俺の恋路に何故か実姉が立ちはだかっている   作:秋月月日

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 二日連続投稿です。



俺と美波とマウントポジション

 美波の髪を乾かして風呂に入った後、小春は葉月にせがまれるがままに学校での日常を小粋なジョークを挟みながら話してあげた。一年生の頃に明久たちと一緒に鉄人から鍵を奪った事、運動会で雄二とどつき合いながらもリレーを走り切った事――そして、二年生の最初に行われた試験召喚戦争の事。小春が話している間、葉月はわくわくという擬音が見えるほどに興味津々な態度で、時に相槌を挟みながらしっかりと一から十まで聞き逃さないように頑張っていた。

 そして、小春の話が始まってから四十分が経過した頃。

 

「ごめんねー、小春。葉月を部屋まで運んでもらっちゃって」

 

「別に礼なんていいさ。俺が久し振りに遊びに来て、葉月も嬉しかったんだろうからな」

 

「それ自分で言う?」

 

「ははっ。そうだな」

 

 『葉月の部屋』と書かれたプレートが提げられている扉をゆっくりと閉め、小春と美波は笑い合いながらリビングへと移動する。薄緑色の寝間着に身を包んだ美波は両手を後ろに組んで小さく笑い、水色の寝間着に身を包んだ小春は清々しい笑みを浮かべている。因みに、小春の寝間着は美波が幼い頃に父親に買ってあげた寝間着(サイズが小さすぎて着てもらえなかった)である。

 リビングに移動した二人は「ほぅ」と小さく息を零し、ほぼ同時のタイミングでソファに腰を下ろした。

 下ろした、のだが……

 

「あの、美波さん? どうしてあなたはそんなに俺と距離を取ってるんでしょうか……?」

 

「き、気にしないで! 別に他意なんて無いからっ!」

 

「あ、そう……いや、別にいいんだけど……」

 

 最大四人まで座れるソファの端と端に位置するように、小春と美波は座っていた。二人の間にある二人分の空間が、妙に遠く感じてしまう。

 まぁ、何故にこんな空気になってしまっているのかというと――

 

((ふ、二人きりなんて気まず過ぎる――っ!))

 

 互いに好意を寄せ合っているがいろんな要因によりすれ違いの両想い状態となってしまっている小春と美波。そんな関係の二人が一つ屋根の下で二人きりというこの状況……そりゃ緊張するってもんでしょう。

 照れくさそうに頬をポリポリと掻く小春と、膝の上で両手を握って顔を赤くする美波。

 もしこの光景を某ガチレズ少女が見たらあまりのショックで死んでしまうかもしれないが、ぶっちゃけ今の状況が死にそうなぐらい辛いのはこの二人も同じなのである。な、何か話題を見つけないと! 

 気まずかったり居辛かったりする空気が立ち込めるリビングに、二人分の固唾を呑む音が響き渡る。クラスが違うせいで普段はあまり会う事が出来ないのは出来ないのだが、まさか一気にアプローチした瞬間にこんな目に遭ってしまうとは。やっぱり訂正します、この世に神様なんていません。いないったらいないんだからーっ!

 と、そんな絶体絶命の中、小春の脳に一つの話題が浮かび上がってきた。

 そうと決まれば何とやら。小春は「あ、あのさっ!」と美波の方に顔を向け――

 

「「ッ!?」」

 

 ――思いっきり目が合ってしまい、思いっきり目を逸らし合ってしまった。

 せっかく勇気を出したのにまさかの展開を迎えてしまい、小春と美波は自分の胸元をギュッと抑えて俯いてしまう。――その顔は、過去最高に紅蓮だった。

 話したいけど話せない。

 振り向きたいけど振り向けない。

 顔を見たいけど顔が見られない。

 笑い合いたいけど笑い合えない。

 進展したいけど進展できない。

 そんな、どこまでもじれったい二人は胸元を抑えていた手を口元に移動させ――

 

「「っくく……あははははははははっ!」」

 

 ――噴き出すと同時にそのまま目尻に涙を浮かべるほどに笑い出した。

 小春と美波は子供のような笑みを互いに向け合い、

 

「なーにやってんだろうな、俺達」

 

「本当にそうね。なにを恥ずかしがることがあったのかしら」

 

「まぁ、きっかけは美波が俺から離れて座ったとこからだけどな」

 

「む。なによっ、ウチのせいにする気ーっ?」

 

「あははっ、嘘だって嘘。だからそんなに怒んなって」

 

 ソファの端と端という最長距離を縮めることはせずに、いつもの彼ららしく笑い合いながらの会話を始める。傍から見たら恋人同士の様に見える――というか、恋人同士のようにしか見えないのだが、この二人の関係はあくまでも親友以上恋人未満。すれ違いの両想い、という凄まじい程に奇跡的な関係なのだ。

 緊張が解れた事で様々な会話が繰り広げられていく中、彼らの話題は『清涼祭』へとシフトする。

 

「へー。Fクラスは中華喫茶をすんのか。まぁ、アキも美波もムッツリーニも料理は上手だから、失敗する事はねえだろうな」

 

「でも、ウチのクラスには喫茶店が出来るほどの設備がないのよね……ミカン箱とござしかないから、お客様用のテーブルも用意できないし……」

 

「あ、それならいい考えがあんぞ?」

 

「へ? いい考えって?」

 

 こくん? と可愛らしく首を傾げる美波に小春は得意気な笑みを向け、

 

「集計の結果、Dクラスはお化け屋敷をする事になったかんな。お化け屋敷じゃ椅子と机なんてほとんど使わねえから、特別にFクラスに貸し出してやんよ。――ま、美波が集計を手伝ってくれた、そのお返しって事で」

 

「ほ、本当!? ありがとう、小春!」

 

「うおわぁっ!?」

 

 満面の笑みでいきなり抱きついてきた美波にそのまま押し倒されてしまう小春。ぼふぅっ、とソファから空気が抜けていくような音の直後、小春は美波に馬乗りにされている状態にまで追い込まれてしまっていた。

 思わずやってしまった美波と、何故かやられてしまった小春。二人の間に漂う空気の重さは尋常じゃなく、二人の顔にはびっしりと冷や汗が浮かび上がっていた。

 少し動けば互いの鼻が接触してしまう程の距離で見つめ合う二人。距離が近いせいで互いの息遣いが耳を刺激し、心臓もドクンドクンと激しい鼓動を奏でてしまっている。

 このまま見つめ合っていたら、凄く駄目な展開を迎えてしまいそうな気がする。それは互いに分かっているのだが、驚愕と動揺と混乱のせいで身体が上手く動いてくれない。身体が石になったみたいだ、と場違いにも思ってしまう。

 理性から外れた本能が、自分たちの顔を勝手に動かしてしまう。徐々に徐々に縮まっていく互いの距離に、二人の思考回路はオーバーヒート寸前だ。

 あと五センチ。

 あと四センチ。

 あと三センチ。

 あと二センチ。

 あと一セン―――

 

「うにゅ? お姉ちゃんと春のお兄ちゃん、ソファの上で何してるですか?」

 

「「べ、別に何でもないから葉月は寝てなさい!」」

 

 まさかの御答場をなさった葉月に、二人の悲鳴のような叫びが飛ぶ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結構ギリギリだった夜を終え、そこからは何事も無く朝を迎えた小春と美波は制服姿で朝食を摂っていた。因みに、小春のカッターシャツは美波の物を着用している。本当は昨日着ていたものをそのまま続行して着ようと思っていたのだが、

 

「ご、ごめん! 自分のと一緒に洗濯しちゃって……か、代わりにウチの予備を着て行って!」

 

 ――というわけだ。

 俺、男なのになんで美波のカッターシャツが着れるんだろうなー、と自分の小柄な体躯に少しばかり絶望してしまう清水小春君十六歳(身長:百六十五センチ)。

 トーストされた食パンをサクサクと食しながら、小春はぼけーっと美波を眺める。

 小春の視線に気づいた美波は少しだけ身を引き、

 

「ど、どうしたの? そんなにウチの事じーっと見て……」

 

「いや、単純に眠みぃだけだよ。俺、結構低血圧だから、朝は弱いんだよな……ふわぁーあ……」

 

「欠伸の時ぐらいせめて口を塞ぎなさいよ、はしたない」

 

「ふぇいふぇい、りょーふぁいでふ……」

 

「そしてそのまま寝ようとしない! もう、これじゃあ弟が一人増えたみたいじゃない」

 

「いや、姉ならもっと女らしい体型を目指してくれればベストです」

 

「その言葉を言う為だけに覚醒してんじゃないわよこのエロ野郎ぉおおおおおおおおおおおっ!」

 

「ムッツリーニしか言われねえような不名誉な称号で胸が痛いというかそれ以上に右腕の関節が燃えるように痛ぇええええええええあああああああああああああああっ!」

 

 と、そんな感じで騒がしい朝食を終え、二人はどたどたと忙しなく家を飛び出した。――まぁ、時間的には余裕で始礼には間に合うのだが、そこはほら、空気的に急がなければならないと思ったのだ。

 といっても急いでいたのは家を飛び出す時ぐらいで、通学路に入った後は互いに肩を並べてリラックスした歩みで学校を目指します。

 美波は特徴のポニーテールを、小春は寝癖が混じったオレンジ寄りの茶髪を揺らしながら通学路である坂道を登って行く。

 

「この時間ならミハ姉に会う事はねえし、始礼にも間に合うしで一石二鳥だな」

 

「というか、出会った瞬間にゲームオーバーって、アンタ達清水姉弟って一体どういう関係なのよ……」

 

「知らん。っつーか、俺自身がミハ姉の事をよく分かってねえ」

 

「あはははは……」

 

 きっぱりと言い放つ小春に美波は乾いた笑いを返す。

 と。

 彼らの会話に割り込むように、小春の肩を後ろから軽く叩く者が現れた。

 吉井明久。

 Fクラスに所属している二学年の男子生徒で、文月学園の記念すべき初代観察処分者でもある少年だった。

 明久は小春の右隣(美波は小春の左隣)に並んで歩きながら、ニコニコと相変わらずの邪気のない笑顔を浮かべ、

 

「おっはよー二人とも! 今日も相変わらず仲良いねっ」

 

「おはよう、吉井。今日は珍しく早いわね。何か良い事でもあったの?」

 

「いや別に。今日は珍しく朝早くに目が覚めちゃっただけだよ。家でぼーっとしてようかと思ってたんだけど、せっかくだし早めの登校でもしてみようかなーって、ね」

 

 そう言って得意気に笑う明久に小春と美波は苦笑を浮かべる。

 と。

 そこで何かに気づいたのか、明久は「???」と不思議そうな表情を浮かべ、

 

「気のせいかな? 何か二人から、同じ香りがするんだけど……」

 

「「ッ!?」」

 

 それはきっと昨夜使ったシャンプーです――とは流石に暴露できない小春と美波はだらだらと冷や汗を大量に流し始めながらもわたわたと両手を大きく忙しなく動かし、

 

「き、きっと気のせいじゃねえかな! うん、そんな一緒の香りがするなんてあり得る訳ねえだろ!?」

 

「そ、そうよ小春の言う通り! きっと偶然同じシャンプーを昨晩使っちゃっただけなのよ!」

 

「あれ? 二人の弁解がどこか噛み合ってない気がするんだけど……」

 

((こんな時だけ鋭いのやめろこのバカ!))

 

「それに、シャンプーの香りだけじゃなく、同じイチゴジャムの匂いも……あぁ、これはトーストされた食パンの香りだね」

 

 まさかの警察権顔負けの嗅覚センスだった。

 このままでは小春と美波が一夜を共にした(意味深)事実が暴かれてしまう。それだけはなんとか避けなければ、もう胸を張って外を歩けなくなってしまう。

 しかし、あまりにも予想外すぎる明久の能力に混乱しすぎている二人は顔を真っ赤に染め――

 

「べ、別に昨晩、小春に馬乗りになってしまったとかそんな事実は一切確認されてないわよ!?」

 

「そ、そうそう! 別に寝る場所がねえからって美波の部屋で一緒に寝たとかそんな事実は確認されてねえかんな!?」

 

「「――って、何言ってんだよ俺(ウチ)たちぃーっ!?」」

 

 誰かが秘密を暴こうとした訳でもないのに勝手に自分から白状してしまった小春と美波は、頭を抱えて絶望一色な表情を浮かべる。『自爆』という二文字が頭を掠めたのは凄く気のせいだと思いたい。

 そして。

 まさかのカミングアウトを受けた明久はとてつもない程に黒い笑みを浮かべ――

 

「異端者には死を!」

 

「「「リア充には怒りの鉄槌を!」」」

 

「FFF団のみんな! あの異端者を今すぐ法廷に連行するんだぁーっ!」

 

「「「まさかの二日目いってやろうぜヒャッハーッ!」」」

 

「ま、また現れやがったこの過激派宗教集団! い、急ぐぞ美波、コイツらは流石にヤバすぎる!」

 

「う、うん!」

 

 どこからともなく現れた黒覆面&黒マントの集団の包囲網を、美波の手をぎゅっと握りしめた小春が全速力で突破する――。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

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