俺の恋路に何故か実姉が立ちはだかっている   作:秋月月日

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 二話連続投稿です。


俺と親友とメイド服

 午前中にFクラスの中華喫茶で狼藉を働いていた坊主頭とモヒカンが、Aクラスのメイド喫茶にやって来た。

 ウェイトレスに案内されるままに教室中央の席へと移動する三年生コンビを睨みつけながら、小春は懐から愛用のスタンガンをこっそり取り出し、

 

「コハル、行きまーす」

 

「ちょっと待ちなさいっての」

 

「目がっ、俺の目がぁああああっ!」

 

 音も無く両目をチョキでシバかれた小春の悲鳴が教室の隅の方で響き渡る。

 涙をぽろぽろと流して悶絶する小春を葉月と瑞希が慰める傍ら、雄二と明久はモヒカン・常村と坊主頭・夏川を少しだけ鋭い視線で眺めながら、小さい声で作戦会議を開始する。

 

「どうするの、雄二? このまま放っておいたら、どんどん僕たちに不利益な悪評が垂れ流しにされちゃうよ?」

 

「大丈夫だ、ちゃんと策は練ってある。――おーい、翔子ぉーっ!」

 

「……何?」

 

 テレポート顔負けの出現速度だった。この少女はいつでもどこでも雄二の呼びかけには応えるらしい。……『ヤンデレ』という言葉が小春の頭を神速で過ぎった。

 「あの連中はここに初めて来た客か?」例の常夏コンビを顎で指し示しながら問いかける雄二に翔子は少しだけ嫌そうに顔を歪め、

 

「……さっき出て行ってまた入ってきた。話も内容もさほど変わらない。ずっと同じ事を何度も繰り返してる」

 

「そうか。よし、そうだな――翔子、メイド服を貸してくれ」

 

「……分かった」

 

 会話の流れからは絶対に予想できないであろう雄二の無茶な提案に翔子は迷う事無く返事をし、これまた迷う事無く自分が着ているメイド服のボタンを外し始めた。襟元から可愛らしい柄の下着が露わとなり、それと同時に小春の両目に再び美波のチョキが襲い掛かる。

 

「目がぁあああああああああっ!」

 

「しょ、翔子!? いきなり何トチ狂ってんだ!?」

 

「……雄二が『翔子が欲しい』って言ったから」

 

「俺が欲しいって言ったのはメイド服だ! しかもお前のメイド服じゃなくて予備のメイド服を貸してくれって意味だ!」

 

「……分かった。すぐに持ってくる」

 

「何で残念そうにあからさまに落ち込んでんだテメェ!」

 

 がっくり、と露骨に肩を落として奥の方へと引っ込んでいく翔子に雄二の悲鳴のような叫びが飛ぶ。因みに、翔子の下着が見えてしまった明久は思わず顔を逸らしてしまい、それを目撃していた瑞希が相変わらずの闇のオーラで明久を包み込んでいたのだが、それについてツッコミを入れる勇者は一人としていなかった。

 そうこうしている内にも常夏コンビが垂れ流す悪評はどんどんエスカレートしていく。腐った食べ物を出してるんじゃないか、やっぱりFクラスだから店の名前もバカなのだ、接客態度がなってない。中華喫茶に直接行ってみなければ確認しようがない悪評を、常夏コンビは平気そうな顔で周囲の客に聞こえるようにわざわざ大声で叫び散らしていた。

 そんな常夏コンビに小春と明久が歯噛みする中、奥からメイド服を持って、翔子がこちらに戻ってきた。

 

「……雄二、これ」

 

「おう。悪いな、後で絶対返すから」

 

「……交換条件は、雄二を一日分」

 

「オーケーだ、霧島。その条件を呑もう」

 

「そうだね。雄二一人で作戦が実行できるなら安いもんだよ」

 

「……ありがとう。吉井と清水はいい人」

 

「ちょっと待て! 三人で勝手に俺を犠牲にする話で盛り上がるな!」

 

 どうせ試験召喚大会で負けているから翔子の言う事には逆らえない立場の癖に、雄二は必死に抗議の声を上げる。――しかし、雄二の反対など端から耳に入っていない翔子は相変わらずのクールビューティながらにスキップで奥の方へと引っ込んでいってしまった。

 「で。これをどうするの?」翔子から手渡されたメイド服を指差しながら問いかける明久に雄二は小さく溜め息を吐き、

 

「これを着るんだよ」

 

「へぇ。だってさ、姫路さん」

 

「え? わ、私が着るんですか?」

 

「なに言ってんだよアキ。姫路じゃ攻撃力不足だろうが」

 

「あ、それはそうだね。……という事は、島田さんがこれを着るって事?」

 

「なに言ってんだよアキ。美波じゃ胸が余っちまうだぶべらあっ!?」

 

「ツギハ、ホンキデ、コロス」

 

 凄い殺気だ。

 血管が浮き出る程に固く握り締めた拳を振りかぶる美波に小春は全力の土下座を決行する。付き合う前から二人の上下関係が決定してしまっているのが妙に悲しい。というか、この学園は男子よりも強い女子があまりにも多すぎる気がする。翔子とか美波とか美春とか優子とか。

 姫路もダメ、美波もダメ。メイド服を着る事が出来るのは、ある程度の攻撃力を持った――女装をしても違和感のない生徒。

 この条件に適する生徒といえば――

 

「明久か小春。お前らのどちらかがこのメイド服を着るんだ」

 

「あ、ごめん! 俺今から三回戦の準備しねえといけねえんだった! じゃあなアキ、幸運を祈ってんぜ!」

 

「こ、こらっ、僕を残して逃げるなぁああああああああああっ!」

 

 全力で必死な明久から神速で距離を取り、小春はせっかく注文した『ふわふわシフォンケーキ』を食べることも無く校庭の特設ステージへと移動する羽目になってしまった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「で、三回戦は不戦勝だった、と?」

 

「ああ。なんか相手の選手の片方が時間に間に合わなくてな。時間厳守も出来ないような奴は試合に参加する資格なんてない、って鉄人が正論を相手に突き付けて、見事俺とミハ姉が四回戦進出、って事になったんだ」

 

 明久から逃げるように向かった三回戦は、先ほどの会話からも分かる通り、肩透かしの不戦勝という結果に終わってしまった。必死に「出場させてください」と懇願していた三年生の男子コンビに西村が一喝していたのは記憶に新しい。

 やっぱあの人も教師なんだな、と結構失礼な再認識をしながら、小春はおにぎりをむしゃむしゃと食していく。因みにこのおにぎりは、小春が昼食をまだ食べていない事を聞いた源二が「遠藤先生からの差し入れが余ってるから、これでも食べておけ」と渡してくれたものだったりする。やっぱり持つべきものは友達だな、と小春は軽く感極まっていたりいなかったり。

 おにぎりを食べ終えた小春は「ふぅ」と一息つき、

 

「俺は仕事してねえから知らんかったが、結構繁盛してるみてえだな」

 

「無駄に高性能に作ったからなぁ……男性女性問わずに全力で怖がってくれるから、やってる側としても結構楽しかったりするんだよな、これが」

 

 死神のお面を横向きに頭に装着した源二が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 三回戦を終えた小春が戻ってきた時には既にDクラスの教室の前には長蛇の列が出来上がっていて、隣のBクラスの入り口にまで余裕で届く程の長さを誇っていた。小春が来る前にBクラス代表の根本恭二が「営業妨害だ!」と文句を言いに来たらしいが、源二が「負け犬の遠吠えか?」と図星を突いた事で悔しそうにしながらも渋々退却していったらしい。源二は口が上手いかんなぁ、と小春は姿の見えない根本にご冥福をお祈りする。

 受付で小春と源二が駄弁っていると、小春のブレザーのポケットからけたたましい着信音が鳴り響いてきた。こんな時間に誰だろう、と不思議に思いながら携帯電話の画面を見てみると、そこには『坂本雄二』の名前が表示されていた。

 小春は源二に手で合図して少し距離を取り、通話を開始する。

 

「はいはーい、何の用だー?」

 

『小春。今から俺がする質問に、心の底から正直に答えてくれ』

 

「べ、別に良いけど……どうしたんだよ藪から棒に」

 

『深い意味はない。それじゃあ質問だ』

 

 雄二はわざわざ五秒ほどの間を置き、

 

『お前はチャイナドレスが好きだよな?』

 

 返答次第で俺の評価が歪められてしまう未来しか見えない。

 

「予想外の質問に驚きを隠せねえんだが……」

 

『それじゃあ質問を変えよう。――チャイナドレスを島田が着たとしたら、お前はどうする?』

 

「写真に収めて家のパソコンに送信して大量にコピーして永久保存する」

 

『……お前は本当に嘘を吐けないヤツだな』

 

 正直に答えたのに凄く落胆された気がしてならない。

 質問の意図がよく分からない小春が頭上に大量の疑問符を浮かべる中、電話の向こう側にいる雄二は人をからかうような声色で――

 

『お前の気持ちはよく分かった。――島田(・・)。小春はチャイナを着たお前を最高に愛しているらしいぞ』

 

『そ、そんな事、いきなり言われても……う、ウチにだって、心の準備というものが……』

 

「なんだその展開予想外すぎんだろ! っつーかマジで美波が今からチャイナ着んの!? え、嘘とか狂言とかじゃなく、ガチの本当で!?」

 

『ウチだって恥ずかしいけど……その、小春がどうしてもって言うなら、仕方ないけど着てあげる』

 

「ありがとう美波。俺は最高に幸せだよ」

 

『ふにゃあっ!? べ、別にアンタの為に着る訳じゃないんだからねーっ!』

 

 テンプレ通りのツンデレ発言を残し、通話は美波の方から一方的に切断された。

 チャイナとか何とか言ってたけど、結局はどういう用事だったんだろう? と小春が今更ながらに首を傾げていると、受付をクラスメイトに代わってもらった源二が彼の肩を軽く小突いてきた。

 なんだよ、と小春は怪訝な視線を浮かべる。

 対する源二はニヤニヤと人をからかうように怪しく笑い、

 

「『ありがとう美波。俺は最高に幸せだよ』(キリッ)」

 

「殴って欲しいんだな言われなくても分かってっからとりあえず顔面出せぶっ殺す!」

 

「ぐわらばぁっ!」

 

 顔を真っ赤にした小春の拳が源二の眉間に叩き込まれた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 親友の顔面にアツい右ストレートを叩き込んだ小春は仕事を終えた美春を引き連れ、校庭の特設ステージへとやってきていた。

 三回戦から一般公開されている召喚大会の観客は観客席が満席になるほど集まっていて、小春達はそんな中で試合をする事になっている。これが視線に弱い臆病な生徒だったら不利に追い込まれてしまうかもしれないが、家が喫茶店で割と高い頻度で店員として働いている小春と美春はその例には当てはまらない。人に見られるのにかなり慣れている、という事だ。

 対戦相手である三年生の女子コンビが律儀にお辞儀をしてきたので、小春と美春も喫茶店勤めで培った丁寧なお辞儀を返した。

 Bブロックの四回戦を担当する古典教師の竹中が召喚フィールドを展開した直後、特設ステージに四人分の叫びが響き渡った。

 

試獣召喚(サモン)!』

 

 呼び声に反応するように召喚獣が姿を現す。

 

『Cクラス 溝口芳子  &  Cクラス 茅野春香

  古典  106点  &       118点』

 

 互いに理系に特化しているのだろう。Cクラスにしては少しばかり低い点数を頭上に浮かび上がらせた召喚獣が、大鎌とヌンチャクを構えた状態でフィールド内で仁王立ちする。

 対する小春達の点数はというと。

 

『Dクラス 清水小春  &  Dクラス 清水美春

  古典  194点  &        81点』

 

 文系特化の小春は相変わらずの高得点なのに対し、理系特化の美春の点数はあまり芳しくはない。本当にバランスとれてるのか? と疑問に思ってしまうコンビだが、考え方を変えてみるならば、理系と文系のどちらにも対応できるバランスの良いコンビ、という事にもなる。結局は見方次第なのだ。

 小春の召喚獣がクロスボウを、美春の召喚獣がグラディウスを構えたところで、

 

「それでは――試合開始!」

 

 竹中先生の合図により、四回戦の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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