俺の恋路に何故か実姉が立ちはだかっている   作:秋月月日

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 二話連続投稿です。

 今回の話から数話ほどは、小春と美波の一年生の頃の過去編です。


俺と初恋とドイツからの帰国子女 前編

 今日から高校生。

 ただでさえ学校というのは退屈なのに、よりにもよって更に退屈な高校に今日から通わなければならない。姉は変な性癖を持っているし親父は無駄に親バカだし、お母さんに至っては今の時代にしては珍しい程に堅苦しい性格だ。こんなおかしな家庭を抱えたまま高校生になるなんて、どんだけ俺は不幸なんだろう。

 まぁいいか。とりあえずは友達を作るとかそういう事は考えず、授業はテキトーに受けて卒業後はさっさと就職して家を出よう。噂の進学校だか何だか知らないが、学校なんてどれも変わらず退屈に決まってるんだから――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 清水小春は溜め息を吐いていた。

 一年D組と書かれたプレートがある教室の窓際の一番後ろ。外の景色が見える点では最上と言えないこともないが、クラスの仲では少しばかり浮いてしまう位置取りの――そんな座席で、清水小春は頬杖を突いた状態で窓の外を眺めながら大きく溜め息を吐いていた。荒れた心を表現したかのような無造作なオレンジ寄りの茶髪が、窓の隙間から吹いてくる風で柔らかく揺れていた。

 ただでさえ退屈な学校の中でもトップクラスに退屈な行事――入学式を終えた小春たち新一年生は自分が割り振られたクラスに移動し、予め決められていた座席に着席。その後に担任を務めることになっている教師が彼らのクラスへとやってきて、新学年恒例の自己紹介大会が始められてしまった。これからよろしくお願いします、という意思表示と共に自分の個性をアピールする特別な場。そんな自己紹介を前に、小春は虚ろな目で何度も何度も溜め息を繰り返していた。

 

「―――亮です。これから一年間、よろしくお願いします」

 

 小春の二つほど前に座っていた男子生徒が黒板の前で簡単な挨拶をし、自分の座席へと戻って行く。この調子だと、あと一分としない内に小春の順番がやってくるだろう。「名前だけ言ってさっさと座ろう」と小春は心の底から怠そうに――肩を動かして大きく溜め息を吐いた。

 と。

 小春の前の席に座っていた女子生徒が立ち上がり、黒板の前へと移動を始めた。小春の位置からは後ろ姿しか確認出来ないが、後姿だけでもかなりの美少女であることは優に想像できた。茶髪のポニーテールとかすらりと長い手足とか、まるで写真集のモデルのようだ。

 いつの間にか他人に興味を持ってしまっている自分に、小春は吐き捨てるように舌打ちする。入学式前に決めただろうが。俺は友達なんて作らずに、一人で過ごしてテキトーに生きるって。今更生き方を変えようとか思ってんじゃねえよ清水小春。

 

 ――そう、思っていたはずなのに。

 

 例の女子生徒が黒板の前に立ち、チョークを手に取る。

 慣れない手つきで黒板に漢字(・・)で名前を書き、それが終わった直後にくるっとターンをして――小春達クラスメイトの方を振り返った。

 瞬間。

 

(うっわ……スッゲー可愛い……)

 

 小春の心臓を何かが貫通するかのような感覚が――小春を襲った。

 名前も知らないし顔を見てからまだ一分と経っていない。これからはクラスメイトとしていくらかは接する事があるだろうが、そもそも小春は他人を拒絶して生きていこうと決めている。そんな自分が他人を見て胸を躍らせるだなんて、いくらなんでもおかしすぎる。

 しかし。

 そうは言っても、小春は黒板の前に立っているポニーテールの女子生徒から目が離せなくなってしまっている。顔は自分でも分かるぐらいに火照っていて、心臓の鼓動は周りの奴らに聞こえてしまうのではないかという程までに激しくなってしまっている。――本当に俺、どうしちまったんだ!?

 訳が分からず頭を抱える小春を他所に、例の女子生徒は営業スマイルのような笑顔を浮かべ――

 

「シマダ、ミナミ、でス。よろシくお願いしマす」

 

 ――とても異色な挨拶をした。

 予想もしなかった言葉遣いに、クラス全員が「え?」と頭上に大量の疑問符を浮かべてしまう。それは小春も同様で、露骨に動揺している自分を抑え込みながらも不思議そうに小首を傾げてしまっている。

 そんな生徒達の様子に気づいたのか、担任の教師は「えっとですね……」と苦笑を浮かべ、

 

「島田さんはドイツからの帰国子女だそうです。日本にはつい最近帰国したばかりなので、皆さん色々と助けてあげてください」

 

 そんな教師の説明に皆は納得したかのような表情を浮かべる。なるほど、帰国子女だから日本語がカタコトなのか……それにしては初心者とは思えねえ程に喋れてんな。自分で努力したんだろうか? 異国の地で独りぼっちにならないように、だとかいう理由だったら感動ものだな。

 相変わらずの捻くれた思考回路で例の女子生徒を評価する小春。

 すると。

 小春の周囲のクラスメイト達が、例の女子生徒――シマダミナミを見てクスクスと忍び笑いをし始めた。……あぁ、そういう事か。

 おそらく、クラスメイト達が笑い出した理由は、シマダミナミという女子生徒が黒板に書いた名前だろう。

 本当なら『島田美波』と書くところを、彼女は『島田美彼』と書いてしまっている。これでは名前としては間違っているし、彼らが笑ってしまうのも理解できない訳ではない。

 しかし、だ。

 最近日本に来たばかりで日本語が少し喋れるだけでも大したものなのに、島田は頑張って自分の名前を慣れない漢字で書いた。これは称賛されるこそすれ、笑われるのは理不尽極まりない。自分たちが島田の立場だったら同じ事を言えるのか? 人の事を笑う前にまずその人の気持ちになりやがれ。――と小春は大きく溜め息を吐き、

 

「先生。島田さんに一言あるので、発言許可をください」

 

「あ、はい。質問ですね? どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 礼を述べると同時に椅子から立ち上がり、小春は島田の真後ろ――例の名前を人差し指で指し示す。

 

「島田、お前に言いたい事が一つある」

 

「??? え、と……なンでしょウか?」

 

「The character of the "wave" of "Minami Shimada" -- it is wrong?(『島田美波』の『波』の字、間違ってんぞ?)」

 

「へ? …………~~~ッ!」

 

 小春の口から放たれた英語にクラスメイト達は騒然とし、指摘された対象である島田は自分が描いた名前をシュバッ! と確認し、目にも止まらぬ速さでそれを消去。『Minami Shimada』と大きくローマ字で乱暴に書き殴った。

 顔を真っ赤にしながら自分の席に戻っていく島田に(何で俺、慣れねえ事してんだろうな)とやや自嘲気味な思考を浮かべ、椅子に座ることなくそのまま黒板の方へと歩き始めた。次は小春の自己紹介。ここで失礼な事を言った者は学校での居場所を失くし、一人での寂しい学校生活を送る事になってしまう。そんなことぐらいは、流石の小春でも分かっている。

 しかし。

 流石にこのままの状態で何も言わずにいられる程――清水小春は甘く育った覚えはない。

 『清水小春』と黒板に大きく漢字で書き、小春は眠そうでありながらどこか気怠そうな目つきでクラス全域を見渡し――

 

「清水小春。家が喫茶店を経営してて、時々外国圏の客が来るから英語は自分である程度は習得してます。それで、お前らに一つだけ文句を。――人の過失の失敗見てクスクス笑ってんじゃねえよ。お前らの底の浅さが露呈してんの、ちゃんと理解できてんのか?」

 

『――――なっ……!?』

 

「以上です。これから一年間――勝手によろしくしててください」

 

 あーあ。初っ端からやっちまった。

 中学生の時からずっとこんな調子だし、俺はもう友達なんて作れねえのかもしんねえな。ミハ姉からは「もう少し他人に優しくしたらどうですか?」とか何とか言われてっけど、基本的に女性主義者なあのクソ姉にだけはそんな忠告はされたくない。悔しかったら彼氏の一人でも作ってみろってんだ。

 自分の言葉に対するクラスメイト達からの怒りの視線を一身に受け止めながら、小春は大きく溜め息を吐き、そのまま乱暴な調子で自分の椅子に腰を下ろす。この後にもクラスメイト達の自己紹介が残っているのだが、今の小春にとってはどうでも良い。先の発言でクラスメイト全員を敵に回している以上、彼らの名前なんて知った時点で仲良くするなんて到底不可能なのだから――。

 机に頬杖を突いて窓の外を眺め、小さく溜め息を吐く。こんな調子で後三年間、本当に大丈夫なんだろうか? 先生に盾突く気など毛頭ねえが、さっきの発言でバッチリマークはされただろうからな……いっそ出席日数ギリギリだけ学校に来て、それ以外はネットカフェなんかで時間潰すか?

 そんな調子で自分本位な思考に意識を向ける小春の机を、トントンと人差し指で突く者がいた。――はて、誰だろう? 自己紹介をシカトしていた小春を叱りに担任教師が近づいてきたんだろうか?

 さまざまな予想を立てながら小春は前方を振り向き、

 

「――――、へ?」

 

 先ほどの女子生徒が、超至近距離でこちらの方を凝視してきていた。

 見る者全てを吸い込んでしまいそうな碧眼に思わず言葉を失う小春。顔は再び火照ってしまっていて、胸の鼓動も例に漏れず大変な事になってしまっている。本当、どうしちまったんだよ俺!

 露骨に動揺している小春に女子生徒――島田美波は先ほどの営業スマイルとは少し違う、心からの小さな微笑みを小春に向け、

 

「Thank you for pointing out a mistake a while ago.(さっきは間違いを指摘してくれてありがとう)」

 

「ぁ……え、っと、その……。You are not only German. Can you also speak English?(ドイツ語だけじゃなく、英語も喋れんだな)」

 

「Because English is useful.(英語は便利だからね)」

 

 そう言って苦笑を浮かべる島田。さっきの自己紹介からは想像出来なかったが、結構可愛らしい普通の女の子のような性格をしているようだ。……やはり言葉が通じるクラスメイトがいたことで緊張が解れたのだろう。

 自分がいつの間にか表情を緩ませている事には気づかない小春は島田との会話を弾ませていく。未だにクラスメイト達の自己紹介は続行中だが、彼らは小声で英語でのやり取りを続行する。

 そんな中、島田がこんな事を言ってきた。

 

「Thank you for caring about me a while ago.(さっきは私を気遣ってくれてありがとう)Because it was fairly mortifying when it smiled on everybody.(皆に笑われたとき、結構悔しかったから)」

 

「It is for you independently.(別にお前の為じゃねえよ)That fellow etc. who laugh at efforts of people were not only able to be allowed.(人の努力を笑うアイツラが許せなかっただけだ)」

 

「Do so?(そっか)But thanks.(でも、本当にありがとね)Only a few, mind became easy.(少しだけ、気が楽になったわ)」

 

「…………Mistake freely.(勝手に勘違いしてろ)」

 

 英語で素直に感謝の意を伝えてくる島田に小春は口を尖らせてそっぽを向いた。中学生に上がった頃から結構ツンデレな性格を構築してきてしまっている小春は、他人からの素直な感謝に滅法弱かったりするのだ。

 つっけんどんな態度をとる小春に美波は思わず吹き出してしまう。

 と。

 

「こらっ。島田さんと清水くん。まだ自己紹介は終わっていません。私語は慎むように」

 

「「I'm sorry.(ごめんなさい)」」

 

「島田さんはともかくとして、どうして清水くんまでもが英語で謝ってくるんですか……」

 

 やれやれ、と言った風に頭を掻く担任教師に、二人は思わずクスッと笑った。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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