俺の恋路に何故か実姉が立ちはだかっている   作:秋月月日

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俺と美波と如月グランドパーク 後編

 失礼な言動を引き連れて現れたのは、青い身体が特徴のキツネの着ぐるみだった。優しい性格をアピールするかのような糸目はフィーに絡んでいた美波に向けられている。どうやら彼の標的は美波のようだ。

 小春が必死に羽交い絞めにしている美波をビシッと指差し、青いキツネ――ノインはやや演技がかった態度で言い放つ。

 

『フィーを虐める奴は、このノインが許さな右腕が捩じ切れるように痛いぃいいいいいっ!』

 

「誰が貧乳ですってぇ……ッ!? これでも寄せて上げればBくらいはあるんだからねっ!」

 

「お、落ち着け美波! そんままじゃノインが次世代生物に変貌を遂げちまう!」

 

「大丈夫! その先の世代にまでウチが変えてあげるから!」

 

「全然大丈夫な点が見当たんねえんだけど!?」

 

 額に青筋を浮かべて絶賛修羅モード中な美波を小春はノインから引き離し、彼女を羽交い絞めにした状態でノインから数メートルほど距離を取る。数歩程度の距離だったら彼女の長い脚が一気に無かった事にしてしまう為、これぐらいの距離を空けなくてはならないのだ。

 グルルルル、と肉食獣の様に唸る美波に小春は苦笑を浮かべ、

 

「で。えっと……フィーのオススメする大迷宮は、一体どういう点がオススメなんだ?」

 

『清水くん……』

 

 今のセリフは見逃してやろう。

 

『あ、あのっ、えっとね! 大迷宮のオススメポイントは――』

 

「オススメポイントは?」

 

『――暗がりで女の子に抱き着かれ放題って所なのっ!』

 

 瞬間。

 小春の理性がはじけ飛んだ。

 

「み、美波! 大迷宮に行こう! 今すぐにでも!」

 

「不純な動機を目の前で提示されて素直に行く訳ないでしょう!?」

 

『ノインも大迷宮をオススメするよっ!』

 

「吉井アンタは黙ってなさい。それ以上喋ったら右脚と額をくっつけるわよ?」

 

『やっぱりなんか僕に対してだけ島田さん酷いよね!?』

 

 もはや自分が吉井明久であることを隠す気もないのかコイツは。……いや、まだ着ぐるみを脱いでいないだけ明久にしてはまだ頑張っている方なのだろう。そして、激しい動きのせいでスカートが捲れ上がりそうになっている美波の姿に、遠くの方にいた従業員が静かに懐からカメラを取り出しているのを美波は見逃さなかった。土屋の奴、二日続けて参加してるのね……ッ!

 ぐいぐいと腕を小春に引っ張られ、ぐいぐいと背中をフィーに圧される美波。そんな彼らの傍でノインは「ふれー! ふれー!」と大きく旗を振っている。流石は婚約と悪夢の国、しつこいぐらいの勧誘だ。というか、何で小春がやる気になっているのかがウチには理解できない!

 そして結局、抵抗虚しく大迷宮へと連れて行かれてしまった美波は額に手をついて深い溜め息を吐き、

 

「……まぁ、いいわ。せっかくの遊園地なんだし、楽しまないと損よね」

 

「あ、ごめん美波! また俺の都合で振り回しちまって……」

 

「うん、小春は悪くないの。悪いのは全部――この作戦を考えた坂本なんだから」

 

 ギチッ、と両の拳を握り締め、青く晴れ渡った空を睨みつけるように見上げる美波。しかし彼女が睨みつけているのはどう考えても青空ではない。この遊園地のどこかでほくそ笑んでいるであろう坂本雄二に自らの怒りを伝えているのだ。

 そ、それにしても! と小春は美波の顔を目の前の大迷宮にロックさせ、

 

「大迷宮っつー名前なだけあって、本当にデケーなこのアトラクション!」

 

「確かにね。これ、脱出するまでに一体どれくらいの時間がかかっちゃうのかしら……」

 

「美波美波。そういえば日本には、右手の法則っつーのがあってだな」

 

「それ結末は凄く時間がかかっちゃうってだけじゃない。却下よ、却下。クリアするなら自分たちの勘に頼るべきに決まってるでしょう?」

 

「……俺、時々美波がBクラスレベルの生徒に見える時があるんだ……」

 

「そりゃまぁ、日本語さえ読めればBクラスレベルの学力だしね、ウチ」

 

 帰国子女だからどうしようもないけど、と小さく肩を竦める美波。

 二人のそんなやり取りが一区切りした直後、傍で待機していたフィーとノインが美波に向かって一枚の紙を差し出してきた。

 

『それではまずはこの誓約書を――』

 

「目指せワールドカップ!」

 

 凄まじい速度で蹴り上げられた誓約書が、一瞬で粉々になった。

 

「坂本と同じ手段なんかに引っかかるようなウチじゃないんだから!」

 

『さ、流石は島田さん……ま、まぁ、それはともかく!』

 

『お二人様、大迷宮へとごあんなーい!』

 

 誓約書(カーボン紙入りの婚姻届)が破壊された事に動揺するも、フィーとノインは小春と美波を無事に大迷宮の中へと送り届けることに成功する。

 キツネコンビの策略で大迷宮へと結局は入る羽目になってしまった美波はもはや何度目かも分からない溜め息を吐き、少しだけ顔を赤くしながら小春の右手を左手でギュッと握った。

 

「ひゃわぁあっ!? み、美波!?」

 

「なによ。アンタが無理やり連れて来たんだから、責任持ってウチを護ってよね」

 

「い、いやそりゃ分ってっけど、何故に手を……?」

 

「こ、細かい事は気にしなくていいの! ほら、さっさと前に進む進む!」

 

「あ痛ぁっ! わ、分かった、分かったから太腿蹴んな貫通する!」

 

 結局は美波の尻に敷かれてしまった小春は痛む太腿に涙を浮かべながら、大迷宮の入り組んだ通路を慎重な足取りで進み始めた。大迷宮という名の割には『やけに入り組んだ暗い道』であるこのアトラクション。……本当に脱出できる奴なんているのだろうか? というか、そもそも三メートル先が見えない迷宮って何だ。遊園地内で迷子になれと言ってるのかココのスタッフは。

 そんな心配をしながらも勘で道を選んでいく小春と美波。二人でビクビクと震えながら手を繋いで暗がりを進むその様子は、他者から見れば凄くラブラブなバカップルのようにしか見えない。……まぁ、それを言ったら二人は赤面して全力で否定するのだろうが。

 右折して左折して直進して左折。ゴールがどこにあるのかも分からない迷宮を進んでいく事、体感時間五分後。

 その試練はやって来た。

 

 ガコン、というイレギュラーな音。

 

「「え?」」

 

 すぐ後ろから聞こえてきた音にピタッと動きを止める小春と美波。気のせいか、さっきまで無駄に複雑回帰していた道が一本道になっていて――そしてやや下り坂になってしまっているような気がする。

 恐る恐ると言った様子で二人同時に後ろを振り返る。

 そこ、には――。

 

 巨大な鉄球な超高速度で接近中☆

 

「き、きゃぁああああああああああああああああああっ!」

 

「だ、大迷宮の名に恥じねえトラップが出現しやがったぁああああああああっ!」

 

「遊園地内で命の危機に晒されるとか意味分かんないわよぉおおおおおおおおっ!」

 

「「わぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」」

 

 命を懸けた二人の戦いが、今始まる!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 なんとか大迷宮からの脱出を果たした小春と美波は――

 

「ぜ、ぜーっ、ぜーっ……」

 

「ひゅー、ひゅー……うっぷ」

 

 ――ベンチの上で完全に満身創痍だった。

 せっかくのお洒落着は大量の汗でベタベタになっていて、なんというか……凄く気持ち悪い。全力ダッシュによる空気抵抗でセットした髪はグシャグシャだし、もういろいろと残念な事になっていた。

 互いに俯いて全力で酸素を吸入している二人の肩にフィーとノインは優しく手を置き、

 

『どう? 結婚したくなった?』

 

『吊り橋効果は絶大なはずだよねっ!』

 

「あ、アンタ達、明日の学校、覚悟、しときなさい、よ……ッ!」

 

「そ、そん時は、俺も、呼んでくれ……全力で、叩きのめして、やっから、さ……」

 

 乱れまくった呼吸のせいで上手く話す事が出来ていないツンデレ二人。これはかなりチャンスかもしれない。いつもなら凶暴で凶悪な美波も、今はただの疲れ切った女の子。このまま例のクイズ会場にまで連行すれば――作戦は成功だ!

 予想外のチャンスに悪い笑みを浮かべる明久と瑞希。最近やけに瑞希がFクラスの空気に汚染されてきている気がしてならない。あの純粋だった瑞希を今すぐにでも返してほしい。

 と。

 そんな幼馴染みコンビの思惑に反して、小春と美波は思いもよらない言葉を言い放った。

 

「そんじゃ、結構楽しんで疲れちまったし、そろそろ帰ろうかな」

 

「そうね。ウチも十分楽しんだし、これ以上ここに居ても酷い目に遭う未来しか見えないものね」

 

 よいしょっ、とベンチから立ち上がるなり入退場ゲートへと歩いていく二人に、明久と瑞希は心の底から焦りを露わにする。

 

『い、いきなり何言ってるのさ二人とも! まだまだ本番はこれからでしょ!?』

 

「え? いやだって、疲れちまってっし……」

 

『疲れなんて二人のラブラブパワーで吹き飛ばせます!』

 

「瑞希アンタマジで明日覚えときなさいよ。ウチ、今回ばかりは――手加減できそうにないから」

 

『美波ちゃあん!?』

 

 必死に足止めをしようとしてくるキツネコンビを引き離すように走り出し、二人は目にも止まらぬ速さで入退場ゲートを潜り切った。流石の明久たちも如月グランドパークの外へは出られないのか、入退場ゲートよりも先まで追ってくる様子は見られない。逃げ切った! と小春と美波は二人同時に胸を撫で下ろす。

 かなり疲れているのか、小春と美波はバス停に停まっているバスに乗り込むまでの間、彼らにしては珍しい事に一言も話さなかった。――まぁ、喋らない代わりに手は繋いではいたのだけれど。

 今が夕方の微妙な時間という事もあってか、バスの中には小春と美波以外の客の姿は見られない。駅までの停留所でも乗り込んでくる客は一人もおらず、二人を乗せたバスはノンストップで目的地である駅まで到着した。

 そして。

 一向に下りてくる様子のない二人に疑問を持った運転手が彼らが座った座席まで歩み寄ってみると、

 

「おやおや。こりゃまた随分と仲の良いカップルさんだねぇ」

 

 互いに肩を寄せ、互いの手を繋いだまま熟睡している小春と美波の姿があった。

 

 

 

 

 因みに、翌日のFクラスにて。

 

「おはよう、吉井、瑞希、坂本、土屋、木下。昨日は随分と面白い事してくれたわね」

 

「な、何の事じゃ? ワシには全く分からんのう!」

 

「…………右に同じ」

 

「そ、そうです。木下君の言う通り、私には何がなんだかさっぱり!」

 

「だな! 俺達は昨日、明久の家で勉強会をしてたもんな!」

 

「う、うん! いやー、昨日は大変だったなぁ!」

 

「……へー。ふーん。五人仲良く勉強会、ねぇ……?」

 

『…………(だらだらだら)』

 

「あ、そうだぁ。そういえばウチ、ここに来る前にいろいろと用事を済ませてきたのよねぇ」

 

「よ、用事? それは一体どんな用事なの?」

 

「たくさんあったから全部は覚えてないんだけど……」

 

『…………ゴクリ』

 

「まず最初に、坂本の家に――段ボール箱いっぱいの梱包材を送ったわ」

 

「バカなァアアアアアアアアアアアアッ! テメェ島田、そんな事したらうちの家事が滞っちまうだろうが!」

 

「そして次に、吉井の部屋に――大量の味塩を送り届けてやったわ」

 

「酷いよ島田さん! 僕に塩分の取り過ぎで死ねって言いたいの!?」

 

「更に、木下の部屋に――清涼祭中の木下の女装姿の写真を送ってやったわ」

 

「姉上に殺される!?」

 

「土屋の部屋には――ドイツ語の辞書を十冊ほど送ったわね」

 

「…………地味に酷い……ッ!」

 

「最後に、瑞希の家には――ウチが代筆したラブレターを差出人と受取人の名前を書いた状態で郵便受けに入れて来たわ!」

 

「美波ちゃぁあああああああああああん!? な、何故か私の罰だけ凄く悪質になってませんか!? そ、そんなのお父さんたちに見られたら、私は、私は……ッ!」

 

 揃って頭を抱えて悲鳴を上げる五人の友人たちに美波は小さく溜め息を吐き、

 

「あんな事しなくたって、ウチはずっと小春の事が好きでいる自信があるのに……」

 

 窓から空を見上げながら、照れ臭そうに小さく笑った。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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