俺の恋路に何故か実姉が立ちはだかっている   作:秋月月日

8 / 32
俺と煩悩とドライヤー

 清水小春の理性をかけた戦いが幕を開けた。

 ……といってもまず最初の試練は『美波の手料理を食す』という、もはやご褒美的な試練になってしまう訳なのだが、小春にとってはいろいろな意味での試練なので油断することは許されない。

 ダイニングテーブルの上に料理や食器を並べ、小春と美波と葉月は椅子に腰を下ろす。テーブルの上には高校生が作ったとは思えない程に美味しそうな料理が鎮座していて、小春は思わず唾を飲み込んだ。

 いただきます、と三人口を合わせて儀式を終わらせ、

 

「……美味ぇ。え、なにこのハンバーグ、普通に美味ぇ。うちの店で出してもいいぐれえに美味ぇんだけど」

 

「ほ、本当? 実は今日のハンバーグ、今までの料理の中でも結構自信作なのよね。そ、そんなに美味しかったのなら、ウチの分も少し分けようか? ウチ、最近ダイエットしてるし……」

 

「そして胸から痩せてい踝が絶対に曲がってはいけない方向にぃぃいいいいいいいいいっ!?」

 

 ダイニングテーブルの下で足だけで攻撃を加えられ、小春は身動きが制限された状態でぴくぴくと悶絶する。貧乳については禁句だったっけ、ととてつもない程に今更過ぎる禁忌を思い出し、次からは気を付けよう、とどうせ守られないであろう誓いを立てる。

 目尻に浮かんだ涙を拭い、小春は味噌汁をズズーッと啜る。

 

「イテテテテ……なんか文月学園で過ごしてっと、無駄に体が頑丈になってく気がすんだよな……」

 

「アンタの自業自得が引き起こす災害のせいだけどね」

 

「その災害の根幹が一体何を言って――はい分かりましたちょっと黙ってます」

 

 ギロッ、と獰猛な肉食獣のような目つきで睨まれた小春は冷や汗交じりで口を閉ざす。

 そんな美波と小春のやり取りを見ていた葉月は箸を口に咥えながら――

 

「お姉ちゃんと春のお兄ちゃんはなんだか夫婦みたいだね!」

 

『ぶ――――っ!?』

 

 他称夫婦の口から綺麗な虹が放出された。

 

「い、いきなりなにバカな事を言っているのかしらウチの妹は!?」

 

「そ、そうだよなバカな事だよな今の発言はあー凄ぇ焦ったーっ!」

 

『AHAHAHA!』

 

 漫画かラノベにしか出てこないような日本人視点の外国人のような乾いた笑いでお茶を濁そうとする小春と美波。その顔がリンゴ顔負けなほどに真っ赤になってしまっているのはわざわざ指摘するまでもないだろう。……本当にこいつ等赤面症なのではなかろうか。

 しかし、純粋で素直で言いたいことはつい言ってしまうお年頃な葉月はにぱーっと特殊な性癖を持つ紳士諸君が見たら悶死してしまう程の笑顔を二人に向け――

 

 

「葉月、春のお兄ちゃんが家族になってくれたら、凄く嬉しいです!」

 

 

「葉月ぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

「ちょっと黙ろうぜ葉月! うん、俺のハンバーグ全部やるからお願いちょっと黙ってて!」

 

 夜の島田家の食卓は――いろんな意味で戦場だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 夕食を終えた後、小春は台所で皿洗いを行っていた。

 美波からは「ウチが後でやるからいいのに……」と言われたのだが、流石に何もせずにいるのは我慢ならなかったため、ほぼ無理矢理仕事を奪い取らせていただいたのだ。

 リビングに接する形で設計されている台所からリビングの様子が確認できるわけだが、今は人っ子一人いない状態だ。一応はテレビが点いているが、あれは小春がBGMとして聴くために放置しているだけに過ぎない。

 では、美波と葉月は一体どこに行ってしまったのか。

 それは――

 

『お姉ちゃんの髪、やっぱり綺麗でツヤツヤだね!』

 

『まぁ、手入れは欠かさずにやってるから……って、どこ触ってるの葉月!? 触るのは髪だけにしてってさっきも言ったでしょう!?』

 

『えー。でも、お姉ちゃんのおっぱい、触っても大して柔らかくないよ?』

 

『葉月さーん? ちょろーっとウチと大事な話をしましょうねー!?』

 

(煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散――――ッ!)

 

 ――姉妹仲良くお風呂タイムなのである。

 バシャバシャバシャという水音が浴室の方向から聞こえ、それに耐えようと皿を全力でバシャバシャバシャと洗う小春の皿洗い音が重なるように奏でられる。別に強く力を込めたからといって何かが変わる訳ではないのだが、この煩悩を打ち消すには皿洗いに全神経を集中させるより他はない。……この立場にムッツリーニがいたら鼻血まみれになってんだろうなー。

 ガシャガシャバシャバシャと両手を忙しなく動かしていく小春。先ほどBGM代わりとか言っていたテレビについては、もはや耳どころか意識にすら入っていない様子である。――しかし、風呂からの会話だけは鮮明に聞き取れてしまっている。何だこの悪循環。

 それから二十分ほどかけ、小春は煩悩と戦いながらも皿洗いという試練をなんとか終了させた。皿洗いの間に熱いパトスが鼻の粘膜を刺激しまくっていたのだが、それに打ち勝つことにもなんとか成功した。好きな人の家で鼻血を撒き散らすなど、絶対に許されない。

 さて、とりあえずは休んどくかな。湿った両手をタオルで拭い、疲れた様子でリビングのソファへと移動する。――なんか気を抜いたらこのまま寝てしまいそうなぐらいにドッと疲れがたまっている。今日はこれから葉月に話をするという試練が待ち受けているというのに、このままでは結構ヤバいかもしれない。

 いやまぁ、どうせ後で風呂入るから眠気はそん時取れんだろ。身体の底から湧き上がる欠伸を必死に咬み殺しながら、小春は眠たげな様子でテレビにぼーっと視線を向かわせる。

 と。

 

「春のお兄ちゃんっ!」

 

「ぐぼぁあっ!?」

 

 睡魔に負けそうになっていたところに鳩尾への急激な圧迫感。思わず先ほどのハンバーグが胃から口へと込み上げてきそうになるが、根性と理性でなんとか元の位置まで押し戻すことに成功する。

 涙目で腹の方を見てみると、そこには湯気をほくほく上がらせた状態のませた子供――もとい島田葉月の姿が。おそらくは葉月のタックルによる激痛だったのだろう。この少女のタックルは、肉体の急所を的確に突いてくるから侮れない。やはり美波の実妹もファイターなんだな、と今更ながらに実感する。

 小春は引き攣った笑みのまま葉月の頭を優しく撫でる。

 

「って、お前まだ髪湿ってっぞ? 美波にちゃんとドライヤーしてもらわなかったんか?」

 

「春のお兄ちゃんに早くお話しして欲しかったから逃げてきちゃったです!」

 

「こら、姉の言うことはちゃんと聞かねえと駄目だろー? ちゃんと自分の身内の世話をきちんとしっかりとやってくれる姉ほど良い奴はいねえんだからな? 世間には弟に平気でスタンガンを向けてくる姉もいるんだからなー?」

 

「は、春のお兄ちゃん、説得力が凄いです」

 

「…………俺の実姉があんなにバイオレンスなのは絶対に間違っている」

 

 どこぞのラノベのタイトルのような発言と共にずーんと落ち込んでしまう不遇な弟くん。姉という存在の大切さを最近凄く考え直させられている小春にとって、島田姉妹というのは結構憧れな姉妹だったりする。……姉妹仲が良いっていいよね、本当に。

 「このままじゃ美波に怒られるだろうし……しょうがねえ、俺がドライヤーしてやっから大人しくしてろよ?」「うん!」そう言って小春はリビングの端の方に置かれていたドライヤーを手に取り、葉月の湿った髪を優しい手つきで乾かし始めた。

 

「んっ。んっ……春のお兄ちゃん、ドライヤー上手だねっ」

 

「ミハ姉が風邪で寝込んだ時とか、俺が率先してやってたかんなぁ。……ミハ姉、親父には絶対にやらせなかったし」

 

「親子は仲良く、です!」

 

「アッハッハ。ウチノ親父ハチョット世間一般ノ父親トハチョット違ウンダヨ覚エテオコウナー」

 

「春のお兄ちゃん、声が怖いです……」

 

 光の消えた瞳を浮かべて平坦な声で放たれる言葉に葉月はぶるっと身震いする。

 髪を乾かされていることで猫のように目を細めて気持ちよさそうにしている葉月にほんわかしながら、小春は葉月の長い髪をふわぁっと舞わせ、乾かす作業を終わらせた。

 ドライヤーを元の位置に置いてソファに座り直した小春の膝に、葉月が待ってましたとばかりにちょこんと腰かける。

 と。

 

「あ、あーあー。う、ウチも髪がまだ湿ってるのよねー」

 

「…………」

 

 背後から聞こえてきたそんな言葉に、小春はビクッと肩を震わせる。

 言葉自体は甘えん坊な子供がよく言う微笑ましいものなのだが、その言葉の裏に込められている圧迫感がどこか凄まじい。これは後ろを向いた瞬間に殺されてしまうんじゃないか、という錯覚すらをも覚えさせるほどの圧迫感だ。なんだここは。ここはいつから戦場になったんだ?

 「春のお兄ちゃん?」と小さく首を傾げる葉月に「な、ナンデモナイヨー」とカタコトな返事をし、小春は深呼吸をする。

 そしてゆっくりと後ろを振り返り、

 

「も、もしよかったら、俺が髪を乾かしてやろうか……?」

 

「え、えー? ど、どうしよっかなー? で、でもぉ、小春がどうしても乾かしてあげたいって言うのなら、考えなくもないかなー?」

 

 髪をイジイジと指で弄りながら口を尖らせ、美波は相も変わらず顔を真っ赤にさせながら言い放つ。……正直言って自分でもドン引くぐらいにウザいギャル風な話し方なのだが、今更言い直すなんてのは正直言って――恥ずかしい。

 十年後ぐらいに見たらいい感じに悶絶できそうな黒歴史を大量に生産してしまっている美波は引き攣った顔でチラッと小春の様子を確かめ――

 

(す、凄いドン引きされてるーっ!?)

 

 うわぁ、という言葉が最も合うようなドン引きっぷりだった。しかも、小春の膝の上の葉月までもが美波に向かって引き攣った表情を向けていた。

 姉の威厳とかそういうものが著しい速度で欠落していっているのを身を以って感じている美波は顔を真っ赤にして俯きがちにぷるぷる震え、

 

「…………お、おにぇがいしみゃす。う、ウチの髪を乾かしてくだひゃい!」

 

「…………………………了解です」

 

 正直可愛すぎて気絶するかと思いました、と清水小春は後に語る。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。