「まずいぞ清水! 清水さんが戦死した!」
「あーもーやっぱり嫌な予感が当たっちまったよ何やってんだミハ姉ーっ!」
いつの間にか斥候役になってしまっている平岡の報告を受け、小春はガァアアーッ! と頭を抱える。小春と共に近衛部隊に配属されている香川希は小さく苦笑を浮かべていた。
小春たちが位置しているのは、Dクラスの入り口前だ。この防御網を抜かれた先にいるのはDクラス代表の平賀源二。つまり、此処こそがこの戦争における最終防衛ラインなのだ。
小春は頭をガシガシと乱暴に掻きながら、平岡に思いついた限りの作戦を伝える。
「先遣部隊で点数がヤバい奴らをすぐに退避させろ! 今回は数学特化型の部隊を特攻させてっから、何人かで数学教師を無理やりにでも連行してこい! Fクラスが姫路を投下したら最後だかんな!」
「わ、分かった!」
転がるように戦場へと戻って行く平岡を見送りながら小春は大きく溜め息を吐く。
「あーくそっ……意外と押されてんなあDクラス……」
「やはりFクラス代表の坂本君の作戦が凄いのでございましょうか?」
「アイツはあれでも『神童』扱いされてた奴だかんな。俺なんかが勝てるほど弱い奴でもあるまいよ」
「それでは、このままではまずいのでは?」
「なーに、心配いらねえさ」
え? と目を見開く希に小春はニヤリとあくどい笑顔を向け、
「こっちにも秘策があるんでね」
☆☆☆
Dクラスの塚本忍は新校舎中に響き渡るほどの声量で叫び散らしていた。
「Fクラスを新校舎に攻め込ませるな! ここを抜かれたら後がないと思って各自全力で敵を撃破! 最悪の場合、相打ち覚悟で戦死に追い込むんだ!」
『了解!』
声が大きい、という理由で部隊長に任命された忍は『責任』という重みに潰されそうになりながらも、自分を信じて部隊長を任せてくれた代表の源二に勝利を捧げるために声を張り上げて指示を振りまく。
始めは三十人ほどいた先遣部隊も、今となっては十数名にまで減少してしまっている。まさかFクラス相手にここまで追い込まれるとは思っていなかった。小春が『油断すんな』と言った意味が今なら痛い程に分かってしまう。
ギュッ、と拳を握りしめ、忍はFクラスの先遣部隊を視界に納める。
と、そこに。
Dクラスの教室からの情報を持って帰ってきたのであろう平岡が忍の元にまでやって来た。
平岡は額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、Dクラスの先遣部隊全員に聞こえるほどの大音量で指示を伝える。
「数学の船越先生と木内先生を連れてきた! 点数がヤバい奴は迷わず退避して、点数に余裕がある奴は戦死覚悟でFクラスに特攻を仕掛けるように――との報告です!」
『よっしゃ任せとけぇぇぇっ!』
渡り廊下から旧校舎の中央までが『数学』のフィールドに包まれる。数学特化型であるDクラスの先遣部隊は今が勝機とばかりにFクラスの生徒達を次々と撃破。Fクラスの先遣部隊は残り十人にも満たない数にまで減少していた。
これなら勝てる! 汗が滲んだ右手を握りながら勝利を確信する忍。
しかし、Fクラスは彼らの予想を遥かに超える作戦を仕掛けてきた。
それは、Dクラスの鈴木一郎がFクラスの吉井明久に勝負を仕掛けようとした、まさにその瞬間の出来事だった。
ピンポンパンポーン。
《連絡いたします》
聞こえてきたのは、校舎全体に聞こえるように設定された放送音。Dクラスの作戦にそんな行動は含まれていないことから、どうやらFクラスの生徒が放送室で放送を開始したらしい。
その目的は、一体何なのか。
DクラスFクラス共に戦いの手を止め、この後に続く放送に神経を集中させる。
《船越先生、船越先生。吉井明久君が体育館裏で待っています。生徒と教師の垣根を越えた、大事な話があるそうです》
脳が震えた。
「ば、バカな!? Fクラスの吉井は熟女が怖くないのか!?」
「四十うにゃうにゃ歳の船越先生にプロポーズをするなんて……あんな怖ろしい程の覚悟を持ったFクラスに、オレらは勝つことができるのか!?」
「何て男らしいのかしら、Fクラスの吉井君!」
予想を遥かに上回るFクラスの捨て身の作戦を前に、Dクラスの先遣部隊は思わず退け腰になってしまう。
まさか『婚期を逃して生徒達に単位を盾に交際を迫るようになった』船越先生を呼びだす為だけに吉井明久を犠牲に捧げるとは。一体誰が考えた作戦なのかは分からないが、Dクラスなんかとは比べ物にならない程にこの戦争に確固たる意志を持って臨んでいることは間違いない。――Fクラス、怖ろしい敵!
そんなDクラスに連れてこられたはずの船越先生は――
「今すぐ会いに行きます、私の
――目にも止まらぬ速さで窓を突き破って姿を消した。
「ふ、船越先生ぃぃーっ!?」
「ダメだ、流石にあの勧誘には船越先生は逆らえない!」
「ちぃっ! これじゃあ数学フィールドが狭くなっちまう!」
予想外に予想外が上塗りされたせいでDクラス生たちに驚愕と動揺と混乱が伝染していく。部隊長である塚本忍は元に戻しようがない戦況を前に、悔しそうに歯噛みするしかなくなっていた。
このままではFクラスに押し切られてしまう。ここを抜かれた先にいるのは文系特化の近衛部隊。今の数学フィールドのまま攻め込まれたら、とてつもない速度でぶち抜かれてしまうだろう。何としてでもここでFクラスを止めなければならない。――例えこの身が犠牲になろうとも!
鈴木が倒れ、笹島が倒れ、小野寺が倒れ――と先遣部隊が次々と撃破されていく中、忍は意を決して召喚獣を召喚し――
ピンポンパンポーン。
まさかのタイミングで放送を知らせるチャイムが鳴った。
☆☆☆
予想外に予想外を重ねる形で鳴り響いたチャイムに、小春はニィィと口角を吊り上げさせていた。
計画通り、と表情に出ている小春に希は胸に抱いた質問をぶつける。
「あのぅ、小春さん? この放送は一体何なのでございましょうか?」
「まぁ、結局は先生を呼び出すための放送なんだけど……ちょろーっとFクラスに大打撃を与えさせてもらう内容なんだよ」
「はぁ……」
言っている意味がよく分からない、とでも言いたげな苦笑で小首を傾げる希。どこまでいっても大和撫子な希だからか、その行動に卑しさや皮肉さは感じられない。
直後。
小春の作戦であるらしい放送が校舎中に鳴り響く。
《船越先生、船越先生。Fクラスの教室で坂本雄二君が待っています。生徒と教師の垣根を越えた――というかぶっちゃけ「プロポーズしたい」と赤い薔薇を持って準備万端で待っているからさっさと行ってあげてください》
「………………あの、小春、さん?」
「………………正直、やりすぎたと思ってる」
ひくひくと顔を引き攣らせながら顔を覗き込んでくる希から顔を逸らしつつ、小春は哀愁に満ちた表情で雲一つ無い青空を見上げていた。
☆☆☆
Fクラス代表の坂本雄二が特攻を仕掛けてきた。
というか、ぶっちゃけるとFクラスの教室から逃げ出してきていた。
「こぉぉぉはぁぁぁぁるぅぅううううううううううっ!」
「ひ、怯むな! 奴を倒せば俺たちの勝利だ!」
「で、でもあの形相――手を出したらこっちがやられちゃわない!?」
「くそっ、あれが『悪鬼羅刹』の底力だとでも言うのか……ッ!?」
怒りに満ちた形相で渡り廊下を疾走する雄二。周囲から勝負を仕掛けてくるDクラス生は彼の近衛部隊が食い止めているため、彼の走りを邪魔できる者は誰一人としていなかった。
Dクラスの塚本忍を振り切り、雄二は遂に新校舎へと足を踏み入れる。
新校舎内にはDクラス生が十人ほどいて、さらに奥の方には憎き怨敵の姿があった。
清水小春。
先ほどの放送の指示を出したであろう、雄二の友人の一人だった。
「小春テメェ――ぶっとばす!」
「俺を倒したところでこの戦争は終わらねえんだけど……っつーか、そんな少人数でこの防衛線を突破できるわけねえだろ! 勝ちたけりゃせめて姫路でも連れてくるこったな!」
「ンだとコラ……ッ! あんまりFクラスを舐めてんじゃねえ!」
露骨な挑発をしてくる小春に雄二の怒号が飛ぶ。
だが、雄二の言葉はただの負け犬の遠吠えではないらしく、他クラスの生徒に混じる形でFクラス生がDクラス生に勝負を仕掛ける、という中々に卑怯な作戦が小春達の前に展開されていた。
いくらDクラスがFクラスよりも上だと言っても、多対一の状況を作られてしまったらそこまでだ。百点前後をアベレージとするDクラスに、多勢に無勢を覆すほどの戦力は存在しない。
しかし、小春は未だに余裕を持っていた。
(いくら向こうが俺たちより優勢でも、この最終防衛ラインだけは抜けらんねえ。何故なら――このフィールドは『現国』だからだ!)
現国。
正式名称は、現代国語。
小説や評論や漢字、といった日本語をメインとしたその教科は、何を隠そう――小春が最も得意とする教科である。
先ほどは数学メインの布陣を組んでいたが、最終防衛ラインを護っているDクラス生は全員が全員、文系に特化している精鋭達だ。最低でも百点ちょうど、というこの布陣を越えられるのは、Fクラス内では姫路瑞希ただ一人。――そして、その姫路を抑えるほどのチカラを、小春はちょうど所有している。
と、そこに。
雄二の後方から、豊満な胸とふわっとした桃色の髪が特徴の女子生徒が走ってきた。
姫路瑞希。
学年主席の霧島翔子と相並ぶことができるほどの実力を持つ、超絶的才女なFクラスの切り札のご登場だった。
Fクラスの生徒達が抉じ開けた突破口を走り抜けてくる姫路に少しだけ舌を打ち、小春は大声で宣言する。
「Dクラス清水小春、Fクラス姫路瑞希に現国で勝負を挑みます! 試獣召喚!」
「は、はいっ! よろしくおねがいします! 試獣召喚!」
互いの言葉に応えるように足元に魔法陣が浮かび上がり、中からそれぞれの召喚獣が姿を現す。
西洋鎧を身に纏った姫路の召喚獣が巨大な剣を構え、狩人装束に身を包んだ小春の召喚獣がクロスボウを構える。
『Dクラス 清水小春 VS Fクラス 姫路瑞希
現代国語 573点 VS 339点』
あまりにも予想外すぎる点数を前に、Fクラス及びDクラス生までもが口を揃えて驚愕する。
『ご、五百点オーバー!?』
「チッ。理系科目は壊滅的の癖に、相変わらず現国だけは良いんだな……ッ!」
「あ、ははっ! そこを突かれると泣きたくなっからやめてくれ!」
少しだけ落ち込みながらも、小春は自分の召喚獣の右腕に輝く腕輪の特殊能力を発動する。
淡い光が激しい光に変化し、姫路の召喚獣を包み込む。
そして直後。
姫路の召喚獣の動きが停止した。
「え、ええぇっ!? どうして!?」
必死に召喚獣に指示を出す姫路だったが、召喚獣はギギギ……と壊れたロボットのように緩慢な動きしかできていない。
そんな姫路に申し訳なさそうな顔をしながら、小春はどこか自慢げに言う。
「俺の腕輪の能力は『麻痺』。自分の点数を百点消費することで周囲にいる召喚獣を徹底的に麻痺させる。悪りぃが、十秒間は動けねえんでそのつもりで――な!」
そう言うや否や、放たれた小春の召喚獣のクロスボウの矢が姫路の召喚獣の額を貫く。
決して低くはない点数を所持している姫路の召喚獣を戦死に追い込むために、一撃ならず二撃、三撃、四撃……と姫路の点数がゼロになるまで攻撃を加え続けていく小春。矢のリロードの必要がない召喚獣の攻撃は、一分という短い時間で嵐のような連撃を可能としていた。
そして、姫路の点数がゼロになり、姫路の召喚獣が消滅した。
直後。
Dクラス生の歓声が上がった。
「よ、よっしゃぁああーっ!」
「これでFクラスはただのFクラスに戦力が低下したわ!」
「Fクラス代表の坂本を囲め! 一気にトドメを刺すんだ!」
『っ……!?』
予想もしなかった展開に、Fクラス生たちの顔に焦燥が浮かぶ。
Fクラスは姫路を切り札に置いていたため、これ以上の戦況変化は望めない。このままDクラス生に撃破され、地獄の補習室行き&設備のランクダウンを享受するしか未来はない。Aクラス打倒の前にまさかDクラスに負けるとは! とFクラス生たちは悔しそうに顔を歪める。
――坂本雄二以外は、だが。
余裕綽々なDクラス生に雄二はニヤァと悪代官のような笑みを向け、
「おいおい、なに勝手に勝利者ムードになってんだよ」
『は?』
凄く場違いな雄二の余裕にDクラス生は間抜けな声を零してしまう。それは、小春も同様だった。
Dクラスの生徒達が呆気にとられる中、雄二はニヤニヤと既に勝利を確信したかのような笑みと共に――言い放つ。
「ウチのクラスには――
『――――――、あ』
直後。
Dクラスの教室の窓ガラスが割れる音が鳴り、更にDクラス代表の平賀源二の悔しそうな叫び声が新校舎中に響き渡った。
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次回もお楽しみに!