俺の恋路に何故か実姉が立ちはだかっている   作:秋月月日

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俺と美波と如月グランドパーク 前編

 チュンチュン、と。

 爽やかな朝に響き渡る小鳥のさえずりが、清水小春を睡眠の渦から解き放った。部屋のカーテンの隙間から差し込む清々しい太陽の光が網膜を刺激し、小春は思わず「うっ」と手で庇を作ってしまう。

 寝ぼけ眼のまま寝癖まみれの頭を掻き、ベッドから床へと足を踏み出す。

 

 ガチリ、というイレギュラーな金属音。

 

「…………」

 

 一瞬で眠気がどこかへと吹き飛んだ小春は少しだけ顔を青褪めさせ、ゆっくりと自分の足――右足の足首辺りに視線を向ける。大丈夫、きっと今のは気のせいだ。そんな淡い希望を胸に抱――

 

 見事に枷にフィットしてしまっている右脚とその傍の鉄球。

 

 ――く前にとりあえずあの実姉ぶっ殺す!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「ミハ姉ぇえええええええええええええっ!」

 

「あら小春。おはよう。オホホホホホホ」

 

「ワザとらしい笑いで全てを悟ったぞチクショウ!」

 

 鉄球を抱えたままリビングへと向かった小春を出迎えたのは、可愛いらしい部屋着に身を包んだ憎たらしい程に仲の悪い双子の姉――清水美春だった。口元に手刀を添えて高貴な雰囲気を醸し出しているのが妙にイラつく。

 額にビキリと青筋を浮かべた小春はズドン! と鉄球を床に放り捨て、

 

「なに朝っぱらから俺ン部屋にトラップしかけてんだよミハ姉! これじゃあ動くのも一苦労じゃねえかぁっ!」

 

「自分で言うのもなんですが、流石にそれは一苦労ってレベルじゃ済まないでしょうよ……」

 

「分かってんなら尚更やるなボケェ!」

 

 あーもーっ! と乱暴に髪を掻き毟る小春(囚人スタイル)。今日は何かこの後に用事があるのだろう。リビングの壁に設置してあるスケジュール表をちらちら見てはテレビの傍に設置してある置時計に小さく溜め息を吐いている。明らかに時間と予定を気にしている素振りに、美春はスゥッと目を細めた。

 そして。

 右足にフィットしてしまっている枷を必死に破壊しようとしている小春の肩にぽすんと手を置き、美春は聖母のような笑みを浮かべて――言い放つ。

 

「お姉様との遊園地デートなんてこの私が許可するわけないだろうがボケェ!」

 

「お母さぁーん! 今日はミハ姉が一日中『ラ・ペディス』のウェイトレスやってあげてもいいって言ってまーす!」

 

『あら、そうなの? それはよかったわちょうど人手不足だったし……――逃げられると思うなよ、ミ・ハ・ル?』

 

 台所の方から聞こえてきたソプラノボイスに、美春の肩がビクンッと大きく揺れた。

 戦国時代の策士のように勝ち誇った笑みを浮かべる小春に美春は縋りつき、

 

「き、キサマァーッ!」

 

「アハハハハッ! 俺から一本取ろうなんて百年早いんじゃこのガチレズ女がぁっ!」

 

「そ、それにしてももう少し穏便な方法はなかったんですか!? よりにもよってお母さんを召喚するなんて……あなたは鬼ですか!?」

 

「いいえ、可愛そうな実弟です」

 

「答えになってない!」

 

 がーん! と涙目で顔を青褪めさせて露骨にショックを受ける美春さん。これから彼女は一階にある喫茶店が閉店するまでの間、馬車馬のように扱き使われるのだ。家の手伝いなので給料も出ないので、単純に自由時間が失われてしまうだけという生粋の罰ゲームなのである。

 がっしぃっ! と肩を掴む美春を無理やり引き離し、小春はニヤニヤニマニマと人を小馬鹿にするような笑みを浮かべ、

 

「それじゃあ俺は今から幸せの遊園地デートに行ってくるぜざまぁっ!」

 

「こ、こはっ、小春ぅうううううううううううううっ!」

 

 小春と美春の恋の戦いは今日も絶好調であるようだ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 バーサーカーの如きしぶとさと戦闘力で外出ギリギリまで妨害行為に及んでいた美春を母親になんとか拘束してもらった小春は、最近評判のアミューズメントパーク――如月グランドパークへとやってきていた。正直この場に無事に立てている事自体が奇跡な気がする。ミハ姉の次に親父が参加してきたのは流石に予想外だった。二人を止めてくれた母さんには今度温泉旅行のチケットでも差し上げよう。……もちろん、一人用で。

 電車とバスを乗り継いで二時間ほどかかるこの如月グランドパークは、小春の予想を大きく上回るほどに豪華な装いをしていた。既に門の上からジェットコースターが見えているところなどから、この遊園地の規模をデカさが窺える。

 白のワイシャツにピンクのセーター、それに膝上程度のスカートを穿いている美波(駅で合流してここまで一緒に来た)に小春は少しだけ頬を朱く染めながら、

 

「そ、それにしても……やっぱ噂になってただけあって、スゲー大きさだよなー」

 

「まぁ、文月学園のスポンサーの一つだしね、この遊園地。……昨日はちょっと羽目を外し過ぎちゃったし」

 

「は? 何の話?」

 

「い、いや別に! 何も何でもないのよアハハハハッ!」

 

 乾いた笑いと共に露骨に目を逸らす美波に小春はジトーッと疑いの目を向ける。本当、この少女は何処までも嘘を吐くのが苦手のようだ。この少女に関しては嘘発見器なんて一切使う必要はないのかもしれない。

 ま、いいや。美波の頬を指でぶにっと突くだけで許してあげた小春は美波の左手を右手で掴み、

 

「そんじゃとりあえず、さっさと中に入ろうぜ! 俺、遊園地とか小学生以来だからいろいろと乗ってみてえんだっ!」

 

「ひゃうっ!? わ、分かったわ、分かったからそんなに急がなくても!」

 

「今日がプレオープンって事ァオープン後よりも乗り放題って訳だろ? だったら全部乗れるぐれえに急ぐべきだって!」

 

「ちょっ、そんなに楽しみにしてるなんて流石に予想外なんですけどーっ!」

 

 もうっ、そんな子供みたいな笑顔を浮かべられたら、さ。

 手を繋いでることを意識してるウチがバカみたいじゃない――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

『如月グランドパークへようこそ!』

 

 五分で帰りたくなった。

 美波と仲良く手を繋ぎながら入場ゲートに向かった小春を出迎えたのは、如何にもバカそうな顔立ちをした茶髪の少年と凄く女性的な顔立ちの少年だった。……目元はマスクで覆われているし格好も如月グランドパークの係員のものだから確信を持って言える訳ではないが、コイツらの顔には凄まじい程に見覚えがある気がする。

 隣で「ウチも標的なのーっ!?」と頭を抱えている美波には気づかない小春は訝しげな視線を二人の係員に向けたまま、プレミアムチケットをゆっくりと差し出す。因みに、このチケットは凄くニヤケ顔だった雄二から頂きました。「島田とお幸せにな」と言っていたアイツには今度腐ったザリガニを送りつけてやろうと思う。

 小春からチケットを受け取った如何にもバカそうな係員は心の底から小春達を歓迎したような笑顔を浮かべ、

 

「はいっ、拝見しました! それではまず、お二人の記念写真を撮らせていただきます!」

 

「は? 記念写真?」

 

「はい。最高にお似合いのお二人の愛のメモリーをお残しいたします」

 

 思わぬ疑問に首を傾げる小春に、凄く女性的な顔立ちの係員が懇切丁寧な説明を行う。

 と、そんな中。

 小春の隣で頭を抱えていた美波が静かに携帯電話を取り出し、画面をタッチしてそのまま携帯電話をゆっくりと耳に当て始めた。

 何してんだろ? と小春が首を傾げていると、目の前のバカそうな係員のポケットからけたたましい着信音が鳴り響き始めた。

 さて、ここで一つの疑問が生じる。

 何で係員の携帯電話の番号を、よりにもよって美波が知っているのか。普通だったら考えられない偶然だし、そもそもこのタイミングで電話をかける意味が分からない。

 しかし。

 目の前の係員コンビはどう考えても小春の友人たちである。今はまだ別人を装っているが、あのマスクの下にはいつもの顔が拡がっていることぐらい小春にも予想が出来ている。

 そういう訳で。

 未だ着信音を奏でている携帯電話をバカそうな係員がポケットから取り出して耳に当てた直後、美波は地獄の底から響いてくるような声色で――

 

「おはよう吉井。とんでもない程に面白い事してくれてんじゃない……ッ!」

 

 隣に立っているだけで死んじまいそうな闘志の渦を俺は見た。

 

「…………」

 

 あまりの殺気にリアル怒髪天状態の美波から一歩距離を取る係員(バカ)。隣の係員(演劇バカ)も頬に冷や汗を一筋伝わらせながらバカの係員と同じように一歩だけ足を後退させていた。

 そして。

 携帯電話を未だ耳に当てた状態のバカの係員はくるっと綺麗な動作で回れ右をし、

 

「ダッシュッ!」

 

 目にも止まらぬ速さで逃げ出した!

 

「ちょ、コラ待ちなさい吉井! ええい、この手を離しなさい木下!」

 

「彼はここのスタッフのアレクサンドロス=ジェームズ(四十八歳)、通称みっちゃんでございます! あなたの言うナントカ明久さんとは露ほども関係はありません! そして私は木下ナントカとかいう人間ではなく、佐々木美千代(二十三歳)、通称アレクサンドロスでございます!」」

 

「ウチ別に吉井の下の名前なんて言った覚えないんだけど! そしてアンタ達の通称はどう考えても真逆でしょうが! どこをどう間違ったら佐々木美千代の通称がアレクサンドロスなんて大層な名前になっちゃうのよ!」

 

「ナウイでしょう?」

 

「ここで死語ブチ込んでくんなぶっ飛ばすぞ!」

 

 ギャーギャー騒ぎ立てる美波とそれを羽交い絞めにする係員――もとい秀吉。流石は演劇部の期待の星、どんな状況に置いても化けの皮は剥がれない。既に一人は戦線離脱してしまっているというのに、コイツは本当演技となったら化物級の図太さを見せるんだなぁ。

 ゼーゼーハーハー、と入園十分で既にギリギリな状態にまで追い込まれてしまっている美波に苦笑いを浮かべる小春。そんな二人にニコニコと邪気のない笑みを浮かべている秀吉は明日の学校でフルボッコにされてしまうのだが、それはまた別のお話。

 と。

 どう考えても遊園地に来ているテンションじゃないトリオの元に、別の係員が駆け寄ってきた。少しばかり高身長なその係員は懐からカメラを取り出し、

 

「記念写真のためのカメラを御持ち致しました」

 

「ちょっと待ってね」

 

 そして再び始まる美波の携帯電話アクション。

 そして再び鳴り響く携帯電話の着信音。

 

「……これは仕返しのつもりかしら? 坂本雄二……ッ!」

 

「……それでは私の仕事はこれで終わったので通常業務に戻らせていただきます! お似合いのバカップル様、これからもお幸せにっ!」

 

「こ、コラ待ちなさい坂本! どう考えてもアンタだけはウチにやり返しに来てんでしょうがーっ!」

 

「彼は坂本ナントカさんではなく、リ・ヨンペグ(三十二歳)、通称ペグ様でございます」

 

「もうそれは良いっつってんのよ! しかも通称の語呂悪すぎ! 普通のヨン様でいいじゃない! あーもうっ、何でウチまでこんな目にぃいいいいいっ!?」

 

 プレオープン中の如月グランドパークに、島田美波の大絶叫が響き渡った。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

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