さて、助けに入るに当たって先程まで中の様子を覗いていた場所から侵入したのはいいんだけど……どうしよう。
チラッと後ろを見ると忍さんの妹であるすずかとその友人がいる。前には彼女たちを誘拐した叔父の手の者が二人。
「おい……ガキどうやってここに来た?」
誘拐犯の人が低い声でそう問いかけてきた。その声には下手な誤魔化しが出来ると思うなよと言う意味も含まれていた。
「追ってきました。あなたたちに用があったので」
別に隠すことではないので素直に答える。
「……それは俺たちが何者か分かって言ってるよな? ガキ」
「はい。分かってます。誘拐犯ですよね……雇われの」
俺がそう言った瞬間、誘拐犯二人の纏っている空気が変わった。
「……テメェは……ただのガキじゃねえな。そこにいる化物以上に気味が悪い」
化物ね……。この言葉は後ろにいるすずかに向けて言ったのだろう。金髪の少女は「んぅーーっ! んぅーーっ!」と何か抗議の声を上げているが猿轡を噛まされているせいで何が言いたいのか分からない。
「彼女……月村すずかを化物と呼んだので確定しました。臭いだけじゃ若干不安だったんです。あなたたちに彼女を誘拐するように言ったのは氷村遊で間違いないですね」
「なっ!? 」
ビンゴ!! さっき言った通り臭いだけじゃ若干不安だったんだ。いくら嗅覚に自信があっても偶々近くを通ったから臭いがついていたってパターンがあるから確実性を求めてこの誘拐犯と話してよかった。
背後にいる二人から驚いた気配を感じる。やっぱり誘拐犯の黒幕の名前を知っていたら驚かれるか……。
「何でその名前を知っている!」
「知っているも何も……それは俺が彼の身内の一人だからですよ」
「なんだと!?」
そりゃあ驚くよね。誘拐してくるように指示を出した人物の身内がいるんだから。
「それで叔父が何処にいるのか教えてもらえませんか?」
「だ、誰が教えるか! お前も捕まってもらうぞガキ」
分かってたことだけど教えてもらえないか。叔父のことだし人間でしかない彼らは捨て駒も同然なんだろう。二人しかいないのがその証拠だ。本気であれば本家から持ち出した戦闘用自動人形を使っているはずだ。
「いえ、捕まるのはあなたたちです。俺の目を見てください」
俺は魔眼を発動させて誘拐犯二人の目を見る。
「…………」
「…………」
ドサドサッ!! と誘拐犯二人は廃屋の床に倒れる。
その事に安堵の溜め息が漏れる。
「ふぅ……」
よかった。魔眼対策されてなくて。いくら人間よりも圧倒的に体が強くても俺はまだ子どもだから人間の大人を相手にするには力不足。それに……異能の力だと無力化は出来ても下手した使った反動で血に対する急激な渇きを催してしまうので、魔眼だけで済んで本当によかった。
「ああ、ちょっとごめんね。猿轡を外して縄をほどくから動かないでね」
俺は後ろに振り向きざまにそう彼女たちに言ってから猿轡と縄をほどく。
「あ、ありがと」
「……ありがとう」
彼女たちを縛っていた縄と猿轡を部屋の角にポイする。
「どういたしまして。それと叔父が迷惑をかけてごめんなさい」
俺は彼女たちに向かって謝罪の言葉と同時に頭を下げる。
「あなたが悪いんじゃないんだから謝らなくていいわよ」
「うん。私も同じ意見かな」
そう言われてもね……身内が起こした事だからその身内である俺が謝罪をしておかないと。
「……とりあえず、詳しい説明をした方がいいと思うんだけどこの場所でするのもなんだし、後でもいいかな? 二人は学校帰りでしょ。今頃忍さんたちが慌ててるかもしれないから今は無事なことを先に知らせた方がいいと思うんだ」
「……そうよね。でも、後でちゃんと説明してくれるのよね?」
金髪の少女がそう訪ねてくるのに頷く。
「もちろんだよ……ね」
俺は視線をチラリとすずかに向けながらそう返事をする。
「うん……そうだよ」
すずかは力なくそう俺の返事に続いた。
「なら、いいわ」
ちゃんと説明されると聞いて満足気に頷く金髪少女。
「それじゃ、簡単に自己紹介でもしようか……氷村蓮って言います。蓮って呼んでください」
「私はアリサ・バニングスよ。アリサでいいわ」
「お姉ちゃんのことを知ってるなら知ってると思うけど私は月村すずかです。よろしくね蓮君」
こうして簡単な自己紹介を終えたあと俺は魔眼で誘拐犯二人を洗脳して月村の屋敷に戻って行った。
● ● ●
月村の屋敷まで俺たちを車に乗せてきた後、二人の誘拐犯にかけた洗脳を解いて再び魔眼で眠らせて忍さんにその身柄を渡した。
「早速、やらかしたようですいません」
「いいわよ。蓮君のお陰ですずかもアリサちゃんも無事だったんだし」
現在は当事者三人と忍さんで屋敷の中の談話室でお茶をしている。
「本当よ……まったく誘拐なんて酷い目にあったわ!」
本当にごめんなさい! 叔父が迷惑をおかけしました。後日、アリサの両親にも謝罪の言葉を届けに行かないと。
叔父もこんな多方面に迷惑をかける行為をやらないでくださいよ……。
「……ごめん」
「って蓮のことじゃないからそう落ち込まないで」
「そうだよ、蓮君は何も悪くないんだから」
「……ありがとう」
アリサとすずか。二人が優しくてよかった。人によってはその身内だからってだけで暴言を言われたり排斥されたりするから不安だったんだ。
「忍さん今回の件で一族のことをアリサに説明する必要がありますのでアリサの両親にも来ていただいた方がいいと思いますか?」
今回の件ですずかが人間ではないのをアリサに知られているのでその両親にも一族の掟を適応するか月村家当主である忍さんに訪ねる。
「そうね……でも、誘拐されたことについての説明だけでいいわ。実行犯も捕まっていることだし」
「そうですか……なら、この場でですね」
神妙な顔つきでお互いに頷き合う俺と忍さん。
「ねぇ、アリサちゃん」
「はい」
真剣な様子の忍さんにアリサの表情も真剣なものとなるそして……俺たち夜の一族についての説明が始まった。
「ここにいる私やすずか、蓮君は夜の一族と呼ばれる吸血鬼の一族なの。一族の者は皆、身体能力が高く、多くの者が異能の力を持ってる。そして、その事を知っていいのは将来の伴侶か生涯に渡ってその事を秘匿出来ると誓える者のみなの。それ以外の人に知られたらその人の私たちに関する記憶を消さなくちゃならないの。だから、選んで」
選択を迫られたアリサのことをすずかが不安げに見つめる。
人は異端を嫌う傾向にあるからすずかは不安になっているのだろう。
「誓うわ! すずかの正体が何であろうと私はすずかの友達だもの」
「アリサちゃん……いいの? 私……人間じゃないんだよ」
「このバカちん!」
「アタッ」
アリサがすずかの頭に手刀を落とした。
「今言ったばかりじゃない! 私はすずかの正体が何であろうと友達だって」
「うん……」
自信満々にはっきりと言い切るアリサに頷きながら嬉しそうに笑みを浮かべるすずか。
うんうん……俺が誘拐犯二人を普通に魔眼で眠らせたり、洗脳したりしたのに接する態度を変えなかっただけはある。
いい友達じゃないか。本当……羨ましくなる。
● ● ●
あの後、迎えが来たアリサはそのまま月村家から自宅へ帰って行った。
「それじゃ、俺も失礼しますね」
俺もそろそろおいとましようと思い立ち上がる。
「蓮君は何処か宿泊するところはあるの?」
「いえ、無いです。これから探します。最悪野宿でも問題ないですし」
寝るときは大鷲の姿になって木の枝の上で寝ればいいし。
「だったら家に泊まっていきなさい」
「……へ?」
「何か変なこと言ったかしら?」
「どうしたの? 蓮君が固まってるけど」
アリサのお見送りに行っていたすずかが戻ってきた。
「実はね蓮君……まだ、宿泊先を決めてないそうなのだから家に泊まっていきなさいって言ったら固まっちゃったのよ」
「そうなの?」
「別にすずかだって構わないでしょ。元々部屋だって結構余ってるんだし」
広いですもんね……月村家の屋敷は。
「うん。私は構わないけど……」
そう言いながらチラッと俺の方に視線を向けるすずか。ああ、泊まっていけと言うことですね。
「……えっと、しばらくお世話になります」
俺はペコリとお辞儀をした。
それに……
「それで……何処の部屋に泊まるんですか?」
そう訪ねると忍さんはニヤリと楽しそうな笑みを浮かべた。
「すすがの部屋でもいいのよ」
「お、お姉ちゃん!?」
すずかが忍さんの言葉に顔を赤くしながら抗議する。だがそれを何処吹く風のごとく飄々と流す忍さん。
「いいじゃないの子ども同士なんだし」
「そ、それとこれは話が別だよ! れ、蓮君も一人部屋の方がいいよね!」
「まあ、一人部屋でも馬小屋でも構いませんが……何処を使うのかはお任せします。泊めていただく身ですので」
泊めてもらう身なので何処の部屋をあてがわれようが文句を言うつもりはない。元々、野宿を想定していたのだからなおさらだ。
「ほらほら、お任せですって」
ニヤニヤとしながらすずかを弄って遊ぶ忍さん。すずかも忍さんがすずかの反応を見て遊んでることに気がつけばいいのに気がつかないから遊ばれるのだ。
それからしばらく忍さんはすずかを弄って遊んでいた。
● ● ●
「もう! お姉ちゃんたら」
すずかは未だにご機嫌斜めの様子だ。
忍さんのすずか弄りは忍さんに恋人から電話が掛かってきたから中断されて、その時に俺が泊まる部屋については適当に選んでくれと言われたのだ。
恋人からの電話だと聞いたときの忍さんは本当に嬉しそうだった。その恋人とはかなり良い関係なのだろう。
「そんなにプリプリと怒ってるストレス溜まるよ。だからさ、すずかの通ってる学校について教えてよ」
俺は苦笑しながらそう言う。
「……いいけど。つまらないかもしれないよ?」
「そんなことないから平気だよ」
だって……学校に通ってないから学校がどういうのか今一分からないから。
「なら、いいけど」
「そうそう」
俺にとっては未知の事だから気になるのだ。
「私が通っているのは私立聖祥大付属小学校って言うの。それで、同じクラスにはアリサちゃんともう一人の私の友達のなのはちゃんって子がいるの。そのなのはちゃんのお兄さんがお姉ちゃんの恋人なんだけどね」
「へぇ~、じゃあその、なのはって子は将来すずかの親戚候補なんだね」
「お姉ちゃんがその人と結婚したらそうなるね」
夜の一族については知ってるだろうから分かってるとは思うけど大変だろうな。
「学校は楽しい?」
「勉強はそうでもないけど友達と会えたりするのは楽しいかな。それに図書室もあるから」
「図書室か……すずかは読書が好きなの?」
「うん、そうだよ。他には機械を弄るのもかな」
すずかは中々の趣味をお持ちのようだ。
それからしばらく、その場で立ち話を続けて俺が泊まる部屋を決めるのが遅くなったのは言うまでもない。
● ● ●
夜……つまり、夕食の時間帯である。
食堂にある大きなテーブルの上にはサラダにパン、ポタージュ等が次々と乗せられていく。
それらの作業をやるのは二人のメイドのノエルさんとファリンさんである。昼間に訪ねてきたときに案内してくれたのがノエルさんであることをさっき知った。
「……手慣れてる」
その手並みは素早く正確であり素人には出来ない芸当であると理解させられる。これも一種の職人技なのだろう。
「あんまり感心しないでください。ファリンが調子に乗ってポカをやらかしますので」
「酷い! 私そんなにドジじゃありません!」
そんな会話をしながらも二人の手だけはちゃんと動いている。
「あっ!」
間抜けな声と共に何故かナイフが飛んできた。
俺は体を霧に変えてやり過ごすとナイフが飛んできた方向を見る。叔父の手の者の襲撃かと思って見たら……その方向にはファリンさんがいた。
あぁ……これがポカなのか……ものすごいデンジャラスだな今度からファリンさんには近づかないでおこう。
「ああっ! ごめんなさい! 大丈夫ですか? 怪我してませんか?」
「大丈夫です。ちゃんと避けましたので」
慌てて詰め寄ってくるファリンさんに怪我なんてしてませんよとアピールする。
「本当にすいません。この子がドジなばっかりに」
「いえいえ、怪我もしてないですし」
ただ……今度からこういうのがないといいなと思ったのは本当の事だ。