吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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第27話

ガチャリと扉が開くとエプロンを着けた金髪の一見、穏やかそうな女性が大型犬を連れて現れた。

 

しかも、大型犬は蒼くてこんな犬っていたっけ? と思ってしまう。

 

「これが手紙です」

 

そんなことはさておきと手紙を渡す。

 

「はい、どうも」

 

手紙を受け取ると金髪の女性--湖の騎士シャマル--でよかったかな? ギルの持っていた調査資料に載っていた外見的情報が正しければ。

 

それに……大型犬は盾の守護獣でいいはず。獣の姿だし……。

 

「……ザフィーラがどうかしました?」

 

「いえ、何の種類なのかと思って。蒼い犬って初めて見たんで」

 

犬って言葉にザフィーラがピクリと反応し、シャマルは苦笑している。

 

「そうですよね。ザフィーラはとても珍しい種類ですから」

 

珍しいで済ませるか……確かに変な犬種を言うよりも突然変異や珍しいって言った方がどうとでも誤魔化せるから都合がいいのだろう。

 

「そうなんですか……それでは用も済んだので行きますね」

 

一緒に生活しろとは言われていないので去ろうとする。

 

「あ、ちょっと待って」

 

すると、シャマルに何故か呼び止められた。

 

「何ですか?」

 

そう訊き返す。

 

「せっかくだからクッキーでもどうかと思って。昼間に作ったんだけど余ってて」

 

その瞬間明らかにビクッとザフィーラが震えた。しかも、心なしか冷や汗を流しているようにも見える。

 

「はぁ……まあ、貰えるならいただきますが」

 

そう言った途端、シャマルは嬉しそうに笑い、ザフィーラは犬なのに信じられないような表情をしている。なんと言うか……そう、命知らずの馬鹿を見るような感じだ。

 

「それじゃ、ちょっと待っててね」

 

意気揚々と家の奥に消えていくシャマルの後ろ姿を見送る。

 

そうなるとザフィーラと二人きりになるのだが……。

 

どうしよう。

 

なんとも言えない沈黙の中、シャマルが玄関に戻ってくるのを待つ。

 

一秒一秒が長く感じる。

 

「お待たせしました」

 

小袋に入れたクッキーを片手に持ちながらシャマルが戻ってきた。

 

色は黒い。焦げたような感じの色ではないのでチョコクッキーだと思う。

 

「あと、これもどうぞ」

 

そう言って渡されたのはクッキーと同じ色をしたマドレーヌ。

 

匂いはおかしくはないが何故だか食べたらいけないような気がするのは何故だ?

 

見た目、匂いからは危険性を感じないが本能が食べるなと警鐘をガンガンと鳴らしている。

 

「……いただきます」

 

俺はそのマドレーヌを一口食べた。

 

ん? 本能が鳴らす警鐘とは裏腹に意外と食べられる。多少苦いが思いっきり苦いわけではないのであまり砂糖を入れていないのであろう。中からは何故かトロッとしたクリームのようなモノが出てくる。

 

今、食べた分を呑み込む。

 

「どう?」

 

期待したような視線でシャマルが俺を見ている。

 

「ちょっと苦いで……ゴフッ……え? 」

 

突如噎せたと思もったら吐血していた。

 

何で……と思考が停止している間も咳は止まらない。

 

「ゴホッゴホッ」

 

咳をする毎に血が吐き出される。

 

やがて力が入らなくなり……視界が暗転した。

 

……まさか……毒を盛られるなんて。

 

それを最後に俺は意識を失った。

 

 

● ● ●

 

 

「……ん? ここは……」

 

気がつくとベッドの上に寝ていた。どうやら誰かに運ばれたらしい。

 

向くリと起き上がり、周囲を見渡す。

 

部屋の中には俺以外は誰もおらず、俺の荷物すらなかった。

 

服は着せ変えられており、誰かに着替えさせてもらったようだ。

 

それにしても……まさか、いきなり毒殺しにかかってくるとは思わなかった。

 

鼻も味覚も騙すあの手腕。並の使い手ではない。湖の騎士は毒使いなのだろうか? でも、騎士だから毒を使うとは思えないが……。

 

コンコン。

 

「あの~、起きてますか?」

 

申し訳なさそうに言いながらゆっくりと扉を開けて車椅子に乗った少女が赤毛を二つみつ編みにした少女を連れて部屋に入ってきた。

 

「どうも」

 

軽く頭を下げてそう言ってから改めて少女たちを見る。

 

一人は完全に申し訳なさそうでもう一人は警戒と申し訳なさそう半々であった。

 

「ごめんなさい! シャマルが迷惑をかけたみたいで」

 

「……狙ってやった訳じゃないならいいよ」

 

わざとじゃないみたいだし。

 

「すまねぇな。まさか、シャマルがあんな危険なモノを作るなんて思ってなかったんだ」

 

その本人の姿が見えないが……どうしたんだ?

 

「ああ、シャマルならシグナムってもう一人いるわたしの家族がお仕置きしてる最中や」

 

だからいないのか。それなら納得だ。

 

「再犯がないことを祈るよ」

 

切実にそう思った。記憶を取り戻す前に命を落としそうだし。

 

「ほな、行こうか。グレアム叔父さんのところから来たんならわたしのことは知ってると思うけど一応自己紹介はしておくわ。自己紹介は大切やしな。わたしは八神はやてや。よろしくな」

 

ほな、次やとはやては隣にいる赤毛の少女に目配せする。

 

「……ヴィータだ」

 

確か……鉄槌の騎士だったね。ゲートボールをやっている。そうなると……鉄槌のゲートボーラーと呼んだ方がいいのだろうか? そんなことを言ったら本人は怒りそうだ。

 

「俺は……適当にお前でも少年でも悪魔公(ドラクル)でも、好きなように呼んでくれ。現在、記憶喪失で本名が思い出せないから」

 

そう言うと何を勘違いしたのかはやてとヴィータが冷や汗を流し始める。

 

「あ、アカン……やってもうた」

 

「ど、どうするんだ……はやて。シャマルの奴やっちまってるぞ」

 

「主はやて、どうしました? それにヴィータまで慌てて」

 

二人が焦っているとそこにピンク色の髪をポニーテールに纏めた雰囲気的に凛々しい女性が現れた。

 

「シ、シグナム! 大変や! 大変なんや! シャマルがやってもうた……」

 

「主、落ち着いてください。ヴィータ、状況の説明を頼む」

 

「あ、ああ。実はなそいつ……記憶喪失になってるんだ」

 

「記憶喪失……!? 」

 

この場の状況と記憶喪失そして、シャマルと言う言葉からピン! と来たのだろうシグナムが急に頭を下げた。

 

「済まない! 昨日は私が出るべきだった」

 

「あ~、何か誤解されているようですけど……記憶喪失は梅雨ぐらいからですよ」

 

「「「は?」」」

 

……うん。先ずは、俺の現状から話さないといけないようだ。

 

 

● ● ●

 

 

リビングまで降りてくるとそこで改めて現在の俺の状況を伝えた。

 

ソファーに座るのははやて、ヴィータ、シグナムの三人。床に伏せるザフィーラ。そして、床の上で正座をしているシャマル。

 

「……とまあこんな感じです。うん、まいったね」

 

()()()()を浮かべる。

 

「なあ、何で作り笑いなんてするんだ?」

 

「だって……そうしないとこうなるからね」

 

俺は浮かべていた作り笑いを止める。

 

「人形見たいでしょ。感情を映さない瞳に変わることのない表情。そして、欠落した感情」

 

鏡を見る毎に思う。自分は人形なんじゃないかと。

 

ちょっとだけ戻った感情はほんの少しの寂しさ。

 

「……大変なんやな」

 

「そうかもね。色々欠落してるから苦には感じないんだけどね」

 

「それでこれからどうするんだ? 」

 

「記憶を取り戻すために色々回るつもりだよ。記憶が戻れば感情も戻るだろうし」

 

そのために日本に戻って来たんだから。

 

「そか……グレアム叔父さんの手紙にはきみのことを頼むってあったんよ」

 

「……ギルがね」

 

大方、はやての近くにいた方が闇の書を完成させようと守護騎士たちが動こうとしたときにサポートしやすいからだろうな。

 

「まあいいや、それよりも俺が持ってたバックは何処?」

 

「ああ、それならそこにあるぜ」

 

ヴィータが指差した方はリビングの端に置いてある観葉植物の隣だった。

 

そのバックを取りに立ち上がり、観葉植物のところまで移動する。その最中に思い出した。

 

鍵がない。

 

まあ、問題はない。どうせ安物の鍵だし。

 

バックの二つあるファスナーを動かないように止めている南京錠の鍵はデバイスの中なのだ。

 

デバイスは手元にない。なら、南京錠を壊すしかないだろう。

 

はやてたちの前まで戻ると再びソファーの上に座る。

 

それからバックを膝の上に置いて南京錠を掴む。

 

バキッ! と南京錠を壊してファスナーを開ける。

 

「ええと……」

 

ガサガサとバックの中身を漁って輸血パックを探す。

 

外から血を飲んでいるとバレないように輸血パックは市販されているゼリー飲料のパックを使っている。

 

「あった」

 

ゼリー飲料のパックを取り出すとそのキャップを開けて一気に飲み干す。

 

新鮮さは皆無だが、血は摂取できるので我慢だ。

 

飲み終わったのを見計らってはやてが話しかけてきた。

 

「なあ……壊す必要あったんか? てか、何で壊せんの?」

 

「鍵がなかったから。あと、壊せるんだから仕方がない」

 

ゼリー飲料のパックの蓋を閉じるとバックからビニール袋を取り出して中に入れる。そのビニール袋はぐるぐる巻きにしたあと再びバックの中に入れる。

 

「そか……」

 

疲れたようにそう呟くとはやては一回溜め息を吐いた。

 

「なあ、お前は魔導師なんだろ?」

 

今度はヴィータがそう言ってきた。

 

「なった覚えはないんだけど」

 

魔導師になった覚えはない。魔法を使えるように仕込まれはしたが……

 

「はあ!? 嘘吐いてんじゃねぇぞ!」

 

「だって、ギルに仕込まれただけだし」

 

「グレアム叔父さんが?」

 

「そうだよ」

 

「何で?」

 

「知らない」

 

ギル本人はその方が都合がよかったからでしょ。何が目的なのかは分からないけど。

 

それでも闇の書が関係してるのは確かだ。

 

「では、我々のことは何処まで知ってる?」

 

「ギルの調査によると……全員が現在状何を趣味にしてるとか何の役割をしてるか位じゃないの? それも夏時点だったから今はどうか分からないけど」

 

完全に表情を凍らせる八神家一同。

 

特にヴォルケンリッターたち。はやては……ヴォルケンリッターたちほどではない。

 

「まあ、ギルの変態的調査の結果みたいだから気にしなくてもいいと思うよ。完全に黙認してるし」

 

「……そうなんか?」

 

「でなければとっくの昔に何らかしらのアクションがあったでしょ」

 

「……そやね」

 

安心したのかホッと一息吐くはやて。

 

「あの~」

 

「何でそんなに元気なの? 昨日あんなに血を吐いていたのに」

 

シャマルがおずおずとそのようなことを言ってきた。正座が辛いのかその表情はかなりひきつっていた。

 

「あ~、あれね。防衛本能が毒に汚染されたのを血ごと吐き出しただけだから」

 

「昨日のはそんなレベルではなかった。明らかに致死量だったぞ」

 

「……ザフィーラが喋った」

 

てっきり喋らないとばかりに思っていたので意外だ。

 

「あの倍は厳しいが、あれぐらいなら問題ない」

 

監禁されていた時に比べればだが。

 

「……いや、もうそれは人間じゃねぇぞ」

 

 

● ● ●

 

 

話はまだ続きそうではあったのだが、シグナムが剣道の講師としてのバイトに行く時間となってしまったのでお開きとなった。

 

話はシグナムが帰ってきたら再開と言う運びである。

 

「なあ」

 

「ん?」

 

「デバイスを返せとは言わないのか?」

 

デバイス…………あ、忘れてた。

 

「おい……もしかして忘れてたのか?」

 

「忘れてた」

 

「おいおい」

 

「だって……基本的に必要のないものだし」

 

日常的に使うなら話は別なんだけど……そんなことはないしね。

 

「まあ、確かにそうだろうな」

 

「そうそう」

 

縁側に腰かけて空を見上げる。

 

天気は晴れで風もそれなりにあるから洗濯物はよく乾くだろう。

 

はやてとシャマル、ザフィーラは買い物へ俺は出かけるのではなく縁側にヴィータはリビングから俺を監視中?

 

「……ゲートボールはやりに行かないの?」

 

「ん? 今日はないんだよ。あるのは明日だ。興味あるのか?」

 

「ん~、分かんない。記憶が戻るならやるだろけど……」

 

「えらく記憶を取り戻すことに執着してるな」

 

「……これしかないからね」

 

今の俺にある執着心と呼べる感情のほとんどが記憶を取り戻すことに向いているから仕方のないことだ。

 

「そうか」

 

それっきり沈黙が流れる。

 

ザザザと風に揺れる木葉の音がこの場に流れる唯一の音。

 

「……いつまでいるつもりなんだ?」

 

「とりあえずは記憶が戻るまでか……俺のことを知ってる人がいてその人が引き取ってくれるまでかな」

 

俺のことを知ってる人がいても多分、襲ってくる人だろうな。

 

「出ていくとは言わないんだな」

 

「出てってもいいんだけど……ギルが手紙ではやてに俺のめんどうを見るようにって書いてるからね」

 

「書いてなかったらどうしたんだ?」

 

「野宿」

 

これ一択しかない。

 

「……泊めるしかねぇのかよ」

 

「嫌なら追い出してくれても構わないよ」

 

「それだとはやてに怒られるじゃねぇか」

 

「ごめんね」

 

「……そんなこと欠片にも思ってないクセに」

 

拗ねたように小さく呟くヴィータの声が聞こえた。

 

だったら……言わなかった方がよかったかな?

 


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