桜の花びらが徐々に姿を消し、日本中に新緑が拡がり始めた――そんな時期。
文月学園二年Dクラスはアツく燃えていた。
「ウェディング喫茶とかいいんじゃないか!?」
「コスプレ喫茶なんかもいいと思う!」
「いやいやここはお化け屋敷を!」
「バカ野郎! 学園祭と言ったらメイド喫茶に決まってる!」
挙手をすることも無く好き勝手に意見を出し合うDクラス生。教卓でその様子を見守っているDクラス代表の平賀源二と黒板に板書をしている清水小春は、そんな自分たちのクラスメイト達に引き攣った笑みを浮かべていた。
彼らが何故ここまで盛り上がっているのかというと。
それは、新学年最初の行事『清涼祭』の準備期間に入ったからだ。
試験召喚システムという世間でも類を見ない程に貴重なシステムを取り扱う文月学園は世間からの注目を異常なまでに集めているため、文化祭や運動会といった行事には多くの人々が押し寄せてくる。
さまざまなスポンサーが存在している文月学園は世間からの評判にめっぽう弱く、その評判を下げないために『清涼祭』などの行事ごとの準備期間は比較的長く設定されている。出来るだけ完璧に、出来るだけ面白い出し物を作り上げるため――というのが本音であろう。
そんな、準備期間の
このままじゃ埒が明かないな、と判断した源二はパンパンと両手を鳴らし、
「今の状態じゃいつまで経っても決まらない。――というわけで、今から紙を回すからその紙に自分がやりたいことを書き込んでいってくれ。そうだな、制限時間は五分ってことで。その後、紙を集めて小春が集計をし、最も多かった意見を採用しようと思う」
「俺が集計すんのかよメンドクサ……」
「書記の仕事だと思って頑張れよ」
「勝手に任命されただけだかんな!?」
今更気遣う必要もない犠牲者の悲鳴なんかには意識を向けず、紙を配られたDクラス生達はカリカリカリーッ! と凄まじい速度で自分の意見を書き込んでいく。因みに、小春には配られていない。
「何で俺の分ねえんだよ」
「数える枚数を少しでも減らしてあげたいという俺の気遣いさ」
「ぶっ飛ばすぞテメェ」
アツく握られた拳を振りかぶる小春に肝を冷やしつつも、無意味な攻撃を加えられたくない源二は小春に五センチ幅の正方形型の紙を手渡した。――まぁ、地味に脛を蹴られたから結局は攻撃を加えられている訳なのだけども。
五分が経ち、クラス全員分の紙が小春の机にどっさりと積み上げられた。
「…………おい」
「じゃあ、小春が集計を終えるまで――各自自由行動ということで」
『はーい』
「いやいやよくねえよ何で俺だけ集計係なんだよ――ってオイマジで自由行動すんな教室から出ていくなぁああーっ!」
がやがやがや、と再び喧騒に塗れた教室に、小春の悲痛な叫びが響き渡る。
☆☆☆
「という訳で集計手伝ってください美波さん」
「別にいいわよ?」
「美波さんマジ天使!」
LHRを終え、帰りのHRも終わった後、小春はFクラスへとやってきていた。
元々数学が苦手な小春は集計を何度も何度も間違ってしまい、LHR中に集計を終わらせることが出来なかった。――という訳で、数学が得意な美波に助けを求めに来たわけだ。
両手を掴んでキラキラと目を輝かせてくる小春に頬を仄かに朱く染める美波。その隣では演劇界のホープこと木下秀吉が生暖かい視線を送ってきていて――
「え、何!? 今の一瞬で視界が真っ暗に!」
――清水小春はロープとアイマスクによって拘束されてしまっていた。
本当の本当の一瞬で両手と両足を見事なまでに完璧に縛られてしまった小春の視界を覆っているアイマスクがゆっくりと外される。短い間に光と闇を交互に見せられたことで目がカチカチとなってしまっている小春が瞬きする中、彼の視界にそれは映りこんできた。
「諸君、ここはどこだ?」
「「「最後の審判を下す法廷だ!」」」
「異端者には?」
「「「死の鉄槌を!」」」
「男とは?」
「「「愛を捨て、哀に生きる者!」」」
「宜しい。これより――2-F異端審問会を始める」
凄く異端な集団が、小春の前に立ち塞がっていた。
黒なのか紫なのかよく分からない装束に身を包んだ連中が、蝋燭や鞭を片手にこちらを睨んできている。その中でもリーダー格と思われる人物は片手に巨大な鎌、もう片方の手には裁判なんかでよく使われるハンマーを持っていた。……というか、裁判のために必要な機材が全て用意されていた。
コイツラあの一瞬でよくそこまで準備できたな……、とあまりの混乱に場違いな思考を浮かべる小春を他所に、黒尽くめの怪しい人物は地獄の底から響いてくるような声で言葉を紡ぎ始めた。
「とりあえず――とっとと死刑!」
「弁解の余地なし!? っつーか何で俺が縛られてんのかも不明なんですけど!?」
「む。それもそうだな。何の説明も無しに命を散らすのは納得がいかない、という意見には賛成だ」
「いやいや命散らす前提で話進めんな!」
蓑虫状態で叫ぶ小春を無視し、リーダー格の男子生徒(確定)は続ける。
「まぁ、分かり易く言うと、だな」
「分かり易く言うと?」
「貴様が島田とラブコメを披露しているのが気に食わなかった」
「凄く意味不明な理由を並べられた俺は一体どういう反応をすればいいんだろうか!」
「別にリアクションなど求めてはいない。――とりあえず、処刑方法についての説明を始めよう」
「「「ぶっ殺せーっ!」」」
「法治国家の国民とはとても思えない発言!」
うおーっ! と覆面の中から血涙を零しながら叫ぶ黒づくめの集団に、小春は凄く嫌な予感を覚えてしまう。
引き攣った表情で警戒の色を露わにする小春を睨みつけながら、リーダー格の男子生徒はハッキリとした口調で言う。
「処刑の内容をそのまま伝えてしまうと清水の恐怖を煽る結果となってしまうおそれがあるから、ここは俺の優しさにより、出来るだけオブラートに包んで伝えてやろう」
「もうどう足掻こうが結果的に殺されるんですね!」
「うん、そうだな。つまり、どういう処刑方法かというと――」
男子生徒は空を仰ぐように小春から目を逸らし、
「――鳥のように空を舞う、とだけ言っておこう」
人はそれを処刑と言う。
「ちょっ……鳥のように空を舞うって……俺に紐無しバンジーをやらせるつもりか!?」
「もしくは『パラシュートのないスカイダイビング』とも言うな」
「ちくしょう表現が残酷になりやがった!」
このままでは凄くヤバイ。具体的に言うのなら、一時間もしない内に命を失ってしまいそうなぐらいにヤバイ。Fクラスの嫉妬のレベルは段違いだとは聞いていたが、まさかここまで常識外れだったとは……とりあえずその武器は一体どこから入手してきたのかだけは聞かせてほしい。これからの為にも、是非に。
両手を必死に動かして拘束を解こうともがく小春。――しかし、結構固く縛られているため、ロープが解ける気配はなかった。
万事休す。絶体絶命。
そんな言葉が頭を過る――と同時に体中の毛穴から嫌な汗がドッと噴き出してきた。というか、何で平和なはずの学び舎でこんな目に遭っているのかについて疑問を提示したい。
と、その時。
小春を庇うかのように、美波が彼と異端審問会の間に割り込んできた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「……何だ、島田? 弁護人としての参加なのか?」
「もちろん! 小春はウチが護ってみせる!」
「み、美波……ッ!」
予想外の援軍に感極まる小春くん。
そんな小春に構うことなく、リーダー格の男子生徒は美波に言う。
「では、こちらからの質問に貴様が答え、その返答次第で清水を解放する――という条件で話を進めよう」
「オーケーよ。どんな質問でも答えてやるんだから!」
「そうか」
では、第一の質問。
そうわざわざ前置きし、リーダー格の男子生徒は島田を真っ直ぐ見据えながら――言い放つ。
「何故貴様は清水の手助けを何の躊躇いも無く請け負った?」
「…………………………………」
美波が顔を引き攣らせているのは冗談だと思いたい。
「何故貴様は清水の手助けを何の躊躇いも無く請け負った?」
「…………………………………」
二度に亘る質問に、美波は冷や汗を大量に流しながらも答えない。――というか、美波としては答えられない。だってこれ、答えると同時に告白することになるじゃん。
しかし、このまま静寂し続けていたら、結果的に小春は処刑されてしまう。『ほーちこっか』という言葉が頭を掠めるが、全く別の事に意識を向けている美波はその言葉を華麗にスルーする。
数秒の静寂、数秒の均衡。
両手を握りしめて顔を赤くし、ぷるぷると震える美波はゆっくりと顔を上げ――
「………………あはっ☆」
「屋上へ連れて行け」
「いやぁぁぁあああああああああああああああああっ! み、美波、何やってんだよ美波ぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
Fクラスの男子生徒達に連行されていく小春を、美波は恥ずかしそうに見送るしかなかった。
☆☆☆
寸でのところでの逃亡に成功した小春はようやっと解けたロープを廊下のゴミ箱に放り捨て、Fクラスの教室へと戻ってきていた。……いやだって、集計がまだ終わってないし。
痛む両手をひらひらと振りながら、小春はFクラスの扉を開け――
「ええぇっ!? 姫路さんが転校!?」
耳を疑った。
「い、いきなり凄いワードが聞こえてきたんだが、それは本当かアキ……?」
「あ、小春! いや、えと、今のはその……」
露骨に目を泳がせながらも何とか言葉を並べようとする明久に小春は苦笑を浮かべ、
「もしかして、他人に知られちゃマズイ話だった?」
「う、うん」
「……まぁ、小春なら信用できるから大丈夫だけどね。絶対に人には言うんじゃないわよ?」
「分かってるって、美波。俺、実姉があんなだから、情報の大切さについてはスゲー分かってるつもりだぜ?」
「へー、そうなの。それじゃあこの間、アンタにしか話してないはずの秘密を美春が知ってたことについては、どう弁解するつもりなのかしら?」
「……………………あはっ☆」
「情報の大切さがどうとか偉そうに言える立場かぁぁぁあああああああっ!」
「ひぎゃぁあああああああっ! 右腕が凄まじい角度で折れ曲がって燃えるように痛ぇぇええええええええっ!」
廃屋のようなFクラスの教室に、ツンデレ同士の叫び声が響き渡る。
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次回もお楽しみに!