決勝戦が開始され、最初に行動を起こしたのは小春と明久だった。
比較的軽重量の装備であるからこその素早い動きを生かし、彼らはフィールド内のあちらこちらを移動する。
「くらえっ!」
「甘ぇっ!」
距離を取ろうとしていた小春の召喚獣に木刀を用いた素早い突きをお見舞いするが、予め攻撃を予測していた小春はサイドステップで攻撃を回避する。――と同時にクロスボウから三発ほどの矢を放つものの、明久は召喚獣の背中を反らさせる事でこれを回避。半端なくレベルの高い抗戦だったが、互いに点数の消耗はゼロに抑えられた。
そして、その傍らで。
雄二と美春はメリケンサックとグラディウスをガッキンガッキンぶつけ合っていた。
「お姉様と添い遂げるため、あなたにはここで敗北してもらいます!」
「もう一度法律を一から学び直してこいこのガチレズ女ぁっ!」
重量を生かしたグラディウスの振り降ろしをメリケンサックで弾き返し、返す刀でミドルキックを叩き込むがロリカ・セグメンタタの防御力がキックの攻撃力を相殺してしまった。それでもお構いなしにと雄二は拳で連撃を叩き込む。――しかし、美春はその攻撃をグラディウスの刀身で防御。鎧の固さと点数を生かした突進で雄二の召喚獣をフィールドの端まで吹き飛ばした。
どちらも退かない高レベルの戦闘。
一進一退の召喚獣対決。
互いに学年下位ランクに所属している生徒だが、この戦いは近年稀に見る程に白熱している。召喚獣を使い始めて三か月も経っていないとはとてもじゃないが思えない。
小春が放った矢を木刀で叩き落とし、明久は片手で小春の召喚獣の頭を掴み――地面に勢いよく叩きつける。
「らぁっ!」
「っ――めんなぁっ!」
地面に叩き付けられた頭を支えとし、小春の召喚獣は明久の召喚獣に全力のキックを叩き込む。七十点ぐらい離れている小春の攻撃をくらったことで明久の持ち点が著しい減少を見せるが、流石に戦死になる事はない。徹夜の勉強により稼がれた得点は――そう簡単には失われない。
『Fクラス 坂本雄二 & Fクラス 吉井明久
日本史 198点 & 119点』
『Dクラス 清水小春 & Dクラス 清水美春
日本史 207点 & 114点』
試合開始時点に比べれば、点数は大いに減少している。
しかし。
これだけの点数が残っていれば――まだまだ全力で戦える。
「チッ! 小春!」
「了解、ミハ姉!」
一瞬のアイコンタクトで伝えられた指示を完璧に読み取り、小春は短く且つ大きな声で返答する。
清水姉弟の出方を窺うように明久たちはそれぞれの得物を構える。どこから攻め込まれても良いように、互いの背中を密着させた状態で。
そして、直後。
美春の召喚獣がグラディウスを放り投げ、明久の召喚獣を激しいタックルで木刀ごと弾き飛ばした。
「ぐ、ぅっ!?」
観察処分者特有のフィードバックで思わず苦悶の表情を浮かべる明久の一瞬の隙。
その隙を決して見逃さない小春は美春が放り投げたグラディウスを空中でキャッチし、
「とりあえずこれでも喰らっとけアキィィィ!」
明久の召喚獣の腹部に、小春が投擲したグラディウスが深々と突き刺さった。
これが明久の木刀や小春が放った矢だったらまだ良かった。――しかし、小春が明久に突き刺したのは巨大な事と無駄に重い事が特徴のグラディウス。引き抜こうとしても召喚獣の短い手足では剣の柄まで届かないし、フィードバックによる激痛で召喚獣の操作に支障が出ている今の明久では精密な操作など出来はしない。
これが、清水姉弟の作戦。
観察処分者故の高度な操作技術を持つ明久の動きを止め、清涼祭で初めて召喚獣を使用した雄二を二人掛かりで叩き潰す。どれだけ雄二の点数が高かろうが、流石に二対一では勝てはしないはず。多勢に無勢という戦術を最大限に生かした、清水姉弟の即興戦術である。
しかし。
この場の誰もが予想など出来なかったであろう事に――
――吉井明久は全ての考えの斜め上を実現する。
「なめ――るなぁあああああああああああっ!」
腹の底から吐き出されたであろう大絶叫。
まるで激痛を我慢するかのような叫びと共に明久は召喚獣に地面を蹴らせ、跳躍の勢いを利用してグラディウスを無理やり腹部から引き抜いた。
普通だったら気絶してもおかしくない程の激痛に明久の顔が大きく歪むが、これで彼の召喚獣は自由の身になった。肉を切らせて骨を断つ、とは少し違うが、自分の肉と骨を切らせて相手を討つ、という明久なりの即興反抗。バカにはバカなりの戦術があると全力でアピールするような行動だった。
まさかの作戦失敗に、小春は吐き捨てるように舌を打つ。
しかし、それは攻撃を止める理由にはならない。
「くたばれえぇっ!」
「この豚野郎ぉっ!」
「舐めんなぁっ!」
小春が遠距離から放つ矢を拳で叩き落とす雄二の懐に入り込み、美春が腹部に向かって拳を何度も叩き込む。――しかし、拘束を振り切った事で自由になっていた明久が美春の召喚獣の背中を全力で斬り付け、彼女の点数を大幅に減少させる。
『Fクラス 坂本雄二 & Fクラス 吉井明久
日本史 127点 & 78点』
『Dクラス 清水小春 & Dクラス 清水美春
日本史 194点 & 83点』
点数的に見ても、決着はそう遠くない未来。あと数分もしない内にこの戦闘の幕は降ろされることは誰が見ても明らかだ。
だからこそ、彼らは最後の力を振り絞り、互いの全力を以ってこの勝負を終わらせにかかる。
「雄二っ!」
「おうっ!」
そんな短いやり取りの直後、明久の召喚獣が美春の召喚獣を木刀で串刺しにした。先ほどのグラディウスでの拘束と違い、こちらは明久が美春の召喚獣を空中に掲げる形となってしまっているため、木刀を引き抜くことはほぼ不可能な状態となっている。
そして。
木刀によるダメージにより時間と共に点数が著しく減少していく美春に動揺を見せた小春の召喚獣が――いつの間にか接近していた雄二の召喚獣の右アッパーで空中に勢いよくカチ上げられた。その直後、
空中に投げ出された事で行動不能になってしまった小春の召喚獣に、木刀に突き刺さった状態の美春の召喚獣が凄まじい勢いで叩きつけられた。
『なぁっ!?』
予想はしていたがまさか実現するとは思っていなかった明久たちの戦法に、小春と美春は目を見開いて驚愕する。
小春の召喚獣に叩き付けられたことで持ち点がゼロになってしまった美春の召喚獣が消滅し、明久の木刀の刀身が再び剥き出しになる。
地面へと落下を続ける小春の召喚獣の下に雄二の召喚獣が入り込み、明久の召喚獣が木刀を振りかぶりながら小春の召喚獣の上方へと高く跳躍する。
状況が一変。
先ほどまでの二対一の構図が、そっくりそのままひっくり返された瞬間だった。
「しまっ――」
小春は何とか状況を改善させようと召喚獣を操作するが、空中では何をやっても無駄に終わってしまう。唯一の武器であるクロスボウは美春の召喚獣と激突した際にフィールドの隅まで吹き飛ばされているため、逆転の一手を決めることすら不可能だ。――もう、どうする事も出来ない。
そして。
そして。
真下から雄二の召喚獣のアッパーを、真上から明久の召喚獣の木刀を叩き込まれてしまった小春の召喚獣はぬいぐるみのように体を歪め、
『Dクラス 清水小春 & Dクラス 清水美春
日本史 DEAD & DEAD』
ボンッ、という小気味良い音と共に、フィールドから消滅した。
☆☆☆
試験召喚大会の優勝は、明久と雄二のペアに持っていかれた。
結局は優勝を逃してしまった小春は清涼祭の後夜祭が終わった後、美波に言われた通りに学校付近の公園にまでやってきていた。
「おーっす、美波。言われた通りに来ましたよー」
「あ、小春! こっちこっち!」
指定されていた公園は既にFクラスの生徒たちで賑わっていた。特に店を指定するわけでもない、お菓子とジュースを持参しての公園での打ち上げ。Fクラスらしいな、と小春は思わず苦笑を浮かべる。
公園の滑り台の下に敷いたシートの上での美波の手招きに誘われるように、小春は彼女の方へと歩み寄る。彼女が座っているシートには姫路瑞希と土屋康太、それに木下秀吉の姿があった。明久と雄二はまだ来てないのか、シートの上にも公園内にも姿は見えない。
「はい。小春はコーラが好きだったわよね?」
「おう。サンキュー」
コーラが注がれた紙コップを美波から受け取り、小春はくいっと一口でそれを飲み干した。後夜祭からここまで急ぎ足で来たせいで喉がちょうど渇いていたのだ。
空になった小春の紙コップに再びコーラを注ぐ美波を小春はぼーっと見ながら、
「そういえば、何で美波は俺をFクラスの打ち上げに呼んだんだ? 俺、言うならばこのクラスの敵だと思うんだけど」
「べ、別に深い意味はないわよ。今年の清涼祭は小春が机と椅子を貸し出してくれたから上手くいった。そしてウチはその借りを返したかった。そこにちょうど打ち上げの予定が入ってきた。――これを無理やり辻褄合わせた結果、アンタをこの打ち上げに誘うって事になったって訳よ」
「ふーん。……まぁ、別に誘ってもらえた事自体は嬉しいから良いんだけどさ」
ニコッ、と子供っぽく笑う小春に美波は思わず頬を仄かに朱く染める。
相変わらず乙女な美波に秀吉を始めとしたFクラス仲良しメンバーはひそひそと顔を寄せ合い、
「……島田はさっさと告白するべきじゃと思うんじゃが」
「……駄目ですよ秀吉君。美波ちゃんには美波ちゃんなりのタイミングというものがあるんです」
「…………見てる方がじれったい」
「言っとくけどアンタ達の会話、自分でもビックリするぐらいに丸聞こえなのよ!」
顔を真っ赤にしての美波の叫びを受け、秀吉たち三人は蜘蛛の子を散らすように他のクラスメイト達の集まりへと逃げていった。……因みに、その際に「告白するなら今ですよ!」と瑞希がサムズアップしたことで美波に再び赤面の波が襲い掛かってきていたのだが、基本的に鈍感な小春はそんな彼女の様子には気づいていなかった。
そんなこんなで二人きりになってしまった小春と美波。周りから聞こえてくるクラスメイト達の会話がいろんな意味で緊張を掻きたててくる。
と、そんな中。
二杯目のコーラを飲み干した小春が美波の肩を軽く叩いた。
「ひゃひぃっ!?」
「ど、どうしたんだよそのリアクション……流石に驚き過ぎだろ」
「べ、別に良いでしょそんな事!? で、なに? 何事ですか!?」
「お前が何事って感じだけどな」
小春はやれやれと言った様子で肩を竦め、
「結局優勝できなくてごめんな。お前と一緒に如月グランドパークに行きたかったんだけど、結局は無理だったわ」
「あ、ああ、なに、そんな事? 別にわざわざ謝らなくてもいいのに」
相変わらず変なところで律儀よね、と美波はいつも通りな小春に思わず微笑む。
しかし、こんなものはまだ序の口。
この数秒後に小春の口から放たれる言葉に、美波は本当に心の底から驚愕してしまう事になる。
現在進行形で微笑んでいる美波の肩を勢い良く抱き、小春は顔を赤くしながら言い放つ。
「そ、それで、これは提案なんだけど!」
「……う、うんっ」
「お前が良かったらでいいんだけど……」
「…………」
互いに顔を赤くしながら見つめあう二人。状況が状況ならこのままキスに移行してしまいそうな状態だが、二人はまだそんな関係にまでは進展していない為、流石にそんなラブコメイベントは発生しない。
だが、代わりに。
「俺と一緒に如月グランドパークでデートしてください!」
「――――――、ふぇ?」
思わずニヤニヤしてしまうようなラブコメイベントは、年中無休で大バーゲン中だったりする。
清涼祭編はこれにて終了。
強化合宿編へと進む前に、オリジナル短編を何話か挟みます。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!