美波が因果応報の苦しみに身を悶えさせた後、何故かスタッフから解放された二人は普通のデートのように純粋の如月グランドパークのアトラクションを楽しんでいた。
「美波! 次はアレ、アレ乗ろう!」
「もう、分かったからそんなに急がなくても……」
「分かってっけど体が勝手に急いでんだよ! ああっ、遊園地ってこんなに楽しいトコだったんだなぁ……ッ!」
子供のように純粋の楽しそうな笑みを浮かべて自分の腕を引っ張る小春に美波は思わず苦笑する。遊園地に来るのは小学生以来だとか言っていたが、流石にこれは喜びすぎではなかろうか。そんなに記憶から抹消されていたのだろうか? ……常日頃が辛いからとかいう理由で無い事を祈りたい。
ジェットコースターの次にジェットコースター、更にその次もジェットコースター……という具合に連続的に絶叫マシンに乗せられていく度に、美波の耐久値が徐々に徐々にと削られていく。小春が喜んでるから我慢しよう、という凄まじい程に強い意志の下に我慢を続けている訳だが、流石にそろそろ限界がやってきそうだ。
そんな美波の心内に気づいたのか。
忙しなく動かしていた足を止め、興奮気味だった小春が心配そうな表情で美波の顔を覗き込んできた。
「大丈夫か、美波? もしかして、俺のせいで結構疲れてる……?」
「ま、まぁ、ね。流石に絶叫系を五本も六本も梯子するのは結構疲労が溜まるというかなんというか……」
「……ごめん……俺の我が儘に振り回せちまって……」
しゅん、と捨てられた子犬のように露骨に落ち込む小春に(お持ち帰りぃいいいいっ!)と思わず叫びそうになった美波を一体誰が責められようか。基本的に中性的な容姿である小春は落ち込むなどの何気ない動作で異性の保護欲を掻きたててしまう特性を持つ。今回の場合もその例に漏れず、美波は本能と理性のガチバトルに身を投じてしまっている。
心内での激戦で理性がなんとか勝利を収めた美波は高鳴る胸を右手で抑え、
「とりあえず、そこのベンチで休まない? 久しぶりにゆっくり話でもしましょうよ」
「……うん」
頑張れウチの理性! ここで負けたら刑務所行きだ!
「ほら、そんなに落ち込んでないのっ。男の子なんだからもう少し胸を張りなさい」
「……うん」
ダメだ、このままじゃ禁断の扉を蹴破ってしまう……ッ!
目をうるうるとさせてなんとか自分の悲しみを取り除こうとしている小春にハートを射抜かれた美波はベンチに何度も何度も額を打ち付ける。それを見た小春が目を見開いて呆然としてしまっているのだが、必死に本能を抑え込もうとしている美波はそんな小春の視線には気づかない。
そして。
額が擦り剝ける程に頭突きを繰り返した美波は凄くやり切った感溢れる笑顔を小春に向け、
「大丈夫! ウチはもう大丈夫だからっ!」
「血をだらだら流しながら言われても説得力皆無! ほ、ほらっ、ちょっとこっち向いてろ! 今から傷を消毒して絆創膏貼ってやっから!」
そう言いながら肩掛け鞄の蓋を開け、中から消毒液と絆創膏を取り出しはじめる小春。なんでそんな応急処置グッズを持ち歩いているのかについてのツッコミは野暮というものだろう。……だってどう考えてもウチが関係しているようでならないし。
「っ」「痛いだろうけど我慢しろよー」トントン、と消毒液を含ませたガーゼで額の傷を優しく叩き、トドメとばかりに絆創膏を皺を作ることなく綺麗に貼る。やけに手馴れてるな、とか、額に絆創膏は嫌だなぁ、とかいう感想が心に浮かぶよりも先に、美波はとんでもない程の混乱に襲われていた。
その混乱とは――
(小春の絆創膏が額にそして小春に応急処置してもらっちゃったしかも小春の顔が凄く近かったぁああああああああああああああっ!)
――絶賛乙女モードがフルブースト!
あわわわわ、と顔を紅蓮に染めて露骨に動揺する美波。この如月グランドパークに来てからずっと情緒不安定になっている気がする。というよりも、情緒不安定になってしまう展開が多すぎる気がする!
ベンチで休んで駄弁ろうとしていたのにもはやそれどころじゃない! とアツく火照った頬を両手でムギューっと抑えて地面と睨めっこを開始する美波さん。頭の天辺から湯気が出ているのは果たして小春の見間違いか。もしかしたら頭で焼き肉が出来るかもしれんね。
顔を抑えて混乱して動揺して目をぐるぐると回している美波をぼーっと眺める小春くん。
何を思ったのか、小春は膝の上に置いていた両手をゆっくりと宙に彷徨わせ――
「おお、本当に柔らかいんだなー」
「ふにゃぁあああああああああああああああああぁぁぁ……――がくんっ」
美波の頬が大きく凹むと同時に、美波の意識が深い闇の中へと沈んでいった。
☆☆☆
『キツネのフィーがとっても楽しいアトラクションを紹介するよ♪』
「きゃぁ――――――っ!」
『ごぶへぇあっ!?』
目を覚ますと、婚約と悪夢の国の象徴が凄く近くで顔を覗き込んできていた。
思わず絶叫を放つと同時に放った渾身の右ストレートで黄色のキツネを数メートル前方へと殴り飛ばしてしまった美波はいろんな意味で激しくなってしまっている鼓動を手で抑えながら、周囲をキョロキョロと見渡してみる。因みに、殴り飛ばされたキツネのフィーは殴られた胸を抑えながら『うぅ、美波ちゃん酷いです……』と自分から正体を明かすような呟きを漏らしてしまっている。
美波が目を覚ましたのはどうやらお化け屋敷の近くらしく、視界のあちらこちらにフランケンシュタインやらミイラ男やらの模型が映りこんできている。昨日の経験から凄く嫌な予感がビンビンな訳だが、そんな事よりも小春の姿が見えない事に対して異議を申し立てたい。こんな所に放置とは、流石の美波でも許容できない。
ぶすっ、と不貞腐れたように口を膨らませる美波。
さて、見つけたらどうしてくれようか。そんなことを思いながら拳をパキポキと鳴ら――
「隙アリィッ!」
「ひゃわぁあんっ!」
首元に走った冷感に思わず色っぽい悲鳴を上げてしまう美波。
シュバッ! と首を右手で覆って後方を振り返ると、そこにはニコニコ笑顔の小春の姿があった。よくよく見てみると、彼の両手にはスポーツドリンクが入ったペットボトルが握られている。おそらく、美波が倒れた理由を熱中症か何かと勘違いしたのだろう。熱中症の際に飲料するもので一番だと言われているスポーツドリンクを持って来るあたり、彼の優しさが窺える。
ほれ、と差し出されたペットボトルを受け取り、「あ、ありがとう」とぎこちない返答をする。やはり今日は何故か調子が狂ってしまう。いつもだったら何の違和感もなく感謝の言葉を述べる事が出来るというのに……本当に今日のウチはどうしちゃったんだろう?
小春から貰ったスポーツドリンクをゴキュゴキュと胃の中に流し込んでいく。連続の絶叫マシンと激しい動揺のせいで喉が渇いていたのか、自分でも驚いてしまう程の勢いでペットボトルの中身が無くなっていき――気づいた時には完全に飲み干してしまっていた。これは女として色々とどうなんだろう……。
度重なる失態に露骨に肩を落として落ち込む美波。
そんな美波の肩を優しく叩き、小春は相変わらずの邪気のない笑顔でこう言った。
「んじゃ、美波も無事に起きた事だし、次はお前が行きたいアトラクションに行こうぜ!」
「へ? ウチが行きたいアトラクション?」
「おうっ! さっきは俺の都合で振り回しちまったかんな。次は俺がお前の都合で振り回されてやんよ! で、どこから行きたい? お化け屋敷? シューティング? コーヒーカップ? メリーゴーランド? 出来ればコーヒーカップは遠慮させてくださいっ」
「あ、ちょ、あのっ……」
ニコニコ笑顔のまま早口言葉のように捲し立てる小春に美波は完全にペースを持っていかれてしまっていた。ウチに合わせるとか言っておいて初っ端から置いてけぼりにしてんじゃない、とツッコミを入れそうになった美波は絶対に悪くない。
と、そこに。
手を空中に彷徨わせるしか出来なくなっていた美波を助けるかのように、例の黄色キツネが横から話しかけてきた。
『キツネのフィーがとっても楽しいオススメのアトラクションを紹介するよ♪』
「へー。ここってマスコットが直々にオススメとか教えてくれんだなー」
「……いやいやいや。いくらなんでもそれはない。そして少しは疑問に思いなさいよどう考えてもキグルミの頭の下からはみ出た桃色の髪とかその声色とか考えるまでも無く瑞希じゃない!」
「へ? そうなんか? 俺、姫路とはそこまで喋った事ねえからよく分かんねえんだけど……流石にあの姫路がこんな所にいるわきゃねえって」
「ウチも本当はそう思いたいんだけどね……ッ!」
額に手を当てて疲れたように呟く美波。
可愛らしい動きでマスコット感を完璧に醸し出しているキツネのフィーに黒い笑みを向け、美波は中の人の正体を白日の下に晒す為に切り札を提示する――!
「ここで突然の暴露話! 文月学園二年Fクラスの姫路瑞希は同じクラスの吉井明久の事が本当の本当に好――」
『きゃぁあああああああああああああああああっ! な、何言ってるんですか美波ちゃぁん!? そ、その事は秘密にしてって、この間約束したじゃないですかぁっ!』
「ねぇ瑞希。二日続けてアルバイトなんて大変ねぇ?」
『…………』
キグルミの下はさぞ青褪めているんでしょうね。
ピタッ、と完全に動きが停止したキツネのフィーに勝ち誇ったような笑みを向ける美波。その隣では小春が「他のキツネは何処に居んのかな……」と凄く場違いな言葉と共に辺りをキョロキョロと見渡している。大丈夫、どうせすぐにバカなノインが顔面前後反転状態でこっちに走って来るでしょうから。
さて、フィーの正体は分かったし、このまま小春を連れて逃げれば万事解け――
『フィーのオススメはそこの大迷宮だよっ☆』
「このまま押し通すですって!?」
バカな! 昨日の瑞希だったらここでも明らかなボロを出すはずなのに! やはり坂本の奴が今日は計画班に回っているって事なのかしら……これは、色々と覚悟を決める必要がありそうね……ッ!
凄まじい威圧感と共に自分たちを大迷宮へと向かわせようとするキツネのフィー。来場者を連行しようとするマスコットとか聞いた事もないのだが、もはやこの遊園地に置いてはその常識は当てはまらない。ウェディングシフトとかいうふざけた催しを成功させるためならば、コイツらは鬼にでも般若にでも平気で成り代わってしまうのだ。
グギギギ、と美波とフィーの押し問答が続く。小春は相変わらず「お化け屋敷って、マジモンのお化けとか出てきたりすんのかな?」と場違いな言葉を吐き出している。如月グランドパークに入って以降、どこか子供っぽくなってしまっているように感じるのは気のせいか。……まぁ、あの
『大迷宮!』「絶対に嫌っ!」そんな感じで美波とフィーが押して引いてのやり取りを繰り返していた――その時。
『そこまでだよ島田さ――じゃなくって、そこの貧乳の女の子!』
「アンタを潰すわ。物理的に、指の先から!」
美波が拳を握ると同時に、小春が彼女を羽交い絞めにした。
夢と希望の国である如月グランドパークの試練は、まだまだ始まったばかりである――。
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次回もお楽しみに!