだけどさ。

 

はやてに何て言おうか考えながら俺は帰路についた。

 

 

● ● ●

 

 

翌日。

 

ヴォルケンリッターの皆が異世界に行った理由を適当にはやてに説明して納得してもらえるまでかなりの時間をようした。

 

嘘をついて騙すのも大変である。

 

今回はトレジャーハントということにした。

 

次の機会があるならモンスターハントとにするつもりだ。

 

魔力という宝を収集するという意味では間違いではないと思っている。

 

魔力を収集するために魔力を持つ生物を狩るのならばモンスターハントといっても問題はないだろう。

 

きっとヴォルケンリッターの皆はそれはそれは素晴らしい冒険譚を聞かせてくれるはずだ。

 

彼女らはきっとそう言う話の種ならばたくさんあるはず。

 

特にシグナムやヴィータならばなおのこと。

 

ザフィーラは……大自然的な話になるのか? シャマルは……正直にいってわからない。

 

活躍している場面が想像出来ないのだ。

 

本人が聞いたらしくしくと悲しそうに泣きそうだが事実なのだ。俺は悪くない。

 

きっと誰のせいでもないのだ。

 

「…………これはどういう状況?」

 

「猫と一緒に日向ぼっこ」

 

はやてに公園に行ってくると言って家から出た俺は公園に着くなり、猫に囲まれたので、日向ぼっこをすることにした。

 

そして、ぼけーっとしていると、公園の前を手提げ袋を持ったすずかが通りかかったのだ。

 

「そ、そうなんだ」

 

苦笑いをしながらもすずかは俺の方に近づいてくる。

 

すると、すずかの進行方向にいた猫たちがせっせと場所を移動するではないか。

 

完全にすずかを上位としているのが見てわかる。

 

さしずめ……女王すずかと言ったところだろう。

 

「ん?……どうしたの?」

 

「何でもないよ」

 

先ほど考えていたことを表に出さずに頭を左右に振る。

 

下手なことを言って機嫌を損ねたくないからだ。

 

「そう。ならいいんだけど」

 

そう言いながら傍に寄ってくるすずか。猫たちはモーゼの如く綺麗に整列してすずかの行く道をあける。

 

やっぱり、俺が思ったことは間違っていなかった。

 

女王すずか……。

 

……これって下手したら俺って猫たちにボコボコにされるんじゃ……。

 

そんな予感が沸々とわいてくる。

 

俺は猫たちを傷つけようとは思わない。そして、猫たちは……すずかのためなら俺に襲いかかってくるだろう。

 

多分、加減してくれると思うけど……これって詰んでない?

 

「何で猫たちに囲まれてるの?」

 

「さあ? いつの間にか寄ってくるんだよね?」

 

いつの間にか一匹、二匹と集まってきて徐々に囲まれていく。

 

そして、動けなくなる。

 

「好かれてるのかな?」

 

「どうだろう……それだったらすずかの方が好かれてると思うけど」

 

実際にここにいる猫たちはすずかの動きを妨害しないように動いてるし……。

 

あれ……もしかして俺って猫たちによって包囲されてる?

 

何故かそんな考えが唐突に脳に浮かんだ。

 

「そうかな?」

 

「そうだよ」

 

いまいち自信なさげだが、すずかが猫に好かれているのは確実だ。

 

すずかが好かれていないのであれば、俺はどうなんだ? って話になる。

 

「猫好きだし……好かれるなら嬉しいかな」

 

すずかがハニカミながらそう言うと同時に猫が数匹ほどすずかの足元に寄って甘え始めた。

 

うん。俺の言ったことはやはり間違っていない。

 

この光景を見て猫に好かれていないと言ったら確実にそいつの目がおかしいのだろう。

 

「それで、すずかは手提げ袋を持ってるけど何処に行くつもりだったの」

 

「図書館だよ。今日が返却日だから」

 

「そうなんだ」

 

「うん。それで蓮君は?」

 

「暇だから日向ぼっこ」

 

家にいても特にやることはないし、いたらいたで、はやてにオモチャ感覚で何かされそうだしね。

 

ここに本人がいたら……いい顔でやってくるんだろうな。

 

「そうなんだ。……だったら一緒に図書館に行かない?」

 

ここで俺に拒否権はなかった。

 

周りを囲む猫たちのプレッシャーとすずかの言うことにというかお願い? に逆らおうとする選択肢が出なかったからだ。

 

本能的にすずかの言うことを聞くことに何の違和感も感じない。

 

何故だかわからないが……それが自然に感じる。

 

「いいよ」

 

だからだろうか……その言葉が自然と口に出ていた。

 

すでに近くにいた猫たちは離れており、道を開けている。

 

本当に頭のいい猫たちだ。

 

ところどころで動きを先読みしている。

 

ニュータイプならぬニューキャットという存在か。

 

はやての家にあったガン○ムのDVD。

 

あれははやてが買ったものなのだろうか? 性格的にはお笑いの方のDVDを買っていそうなのだが……。

 

「それじゃ、行こう」

 

「うん。ここでゆっくりしてると遅くなっちゃうね」

 

パンパンとズボンを軽く叩くとすずかの元に近寄る。

 

そして、この場をすずかの少し後ろを歩きながら後にするのだった。

 

 

● ● ●

 

 

図書館に着くと俺はすずかが本の返却口へと歩いていくのを見送る。

 

わざわざ二人で返却口に行く必要はないだろうということでだ。

 

「おまたせ」

 

「うん。また、新しく本は借りないの?」

 

「借りるよ。でも、何を借りるかはもう決めているから」

 

「そうなんだ」

 

もう決まっているなら多分……シリーズものだろう。

 

「だから、一緒にお話しよ。もしかしたら蓮君の記憶も全部戻るかもしれないし」

 

「あ……そうだね。ほとんど思い出してたから、あんまり違和感がなくって自分が記憶喪失だってことを忘れてたよ」

 

笑うしかない。大半思い出してると記憶の欠落部分がほとんど気にならなくて、それ事態が記憶のすみに置いてかれちゃった。

 

「いやいや! そんな大事なことを忘れちゃ駄目だよ!? 」

 

そうなんだけどさ……もう……そこまで執着してないんだよね。

 

忘れたなら新しく覚えていけばいいって感じになっちゃってるから。

 

「あ~、うん……そうだね」

 

「本当に分かってる?」

 

疑り深い視線でそう言ってくるすずかの視線から逃れるように目を逸らす。

 

すると、すずかが俺の顔を両手で掴むとそのまま、すずかの顔の前に動かされる。

 

意外というか案外すずかは行動的なようだ。

 

「ちゃんと……私の目を見ながら言って!」

 

「……可能な限り善処します」

 

「むぅぅ……本当だからね」

 

「はい。嘘は吐きません」

 

嘘は吐かない。可能な限り善処するつもりだ。

 

しばらく、すずかがじっと俺の目を見て、嘘じゃないかを確かめていたが数秒ほど見つめると俺の顔を押さえていた両手が離れた。

 

「今回だけだからね」

 

その言葉に黙ってうなずく。

 

どうやら信用してくれたようだ。

 

ホッと一安心である。

 

記憶を失う前の俺とすずかの上下関係は完全にすずかが上位であることがこれで判明した。

 

こんなことで判明するこの事実は中々にひどいものだと我ながら思う。

 

思い出している記憶の中での俺のことをよくよく思い出していくと、それが本当のことであることがすぐに分かる。

 

すずかによって救われたのだ。

 

だから俺は―――

 

「席をとりに行こう。ずっとここにいると他の人に迷惑だから」

 

「うん」

 

誰であろうと……すずかに降りかかる火の粉を払わなければならない。

 

例え疎まれようが……俺にはそれしか出来ないから。

 

 

● ● ●

 

 

「……それでどんな話をする?」

 

席に座ると俺は正面に座るすずかにそう尋ねた。

 

壁際にある小さな二人までしか使用できない席がたまたま空いていたのでこの席を使用している。

 

四人やそれ以上の人数が使う席となると落ち着いて話が出来なさそうだからだ。

 

「そうだね……」

 

俺から出せる話題はない! とは言えないがギルらへんの話になるのでそれは避けたい。

 

もしかしたら、すずかを巻き込んでしまうかもしれないからだ。

 

ギルも関係ないすずかを巻き込むようなことはしないと思うが万が一のことを考えると名前を出すのはNG。

 

あの仮面を着けた人物が二人いるので、二人同時にいないときは安心出来ない。

 

「なら……昨日やっていた、ドキュメンタリー見た?」

 

「ドキュメンタリー……ああ! あれね。見たよ、子熊が大人になるまでを撮影したやつでしょ」

 

「そうそう。それだよ」

 

昨日の夜、はやてと一緒に見たやつだ。

 

「あのヌイグルミ見たいな感じが可愛いよね」

 

「うんうん。特にあのつぶらない瞳が」

 

大人になるとあのつぶらな瞳がなくなるので残念極まりない。

 

「だよね~。あの目でコロコロした動き、そしてちょっとしたドジ」

 

「あれは……見ていて和むよね」

 

思い出すだけでほっこりとした気分になれる。

 

子犬とか子猫とかも同様にだ。

 

子どもの動物は異様に愛らしい。まさしく癒し系。

 

「でも、大人の熊になっていくとワイルドになるよね」

 

「だね。素手で川を泳いでいる鮭を捕まえるだもん。そりゃあワイルドだよね」

 

きれいなフォームで一発で捕らえる瞬間なんか……特に何とも言えない。

 

「失敗しているところはところで見ていて和むんだよね」

 

「うん。あの微妙に落ち込んでる感じがまだ小熊であった頃を思い出させてくれてさ」

 

すずかも分かっているようでよかった。

 

お互いにそう感じたりするからこそ話が弾むのだ。

 

ナイスドキュメンタリー番組である。

 

「ところでさ……話は変わるんだけど」

 

なんだろうか? 何やらすずかが言いにくそうにしている。

 

「うん」

 

とりあえず、すずかの出方を見よう。そうしないとどうにも出来ない。

 

「もう少しでクリスマスだからさ……その日、家に来れる?」

 

「…………多分、行けるかな」

 

はやてにはあらかじめ言っておけばいいし、それに家族であるヴォルケンリッターたちと一緒の方が俺に気を使わないでリラックス出来そうだ。

 

特にヴォルケンリッターたちが。

 

立ち位置的に俺は味方だが完全に味方とは言えないポジションにいる。

 

そんな人物がいるよりも安心して楽しめるだろう。

 

「そっか……よかった」

 

ホッとした様子のすずか。

 

どうやら断られることも視野にいれていたようだ。

 

「それで、その日はすずかは家に直接行けばいいの?」

 

「場所は分かる?」

 

「それなら分かるよ」

 

思い出した記憶の中にある猫屋敷と言えるような家は一軒しかないのだから。


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