「はい、それではこれから一年間、仲良く勉学に励んでくださいね?」
『はーい』
Dクラスの担任である遠藤先生なる女性教師の笑顔と共に放たれた言葉を受け、小春達Dクラス生はほんわかした言葉で返答した。
今の時間は簡易ホームルームであり、この後は基本的に自由――つまりは放課後ということになっている。クラスの仲を深めるも良し、そのまま下校するのも良し、ということだ。
遠藤が手を振りながら教室を出ていったのを確認した後、小春は源二の席まで移動し、
「源二ー。この後、なんか用事とかあるかー?」
「いや、別に暇だけど……」
「そっか。んじゃ、久しぶりにゲーセンにでも行かね? 今度こそはホッケーでお前に一矢報いてやらぁ!」
「ははっ、そういえばお前、俺に一勝もしたことなかったっけ? 家庭用ゲームとかだったら結構強いのに、ホッケーに関してだけは凄く弱いものな」
「うっせえ黙れ!」
ニヤニヤと勝ち誇った笑顔を浮かべる源二に小春は既に負け犬の遠吠え染みた言葉を放つ。
このDクラスに割り振られた生徒達は基本的に友好的な部類であるらしく、小春や源二の周囲でもいくつかのグループが構築されていっている。小春の実姉である美春は、玉野美紀という女子生徒と仲良さ気に駄弁っていた。
と、そんな時。
Dクラスの扉を勢いよく開け放ち、文月学園で最も有名な男子生徒が姿を現した。
Dクラスの生徒達が注目する中、男子生徒は凄く警戒したような表情で小春達を一瞥し――
「ぼ、僕達FクラスはDクラスに――試験召喚戦争を申し込む!」
☆☆☆
宣戦布告。
しかも、下位のクラスからの宣戦布告。
まさか新学年初日から宣戦布告されるとは思いもしなかったDクラスの生徒達は顔を見合せて騒然とし、少しの怒りを込めて件の男子生徒――吉井明久を睨みつけていた。
そんな中。
Dクラス生が焦りと動揺で混乱している中、明久の目の前に移動する者がいた。
清水小春。
一年生の頃から実姉とセットで問題児扱いされてきた中性的な男子生徒は、(おそらく生贄として捧げられたのであろう)吉井明久のすぐ目の前まで歩を進め、
「よーっすアキ。久し振りー」
「あぁっ! こ、こんなところにいたのか小春! 君がFクラスじゃないせいで島田さんが凄く機嫌が悪かったんだよ!? 少しは遊びに来るとか様子を見に来るとか、そういう気遣いをして欲しいものだね!」
「いやいや、今やっとホームルームが終わったばっかだし。そんなすぐに美波の様子なんて見に行けねえし。――ま、美波には会いてえから、今度遊びに行こうとは思ってたけどさ」
「え? ということは、島田さんがFクラスになるって予想してたってこと?」
「…………日本語読めねえ美波がFクラスより上に上がれるわけねえだろ……」
「あ、あはは……」
皆まで言わせるな、と表情で訴えかける小春に明久は苦笑を浮かべる。
そんな小春に、Dクラス代表の平賀源二は不思議そうな顔を浮かべ、
「小春? 吉井と知り合いなのか?」
「ん? ああ。アキとは去年、クラスが一緒でさ。後は雄二とムッツリーニと秀吉と美波も一緒だったんだよ。……それで去年一年間はミハ姉に目の敵にされててさ……」
「当たり前です! お姉様と同じクラスだなんて、万死に値します!」
「あー……お姉さんも同じクラスなんだね、小春。…………ご愁傷様」
「手を合わせんな拝むなまだ死んじゃいねえ!」
なーむー、と仏教徒のように拝む明久に小春の鋭いツッコミが炸裂する。
と、そこで小春は今やるべきことを思い出した。
吉井明久が先ほど言い放った、『FクラスはDクラスに宣戦布告する』という重大発言について、いろいろと言及しなければならないのだ。
それを思い出した小春はアキに怖ろしい程に綺麗な笑顔を向け、
「で? FクラスがDクラスに何だって?」
「あ、あはは……小春? 何で君は両手の関節をパキポキ鳴らしてるのかな……?」
「雄二から聞かなかったんか? 下位クラスからの使者ってのはなぁ――生贄なんだってな」
「ジャスタモーメンッ小春! そしてその後ろの君たちも得物を構えない! ええぇっ、嘘!? 本当に下位クラスからの使者ってそんな扱いになっちゃうの!?」
「上位クラスに宣戦布告した自分のクラスを呪うが良い!」
明久の身体を拘束しながら――そして、凄くゲームの最終ボスのようなあくどい笑顔を浮かべながらそんな言葉を言い放ち、小春はクラスメイト達にアイコンタクトで指示を飛ばす。
――かかれぇっ!
それが合図となり、Dクラスの生徒達はアツく握り締めた拳や上履きなんかを握りしめ――
「ちょっ!? は、離せ小春! このままじゃ本当に――いやぁぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」
直後。
Dクラスの教室にとても原始的な暴力の音が鳴り響いた。
☆☆☆
「……ここか」
宣戦布告のための生贄に捧げられた明久を担いだ状態の小春がやって来たのは、文月学園第二学年の最底辺――二年Fクラスだった。
だった、のだが……
「いやー、これは聞いてたよりもスゲーボロ教室だなー」
「だったらすぐにでも降参して僕らに教室を明け渡してよ」
「この惨状を目の当たりにしたのに素直に明け渡すわけねえだろこのバカ」
担がれた状態で凄く馬鹿な言葉を放つ明久に鋭いツッコミを返し、小春は小さく溜め息を吐く。
ボロボロの窓は和紙のような紙で応急処置されていて、扉は見るからにガタがきている。クラスの表札は『2-E』という文字の上に『F』と書かれた紙が貼られているだけで、窓の隙間から覗く教室からは畳と卓袱台が確認できる。……ここは何だ、収容所か。
凄く係わり合いになりたくないクラスだなー、とか思いながらも、それでも役目を全うするべく小春は魔窟の扉を開け放ち――
「雄二ー。お前ントコのバカを返しに来――「小春のバカー!」――ぐへぇあぁっ!?」
――勢いよく宙を舞った。
綺麗な放物線を描きながら地面へと落下していく清水小春。明久は寸でのところで小春から飛び降りていたため、奇跡的に無傷。顎を蹴り上げられたことにより脳が上下に激しく揺さぶられた小春は目を白黒させながら畳に背中から激突し、そのままぴくぴくと悶絶し始めた。
痛みを発する顎を抑えながら、小春はゆっくりと体を起こす。
視線の先にいたのは、小春が凄く見覚えのある女子生徒だった。
というか、彼と彼の実姉が恋心を寄せている女子生徒でもあった。
島田美波。
赤っぽい茶髪をポニーテールにしていて、勝気なツリ目の中で碧眼が爛々と輝きを放っている。手足がすらりと長いスレンダーな体型で、胸やバストや胸囲が絶望的なまでにペッタンコだ。『壁女』という称号がどこの誰よりも適用されてしまいそうな、そんな胸囲の持ち主だった。
そんな驚異的な胸囲の持ち主である美波は小春をギロリと睨みつけ、
「なんでアンタが別のクラスなのよーっ!」
「いや知りませんけど!? っつーか美波が勝手にFクラスに落ちただけじゃん! 振り分け試験前に現国を必死に教えた俺の努力は一体何だったんだーっ!」
「しょ、しょうがないでしょ!? 平仮名はまだ大丈夫だとしても、漢字が全然駄目だったんだから!」
「じゃあしょうがねえよ違うクラスでも! あーあ、俺だって同じクラスになりたかったのになーっ!」
「え? そ、それってもしかして――」
「でもこっちにはミハ姉もいるから……」
「――ウチFクラスで本当に良かった!」
手の平を返したように放たれた美波の言葉に、「やっぱりかー」と小春は微妙な苦笑を浮かべる。
そう、わざわざ言うまでもないだろうが。
美波は小春の実姉こと清水美春を苦手としている。
といっても別に仲が悪いという訳ではなく、美春の『恋心』が苦手なのだ。後は美春からのアプローチなどだろうか。一年で知り合ってからというもの、美春は美波に毎日のように激しいアタックをし続けてきたのだから、まぁ苦手になっても致し方ないことだろう。
そして、何故に美波が漢字が分からないのかというと。
彼女はドイツからの帰国子女であり、日本語を習い始めてまだ二年と経っていない。既に一年の後半には日常生活に支障が出ないぐらいの日本語を話せるようにはなっていたが、流石に読み書きまではそこまで顕著なレベルアップを為し得てはいない。小学生レベルまでの漢字なら何とかなるのだが、それ以上になると――察してあげてほしい。
そんな理由で不幸にも小春と別クラスになってしまった美波は小春に小さく微笑みかけ、
「ま、今回は小春が今日の放課後にクレープを奢ってくれるってことで許してあげる」
「だ、だったら俺ン家に食いに来ればイイじゃん。美波にだったら無料でクレープ献上しても、ミハ姉も文句は言わねえだろうしさ」
「イヤ。ウチは小春にお金を使わせたいの」
「悪魔かテメェ!」
ま、可愛さは小悪魔だけど! とは恥ずかしくて流石に言えない小春君。
やけに仲良く駄弁っている小春と美波にFクラスの男子生徒達が『チッ!』と露骨に舌打ちしている訳なのだが、現在進行形でラブコメモードの小春と美波には届かない。
と、そんな二人に割り込むように。
逆立った髪が特徴の男子生徒が小春に声をかけてきた。
「お前がDクラスだったとはな。俺の予想では、もっと上のクラスにいると思ってたんだが」
「あ、雄二。――よくも宣戦布告なんてふざけた真似してくれたなコノヤロウ」
「負ける気が無いなら別にそこまで気にする必要もないだろ? それとも何か? 俺たちに負けるのがそんなに怖いのか?」
「は? なに言ってんのか分かんねえし。俺たちが負ける訳ねえだろいくら平凡クラスと言っても! 設備も学力も平均的なDクラスだって、やるときゃやるんだよ! 多分!」
「いやわざわざ胸張って『多分』とか言うな」
「だって自信ねえんだもん! 何かスゲー微妙すぎて!」
クラスメイトが聞いたら殴り掛かってきそうな言葉を吐く清水小春君。基本的に強気なのが彼のアイデンティティなのだが、自分に関することにあまり自信がないというのも彼のアイデンティティだったりする。例えを挙げるなら――自分の異性からの評価とか。
そんな『ポジティブだけど過小評価』野郎な小春は大きく大きく溜め息を吐き――
「…………今更聞くけど、何でFクラスに姫路がいんだ?」
「ムッツリーニ!」
「…………すまない、小春……ッ!」
「ぐぺぇっ!?」
Fクラスのトップシークレットを知ってしまったDクラスの小春に、ムッツリーニと呼ばれる小柄な少年の手刀が炸裂し、瞬時に小春の意識を刈り取った。
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次回もお楽しみに!