吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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第26話

仮面を着けた人物の性別は男だと思うが……見た目だけだったらいくらでも誤魔化す方法はあるので完全に男だと決めつけることは出来ない。

 

うーん……猫を掴んだままで口を割らせることは出来るだろうか?

 

相手が弱ければ出来るだろうけど……さっき不意を突かれてるから弱いはずないしなあ。

 

そう考えていると仮面を着けた人物が駆け出してくる。

 

「……仕方がないか」

 

俺は駆け出してきた仮面を着けた人物に向かって捕らえていた猫を投げつけた。

 

「っ!?」

 

驚き動きが鈍くなる仮面を着けた人物。

 

「にぁ!? にゃ――!!」

 

猫は猫で悲鳴を上げている。

 

仮面を着けた人物に猫がぶつかりそうになるが仮面を着けた人物は……普通に避けた。

 

それはもう綺麗な動作でサッと自分に向かって飛んできた猫を避けた。猫に関してはショックを受けたように一鳴きするとそのままゴミ箱の中に吸い込まれるようにして入っていった。投げた自分が思うのも何だが哀れだ。

 

そして、仮面を着けた人物は気にしたような様子もなく自然体である。

 

ものすごい余裕である。それも当然だと思う。

 

相手は確実に格闘訓練等をしている熟練者だろうし、俺は訓練とか全くしてない能力頼みだし。

 

純粋な格闘のみだったら確実に勝つことは出来ないだろう。

 

能力をフルに使ったごり押しが基本だったからしょうがないといえばしょうがないのだが……。

 

「………………」

 

相手は沈黙を保ったまま動かない。

 

でも、視線は俺の方に向けられている。

 

このままではラチがあかないので両手の爪を鋭く伸ばす。

 

「……っ!?」

 

仮面を着けた人物が驚いたような気配を見せた。

 

早速、距離を詰めて爪を横凪ぎに振るうが避けられてしまう。その際に左右にあるコンクリートの壁に細い傷痕が残る。

 

切れ味は十分。さらに、左右の腕を振るっていくが仮面を着けた人物は余裕を持って避けている。まるで当たる気がしないのは気のせいではない。

 

完全に回避できる距離を保たれている。

 

うーん……やりずらい。

 

この状況に嫌気が差してきた頃に仮面を着けた人物が初めて反撃をしてきた。

 

「……あ」

 

手首を掴まれるとそのまま上の方に投げられたのだ。

 

「シッ!」

 

しかも、いつの間にか投げられた俺よりも上の位置におり、踵落としを繰り出してきた。

 

これは……避けられないか。そう判断すると同時にズボンのベルトを引っ張り、鞭のように振るう。

 

パァン! と仮面を着けた人物の右太もも部分にベルトが当たり、その部分の布が弾ける。

 

同時に俺の左肩に踵落としが命中してゴキリと音が鳴った。

 

俺はそのまま地面の方に落ちていったが、地面に激突する前に体勢を立て直して、足から地面に着地する。

 

その後、ズキズキと痛む左肩を動かそうとしたが動かなかった。ダランとなっており、肩の関節が外れているようだ。

 

下手に腕で受け止めていたら骨が折れていたかもしれない。

 

霧化して避ける方法もあったがなるべくなら隠しておきたい。手札はあまり切りたくない。能力頼みなので対策を練られると完封される確率が高まるからだ。

 

うん。後のことを考えると何かしらの訓練はやっておいた方がいいか。

 

それも……仮面を着けた人物の口を割らせるか、逃げられるかだけど……。

 

外れた左肩の関節をはめ直す。

 

それから、調子を確かめるように手を閉じたり開いたりを繰り返す。手を動かすことに関しては問題もないと……。

 

となると、肩は……駄目か。動かすと痛みが走るし、動きも悪い。

 

これは、使えないと考えた方がよさそうだ。

 

「! っと」

 

何となくではあるが直感に任せて屈むと、ちょうど俺の頭があった位置を何者かの蹴りが通過していた。

 

これは、危なかった。あのままボケッと立っていたままだったら確実に後頭部に命中していただろう。

 

蹴りを繰り出してきた人物は今もなお上の方にいる仮面を着けた人物であった。

 

………左肩の負傷のため戦闘能力が落ちた俺と無傷の仮面を着けた人物が一人と太ももにみみず腫をしただけの仮面を着けた人物が一人。

 

このまま能力を制限していたら確実にやられるか……。

 

仕方がない。能力無しの単純な戦闘能力で完全に劣っているのだから口を割らせようなんて考えるのは止めよう。

 

「はぁ……」

 

前門の虎、後門の狼ならぬ前門の仮面に後門の仮面。

 

先に動いたのは地上にいる方の仮面を着けた人物だった。

 

ボオォン!! と火柱が立ち上がる。

 

「ガァァァ!!」

 

仮面を着けた人物が一歩踏み出した瞬間に発火能力(パイロキネシス)を使って火柱を発生させたのだ。

 

悲鳴を上げる仮面を着けた人物。

 

もう一人の上にいる方が俺に向かってくるが発火能力(パイロキネシス)の応用によって発生させた小規模な爆発で近寄れないように牽制する。

 

その間により強いイメージで炎を形作る。

 

広範囲に拡散するのではなく一直線に進むように。

 

「……こんなものかな」

 

火柱の中で焼かれ続けている仮面を着けた人物に少しだけ視線を向けたあと空で爆発から回避を続けている仮面を着けた人物に視線を移す。

 

右手を空にいる仮面を着けた人物に向ける。

 

「さようなら」

 

俺の右手から空にいる仮面を着けた人物に向かって一直線に炎が走る。

 

「くっ」

 

仮面を着けた人物が避けようとするが気がついた頃にはすでに回避できる時間はなかった。

 

仮面を着けた人物はプロテクションと呼ばれる防御魔法を使って防ごうとしたようだが、一瞬の拮抗すらなくプロテクションは砕け散った。そして、仮面を着けた人物は炎の中へと飲み込まれる。

 

それを見届けた後に火柱が立っている場所に視線を向ける。

 

そして、ここにいる仮面を着けた人物の姿を拝むために火柱を消す。

 

「…………いない」

 

火柱があった場所には誰もいなかった。

 

逃げられたのか? それとも逃がされたのか……だとすると……。

 

ちょっとした予感に従い空に視線を移す。

 

ここには誰もいない。もちろん、地面にも落ちていない。

 

だとすると、やっぱり……。

 

「他にも誰かいたか」

 

そうなると……見逃されたのかな?

 

「……と」

 

さっき飲んだ血がもう足りなくなった。それにサイレンの音がするから早くこの場から離れないと。

 

俺はふらつきながらもこの場から急いで離れるのだった。

 

 

● ● ●

 

 

「ゴクッ……ゴクッ……はぁ~」

 

ようやく……治ったか。

 

負傷した左肩の調子を確かめるように動かす。

 

うん。全くもって問題なしと。

 

輸血パックを五袋も飲んでようやくだから仮面を着けた人物たちとの争いはかなり消耗したのが分かる。

 

特に発火能力(パイロキネシス)で消耗したのが大きかった。

 

「さて、戻るか」

 

ギルがいる山荘へと。

 

輸血パックも幾つか持ったし、これでよっぽどのことがない限り街に来る必要はないだろう。

 

輸血パックが大量に無くなったことに関してはニュースになるだろうが……。

 

一応、全血液型を満遍なく持ったので極端に輸血パックが足りなくなっている訳ではないので大丈夫だと思いたい。

 

これでも、古いやつを選んだのだから。

 

問題はこの輸血パックを何処に保管するかだけど…………山荘の冷蔵庫の中でいいか。

 

ギルが使っているところは見たことないし構わないだろう。

 

捨てられないように俺が気をつけておけばいい話だし。

 

そもそも、何で冷蔵庫の中に輸血パックがあるのか聞かれたら……飲むためのものって答えるから問題ない。

 

山荘に戻ろうと歩を一歩進めた瞬間に思い出した。

 

…………仮面を着けた人物に蹴り飛ばされて、そのまま忘れていたデバイスの存在を……。

 

 

 

● ● ●

 

 

山荘の前に来るといつになく険しい顔をしたギルが立っていた。

 

何か苛立つようなことがあったのだろうか?

 

「……待っていたよ」

 

待っていた?

 

いつまで経っても中々戻ってこないから苛立っていたのかと思ったがどうにも違うらしい。

 

「……11月には君を日本に送ろうと思う」

 

11月か……。個人的にはもう少し早くして欲しいところではあるが、まあ……日本に行けるので文句はない。

 

「なので……魔法の訓練が少し詰め込みになるがね」

 

詰め込みね……俺としては魔法にこれと言ってこだわりがあるわけではないのでどうでもいいのだが……。そんなことを言えるような雰囲気ではない。

 

「分かった。それで……詰め込みって」

 

「何、簡単な話だよ。実戦形式でひたすら私と魔法を使って模擬戦をやるだけだからね」

 

…………意外とハードだった。

 

「それじゃ……始めようか」

 

 

● ● ●

 

 

あの日からみるみるうちに時が経ち11月となった。

 

ギルとの模擬戦は基本的に全敗である。

 

終始、俺が魔力切れを起こして終わった。

 

バインドなどは効かないのでギルはバインドなどは使ってこなかった。その分、魔力機雷などの搦め手を使ってきたが……。

 

徒手格闘については言わずもがな。近寄れない時点で当てられない。

 

魔法だけと言う縛りがなければまだ勝ち目はあったのだが……。魔法だけだと確実に無理だ。

 

「では、これを持っていってくれ」

 

ギルから一枚の手紙と地図を渡される。

 

「この手紙ははやてちゃんに渡してくれ。それから、地図ははやてちゃんの家がある場所の周辺地図だ」

 

「…………」

 

それを黙って受け取り、鞄にしまう。

 

「それじゃあ、頼んだよ」

 

「分かった」

 

俺は頷くと山荘から出て街へと向かった。

 

街へと向かって移動している最中、日本についてからの行動について考える。

 

日本に行くと言う漠然とした目的しかないのでどうやって記憶を取り戻すか、それが悩みどころだ。

 

ギルから渡された手紙を八神はやてに渡すのは確定としても……その後について考えるといい案が浮かばない。

 

ただ、候補があるとすれば……ギルの持っていた八神はやてに関する調査資料に乗っていた"月村すずか"を探すのも一つの手段として考えておく。

 

この名前を見たときに記憶の一部分が戻ったので本人に会うことが出来ればもしかしたら記憶が戻るかもしれないからだ。

 

八神はやての友達と記してあったから会える可能性がある。

 

それで記憶が戻ればよし、戻らなければ戻らなかったで記憶を取り戻すための方法を別に考える必要がある。それでも、何かしらのヒントは得られると思う。

 

それに……ギルとの約束でヴォルケンリッターでよかったかな? 彼女らが闇の書の完成に動き出したらそれを手伝って欲しいって言ってたから、それを手伝わないといけない。

 

別に破ってもいいような気がするが……一応、日本に行けるのでそれだけは手伝っておこうと思う。

 

でも……どうやって闇の書を完成させるか分からないので手伝えることは内容な気がするのは気のせいだろうか? せめてどう手伝うのかを教えてほしかった。

 

それは今さらなのでどうしようもない。

 

まあ、なるようにしかならないだろう。最もヴォルケンリッターが勝手に闇の書を完成させようと動くんだろうから特にすることもないはずだ。

 

今のところは闇の書を完成させようと動いてないみたいだし。

 

しばらくは日本で記憶を取り戻すためだけに動けそうだ。

 

 

● ● ●

 

 

数時間に及ぶ空の旅を終えて日本に降り立つ。

 

「ん~~っ」

 

数時間ずっと座りっぱなしだったので伸びをして体のコリをほぐす。

 

空港から出てタクシーに乗り近場の駅まで向かう。

 

そこから電車に乗り換えて、さらに幾つか電車を乗りついで目的地である海鳴市に到着した。

 

タクシーや電車での移動も含めて四時間弱で現在は午後6時になろうかと言う時間であり、すでに辺りは暗くなり街灯が辺りを照らしている。

 

「さて、後はギルから渡された手紙を八神はやてに渡しに行かないと」

 

鞄から地図を取り出して街灯の下に移動する。

 

街灯の明かりで地図を照らし出して今いる場所を確認しておく。

 

ええと……ここはからだと……30分もかからずに八神はやての住んでいる家まで行けそうだ。

 

もちろん、何もなければだ。

 

迷子とかにならなければの話だ。まあ、迷子ぐらいなら近くを通った人を適当に捕まえて道を訊ねればいいのであまり問題ではない。

 

そんなことを考えながら歩いていると何の問題もなく『八神』と玄関先に木製のネームプレートが掛けられている家が見えた。

 

「……ここか」

 

俺は今一度、ちゃんと八神家であることを確認するとインターホンを押した。

 

ピンポーン! と音が鳴り、その数秒後---。

 

『はい、どちら様ですか?』

 

「今晩は……ギル・グレアムからの手紙を届けに来ました」

 

『……グレアム叔父さんの?』

 

「はい、そうです」

 

じゃあ、開けますんで待っていてください。との言葉の後、ガチャっと音がして通信が切れた。

 


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