吸血少年ドラクル蓮   作:真夜中

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第11話

結局、忍さんが家に着いたのは夜になってからだった。

 

一緒にいる男の人が恋人の恭也さんなのだろう。監督さんにそっくりだ。

 

「すずか……怪我はしてないわね? 」

 

ペタペタとすずかの体を触る忍さん。それに対してくすぐったそうに身をよじるすずか。

 

「ちょっ、くすぐったいよ! お姉ちゃん。大丈夫、怪我はないよ」

 

本当にくすぐったそうだ。その証拠にすずかの顔がにやけてる。

 

「……そう、よかった。安心したわ」

 

ホッと息を吐く忍さん。よっぽど心配だったのだろう。

 

空いた窓から風が入ってくる。

 

「…………この臭いは」

 

部屋の中に吹き込んで来た風の中に叔父の臭いが混ざっている。このタイミングで来るとは……。

 

いや、このタイミングだからこそかな。

 

周囲が昼間の件で騒がしい時だからこの混乱に乗じてきたのだろう。

 

「どうしたの蓮君?」

 

「招かねざる客人が来たんだよ」

 

俺はそう答えた。

 

そして、部屋の中にいる全員に聞こえるように言った。

 

「叔父が来ました」

 

 

● ● ●

 

 

「一体何の用かしら?」

 

庭で叔父と忍さんが睨み合う。

 

叔父の傍には五体の自動人形が控えている。どれも叔父が持ち出した奴だ。

 

「決まってんだろ? 金だよ金」

 

「あなたにやる金なんて一円もないわ」

 

叔父のやっていることが完全に犯罪であることに頭を抱えたい気分になる。

 

「叔父さん……本家の人たちがちゃんと真面目に働けと言ってます」

 

「あぁっ! 誰だ……って氷村の化物じゃねえか!? 何でてめぇがいやがる!」

 

化物か……はぁ……。

 

「本家から叔父さんにちゃんと働くように言ってこいと」

 

「ふざけるな! そんなガキの使いのような感じでポンポンとお前ような化物を送られてたまるか!」

 

そうなるような事態を引き起こしたのは叔父さん自身なので俺のせいではない。

 

「……さっきから蓮君のことを化物、化物って連呼してるけど何なの? 頭は大丈夫?」

 

結構辛辣な言葉を叔父に投げかける忍さん。

 

その言葉にムカついたのか叔父が忍さんを殺気だった目で睨む。

 

すかさず恭也さんが忍さんをかばうように前に出る。その両手には二刀の小太刀が握られていた。

 

「何だ知らないのか? そのガキが氷村の家で何て呼ばれているのか? いいぜ、教えてやるよ」

 

やっぱりこう言う展開になったか……。どうせ止められない。調べればすぐに分かる事だから。

 

叔父が意気揚々と話し出した。

 

「あのガキは『同族喰らい』で『親殺し』の化物だよ! 美味しかったか? えぇ! 自分の父親の血はよう?」

 

そう、それが氷村の家で俺が化物扱いされる理由。

 

もう、ここには居られない。知られたから……きっと皆、不安になる。だから、俺は出ていかないと。

 

「……本当なの蓮君?」

 

すずかが小さな声でそう訪ねてくる。

 

それに対して俺は頷く。

 

「本当の事だよ。俺は同族すら喰らう化物だよ。幾多の同胞を喰らい自分の父親すら喰らったね」

 

そうそれが俺なのだ。

 

周りの視線が俺に集まっている。その視線は侮蔑の視線なのかそうじゃないのかも分からない。

 

俺は体を霧に変えて叔父の傍にいる自動人形の傍で人型に戻ると自動人形に触れて自動人形の中枢回路を破壊する。

 

「何をしやがるこのガキ!」

 

殴りつけてくる叔父の拳を霧に変化することで回避する。

 

「叔父さん……さようなら」

 

俺は叔父が懐にしまいこんでいたスタンガンを取り出してそれで叔父を気絶させた。

 

スタンガンを地面に投げ捨てると俺は忍さんたちの方を向く。

 

「お世話になりました。氷村の化物は出ていきますね。叔父は警察につき出してください」

 

ちゃんと笑えていただろうか? 分からない。

 

俺は何も言われる前に体を霧に変化させてこの場から去っていった。

 

 

● ● ●

 

 

遡ること四年。

 

あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。

 

誘拐され、そこで洗脳されて俺は俺が持つ()()の異能の力を知った。

 

洗脳された俺は俺を助けに来た人たちの血を飲んで干からびさせた。そして、その人たちが持っていた異能の力を使えるようになったのだ。

 

そう、俺の力は元は一つのみ。血を飲んだ相手の異能を自分のモノにすることであった。

 

だからこそ半吸血鬼でありながら純血の吸血鬼と同等の変身が出来るのだ。お父さんの血を飲んだから。

 

同族を喰らい喰らった同族の力を自分のモノにする力。だからこそ悪魔公(ドラクル)と呼ばれる。

 

俺を止めようとした人たちは皆、分子運動をコントロールする力の前になすすべなくやられていった。

 

俺を洗脳した本人も例外ではない。吸血衝動に支配された俺はその場にいた俺以外の存在の血をすべてを飲んだ。一人の例外もなく。

 

そして、俺が正気を取り戻したのはお父さんの血を飲んだ後だった。

 

その日から俺は氷村の家での居場所を無くした。

 

自業自得だろう。洗脳されていたとはいえ父親を助けに来てくれた人たちを殺してしまったのだから。

 

誰だって危険な存在には近づきたくないだろう。誰だっていつ襲われるかもしれない場所で安心して眠れないのと同じように……。

 

それでも……一人は嫌だな。愛してとは言わないから……誰か一緒にいることを許して欲しい。

 

「……役目も終わった」

 

そう、役目は終わった。

 

ほんの僅かであったが月村家で過ごした時間は本当に大切な時間だった。

 

いずれこうなっていたことが早まっただけ。同じ夜の一族なのだから情報を得ようとすれば必ず俺のことにたどり着ける。

 

それでも……、

 

「もう少しいたかったな……」

 

もう二度と訪れないかもしれない時だったから。

 

同族喰らいの化物じゃなくて氷村蓮として見てくれる人たちと過ごす時間は……。

 

 

● ● ●

 

 

「……未練がましくも中々ここから離れられないなんて」

 

一夜経ったが俺は未だに海鳴市にいる。その事実に苦笑しか出てこない。

 

ジュエルシードの一件で交通の一部が未だに麻痺している。

 

トボトボとジュエルシードが発動したであろう現場の近くを歩く。

 

入れない場所は仕方がないので迂回して歩く。そうして出た場所は海であった。

 

そのまま浜辺に座り込んで寄せては返す波を見つめる。

 

にゃ~と間延びした鳴き声が聞こえてきた。その方向に視線を向けると子猫がいた。

 

「親は一緒じゃないの?」

 

そう問いかけるも気にした様子はなく子猫が擦り寄ってきた。

 

今は食べ物を持っていないのであげることは出来ない。

 

擦り寄ってきた子猫を撫でる。

 

少なくとも一人ではなくなった。一人と一匹になった。

 

そのお陰か寂しさが少しだけ紛れた。

 

「ありがとね」

 

相変わらずじゃれてくるだけで何も言わない子猫だけど一緒にいてくれる。それだけで十分だ。

 

「ここにいたんですね……蓮君」

 

聞き慣れた声で名前を呼ばれた。

 

その声の方に向くとノエルさんがいた。メイド服以外の服を着ているのは始めてみた。

 

「もう少ししたらここからいなくなります。だから、俺のことは気にしなくていいですよ」

 

そう、もう少ししたら俺は海鳴市から出ていくつもりだ。

 

「……蓮君。前に私が言ったことを覚えてますか? もう少し甘えてもいいと言ったことを」

 

覚えてる……ちゃんと覚えてる。

 

「はい、覚えてます」

 

「蓮君。蓮君のことはすずかお嬢様以外は知ってたんですよ。氷村の家でのことも含めて」

 

「え……?」

 

信じられない言葉を聞いた。知っていた……俺のことを? じゃあ、何で追い出さなかったのだろう?

 

「すべて知った上で忍様は蓮君を家に置くことにしたんですよ」

 

「な、何で……知ってたなら何で……」

 

「噂通りの子に見えなかったからだそうです」

 

それだけで……それだけの理由で……俺を受け入れてくれたの?

 

「蓮君……蓮君が望むなら月村家で暮らしてもいいんですよ? すずかお嬢様は蓮君のことを恐がってはいませんし、むしろ心配してましたよ」

 

「でも、俺は悪魔公(ドラクル)だから……同族の血を飲む化物だからッ!」

 

そう、認めたくないけど……俺は渇くと人を血の詰まった餌に見ちゃう化物。

 

「仕方のない子ですね」

 

「え?」

 

ノエルさんに抱き締められた。

 

「私たちはちゃんとここで過ごしている蓮君の姿を知ってますよ。だから、怖がらなくていいんです。ここにあなたを苛める人も傷つける人もいませんから」

 

「迷惑かけるかもしれないのに」

 

「子ども何ですから気にしなくていいんですよ。駄目な事だったらちゃんと叱りますから」

 

背中をポンポンと撫でられる。

 

本当に俺を受け入れてくれるの? 化物と呼ばれて忌み嫌われる俺のことを……。

 

「大丈夫だから。私たちは蓮君のことを受け入れてますよ。最初から蓮君のことを知った上で家に置いていたのですから」

 

本当にそうなのだろうか……どうしても騙してるんじゃと言う疑念が拭いされない。

 

「……っ、ごめんなさい」

 

俺は体を霧に変えてこの場から逃げ出した。

 

受け入れて欲しいと願いながらも実際に受け入れてくれると言われて恐くなった。どうしても疑念が拭いされない。

 

嬉しかったけど……それを素直に受け入れられない。

 

だから、逃げ出した。

 

一人でいたくないと願いながらも一人でいることを自分で選んでしまった。受け入れようとしてくれたのに……。

 

 

● ● ●

 

 

「……はぁ……逃げちゃった」

 

重苦しい溜め息が漏れる。

 

ひたすらに走り続けて今は街のとり潰し予定の廃ビルの中で膝の上に顎を乗せてうずくまっている。

 

嬉しかったけど……恐かった。受け入れられても後から拒絶されるのが恐かった。受け入れられる前に拒絶されたのならまだ耐えられるけど……受け入れられてから拒絶されたら耐えられる自信が無い。人が信じられなくなる。

 

「……臆病なだけなのかな?」

 

拒絶されることを恐れて一歩前に踏み出せない。

 

不老長寿で長く生きる夜の一族に孤独はつきものだ。辛くても耐えればいい。

 

自殺なんて選択肢は無い。そうしたら俺が喰らった同族の人たちに謝ることすら出来ない。死ぬまで生きる……。

 

死後の世界が本当にあるのなら俺が喰らった同族の人たちに会うために自殺は出来ない。

 

本当は何度か死のうとしたんだけどね……。でも、死ねなかった。体が防衛反応を起こして死から遠ざけたからだ。

 

使えるようになった異能が勝手に発動して俺を生かした。

 

「……血の補給もしなくちゃな」

 

遅かれ早かれ吸血衝動が現れるはずだ。

 

あまり異能の力は使えない。血を補給する手段が一般人の人を襲って血を補給するしかないから。

 

そんなことはしたくないけど……いざとなったらやらないと無差別に襲いそうだから、本当にいざというときのための手段だ。

 

コツ……コツ……と廃ビルの中に足音が響く。

 

こんな場所に誰が来たのだろうか? 普通、廃ビルの中に入る人なんていないはずだ。

 

足音がだんだんと近づいてくる。

 

そして足音が止まると廃ビルの中に入ってきた人の声が聞こえてきた。

 

「ここであってるの?」

 

「にゃ~」

 

聞こえてきたのはすずかと猫の鳴き声。

 

「……何で……この場所が」

 

思わずそんな声が俺の口から漏れ出した。

 

そのまま固まっていると浜辺に座り込んでいたときにじゃれてきた子猫が現れて俺の前にトコトコと歩いてきた。

 

「本当にいた!」

 

子猫の後からすずかが現れる。しかも、口許を片手で押さえて信じられないといった様子でだが……。

 

おそらく子猫が俺の居場所を突き止めたことに対してだろう。聞こえてきた声からも半信半疑で子猫のことを疑っていたようだから。

 

本当に俺がここにいるのかとと言う意味で……。

 

「……皆、蓮君のことを心配してたんだよ」

 

「そうなんだ」

 

すずかが一歩一歩俺に近づいてくる。俺は逆に一歩一歩後退する。

 

「そうだよ。あの後、お姉ちゃんに蓮君のことを教えてもらったんだよ」

 

「……うん。だったら何で……近づいてくるの?」

 

「そうしないと蓮君がノエルさんの時みたいに逃げそうだからかな。それに何処かに消えそうだから……」

 

壁に背中がつく。もう、後退出来ない。

 

「……近づかないでっ!」

 

「大丈夫だよ」

 

そう言いながらすずかが俺に手を伸ばしてくる。

 

「……っ!?」

 

それに対して俺は自分の周囲を炎の壁で囲んで拒絶した。

 

ビクッとすずかの手が炎の壁の前で止まる。だが、すずかは意を決したような表情をすると炎の壁に手を入れてきた。

 

「熱っ!」

 

何で……何で手を入れるの? そんなつもりじゃなかったのに……!

 

急いで炎の壁を消してすずかの手を取る。

 

「どうして! 何で手を入れたのっ!」

 

そう叫ばずににはいられなかった。

 

「……そうしないと蓮君はまた逃げたでしょ?」

 

「だからって……わざわざ怪我なんかする必要は無かったのに」

 

火傷を負ったすずかの手を両手で包む。

 

「そうかもしれないね」

 

「だったら……」

 

そっとすずかの手が俺の手に重ねられる。

 

「でも、私は後悔してないよ。だからさ信じて……」

 

「…………」

 

「会ってまだ一週間も経ってないから信じてもらえないかもしれないけど……昨日、私を助けてくれたのは蓮君だよ」

 

「だって……それは……」

 

「化物じゃないよ。蓮君は化物なんかじゃない……蓮君は蓮君だよ」

 

……化物じゃなくて俺は俺? 化物じゃなくて蓮でいいの?

 

そんな俺の不安を感じとったのかすずかに頭を抱きしめられる。

 

「大丈夫……大丈夫だから。恐がらないで」

 

信じてもいいのかな? 受け入れてくれるって信じても……。

 

「……信じてもいいの?」

 

「うん、信じて。蓮君は一人じゃないよ」

 

一人じゃない……。

 

「……ありがとう。ありがとう、受け入れてくれて……」

 

「……うん」

 

この日……初めて嬉し涙を流した。

 


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